LEADER INTERVIEW

2020.12.28 Mon

知的障害のある作家が生み出すアート作品を通して福祉に変革を——
ヘラルボニー:松田崇弥さん

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2020年12月、100BANCHの懸垂幕やその週辺は色とりどりのアートで彩られていました。これらは全て松田崇弥さんの率いる、「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験ユニット・株式会社ヘラルボニーに所属する知的障害があるアーティストが生み出したアート作品。この取材が行われたのは「Wall Art MUSEUM STORE」という、渋谷・銀座・表参道の壁面広告枠にそれらの作品を掲示する試みが行われている最中でした。

松田さんには知的障害がある4歳上のお兄さんがいます。社名のヘラルボニーとは、幼い頃にお兄さんが自由帳に書いた謎の言葉。本人すらその意味は分からないそうですが、松田さんはそんな一見意味がないと思われるものや思いを価値のあるものとして世に創出したい、そんな願いを込めて社名に採用。物心がついた頃から家族で福祉活動に参加し、当たり前のように福祉事業に携わることを将来の夢に掲げた少年は、「知的障害のある人に対するイメージを変えたい」という強い思いを、アートを通して実現することとなりました。

起業からわずか3年足らずで目覚ましい活躍を遂げ、日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞や、「30 UNDER 30 JAPAN 2019」のソーシャルアントレプレナー部門選出など、各界から注目を浴びる存在となった松田さん。そんな彼の起爆剤となったのは、100BANCHで得た出会いと繋がりだったそうです。

(執筆:濱安 紹子 写真:忠地 七緒)

——ちょうど今、100BANCHの周辺にヘラルボニーの作品が展示されていますね!

松田:タイミングよく、まさに今日(※取材当時)から「Wall Art MUSEUM STORE」がスタートしました。東急さんとの取り組みで実現したプロジェクトの一環です。未稼働時の壁面広告にウォールアートとして作品を展示する企画で、設置されたQRコードからアート作品を落とし込んだプロダクトの購入ができ、その売上の一部が広告主と、福祉施設およびアーティストに還元されるという仕組みです。

 


100BANCH前で「Wall Art MUSEUM STORE」の説明をする松田崇弥さん

 

——本日のお洋服も、アパレルブランドとコラボされたプロダクトですよね。

松田:そうなんです! 今着ているセットアップはファッションブランド「MAISON SPECIAL」とのコラボアイテムです。ヘラルボニーは現在、日本全国20カ所以上の福祉施設とライセンス契約を結び、障害があるアーティストの方々による2000点以上のアート作品をデータ化して二次利用させていただき、様々な商品開発を行っています。例えば、この服が一着売れると、その売上の6パーセントが弊社に、3パーセントがアーティスト側に入るという仕組みです。

 

——そんな具体的な数字まで話してもいいんですか!?

松田:全然! むしろそういう事実もきちんとお伝えしていきたいくらいです。アーティストの作品に対して価値付けを行う、つまりきちんとお金に紐付けることが僕らの役目だと考えています。そのための仕組み作りやライセンス契約は、当たり前だけどとても重要なことだと考えています。アーティストと企業を守ることに繋がるので。

 

裏地にアーティストの描いた作品をプリントした「MAISON SPECIAL」とのコラボアイテム 

 

——なるほど。では、なぜ松田さんはアートの分野で福祉に携わろうと思われたのでしょうか。

松田:僕には知的障害がある兄貴(長男の翔太さん)がいて、母親が福祉という領域に対して積極的だったので、僕と双子の兄・文登も幼い頃から自然とそういった福祉の活動に参加していました。土日になると兄貴のレクリエーション活動に参加するのがルーティンで、特に抵抗は感じていなかったし、何らかの形で福祉の仕事に携わりたいという思いはかなり早い段階から芽生えていましたね。

 

左から松田文登さん、長男の翔太さん、崇弥さん(画像提供:ヘラルボニー)

 

松田:アートの分野でそれを実現したいと思ったきっかけは、社会人2年目のお盆休みで帰省した時、母に誘われて行った地元・岩手県花巻市にある知的障害があるアーティストの美術作品を展示する「るんびにい美術館」と出会ったことです。そこにあった様々な展示作品を見て「こんな世界があるんだ!」と衝撃を受けた僕は、すぐに文登へ電話して「こういうアートの分野で何かやってみたい」という思いを伝え、そこから文登と文登の親友、そして僕の親友の4人で、障害者によるアートをプロダクト化することを目的とした、「MUKU(ムク)」というブランドをスタートすることになりました。

