LEADER INTERVIEW

2022.01.31 Mon

異文化に触れ世界を広げる、日本から
GLOBAL MICRO TOUR:大塚誠也さん

  • #リーダーインタビュー

新型コロナウイルスのオミクロン株が猛威を奮い、開きかけた世界が再び閉ざされたような気がした2022年の幕開け。コロナが落ち着いたらやりたいことリストの中に、「海外旅行」を挙げていた人は大きなため息を漏らしたことでしょう。

「国内にいながら世界一周」というコンセプトを掲げる「GLOBAL MICRO TOUR」は、日本にある外国人コミュニティを旅するという、コロナ禍で生まれたプロジェクト。横浜の中華街や新大久保のコリアンタウンは有名ですが、日本には知られざる外国人コミュニティが数多く存在します。そんな近くて遠い未知の世界を知ることは、コロナストレスを抱える日々にひと匙の刺激と、あなた自身の世界を拡張する貴重な機会を与えてくれるかもしれません。

GLOBAL MICRO TOURのリーダー・大塚誠也さんは、カナダ・トロントへの留学経験と、「人類の起源を辿る旅」と称して行なった約20カ国を廻るバックパッカー生活により多様な文化を肌で感じてきた生粋の旅人。異文化交流を通して大きく広がった眺望、そして移民大国・日本の現実と未来について話をうかがいました。

(写真:鈴木 渉)

——GLOBAL MICRO TOURは、どんな場所を訪れてどんなことを行うツアーなんでしょうか?

 

大塚:これまでに東京都葛飾区四ツ木のエチオピア人街、千葉県西葛西のインド人街、埼玉県蕨市のワラビスタン(クルド人が多いエリア)、あとは、昨年の100BANCHの周年祭・ナナナナ祭で行った福岡県・吉塚のリトルアジアマーケットなどを訪れました。ツアーの多くはそういったエリアを数人で訪れ、異国感溢れる飲食店や様々なスポットを巡るのですが、そこで出会った現地の外国人に面白いスポットや情報を教えてもらって、場当たり的にそこに行くなんてこともあります。それで、その行った先で出会った人にまた情報を聞いて……といった感じに数珠繋ぎでツアーを進めていくパターンも。ネットにも出ていないような情報に出会えるし、そういった何が起こるかわからない感じも面白いところです。

 

GLOBAL MICRO TOUR:大塚誠也さん

 

 

——現地調達で情報を仕入れることもあるんですね。

 

大塚:僕自身、普段からお店やコンビニとかスーパーで出会った外国人に話しかけちゃうタイプで、どこから来た人でどういう暮らしをしているんだろうって気になっちゃうんですよね(笑)。現地の人が通う場所などの情報を教えてもらって実際に行ってみる。そういった生の情報がストックされてきたあたりで、ツアーを企画することが多いです。

 

——コロナ禍だと開催が難しい場合もあると思いますが、GLOBAL MICRO TOUR自体がそもそもコロナ禍で発案されたプロジェクトなんだそうですね。

 

大塚:僕の周りには、コロナ禍で海外に行けないフラストレーションを抱えた旅好きの友人が多かったんです。そんなある日、当時僕が住んでいたシェアハウスの同居人が、道に迷っていたエチオピア人を連れてきて、「英語話せないから代わりに話して」って頼んできて。その流れで色々話をしていたら、どうやら近所にエチオピア人街が存在するってことが分かって、すごく興味をそそられました。北関東って外国人が住むエリアが多いんです。そういった場所をうろちょろしているうちに、国内にいてもこれだけ多様な文化に触れられるんだったら、街歩きをイベント的にやってみたら面白いんじゃないかと思いつきました。旅をしたいという欲求の中には、「違う文化圏の人との交流を通して何かしらの刺激を受けたい」という類のものもあると思うんですが、そういう体験だったら国内にいてもできるんじゃないかって。

 

——これまでに何度かツアーを実施してみていかがでしたか?

 

大塚:ツアーで街歩きしながら色々な場所を辿っていくと、ひとつの場所というかひとりの人にたどり着くんです。その土地に最初に降り立って、パイオニア的にその街を切り拓いていった人。僕はそれを“コミュニティビルダー”と呼んでいるのですが、そういう方がお店なんかをやっていて、そこから街のネットワークが広がっているパターンが多いんです。例えば、エチオピア人街には在留外国人の方が経営するとあるレストランがあって、エチオピアから来た人たちはまずそこで情報を得るんです。それで、仕事と家を見つけてそこに定住するという流れ。エチオピア移民のルート的役割を果たしているのが、そのレストランのオーナーさんというわけです。

 

