• リーダーインタビュー

Braille Neue高橋鴻介×市川文子(前編): メンターの後押しでプロジェクトが覚醒——必要なのは“北極星”を見つけること

ある朝、あなたは目覚めると目が見えなくなっていた——

目の前には暗闇が広がり、その場所から一歩も動くことができない。手探りなのか、聞き耳を立てるのか、一体、何を頼りにすればいいのか……。

そうなった時、初めてあなたは日々大量の情報を視覚で受け取っていたことを実感し、加えて手紙やメールなど、文字を用いた視覚的なコミュニケーションが大切だったことにも気付くはずです。

目の不自由な人のために点字というコミュニケーションツールがあります。縦3点・横2列、6つの凸点の組み合わせで構成された点字(6点式点字)は、1825年にフランスで生まれ、1890年に日本語版が開発されました。
今では駅やエレベーター、歩行者信号機など街中でみかける点字はもちろん、缶ジュースやファミリーレストランのメニュー、ATMなど、普段は気が付かないような場所にも活用されています。

そして現在、100BANCHでは目が見える人も見えない人も読めるフォントを開発したプロジェクト「ブレイル・ノイエ(Braille Neue)」が活動しています。
なぜブレイル・ノイエは開発され、「未来の実験区」と呼ばれる100BANCHで何を試み、未来をどのように見つめているのか。

その真意を探るために、プロジェクトリーダーの高橋鴻介と、プロジェクトのメンター・市川文子さんとの対談をお願いしました。前編ではブレイル・ノイエが生まれたきっかけや活動で気付いた社会の接点、100BANCHで飛躍したエピソードについてお話いただきました。

「あっ、もしかして…」 ある光景から浮かび上がった社会との接点

——まずはブレイル・ノイエを制作した経緯を教えてください。

高橋:とある施設で出会った、視覚障害者の友人がものすごいスピードで点字を読む姿に驚いたことがきっかけです。

僕はそれを読めないから、目でも点字を読める方法はないかと考えていました。そのときに「点字の点を線で繋ぐと文字になるかも」というアイデアが浮かんだことが、ブレイル・ノイエのはじまりですね。

—ブレイル・ノイエ(Braille Neue)開発者、デザイナー・発明家の高橋 鴻介(たかはし・こうすけ)さん

——そのアイデアをどうやって膨らませていきましたか?

高橋:「自分が点字を読めるフォントを作ってみよう」と、気楽な気持ちで2017年9月に制作をスタートしました。最初は点字の点を鉛筆でつないだり色を付けたりと、いろいろな要素を組み合わせながら試行錯誤を重ねていて。
ようやく11月に英語版のブレイル・ノイエが完成した頃、それを見た会社の先輩が、「ブレイル・ノイエで『NO LOOK TOUR※』のロゴを作ってみないか」と提案してくれて、それをきっかけに参加証やポスターなどを手掛けることになりました。

※2017年12月16日に神戸アイセンタービジョンパークで開催された、目の不自由な人とそうでない人が集まり一緒に楽しむイベント。

——突然、社会実装ができるチャンスが巡ってきたんですね。

高橋:振り返ると、このイベントがその後のプロジェクトの方向性を決める大きなきっかけだったと思います。全盲の人が参加証の点字を指で読んでいるなか、隣で晴眼者の人が「点字ってそういう仕組みになっているのか」と話しかけている姿を見かけました。

これまで点字と墨字(目で読む文字)は分かれていたけど、同じツールにするだけで、相互にコミュニケーションが生まれることに気付きました。個人的な好奇心で作ったフォントだったけど、社会と大きな接点があるかもしれないと気付けたことが大きかったですね。

——その時は英語版のみを制作していたそうですね。

高橋:そうなんです。でもその施設の方から「英語版だけじゃ実用的じゃないから、日本語版も作ってよ」とムチャぶりされたんです(笑)。そんな会話から、2018年1月にカタカナ版が完成しました。

——3月にツイッターでブレイル・ノイエをアップすると、大きな反響があったようですね。

高橋:本当に驚きました。その投稿から、「フォントの色や文字間隔を見直してほしい」とか「点字の並びや上下が間違って表示されている場合もあるから、晴眼者がそれを見つけるきっかけにもなる」など、いろんなフィードバックをもらうことで、さらにこのブレイル・ノイエの可能性を感じることができました。