 

——MUKUはヘラルボニーの前身のプロジェクトですよね。福祉に関わるという元々の目標に、アートの切り口が加わったと。

松田:アートってシンプルで分かりやすいんです。創作活動の多くはアーティスト本人が好きでやっていること。僕らはただそこに才能を発見して価値を付けていくだけなんです。作品を二次利用して色々なものに展開していけるので、毎回作品を書き下ろしてもらうということも必要ありません。アーティスト本人にとっても健全なことだし、僕としては大きな可能性を感じました。

 


 

——元々、松田さんご自身もアートにご興味があったんですか。

松田:昔から絵を描くのが好きでしたね。高校時代はグラフィティに傾倒していて、地元の山奥で描いた作品をmixiにアップするような高校生でした(笑)。東京への憧れも強くて一時期は東京の芸大を目指しましたが、最終的に山形県の東北工科芸術大学へ進学しました。当時創設されたばかりの企画構想学科のゼミで、前職オレンジ・アンド・パートナーズの社長・小山薫堂さんと副社長の軽部政治さんと出会いました。

オープンキャンパスに行った時、当時教鞭を執っていた(小山)薫堂さんが「企画が一番強い。企画さえあればグラフィックデザイナーだって何だって、この指とまれで皆集まってくるんだ」というようなことを話されていて、すごく感銘を受けたんです。それで、この大学に入学して薫堂さんのゼミを受け、卒業後そのまま就職して5年。薫堂さんとはトータル9年間ほどご一緒させていただきました。在職中は薫堂さんの考えたことを形にするのが主な仕事で、イベント企画・運営、CM、WEB、デザイン……とにかく色々な仕事を経験させていただき、その経験が今の仕事にも大いに活かされています。

——松田さんは会社員を続けながらMUKUの取り組みを続け、そこから文登さんと共に株式会社ヘラルボニーを立ち上げたと伺いました。 

松田:NPOや社会福祉法人を立ち上げるという選択肢もあったのですが、そうはしたくなくて。会社を設立したのは単純にワクワクするからで、どうせやるなら株式会社がよいだろうと思っていました。25歳の時に構想をスタートして、26歳で初めてのプロダクトができて、27歳で会社を立ち上げました。

 

 

——MUKUとして2018年2月に100BANCHのGARAGE Programに入居し、卒業後の同年7月に会社を設立されましたが、どんな経緯で100BANCHと出会ったのでしょうか。

松田:どうやって100BANCHの存在を知ったのかは覚えてなくて……確かウェブだった気がします。その時は、ちょうどMUKUをローンチした半年後くらいで、一緒にこの活動をやりたいと言ってくれる方も増えてきたタイミングだったので、もっと活動を広げていきたいと思いGARAGE Programにエントリーして入居しました。プロジェクトスペースを提供してくれるというメリットも大きかったですね。

入居当初は福祉施設を作りたいと思っていたのですが、実は具体的なビジョンがあったわけではありませんでした。でも、100BANCHでできた色々な繋がりによって、一気に広がった感があります。ワークショップを初めて行ったのもこの場所ですし、メンターの横石(崇)さんには本当にお世話になりました。「これからMUKUはどうなりたいの?」「どんな人と繋がりたいの?」と気にかけてもらい、同じく100BANCHでメンターを務められている「Papertype × Shibuya」プロジェクト(株式会社ペーパーパレード)との繋がりが生まれ、ヘラルボニーのロゴを制作してもらいました。また、渋谷区の副区長さんもご紹介いただいたおかげで建設現場の仮囲いにアーティストの作品を掲出する「全日本仮囲いアートプロジェクト」の事業に繋がるなど、いろいろなきっかけをいただきましたね。

 

——「Panasonic Laboratory Tokyo」のオフィスエリアの壁紙やクッションにヘラルボニーの所属アーティストの作品が採用されたきっかけも、100BANCHがだったそうですね。

松田:そうなんです。卒業後に100BANCHのイベントに登壇させていただいた時、100BANCHのオーガナイザーで運営に携わるパナソニック株式会社の則武(里恵)さんに「Panasonic Laboratory Tokyo」の所長である井上(あきの)さんをご紹介いただき、この場所にアート作品を提供させていただくことになりました。パナソニックさんとご一緒したといういう社会的な信用ができたことで、そこから大企業との案件が次々と決まるようになりました。そこから活動が一気に加速していきましたね。

 


ヘラルボニーの作品が「Panasonic Laboratory Tokyo」を彩る(画像提供:ヘラルボニー)

 

——100BANCHが活動の足がかりになったわけですね。 今でもよく100BANCHを活用されているんですか?