西葛西のインド人街でも同じ。インドカレー屋のオーナーがインドから人を集めて……という同様の現象が起こっているんです。福岡の場合は、外国人ではなく現地にあるお寺の住職さんがコミュニティビルダーでした。その土地に人がたまたま集まっているわけではなく、そこに意思と熱を持った人がいて活動しているからこそ、人が集い良い循環が生まれるんだと気づきました。最近はそういったコミュニティビルダーに辿り着き、話をうかがうことをツアーのひとつの目標にしています。

 

GLOBAL MICRO TOUR紹介動画

 

——100BANCHに入居する前は、プロジェクトスタッフ(以下「PS」)として100BANCHの運営をサポートしていたそうですね。どういう経緯だったんでしょうか。

 

大塚:1年ほどPSとしてお世話になり、入居メンバーのサポート、訪問者の案内、それにサイトの更新やイベントの準備など、多岐にわたる業務を経験させてもらいました。そんな環境の中で面白いことをやっている人たちと出会って刺激をもらううち、自分も入居してみたいと思うようになりGARAGE Programにエントリーしました。

 

——100BANCHを知ったそもそものきっかけを教えてください。

 

大塚:通っていた大学のゲスト講師が100BANCHの存在を教えてくれて、面白そうだなと思ったのがきっかけでした。それで元々知り合いだった「SAVE THE UDON​​」プロジェクトの(小野)ウどんさんに連絡して、100BANCHに見学に行きました。たまたまなんですが、ウどんさんとは大学時代の夏休みに働いた北海道のゲストハウスで出会っていたんです。彼の活動とはもちろん、2019年にナナナナ祭で開催した「うどんセレモニー」には僕も門徒(ファシリテーター的な役割)として参加したのですが、それも大きな衝撃を受けましたね。

 

——実際、100BANCHに入居してみていかがでしたか?

 

大塚:僕がPSとして働いていた2019年にも、SNSやメディアでよく見るような人たちがGARAGE Programに入居していて、「うおー!すげー」って思っていました(笑)。逆に、一体どうやってビジネスに落とし込むんだっていうぶっ飛んだプロジェクトも多くて、とにかく色々な刺激を受け続けた日々でしたね。実際に入居して、いちPSとして関わっていたイベントや実験報告会にその当事者として参加できたことは感慨深かったですね。半年の入居期間はすごく短く感じました。

 

——GARAGE Programに応募するにあたっては、どんなことを期待されていましたか。

 

大塚:入居前からフリーランスとして「Soft. Guest house」という屋号で場づくりに関する活動を行なっていて、イベントやゲストハウスで知り合った仲間と色々な取り組みをしていたのですが、メンバーが集まる拠点と、“みんなでやってる感”みたいなものが欲しかったんです。ひとつのプロジェクトを掲げて、入居期間という時間制限の中でゴールへ向かうことで、事業として加速していけるんじゃないかなと。

 

——そのSoft. Guest houseで行なっていた場づくりというのは、具体的にどういうものだったのでしょうか。

 

大塚:もともとゲストハウスを作りたいという夢があったのですが、資金の問題やコロナの状況もあってなかなか実現には至らない状況。じゃあ、まずはできることからやろうと思い、ハード(建物)を持たずにソフトだけでゲストハウスが成り立つのか、そんな実験を行う場としてSoft. Guest houseをスタートしました。これまでに、リアルとオンラインを掛け合わせた街づくりを行う「シェア街」や、街づくり支援や人と人が繋がる場を創造する「はじまり商店街」といった場づくりに関わる案件に携わりながら、デザインの仕事もやっています。GLOBAL MICRO TOURはその一環として行なっているプロジェクトです。

 

 

 Soft. Guest houseの企画「ゲストハウス留学」の様子

 

——街づくりなど地域創生に関わる案件も手掛けていたんですね。GLOBAL MICRO TOURもSoftGuest Houseの一環ということですが、何か関連性があるんでしょうか?​​

 

大塚:旅と場づくりがマッチする要素が、GLOBAL MICRO TOURには含まれていると思います。先ほど伝えたように、1人のコミュニティビルダーの熱量が人を集め、場ができていくという流れがあるとして、僕が今やっている場づくりは、まさにそのような感じでひとつのコミュニティが醸成していく過程を追っていくような活動。すでに今大きくなっている外国人コミュニティって、場づくりにおけるお手本みたいなものであり、それって地域創生のあり方にも通じるものなので、すごく勉強になります。

 

そういう意味では100BANCHが行なっている活動も場づくりのひとつと言えますよね。ちなみに、なっとう娘(「natto pack2.0​​」プロジェクトの鈴木真由子​​さん)も、先ほど紹介した「はじまり商店街」のイベントの絡みで出会っていて……あ、今日着ているTシャツもなっとう娘のプロダクトです(笑)。振り返ると、色々な繋がりがリンクしている気がします。

 

——ウどんさんといい、なっとう娘さんといいご縁を感じますね。100BANCH内での出会いはありましたか?

