• イベントレポート

味覚・視覚・思考の昆虫食|昆虫食解体新書 -祭-

昆虫食解体新書とは、BUGOLOGYによって定期的に行われる昆虫食の実験イベント。2018年4月から始まり現在2回行われている。(第一回のイベントレポートはこちらhttps://100banch.com/magazine/9414/)昆虫食の体験イベントではなく、イベント自体が「昆虫食とはいかなるものであり人や社会とどう関わるか」を模索するための実験である。

2018年啓蟄の日に高橋祐亮・セキネトモイキさん ・大西陽によって結成された昆虫食に関する実験集団BUGOLOGYは、美食及びアートという視点から昆虫食を解体し、再構築することを試みる。昆虫食の普及自体が目的ではなく、「そもそも昆虫食とはいかなるもので、いかなるものになりうるか」を模索・実験し、様々な形式で提示していく。

 

1:はじめに

 2018年7月6日、BUGOLOGYによる昆虫食イベントの第二弾である「昆虫食解体新書-祭-」が行われた。今回のイベントは100BANCH一周年記念イベントである「ナナナナ祭」の一環で行われた。イベントの構成は大きく分けると実食と展示の2つから成る。実食では「POP・LAB・LUXURY」という3つのクラスターに合わせて3種類の昆虫食を提供した。会場内には3つの食ブースが設置されており、参加者はそこで昆虫食を受け取り、立食形式で食べるスタイルであった。場が流動的であったこともあり初対面の人同士が昆虫食談義を楽しむ様子が見られた。また展示では「もしも宇宙で食用昆虫を飼育するならば」というテーマで作られたプロダクトを展示した。当日は制作者が会場にいたため、プロダクトを見ながら参加者と制作者がディスカッションするという光景が多く見られた。

 今回は幸運にも(?)当事者である私がレポートを書くこととなった。そこで、せっかくなので当事者ならではのレポートになるように試みることにした。イベントのコンセプトやイベント前の試作の様子、参加者の反応を受けて今感じることなどを織り込みながらレポートを書いていく。仮にイベントの概要を簡潔に知りたい場合は以下のリンクをおすすめする。

https://100banch.com/magazine/10728/ 

https://fabcafe.com/tokyo/events/20180706_bugology0001

Photo by Yusuke Takahashi

 

2:3つの文脈から生まれた3種類の料理

今回のイベントの軸は、クラスター分けされた昆虫食を体験してもらい昆虫食を一歩踏み込んで考えてもらうことにあった。以下はイベントのイントロダクションとなる文章である。

昆虫食解体新書は、既存の昆虫食へのイメージを「解体」し、昆虫食への新たな視点を模索・提示していくプロジェクトです。イベントとして第二回目となる今回は、社会的に異なる文脈から昆虫食を捉え直してみることで、昆虫食のイメージがどう変化するかという思考実験を、コンセプトフード/ドリンクの実食と展示を通して体験していただける内容になっています。

カルチャー文脈から考える「POP」、実験的な対象物として捉える「LAB」、そしてエクスクルーシブな体験という視点からの「LUXURY」という三種の異なるクラスターをテーマに、三名のプロフェッショナルたちとのコラボレーションを行いました。それらのクラスターを軸として、昆虫食への視点をぐるぐると回転させてみてください。また、特別展示として、宇宙における昆虫食のあり方を食用コオロギの飼育プロダクトによって提示するという試みもご覧いただけます。

これらのコンテンツを通して、最後にあなたが出す答えは、「昆虫食なんて嫌い!」かもしれません。肯定的な見方だけではなく、鋭い批評とも交差することで、社会の昆虫食への視点が更新されるきっかけとなれば幸いです。

上記のようなコンセプトを持ち、3名の食のプロフェッショナル、セキネトモイキさん(ドリンクディレクター)・篠原祐太(コオロギラーメン制作者)・森枝幹さん(シェフ)とコラボレーションを行なった。また、コンセプトの立案はクリエイティブファームである301と共同で行なった。(http://www.301.jp/)

Photo by Shiori Kawano

Photo by Shiori Kawano

 

2.1:POP

POPについて(ポスターより引用)

昆虫が大衆的に大量に消費される未来は来るだろうか。そのきっかけはインスタ映え?所有欲を刺激する可愛いパッケージ?もしくは最先端の食にも関わらず食べてないことへの焦り?いずれにしても大衆的に消費されるには大衆の心理に上手く入り込まなければいけない。昆虫食はいかに人の欲を刺激しうるか?当然、そのような消費には飽きがつきものであるから昆虫食が一過性の流行りものとして廃れることもありうる。しかし、消費によって明らかになる側面は必ずある。今回は快楽と罪悪感を同時に引き起こす大衆の味方ラーメンを食べながら、人の欲求と結びつく昆虫食を妄想し楽しんでもらいたい

