
宇宙人に向けての記録装置
宇宙人のための芸術作品を月面に送るプロジェクト「Noah’s Ark」。動物の遺伝子情報を含んだミクロサイズの彫刻を制作し、「ノアの方舟」を模した人工衛星で月に打ち上げることを目指しています。
ナナナナ祭2025では、かつて制作した作品《月面ミクロ彫刻展示会「Noah’s Ark」》の問いを引き継ぎ、地球上の生物に関する情報を、宇宙人にどのように伝えるかを込めた《宇宙人に向けての記録装置》を展示しました。その模様を、「Noah’s Ark」の古山が振り返ります。
こんにちは、古山寧々といいます。
普段はアーティストとして作品を作っています。私の作品テーマは、「非人間(人間以外)から見た人間」や「人間と非人間の関係」です。サイエンスとアートの領域を横断しながら、そうした問いに向き合う作品を制作しています。
今回のナナナナ祭では、その問いを社会にひらく実験として、《宇宙人のための記録装置》という展示と、「宇宙人に自分や人間をどう伝えるか?」をテーマにしたワークショップを、ブースを訪れてくださった方々と行いました。
3日間の運営をひとりで行うのは体力的にかなりハードでしたが、それ以上に、来場者の方々と深く対話できた、非常に濃密な時間となりました。ここでは、その全体像をレポートとしてまとめたいと思います。
私は100BANCHにて、「Noah’s Ark(ノアの方舟)」というプロジェクトで採択いただき、これまで制作を進めてきました。
このプロジェクトの目標をひと言で表すなら、
「数万年後に宇宙人が鑑賞することを想定した作品を、月面に展示すること」です。
そもそも、数万年後に地球の生命は残っているのでしょうか。
戦争の繰り返しや、環境破壊の深刻化を思うと、人類も、他の生き物たちも、やがて地球上から姿を消しているかもしれません。もしそうなるのだとしたら、せめて地球に生命が存在したという証を、どこかに残したい。
そう考えて、私は「月」を展示会場に選びました。月には、まだ国境も戦争も、誰かが富や土地を奪い合うこともありません。だからこそ、地球の生命の記録をそっと託す場所として、ふさわしいのではないかと思ったのです。
私は、地球上の動物たちの彫刻をミクロサイズで制作し、それぞれの動物のDNAを彫刻に封入しました。これらをノアの方舟を模した小さな容器に収め、月面へ届ける計画です。
この小さな彫刻たちは、芸術作品であると同時に、地球生命の記録装置でもあります。
今回の展示では、「Noah’s Ark」プロジェクトの中でも特に、
「宇宙人にどうすれば情報を伝えられるのか」という問いに焦点を絞りました。
中心的な疑問となったのは、
「人間中心のメッセージは、本当に宇宙人に届くのか?」ということです。
この問いを考える上で、過去に行われた宇宙人へのメッセージプロジェクト――
「アレシボ・メッセージ」と「ゴールデンレコード」を展示内で紹介しました。
どちらも魅力的な試みですが、いずれも人間の視点が色濃く反映されています。
それに対して「Noah’s Ark」では、DNAという素材そのものを用いることで、未知の知性にアプローチできないかと考えました。言語や文化をいくら工夫しても、相手の知覚や価値観がまったく異なる場合には、かえって伝わらないかもしれない。 だったらいっそ、言葉や文化を通さずに、“素材そのもの”を渡した方がむしろ伝わるんじゃないか。そんな発想から、宇宙人に情報を伝えるための手段として、DNA入り彫刻を作りました。
また伝える内容についても、さまざまな動物のDNAを並列に扱うことで、人間を特別な存在として強調するのではなく、他の生命と同じく、地球上に存在した一つの生物種として位置づけることができるのではないかと考えています。
まず展示の冒頭は、初期の宇宙人探しの試み「オズマ計画」、そして宇宙に向けて発信してきたメッセージ「ゴールデンレコード」や「アレシボ・メッセージ」の紹介から始まります。
