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2022年、発明修行に努め発明的涅槃(想像即創造)の境地を目指します!——2022年 今年の抱負!

あけましておめでとうございます。発明家Rickyです。今年もどうぞよろしくお願いします。


成人になりました

 さて私には現在「発信不足」という課題があります。自身の活動についての発信を怠っていたことにより、自分自身の認知が世間的に低く、私の切実な課題でもある資金不足に関する信頼が得にくいという現状があります。

また発明家なのに発明の様子が一般に知られる発明家に比べて見えにくいのも事実であります。その理由は私自身のポリシーや発明論によるのですが、今回の機会をきっかけに「発明とは何か」「私は何を目指しているか」を述べ、今後の活動を見守っていただければと思います。

 はじめに発明とは何かについてお話しします。発明とは「人類が未だに気づいていない価値を顕現させること」であります。こう述べると難しく聞こえますが、ポイントは発明が創作行為によらないこと、そして発明に発見的側面があることが理由に挙げられます。

 

数学は「発見」か? 「発明」か?

ここで簡単に皆様に考えて頂きたい問いがあります。それは「数学は発明か発見か」という問いです。


数学の問い

私の知り合いにこう問いかけてみると、即座に発明だと言いました。彼曰く人間が自ら編み出した記号によって定義し操作を加えていると言います。

確かにこの考えは間違っていません。古代から数学(的なもの)はありましたが、数字の0が発明されたのは5世紀頃のインドでした。また古代からあると言いつつもそれらは測量や時間に対する記録、つまり発明に起源があります。

しかし定理をみるとどうでしょうか。おなじみのピタゴラスの定理などもそうですが、それ自体を生み出したというよりも発見したと言えるのではないでしょうか。一般的な発明がないものを生み出すとするなら、数学の諸定理は法則を見つけたと言えるはずです。これが数学の面白くも不思議なところです。

では問いにはどう答えるべきか。それが先に述べた「人類が未だに気づいていない価値を顕現させること」になります。

 

創造は可能か?

詳しくは割愛しますが、この答えは0to1による創造は可能かという問いに答えようとする中で見えてきます。一般的に発明と呼ばれるようなものが、果たして0to1と言えるのか。そう思って見てみると、多くは部分の組み合わせの集合でしかないと思います。

発明といえばエジソンの電球(厳密にはジョゼフ・スワン)が思い浮かべられると思いますが、何をもって発明と呼ぶのでしょうか。少なくとも「電球あれ!」と言って出てきたわけではないと思います。実験に実験を重ねフィラメントとしてふさわしい竹を発見した。そしてそれを一つにパッケージし、エコシステムを構築してようやく発明品となった。

ここでわかるのは0to1、つまり無から生み出されたものではないということです。発見に重なる発見が、創造に重なる創造が、ある時誰も気づかなかった価値へと転換される。それが発明の姿だと思います。

より一般化してみます。旧約聖書冒頭に神は「光あれ」と述べ世界を創造した。この冒頭におけるイスラーム哲学による解釈は示唆深いです。世界は初め混沌としていた、その混沌とした中で名前が与えられ実在が現れたというのです。

この考え方は老荘思想にも共通します。はじめは無名であったが、そこに名前が与えられ有名となり世界があらわれた。ここにも先に述べた発明の姿が垣間見れます。もっと言えば仏教の真如もそうなのではないでしょうか(膜妄想ではありますが)。

創造について

科学、とくに宇宙論でもそうですが物質と反物質という考え方やゆらぎという考え方が主流です。そうなると本当の無はどうなのかとなりますが、これ以上は深くなるので飛ばさせて頂きます(ヒントは仏教的無と西田の絶対無だと思います)。

とにかく、創造的な側面も発見的な側面も持つ発明という行為。それはあらゆるものを内包した実無限的世界を想定した時、人類の未知を顕現させたという点で共通するのです。簡単に言えば一般的な発明と発見は表裏一体です。

修行と涅槃

 

想像即創造の発明的涅槃に至る境地を目指す

ここでようやく私の目標が述べられます。それは想像即創造の発明的涅槃に至ることです。涅槃は仏教における宗教的な最高な境地でありますが、これは簡単に言えば障害のない完全な自由の境地、つまり解脱です。

私が発明を行う中で感じた大きなギャップは想像と創造の間です。頭にたくさんアイディアがあっても、それを実現できる技術・力・資金がない。このギャップを埋めるべく、私は仏教をヒントに発明修行を行うことにしました。つまり鈴木大拙が言うような分別即無分別のような境地を発明的にそこに求めるのです。

仏教に限りませんが、宗教には修行が多く見られます。密教の修験道やタオに至る道教、神との合一を図るスーフィズム、インド哲学ではアートマンとブラフマンの合一を図ることがベースになっています。

このように何か境地を置き、自身をそこに至らされる、これが修行だと思います。私はここに想像と創造のギャップをなくすことで発明的涅槃を見ます。2022年はこの境地に少しでも近づけるよう努力していきたいと思います。


発明の動機はいつでも身近な課題だった:中二でのポスター発表

そして実際には何を発明するのか。私が思い描く世界は「人類が自由に幸福を追求すること」、つまり「解脱」です。あらゆる障壁がなくなった世界、それは対立による排除などではなく溶け合うような世界、つまり円融無礙の世界です。

現代には障害となる制限がたくさんあります。身体的なハンデや環境問題、そして近年の問題でもあるヒューマニティー。人工と自然の分断、それらをうめる人間拡張としてのメディアを発明したい。それが私の目指すものであります。個人の拡張ができれば、社会的な弱者・少数を見捨てない、真のダイバーシティ社会へと近づけるはずです(私はここにアニミズムをみます)。

この取り組みにはたくさんの方のお力添えが不可欠です。これからみなさんと共に考え、そして共創していけることを楽しみにしています。お気軽にご連絡頂ければと思います。

Instagram:https://www.instagram.com/inventor_ricky/

 

この記事は100BANCHのメンバーやスタッフが2022年の抱負を語るリレーエッセイ企画です。他の記事はこちらのリンクからご覧下さい。

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