• リーダーインタビュー
  • センパイの背中

大切な誰かの細胞を纏い、想いと世界をアップデートする:川又龍人(株式会社PxCell、HAVNA Inc.代表取締役)

「蚕に自分のDNAを食べさせたら、“ヒトの糸”はつくれるのかな?」
そんなちょっと変わったフェチ的な好奇心から、川又龍人の探求ははじまりました。

GARAGE Program72期生「PxCell」の川又は、2023年7月に100BANCHに入居。これから訪れるかもしれない「ヒトの細胞を売り買いする世界」に着目し、ヒトなどの細胞をファングッズやお守り、形見としてブロックチェーン技術を用いながら商品化して、想いの形をアップデートしていくことを目指して活動に取り組みました。2024年には実際にアイドルの細胞が入ったアクセサリーを開発し、販売も行っています。他にもファッション、アートを中心とした領域でのブランドプロデュースなど様々なプロジェクトを推進しています。

そんな川又が、100BANCHに入居したきっかけや現在の活動、目指す未来について語りました。

川又龍人|株式会社PxCell、HAVNA Inc.代表取締役

1991年北海道札幌市生まれ、医療従事者の家系に育つ。金沢美術工芸大学美術科彫刻専攻卒業後、情報科学芸術大学院大学[IAMAS]博士前期課程を修了。株式会社PxCell、HAVNA Inc.代表取締役。バイオ、ファッション、AIといった異なる領域を横断しながらブランドや作品をプロデュース。生命や身体をめぐる表現を通じて、社会のあり方を問い直し、ディストピア的な未来をデザインすることを目指している。

川又:こんにちは、川又龍人と申します。まさかこの場に立つことがあるなんて思っていなかったので、すごくドキドキしています。今日はこれまでの僕の経験を紹介しながら、「僕みたいになるなよ」というエピソードをお伝えできればと思います。

現在僕は、AI、ファッション、バイオの3つを専門領域としながら、ブランドプロデューサーやスペキュラティブデザイナーとして活動しています。元々、美大で彫刻を勉強して、ファッションにも興味を持ち、大学院でメディア表現やAIなどの研究をしました。その後、アイドルプロデューサーやAIベンチャーのプロジェクトマネージャー、ディレクターなど色々な経験をし、今は2つの会社を経営しています。

100BANCHでも活動していた「PxCell」は、大切な誰かの細胞を結婚指輪やお守り、ファングッズなどに加工する、ちょっと変わったプロダクトのブランドです。口の中や髪の毛から細胞を採取して抽出したDNAを培養・分離して、ジュエリーなどに封入します。デジタルの証明書も発行していますが、UVライトで光るようにして、「ここにDNAがいるんだ」と実物が見えるような工夫もしています。亡くなったペットのDNAをアクセサリーにすることもあります。

 

やりたいことのフェチが強すぎる!

——100BANCH入居時から現在も「PxCell」としての活動を続けている川又。現在の形になるまでには様々な実験がありました。

川又:「ペットや大切な人のDNAをジュエリーに」と聞くとすごくキレイなプロダクトだと思われるかもしれませんが、僕が元々やりたかったのはもっとフェチが強いものでした。そのひとつに「ヒトの糸」をつくれないかなと思い、取り組んでいた実験があります。蚕に餌と一緒に僕のDNAを食べさせれば、その蚕が吐く糸は「ヒトの糸」といえるのではないか、と。しかし、DNAを抽出するときに使うアルコールが強すぎてそれが混ざった餌をあげるとき、普段ゆっくり動く蚕がピャーっとびっくりするような反応をしたので、さすがにかわいそうでやめました。

川又:また、アイドルやコスプレイヤーの方からいただいた細胞をアクセサリーにして販売したこともあります。口の中から細胞をこそぎ取ってそこからDNAを抽出するのですが、普段はなかなか見えない細胞が、抽出したDNAになると意外と見えるようになったりします。他には「フェチといえばローションでしょう」という発想から、セクシー女優のDNAを封入したローションもつくりました。

川又:ホリエモン(堀江貴文)さんの動画にも出演させていただいたのですが、「これ、事業じゃなくてアートだよね」と言われました。まさにその通りで。そもそもなんで「PxCell」をやっているのか、という話をしていきたいと思います。

僕は医療従事者の家系に生まれて、まわりは医者や弁護士ばかりだったのですが、僕だけ突然変異のように美大に進学しました。卒業制作では「将来的に細胞を売り買いする企業が出てくるのではないか」という考えのもと、スペキュラティブデザインのようなことに取り組みました。その後、岐阜のIAMASという大学院に進んで色々研究を行い、大学院卒業後はAIベンチャーで働きながら、副業で同人作家もやっていたんです。その副業がすごく軌道に乗ってしまい、法人化を考えているタイミングで、100BANCHでマッドサイエンティストとしておなじみの A cultured energy drink プロジェクトの田所さんに出会ってしまったんです。「You、100BANCH来ない?」みたいな感じで誘われ(笑)、応募したらまさかの採択。そのままの勢いで起業することになりました。