 

「100BANCHにいることの意味」 メンタリングが大きな飛躍のきっかけに

——大学時代の友人に誘われ100BANCHに入居されたと伺いました。

高橋:ちょうど社会に対してブレイル・ノイエを広げて行きたいなと思っていた時期に、大学時代の研究室の同期が声をかけてくれました。このフォントは「ダイバーシティ」や「インクルージョン」を掲げる渋谷区と相性がいいと考えていたので、その場所を拠点とする100BANCHで活動したいと考え、応募しました。そうしたら市川さんが採択してくれて。

市川:すでにフォントもあって、やりたいことも決まってたから、あとはやるだけじゃないかと(笑)。フォントを表現する場所がほしいとも話していたから、ステージとして100BANCHってすごくピッタリだったと思ったの。

——株式会社リ・パブリック共同代表 市川 文子(いちかわ・ふみこ)さん

高橋:それ、初めて聞きました(笑)。

市川:1年100BANCHでメンターをやって実感したのは、プロジェクトの活動期間(上限3カ月)がとても短いということ。私は自治体から依頼されて、若きイノベーターを育む取り組みに携わっているけれど、3カ月はすごく短いと感じます。

普段はメンタリングを受ける側と議論しながら方向性を決めて実際に取り組んでいくので、本当は半年くらいの活動期間がほしいんです。3ヶ月が1タームの100BANCHでは「何がやりたいか」という目的はもちろん、プロジェクトを突破できる能力や素地がどれだけ備わっているかが重要になってくる。それを実感してから、メンターのやり方や精度があがったように思います。

——高橋さんは市川さんのどのようなメンタリングが印象的でしたか。

高橋:ブレイル・ノイエをどうやって社会に広めていくかを一緒に考えてくれたことが、とても大きなメンタリングでした。僕は学生時代からもの作りをしていたけど、それをどう広めていくかとか、どう社会実装していくかが本当に分からなかったんです。

だからブレイル・ノイエは当初、個人のものとして「最終的に本とか名刺にアイデアを落とそうかな」くらいに考えていました。でも、そんな僕を見て市川さんが「そんなに小さくまとまってちゃダメ!」「もっとやっちゃえ!」って背中を押してくれました(笑)。

市川:そうそう(笑)。ここが渋谷であり実験区とうたっていることに対して、どれくらい文脈を持てるか。それがここでブレイクスルーをする人としない人の分かれ道だと思います。

メンターは「なんでも来い!」って待っているのに、プロジェクトが小さくまとまってしまうことがあるけれど、「ここはそういう場所じゃない」って気持ちがありますね。

高橋:そう言われて、ハッとしました(笑)。

市川:ここ数年東京には他にもインキュベーション施設やアクセラレータープログラムが増えてきた。でも100BANCHは資金調達や技術開発優先の場所ではない。社会的な実験場だと思います。だからそれを活用してほしいんです。

3ヶ月前(2018年9月現在、追加3カ月の活動延長中)、高橋くんから「2020年東京オリンピック・パラリンピックのチケットで実装したい」って大きなビジョンを提案されたけど、「まずここでできることを考えなさい」って伝えたんだよね。

高橋:市川さんから「100BANCHにいるからこそ、関われる人たちに絞ることが大切だ」とアドバイスをもらいました。オリンピックの実装を含め、これからやりたいことを大量に書いたリストを見せたけど、目指すところを市川さんがグッと明確に絞ってくれました。

市川:その時に「やっぱりキーワードは渋谷だよね」って話になって。

高橋:改装中の渋谷公会堂に実装する案もふわっと出ましたよね。

市川:ここには渋谷区長の長谷部健さんもメンターにいるし、いま施設の建て替えとかで渋谷がすごく変化しているから、タイミング的にいろいろハックできるスペースがあると思ったんだよね。

 

長谷部渋谷区長との1分間 最後のドアは自ら開く

———100BANCHの1周年を記念した夏の文化祭「ナナナナ祭」で、ブレイル・ノイエの展示や100BANCHの建物内に実装をされていましたよね。

高橋:おかげで多くの人にこのフォントを紹介することができました。また、来場していただいた長谷部区長や、渋谷で施設開発を進める企業と接点を持てたことが非常に大きな成果でした

市川:長谷部区長に「ちょっと待って!」ってアタックしたんでしょ?