そこから「もし自分だったら、どのように宇宙人に“人間”を伝えるか?」という視点に接続し、私自身の提案として、ミクロサイズのDNA入り動物彫刻作品を展示しました。
この彫刻は、アーティストとサイエンティストのコラボレーションによって制作されました。共同制作者は、ドイツ・ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ 化学科の博士課程に在籍する西山晃平さんです。
西山さんは、3Dプリンタを用いたマイクロメートルスケールの構造体づくりを専門とし、さらにDNA(=遺伝情報)そのものを素材として扱い、構造体に特定の機能をもたせたり、複数の構造体が「対話」や情報交換をおこなうような研究に取り組んでいます。
この展示に使用しているDNA彫刻は、西山さんの技術と知見により実現したものです。
(以下3枚のスライドは、西山さんが作成したものです)
まずは、DIYレベルで市販の肉などからDNAを抽出します。
塩化ナトリウム水溶液に試料を浸してタンパク質の結合をゆるめ、洗剤で細胞膜を壊して上澄み(DNAを含む液体)を取り出します。そこに冷えたエタノールを加えることで、DNAが白く沈殿してきます。
抽出したDNAの「COI領域(シトクロムオキシダーゼI)」を増幅・読み取り、BLASTというデータベースと照合することで、DNAの由来となる動物を特定することができます。
今回は、ドイツのグーテンベルク・リサーチカレッジにて、実際にミクロ彫刻に封入されたDNAの解析を行いました。その結果、たとえば「馬:98%一致」「クマ:98%一致」など、高い一致率で該当動物が特定され、意図したDNAが正しく含まれていることが確認できました。
これらの動物型の彫刻は、まず3Dプリンターで原型(もとになる形)を作り、そこからシリコンで型をとります。その型に、DNAを混ぜた透明な樹脂を流し込んで固めることで、ミクロサイズの彫刻が完成します。下段の写真は、実際に制作された彫刻の顕微鏡画像です。犬や豚、人型、カンガルーなど、さまざまな動物が1〜2mmサイズで成形されており、それぞれの内部にDNAが含まれている様子が確認できました。
ワークショップでは、そのタイトルのとおり「宇宙人に自分や人間のことをどう伝えるか?」というテーマで、来場者の皆さんにポストイットを使って自由にアイデアを出してもらいました。
参加者には、私が考案した4種類の宇宙人を前提に、それぞれにどうやって「自分」や「人間」を伝えるかを考えてもらいました。宇宙人は、それぞれ異なる知性のあり方を持っています。
① 鏡型知性|みーみる
「ソラリス」には、海のような見た目をしたふしぎな知性体が出てきます。この存在は、主人公の亡くなった妻の姿を作り出すのですが、よく見ると服と体がくっついていたりして、どこかおかしいのです。これは、相手のことをちゃんと理解して再現したのではなく、「見た目の特徴だけをまねした」結果だと考えられます。
似たようなことは、AIにも見られます。たとえばChatGPTが画像を作るとき、時々人間の手に指が6本ある絵になってしまうことがあります。これも、人の体を本当に理解しているわけではなく、表面の情報をもとに「それっぽく」まねしているからかもしれません。
② 分散型知性|ねねむ
たとえばタコは、頭だけでなく足にも神経がたくさんあります。なんと全体の神経の約3分の2が足にあるんです。そのおかげで、各脚が独立して動くことができます。
竹も面白い例です。地上では別々の竹が立っているように見えても、地下では「地下茎(ちかけい)」と呼ばれる根がつながっていて、栄養や情報を共有しながら全体で一つの生命体のようにふるまっています。
③ 円環型知性|えんり
「ヘプタポッド」という宇宙人は、人間とは異なる時間のとらえ方をします。
人間は「原因があって結果が生まれる」「今の行動によって未来が変わる」といったように、時間を順番(直線的)にとらえています。
でもヘプタポッドは、時間を円のようにつながったものとして認識しているため、未来を常に知っている知性体です。映画の中では「未来を思い出す」という表現も使われています。