100BANCHに入居した当初は「細胞を売る」というところから、「Cybor Ichiba」という名前でエンジニアとデザイナーとの3人体制で活動していました。活動している中で「親愛なる細胞」という意味で「DearCel」という名前も考えていたのですが、商標がとられていて現在の名前「PxCell」になりました。初期のプロダクトは、「中に細胞が入っていてバーコードで誰の細胞なのかが読み取れる」SFの世界のようなものを3Dプリンタでつくれたらいいなと考えていました。そういったはじめての試作品をつくりながら、それと並行して田所さんと一緒に細胞を増やすコラーゲンボールの実験なども行っていました。

100BANCHでの最初の試作品

川又:そして「DIG SHIBUYA」というイベントで展示をすることになり、細胞を封入したリングをつくりました。初期はガラス素材を想定していたのですが、ガラスを熱する温度にDNAや細胞が耐えられないため、3Dプリンタを使って透明なレジンで制作しました。しかし、レジンも意外と耐久性が低く、茶ばんでしまったりすることがわかったので、最終的に今は金属に落ち着いています。

川又:バングルの形のプロダクトでは、中央に細胞培養をしたときの液体と細胞をそのまま一緒に入れました。情報の透明性を意識してブロックチェーンを用いて、個人情報やDNA採取の工程などを暗号技術で記録したデジタル証明書も用意したのですが、複雑すぎてあまり理解されないことがわかりました。今思うと、「ワンイシュー」で良かったんです。「紙など実態の伴う証明書があれば、人は納得するんだな」「プロダクトにはわかりやすさが大事なんだな」という学びがありました。

なぜ細胞なのかというと、すごくセンシティブな話なのですが、叔母が人形作家をやっていて、僕が3歳くらいのときにたまたま僕をモデルにした人形をつくってくれたんです。そこから不思議な感覚に陥り、人形フェチに目覚めました。それから時が流れて美術予備校で浪人していたときに、すごくキレイだなと思った女の子に「この一瞬を彫刻に残したい」とやや気持ち悪い感じで告白をして、フラれてしまいました。それを引きずっているのか「その一瞬をとどめたい」みたいな気持ちが、細胞を扱うことになった原点にあるのかなと思います。さらに大学卒業間際には、卒業できるか怪しい状況だったこともあり、先生に「ティッシュを丸めたものでもいいから卒業制作を出しなさい!」と言われ、さすがにティッシュは嫌だなと思い、細胞を題材にすることになりました。

 

細胞きっかけでブランドプロデューサーに

——強いフェチや折り重なる出来事からテーマにしてきた「細胞」ですが、そこから活動は様々な方向に広がっているそうです。

川又:細胞をきっかけに、今では本当に色んな相談が降ってくるようになり、細胞以外の活動にも広がっています。例えば「偽糞」という、牡蠣の食べ残しが海を汚しているという課題があって、昨年にはその偽糞を「スーパーワームを活用した肥料に転換して海の汚れを綺麗にできないか」という実験をするために、宮崎まで行って漁師さんと一緒に海に潜って牡蠣を取ったりもしていました。また、ゲームやアニメなどに登場する架空の食材「龍肉」をバイオテクノロジーを用いて現実のものにしているプロジェクトの万博の展示に関わったり、国立新美術館でのコラボ展示でDNAを封入した盆栽をつくったりもしました。

川又:「DNAの指輪をキャバクラのお姉ちゃんにあげたい」という人たちとのつながりも生まれました。そのつながりから昨年はアイドルのファッションブランド「Idelia」を手掛けていました。他には静電植毛技術をつかって「何でもかんでも、もけもけさせちゃおう」という「mokemoke」というプロジェクトを行ったり、抹茶を海外に売ったりもしています。また、鋳造メーカーさんのお手伝いもしていて、有機物であればそのままの形を残したまま金属にできる工房で、「食拓」という名前で食材や自然の形をそのまま取り入れた食器もつくっています。

川又:最近はリカバリーウェアの会社も立ち上げました。今世の中にあるリカバリーウェアよりも、もっとかわいいブランドにしようと立ち上げて、ポップアップをはじめていたり、海外のブランドを日本に持ってきて代理店みたいなことをやったりもしています。他にも、銀座のバーのアートコミュニティの副代表になったり、議員さんの私塾の運営もしています。来年は、自己修復する建材をつくる別の会社を立ち上げる予定です。そこでは100BANCHで取り組んでいたバイオのことにもつながってくるのかな、と思っています。

 