 

大塚:PS時代から色々な方との交流がありました。ナナナナ祭では「インドからの刺客」(Assassin from India​​)プロジェクトと福岡キャラバンでコラボレーションできたし、今(※取材当時)半月だけお世話になっているシェアハウスは「インドからの刺客」のリーダー・高野一樹さんの運営する「モテアマス三軒茶屋」なんです。あと、入居して初めて行なったイベントも僕と同じく元PSだった大石純平さんにサポートしてもらいました。僕はPSからGARAGE Programに入居したので少し特殊かもしれないけど、すごく仲良くなったメンバーに関しては、プロジェクト云々というより友人としてサポートするみたいな感覚があったかもしれません。それだけ近しい関係性を築くことができたのはすごくありがたいことですね。

 

 

——それだけ親しい関係性が築けるのも貴重な機会ですよね。​​100BANCHにどんな印象をお持ちですか。

 

大塚:インスピレーションの塊みたいな場所。たくさんの面白いアイディアとヒントをもらいました。PS時代から見ていて感じたのが、ぶっ飛んだプロジェクトと個性的なメンバーばかりなのに、プロジェクト同士でコラボレーションした時にきちんと形にできるのがすごいなって。クセの強い人達が集まると意見の相違が出てぶつかりそうなイメージがあったんですが、ここの人たちはそういった摩擦がなく、自分と相手のできることをちゃんと組み合わせて相乗効果を生んでいるんです。「とにかくみんなで面白いことやろう」っていう方向性が一緒なんですよね。

 

あと、ナナナナ祭に参加した人たちは特にそうなんですが、“ギブの精神”が強い人が多い気がします。PSからGARAGE Programの入居者になったことで、そんなメンバーとプロジェクト同士としての会話ができるようになったのは嬉しかったです。スタッフのひとりとしてじゃなくて、◯◯のプロジェクトをやってる誰々みたいな認識をしてもらえるのが。

 

——プロジェクト名が肩書きになる、みたいな感じはありますよね。入居期間を終えてどうでした?

 

大塚:メンバーと一緒にナナナナ祭の企画どうするとか、実験報告会のレポートどうするとか、集まって話す時間が増えたことで結束力と意識が高まりました。あとはだらだらやらず期限を3カ月、6カ月と設けることで良い意味でのプレッシャーも生まれました。入居期間を通じてプロジェクトが大いに活性化したと思います。

 

——大塚さんは、トロント留学や海外でのバックパッカー生活を経て、大学卒業後はいきなりフリーランスとして活動を始めたそうですね。

 

トロント留学の一枚 トルコ人の友人と

 

バックパッカーの旅(エチオピア)

 

大塚:就職活動を試みた時期もあったんです。学生時代にデザイナーのインターンをやっていたこともあって、デザインの仕事に就こうと思っていました。ゲストハウスをつくる目標はずっとあったけど、まずは就職しなきゃって焦っていたんですね。だけどバックパッカー生活から一転、いきなり企業面接や説明会に出向くような日常に身を置いたことで、ものすごい違和感というかギャップを感じてしまったんです。ちょっと前までいたアフリカの大草原から全く違う世界にワープしたような感覚で、自分の頭が追いつきませんでした。

 

そんな中で将来を真剣に考えている時、トロントの友人が滞在するゲストハウスへ遊びに行く機会があったんです。そこのオーナーが当時26歳だったことを知ってびっくり! 23歳だった僕は「自分と3つしか歳が変わらないのにすごい」って衝撃を受けたのと同時に、「自分にもできるかもしれない。やってみよう」ってモチベーションをもらったんです。そこから就職という退路を断ってみて、ゲストハウスを作る目標と向き合ってみようと決意。それでスタートしたのがSoftGuest Houseです。

 

——いきなり退路を断ったのはすごいですね。海外で得た経験がその後の生き方に与えた影響は大きかったですか?