④ 内在型知性|くう
『2001年宇宙の旅』では、黒い板のような「モノリス」に近づいた猿が、道具を使いはじめ、知性を獲得する場面があります。
これは、モノリスが「ただそこに存在するだけで、周囲に変化を起こす存在」であることを象徴しています。
モノリスは、自ら話したり動いたりするわけではありませんが、それに触れた相手に強い影響を与えます。
今回のプログラムで私が検証したかった仮説は、 「宇宙人に人間をどう伝えるかを考えることで、私たちが自分たちをどう定義しようとしているのかが見えてくるのではないか」というものでした。
「自分という存在を、まったく異なる知性にどう説明するか?」という問いは、一見フィクショナルで突飛に思えるかもしれません。けれどその問いに向き合うことで、私たちは無意識のうちに「どの特徴を本質と考えているか」「何を人間性として切り出すのか」といった、自らの前提や価値観を再考せざるを得なくなります。
実際に寄せられたアイデアの中を見てみましょう。
たとえば、ネネムに人間を伝えるには、宇宙人の「目の前でガチ喧嘩をさせる」というアイデアがありました。ネネムは、複数の個が集まってひとつの知性を構成している存在。そんな相手に対して、人間は「個別の意見を持ち、衝突しながらも社会を構成している」ということをダイレクトな手段で伝えるという提案です。
また、「関係者全員呼んで自分を囲ませる」という案も印象深かったです。これは、職場・家族・友人など、異なる関係性の中で人がまったく別の顔を見せることに着目したものです。ひとつの固定された自我ではなく、他者との関係によって自分が変化するという、関係性としての人間像を伝えるためのアプローチでした。
何十分もポストイットに向き合い、真剣に考えてくれた来場者の姿勢は、ワークショップそのものの密度を高めてくれました。単なるアイデア出しにとどまらず、「自分とは何か」を本気で掘り下げようとする方も多く、私自身も多くの発見を得ることができました。
とくに大きな気づきだったのは、「どの情報を選び、どれを伝えないか」という行為そのものが、私たちの人間観や価値観を無意識に反映しているということです。鑑賞者が“人間ではない”という前提に立ったとき、私たちはあらためて「何を人間の本質として伝えるべきか」を問い直すことになります。そこには、文化や倫理、身体性、記憶、関係性といった、さまざまな視点が複雑に絡み合ってきます。
ポストイットに書かれた意見の中には、私がまったく想定していなかったような発想や切り口も多くありました。そうした他者の視点に触れることで、自分がどんなフレームで世界を見ていたのかにも気づかされました。
月面に作品を届ける「Noah’s Ark」計画は、これからも継続して進めていきます。
このプロジェクトは、アーティストとサイエンティストの協働によって生まれたものであり、芸術と科学という異なる領域を横断する挑戦でもあります。サイエンスアートとしても、今後さらに豊かで実験的な展開が期待されます。
また、宇宙人という究極の他者に向けて表現を届けようとすることは、私たち自身の存在や、コミュニケーションの本質を改めて問い直す機会でもあります。
今回の展示では、「本当にDNAが入っているんですか?」「なぜ宇宙人に向けているんですか?」といった驚きや好奇心から、多くの来場者が足を止めてくれました。
さらにワークショップでは、「こんな発想は初めて」「自分自身に向き合うきっかけになった」といった声もいただき、思いがけないほど深く豊かな対話が生まれる場面が何度もありました。今後も、展示やワークショップを通じてこの問いをひらき続け、より多くの人々と対話を重ねていきたいと考えています。
結びに、このプロジェクトは本当に多くの方々の支えによって実現しました。制作の各段階で力を貸してくださった協力者の皆さま、作品を面白がってくれた来場者の皆さま、そして見えないところで応援してくださったすべての方々に、心より感謝申し上げます。