起業したい皆さんに伝えたいこと

——100BANCH入居時にPxcellを法人化し、他にも様々な組織の経営に関わる川又。自身の経験を元に、起業する際の注意点を教えてくれました。

川又:ここで、僕が色々経験してきて思ったことをまとめてみました。まず、起業前には必ず売上をつくってから法人化した方がいいと思います。起業したからといって、すぐにお金が入るわけではないので、ある程度売れてから仕事を辞めるなり、決断をした方がいいです。「働いて脱サラして起業しよう」と思っている人は、貯金は本当に大事です。売上が全くなくても、税金はかかります。それから、「出資するよ」と声をかけてくる人もたくさん現れるので、気をつけてください。100万円しか出資していないのに株を90%持っていく、といった人もいるので、本当に気をつけましょう。VCから調達して上場を目指すような人もいるかと思いますが、そうでない人は、自己資金で活動したり、クラファンを利用したり、意外とお金を貸してくれる人もいるので借りるなり、応援出資してもらった方が良いと思います。

また、「誰かのために起業する」というのは止めておいた方がいいと思います。やはり何かバランスが崩れるんですよね。僕のまわりにもたくさんいるのですが、「恋人や奥さんを楽させたい」と起業したものの、意外と離婚してしまう、というケースはよくあります。そして、「ライスワーク」と「ライフワーク」は分けて考えましょう。お金になるものとお金にならないものはちゃんと自分の中で分けて行動した方が成功率が上がるし、他のメンバーもいる状態だとすると、その方が仲間割れもしづらいです。

次に、病んだときは、筋トレとウォーキングでなんとかなります。僕は結構病みやすいのですが、「やばい、もう限界」というときは、動きましょう。本当に、移動距離で病むかどうかが決まります。そして、辛い時は誰かに言いましょう。「もう無理!」というときにちゃんと「辛い」と言わないと誰にも伝わりません。友達でも誰でもいいので、言えば絶対誰かがなんとかしてくれます。

あとは、素直さや謙虚さ、ギバーでいることが大事です。場合によっては物事を選ぶことも大切ですが。僕自身は基本的にギバーで、なんでも行動してきているのですが、色々な人を見ていても今までやったことの延長線上が、だいたい未来になっている気がしています。今のプロジェクトがどこでどうつながるかわからないのですが、割とつながることが多いので、とりあえず目の前のことをしっかりとやって次に行くのがいいと思います。あと、どれだけ親しくても契約書はちゃんと巻いておきましょう!

 

PxCell が目指す未来

川又:今は細胞の指輪屋さんのようになっていますが、元々やりたいことはそこではありません。今後、部分的にディストピアのような世界が訪れるのではないかと考えています。バイオテクノロジーが進歩するにつれ、身体改造などをめぐって「選べる少数」と「選べない多数」に分岐していくような、映画『ガタカ』のような世界が確実に来るのではないかと考えています。最近も、アメリカではデザイナーベビーを実現しようとする企業が生まれ、資金調達も進んでいます。僕は、その文化がいずれ来る前提で、「じゃあどうしたらいいのか?」を考えています。

そうなったときには細胞の「原本」を保存することが大事になってくると思います。これは医療の領域にもなってきますが、幹細胞を若いうちに保存して、老化に対して自分の幹細胞を投与したり、遺伝情報なども長期ストレージ化するといったアプローチです。また、少しSFのようですが、「新しい身体のインフラをつくる」ための未来技術や恩恵を“選べる側でいられる状態”を維持するための環境を提供するインフラづくりを、しっかり進めていきたいと考えています。

血液検査スタートアップとして注目され、後に詐欺で有罪となったエリザベス・ホームズという人物がいますが、僕はバイオを研究していく者としてはすごく憧れているんです。彼女は2032年に出所予定なので、何か一緒に事業をやりたいなと思っていて、今はそこを目指して頑張っています。

 

今回のお話の内容は、YouTubeでもご覧いただけます。

https://youtu.be/aE6H-KFbAiU?si=IuoarrUtxn_9bvB9

  1. TOP
  2. MAGAZINE
  3. 大切な誰かの細胞を纏い、想いと世界をアップデートする:川又龍人(株式会社PxCell、HAVNA Inc.代表取締役)

100BANCH
で挑戦したい人へ

次の100年をつくる、百のプロジェクトを募集します。

これからの100年をつくるU35の若きリーダーのプロジェクトとその社会実験を推進するアクセラレーションプログラムが、GARAGE Programです。月に一度の審査会で採択されたチームは、プロジェクトスペースやイベントスペースを無償で利用可能。各分野のトップランナーたちと共に新たな価値の創造に挑戦してみませんか?

GARAGE Program
GARAGE Program エントリー受付中

2月入居の募集期間

11/25 Tue - 12/22 Mon

100BANCHを応援したい人へ

100BANCHでは同時多発的に様々なプロジェクトがうごめき、未来を模索し、実験を行っています。そんな野心的な若者たちとつながり、応援することで、100年先の未来を一緒につくっていきましょう。

応援方法・関わり方