POPの担当はコオロギラーメンの制作者である篠原祐太である。https://100banch.com/projects/cricket-ramen)篠原の作るコオロギラーメンはすでに一般的な昆虫食の域を超えている。一般的な昆虫食の評価は「昆虫食って思ったより食べやすいね。」というようにハードルが低い。その後に来る言葉は大抵「でも、他の食べ物があるなら食べないかな」である。篠原のラーメンはそのような評価を受ける昆虫食とは一線を画す。昆虫食の文脈を離れ、すでにラーメンとして評価されるレベルに達している。

 ちなみに、篠原のコオロギラーメンの秘密は膨大な試作にある。試作の現場を取材するとそこには何種類もの麺や調味料が置かれてた。試作の風景は昆虫食の実験と言うよりもラーメンの実験である。しかし、彼と話しているとそれが大切である事に気がつく。篠原は昆虫を特別視しすぎるのではなく、あくまでも数ある食材の中の1つとして扱うことで昆虫食を一般的な食にしようと試みているのである。そのように一般の食になることを意識して作られたコオロギラーメンは見事にPOPを演じ、参加者に未来の一般的な食としての昆虫食を提示できていたように思える。

Photo by Yusuke Takahashi

Photo by Yusuke Takahashi

Photo by Yusuke Takahashi

 

2.2:LAB

 

LABについて(ポスターより引用)

昆虫食を実験対象として捉える。重要なことは「昆虫を」ではなく「昆虫食を」実験対象としていることである。実験は多岐にわたる。昆虫食をいつ・どこで・どのように提供するかといった食の周辺を試作すること、食材となる昆虫をどのように調達するかといった生産・流通システムを整備すること、加えて人・社会・昆虫食との関係を俯瞰的に探求すること。美味しい料理を追求することだけが実験ではない。全てが実験であり昆虫食の欠落部分を作り出し、昆虫食を明確にするものである。今回作られるカクテルにはどのような意図が潜んでいるか、それを考察しつつ昆虫食への思索に耽ってもらいたい。

LABの担当は京都でバーを経営しているセキネトモイキさん である。(https://www.nokishita.net/home-1 )セキネさんが作るのは昆虫を素材としたジンカクテルである。今回はタガメとコオロギの2種類のジンを提供した。セキネさんの作るカクテルは味はもちろんのこと魅力的なビジュアルが特徴である。食は味覚だけで味わうものではないということは多くの方が直感的にわかるところだろう。視覚と味覚で味わう昆虫のお酒は、不思議な感覚ともに非日常へ誘ってくれる。

 そういうわけでセキネさんの実験はお酒をどのように提供するかにまで及ぶ。試験管内にタガメのジンを入れて提供するスタイルは、一般的なカクテルに徐々にタガメジンを加えることでタガメの特徴をより強く感じてもらうことを意図している。試験官からタガメのジンをカクテルに加えていくにつれてタガメ特有の青リンゴの香りが増してくる。会場内からは驚きの声が多数上がっていた。またコオロギのカクテルも非常に特徴的な作りとなっている。上部に土があり、その上にコオロギ乗っているカクテルは、コオロギがどのような環境で育っていたのかを想起させる力をもつ。そこには虫の気持ち悪さ以上に自然の雄大さや繊細さを感じることができる。かもしれない。このような実験から生まれた昆虫カクテルはLABを担い、確かに多くの人を深い思索の中に引き込んでいたように思える。

Photo by Shiori Kawano

Photo by Yusuke Takahashi

Photo by Shiori Kawano

 

2.3:LUXURY

LUXURYについて(ポスターより引用)

料理の価格は、多くの場合において食材の価格に依存する。希少価値の高い食材を使えば、料理の価格もあがる。現在、食材としての昆虫は供給体制や流通が整っていないという側面からみて希少性が高く、それが故に、ある意味で高級食材と言うことができる。未来において一般的な食材になるのでは?という視点から注目される昆虫が、現在まるでキャビアのように高級品として扱われているという矛盾が生まれている。今回はそのような希少性からではなく、仮に低価格で供給できる食材となった「未来」に、料理人の思想や技術が生む付加価値によって高級料理に使われているシーンを想像ながら、ラグジュアリーな気分で味わってほしい。

 LUXURYの担当は下北沢Salmon&troutのシェフである森枝幹氏である。(http://hapticdesign.org/designer/file009_morieda/ )森枝氏は日常的に「食べたことのない味」「経験したことのない食感(触感)」を料理に取り入れることを意識している。昆虫食にも精通しているため、高級な昆虫食という難題を依頼した。氏の打ち出したコンセプトはアリの卵を陸のキャビアと銘打ち、本物のキャビアと同時に提供するというものであった。コンセプトが非常にシンプルであり、あちらこちらでキャビアとアリの卵を比較する意見が飛び交っていた。来場するまで食べ物であるとも思っていなかったアリの卵をいつの間にか高級食材と比較している様子をみるとこの仕掛けは十分に機能していたと言える。

 ところで、LUXURYに関しては重要な前日譚がある。はじめにアリの卵を取り寄せて森枝氏に渡したのだが、それは氏に言わせれば「悪夢のような食材」であった。孵化しかけの卵やひどいものでは成虫が混ざっていたそれらは食感を損なうだけでなく、ビジュアルとしても高級食材と呼べるものではなかった。これでは料理として成立しないという話を受け、アリの卵の選別を行うこととした。8時間ほどかけて数キロのアリの卵から適切なものを選別したが、終わってみるとその量は1/10程度に減っていた。量の減少は痛手であったが、これを持ってアリの卵は”本物の高級食材”となったのである。