高橋:そうなんです(笑)。ナナナナ祭で長谷部区長が登壇したあとに、次の予定に向かわれる姿を遠目で見つけて、「1分だけ時間をください!」って勇気を出して声をかけました。つい階段まで追いかけて(笑)。

それをきっかけに僕たちの取り組みに興味を持っていただき、後日再度プレゼンをさせていただいて、「渋谷から世界に広げようぜ!」という快い返事をいただきました。現在建て替え中の渋谷区新庁舎や渋谷公会堂に導入しようと話を進めています。

市川:最後のドアは自分で開けているから偉い。

高橋:もともと僕は能動的なアクションが苦手なんです(笑)。会社は待っていても仕事がある環境だけど、ブレイル・ノイエは待っていても何も起こらない。

「とりあえず話だけ聞いてくれ」とか「オフィスに遊びに行かせてくれ」ってひたすらメールを出したり、声をかけたりと、僕自身が積極的になりましたね。そうすることで道が開けた部分はたくさんありました。

市川:本当にすごい。

高橋:いろんな人にプレゼンしていくうちに、「次はこういう人に会えばいいんじゃない?」と紹介してもらうことも増えて、実際にその人に会いに行ってと繰り返すうちに、どんどん可能性が広がっていきました。

100BANCHでも未来言語※を一緒にやっているMUKU※の松田崇弥くんが「こういう人と会ったけど、ブレイル・ノイエを紹介していい?」と提案してくれるなど、いろんなかたちで僕たちのことを気にかけてくれて。

市川:わらしべ長者みたいだよね(笑)。

高橋:それにかなり近いですね(笑)。

市川:ブレイル・ノイエって100BANCHの持っている資源をうまく結集させたものかもしれないよね。いろんな人がプロジェクトのコンセプトに惚れ込んでいけば、そのネットワークとかコミュニケーションがどんどん増えてくる。

その点でこのプロジェクトは100BANCHの活動を終えてからも、やりきれないくらいの話が来るんじゃないかな。

——短期間の活動にもかかわらず、なぜ渋谷公会堂や渋谷区新庁舎の実装にまで話を進められたと思いますか。

市川:オリンピックや「渋谷の施設に実装したい」という目標があったからこそ実現できたんだと思います。

リコーに以前お勤めでいらした瀬川秀樹さんという方がいらっしゃるんですが、この方はご自身がイノベーターなだけでなく、たくさんの後輩を育てている。その瀬川さんがいつも「北極星をみつけなさい」、とおっしゃるんです。
山とか川とかいろいろな障害物があらわれても、北極星があるから進むべき方向とこれは超えなきゃいけない山が分かる。その感覚に近いんじゃないかな。

高橋:すごく近いと思います。目指すところが明確に定まっていたから「長谷部区長に声をかけなきゃいけない」と自分を奮い立たすことができました(笑)。

市川:高橋くんが乗り越えなきゃいけないハードルは、長谷部区長っていう大きな山だったんだよね(笑)。

高橋:いきなりデカい山でしたけどね(笑)。

市川:北極星をちゃんと口に出していたことも大事だったし、高橋くんが越えるべき山を自力で乗り越えたことが重要だったと思います。

***

ブレイル・ノイエの北極星を見つけ、自らを鼓舞しながら新たな取り組みに挑む高橋さん。後編では、このフォントが私たちの生活にどのような気付きをもたらし、それによって社会はどのように変化するのかについて伺いました。

■ブレイル・ノイエ(Braille Neue)出展イベント

超福祉展

 日時:2018年11月7日〜13日

 場所:渋谷ヒカリエ 他

■高橋さん登壇イベント

日本賞 教育 × 多様性「多様性とメディア」

 日時:11月8日(木)13:00-16:00

 場所:NHKみんなの広場 ふれあいホール

 登壇者:織田友理子(一般社団法人WheeLog 代表) / 高橋鴻介(発明家) / 竹内哲哉(NHK制作局 副部長、解説委員)

NEXT GENERATION

 日時:2018年11月14日(水)15:00〜21:00(懇親会 20:15〜21:00)

場所:渋谷ストリームホール

 参加費/チケット購入:サイト参照

>記事後編「Braille Neue高橋鴻介×市川文子(後編): 「究極的には晴眼者のものかもしれない」 ——発想の転換がもたらす社会の影響と未来へのヒント」はこちら

 

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