 

大塚:すごく大きかったですね。トロントの留学経験も世界旅行も、僕の価値観を変えてくれたことは間違いありません。実はトロントに留学する前、ロサンゼルスにいたんですが、そこでは人種によって対応が異なることなどがあって、少し考えさせられました。他民族国家のアメリカですら差別のない社会を実現するのは難しいんだなって。だけど、トロントは全く違ったんです。

 

街の大通りに色々な国の言語で「ようこそ」って書いたフラッグが立っているのですが、まさにそのイメージ通りというか、人種差別的なことが皆無で寛容性がすごく高い地域で。多文化共生ってこういうことなんだと感銘を受けました。自ずとみんな自分も移民という意識があるから、お互いに譲り合う精神が自然と育まれているんだなと、アメリカでの経験があったので余計に感動しました。

 

——移民というワードが出ましたが、実は日本は世界で4番目に外国人を受け入れる移民大国(※)だと、大塚さんが執筆した記事の中で触れていましたね。

 

大塚:意外と知られていない事実ですよね。僕も、100BANCHの「NIHONGO」プロジェクトを行なっている永野将司さんと、筑波大学の准教授・関崎博紀さんが行なった「未来の街〜ご近所は外国人?〜」というイベントに参加したことで、移民が急増している日本の現状を知ることができ、多文化共生を推進する必要性をすごく感じました。GLOBAL MICRO TOURには海外の方もいらっしゃるんです。違う文化圏の人たちがツアーに同行することで、また違う見方や発見ができたりして面白い。現プロジェクトメンバーの中には、ツアーで仲良くなったペルー国籍の人もいます。

※OECD加盟35カ国の外国人移住者統計・2018年のデータより

 

GLOBAL MICRO TOURのメンバーと

 

——まさにグローバルですね。大塚さんがGLOBAL MICRO TOURの先に見据えているビジョンを教えてください。

 

大塚:少し前に、出入国在留管理庁職員が外国人にひどい扱いをしたというようなニュースを見て、すごく考えさせられました。暴力や精神的な虐待を繰り返している人間が少なからずいるのが現実なのかと。でもふと、それってもしかしたら外国人との接点がないからなのかも、人の顔が見えれば状況が変わってくるんじゃないかとも思ったんです。例えば〇〇の国の人が嫌いと言っている人も、その国の人の友達が1人でもできればおそらく彼らに対する印象って変わるはず。そういう機会がもっともっと増えていけば、外国人に対して嫌な先入観を持ったり、酷い扱いをしたりする人が減っていく気がします。そういう世の中になるための活動もやっていきたいですね。

 

 

大塚:日本って世界で一番行ける国が多いのに(日本はビザなしで行ける国数が世界最多)、パスポート所持率が1/4以下とすごく低いんです。それってすごくもったいないことですよね。そういう人たちに海外へ行くきっかけを提供したいという思いもあって……まあ、ゲストハウス創設がそれに繋がる活動なわけですが、それだけではなく、国内にいながら交換留学やホームステイができるような仕組み作りができたらいいなと考えています。

 

例えばいきなりエチオピアへ行くのではなくて、まずはエチオピア人街で友達を作った後に、現地を訪れてその友達が紹介する場所に行ったり、友達の友達の家に泊めてもらったり。そういうステップが踏めれば、知らない国へ行く不安も減るし海外旅行のハードルも下がる気がします。僕自身、前の職場で仲良くなったベトナム人の友人がいて、ベトナムへ行った時にその人の親戚の家に泊めてもらったという経験があって、海外に行く前に日本でそういう機会を作れたら、旅の形も変わるんじゃないかなと思います。

 

——多文化に触れるきっかけを提供していくことで、近い将来、旅のあり方も変化していきそうですね。では最後に、大塚さんが思い描く100年後の未来像を教えてください。

 

大塚:至る所で在留外国人と普通にコミュニケーションが取れる環境になっていて欲しいですね。ゲストハウスのラウンジが街中に広がっているようなイメージ。誰でも日本にいながらもっと気軽に身近に、世界の誰かしらとコミュニケーションが取れて、異文化にアクセスできる状態になっていればいいなって。そのきっかけのひとつとして今の活動が繋がっていたら嬉しいですね。海外へ行くと現地の人とも意外と気兼ねなく話せたりするじゃないですか。そういうことが日本国内のあちこちでも起きて欲しいです。

 

最近読んだ本に、「近いところで知り合う人数が増えるよりも、全く異なるコミュニティの人との繋がりが少し増えた方が人間の幸福度が上がる」というようなことが書いてありました。つまり、色々な世界にアクセスすることで自分の世界も広がるということだと思います。僕自身、旅に出て違う文化圏の人と出会ったことで、世界が広がる感覚をこれでもかというほど味わったので、この時の感動を日本にいる人にも伝えたいし、色々な出会いを通して自分自身の世界ももっと広げていきたいですね。

 

WRITER

濱安 紹子

ライター

猫と布団をこよなく愛する、三足の草鞋ライター。音楽メディア、WEB系広告代理店での勤務を経てカナダ・トロントへ。 現地の日系出版社にてライター業に携わった末、帰国後よりフリーランスライターとしてのキャリアをスタート。 その傍らで自身の音楽活動、酒好きが高じてバー営業も行っている。

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