Photo by Shiori Kawano

Photo by Yusuke Takahashi

Photo by Shiori Kawano

 

3:宇宙における食用コオロギの飼育プロダクト

 食用昆虫の飼育は世界各地で熱心に取り組まれている。飼料や水の消費が少ないことや世代交代の早さ、省スペースでも大量に飼育できることがメリットとされている。慶應義塾大学SFCオオニシ研究室の活動もその文脈にのるものである。エネルギーデザイン・建築デザインがテーマである本研究室は切頂八面体という幾何学構造を軸に効率の良い飼育環境を作ろうと試みている。制作プロセスが特徴的であり、プロトタイプを作っては実際にその中でコオロギを飼育し、観察することで制作を展開していく。そのようなプロセスで制作が行われるのは、昆虫を人間の都合に合わせて制御し飼育するのではなく、昆虫の生態にあった環境を作り、飼育していくことを重視しているためである。

 今回は「宇宙で昆虫を飼育するならば」というテーマで制作を依頼した。無重力空間でもコオロギが縦横無尽に動けるような構造や実際に宇宙空間で使うシーンを意識したデザインとなっていた。当日は実際にコオロギが居住しており、多くの人が実際の飼育場面を見て関心を示していた。同時にプロダクト単体で見せるのではなくSF的なストーリーを追加し、場面設定をすることで観覧者に未来の昆虫食生産を考えさせる仕組みがなされていた。この展示をきっかけとして多くの人が食用昆虫を飼育することについて意見し、新たな展開が生まれるきっかけとなった。(ディレクション:オオニシタクヤ、プロダクト:大井裕貴、グラフィック:大渕玉美)

Photo by Hiroki Oi

Photo by Hiroki Oi

 

4:参加者の反応

 昆虫食解体新書ではいかに参加者に思考してもらうかということを重要視していた。今回はその思考を参加者同士で共有できるようにしようと考えた。方法は来場時にPOP・LAB・LUXURYに関する意見用の用紙を渡し、食後や議論後に記述し所定のポスターに貼ってもらうというものである。以下、各クラスターに出ていた意見をいくつか紹介する。

POP

  • 「美味しい。既存の文化に溶け込んでいるのが良いですね。」
  • 「え。ほんとうにこおろぎだしでこんなにおいしくなるの??」
  • 「とりがらよりサッパリしてて食べやすいです。甲殻ぽい香ばしさがアクセントになってて美味。」

LAB

  • 「タガメカクテルいい香り!気に入ったけど他では飲めない。」
  • 「コオロギカクテルみためが美しく味もワイルドで昆虫度高そう」
  • 「本当にフルーティー タガメ」

LUXURY

  • 「キャビアよりおいしかった。」
  • 「工夫がなかった。クラッカーじゃなく食べてみたい。」
  • 「ふつうにいい一つの食材じゃん。」

参加者からの意見は味や見た目に関して非常に肯定的なものが多かった。多くの参加者において「昆虫食=ゲテモノ」というイメージは払拭され、1つの食として評価を始めていたように思える。一方でそれら肯定的な意見の背後には昆虫食評価に関するハードルが非常に低いという問題がある。基本的に参加者の多くは昆虫食の味や見た目に対してあまり期待していない。その証拠に昆虫食を始めて食べる人の顔には一種の覚悟、もしくは諦めが見て取れる。そのような期待の低さがあるからこそ、食として成立していることに驚き肯定的な評価に繋がる。それは現状の昆虫食のイメージを変えるという点においていは効果的であるが、そこから食文化へと展開するに当たっては不十分である。実際多くの参加者が味や見た目を高評価しているにも関わらず、昆虫食が日常的な食になることに関しては懐疑的であった。

 昆虫食は早い段階で一般的な食と同じ土俵で評価され始めることが必要である。そうしなければいつまでたっても社会との接続は困難なままであり、食として、文化として洗練されることもない。だからこそ、現状の評価に安堵するのではなく次の段階へ移行するための実験をしていかなければいけないと意識させられる回となった。

 

5:終わりに、そして次回に向けて

 多様なバックグラウンドの方が集まり、賛同から否定まで多くの意見が出て、次回の参加を約束してくれた人も現れた。問題は諸処にあったが大局的に見ると収穫の多いイベントであったと思う。参加者が帰ってから今までどのようなことを考えているか、願わくば個々人の中で多少なりとも昆虫食が展開されていて欲しい。

 昆虫食解体新書の第3弾は2-3ヶ月後を予定している。今回は昆虫食のクラスター分けという試みであったが、次回は昆虫食にガストロフィジックス的な観点からアプローチを試みるのも面白いかもしれないと考えている。どのようなものが生まれるか、ぜひ楽しみにしておいてもらえると幸いである。



 

撮影:川野詩織

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