松田:週1回くらいは来ていますね。他にもいくつかアクセラレーション・プログラムに参加させてもらっていますが、ここはホーム感がすごくあるんです。それに、ここにはNPOや個人事業主もいれば高校生もいたりして、とにかく幅広く色々な価値観が混じっている。色々な生き方ややり方があると思わせてくれる多様な価値観が交錯する場所なので、会社を作る前のタイミングでここに来られたのはすごくよかったなと思います。他にも、100BANCHのプロジェクトから派生した「未来言語」プロジェクト(「障がい」をテーマにする4つのプロジェクトの代表が手を組んだ組織体)のメンバーと出会えたことも大きかったです。新しい世界に触れさせてもらったし、たくさんの刺激をもらいましたね。

 

——100BANCHでの活動を経て会社を設立され、現在ヘラルボニーの本社は岩手にあるんですよね。

松田:ちょうど先日、本社登記をしたところで、今は盛岡に本社があります。僕らが岩手出身というのもあるのですが、会社として最初に契約させていただいたのが「るんびにい美術館」さんで、そこを大切にしたいという思いがあったんですよね。やっぱり会社のアイデンティティーとしては岩手かなと……と言いながら、僕はずっと東京にいるんですけど(笑)。今は文登が本社で活動しています。

 

——そうだったんですね。現在進行形で快進撃が続いているヘラルボニーですが、当初から順調に進まれたのでしょうか。

松田:いや、想像以上に厳しかったですね。会社を立ち上げて半年くらいは本当に仕事がなかったんです。入ってくるのは定款と全く関係ないような仕事ばかりで(笑)。「こんなはずじゃない」と思いながらも「絶対いける!」「いつか認められるはずだ」という確信はありました。当時は具体的な戦略や計画はなく、会社をやりながら模索してきましたが、「知的障害のある人に対するイメージを変える」という目標は変わっていません。

僕や文登は、小さい頃から兄貴のことで色々なことを周りから言われてきました。「かわいそう」って言われることも多かったし、同級生にからかわれることもあった。そうやって障害者=欠陥だという見られ方をするのがすごく嫌でしたね。だからこそ、世の中の意識そのものを変えたいという思いが芽生えたのは必然だし、それは昔も今も全く変わっていません。そういった内発的動機からスタートした事業なので、施設の方も理解を示して応援してくれることが多かったように感じます。

 

 

——他媒体のインタビュー記事で、松田さんは「障害がある人たちとコミュニケーションをする場は開かれていないのに、なぜそういった人たちを『理解する』ことが絶対条件になっているのか」といった趣旨の話をされていました。その通り世の中には「障害者に対する理解を示す」という考えが前提になっているものが多い気がします。

松田:本当に多くのところで、障害者に対する勝手なバイアスがかかっていると思います。それを手放しで理解することは難しいことなんだろうかと、小さな頃からずっと兄貴のそばで違和感を感じていました。そして、今の仕事を始めてから「支援」とか「支援者」という言葉にも違和感を覚えてもいます。僕らは知的障害のある方のアート作品を使用させていただき、お金をいただいているという立場だから、知的障害がある方の才能に依存しているとも言えるので、そう考えると支援っていう言葉はフィットしないんです。

 

——ヘラルボニーは2月に初となる意見広告「#障害者という言葉」を展開され、障害者という呼び方にも問題提起されていましたよね。

松田:はい。例えば「知的障害」という言葉は、これまで「白痴」「精神薄弱」、そして「知的障害」と呼び方は時流に合わせてマイルドにはなっているんですが、まだまだ今の時代に合っていない気がします。以前、国会で別の呼び方を模索するべきだと議論されたんです。だけど、適切な言葉が見つからないから一旦保留という結果に終わってしまったようで。

——国民から新しい呼び方を公募するなど、まだまだ色々なやり方がありそうですよね。

松田:確かにそういう方法もありますよね。今後ぜひやってみたいですね。

 

霞が関の弁護士会館前に掲示した「#障害者という言葉」の意見広告(画像提供:ヘラルボニー)

 

——今後というお話もでましたので、最後にこれからの展開について教えていただけますか。

松田:近々では、岩手の本社にギャラリーを併設する予定です。実はもう完成間近で2021年1月にオープンする予定だったのですが、新型コロナの影響で今は延期状態です。展示作品の原画も購入することもできる、すごく素敵な場所なのでオープンが待ち遠しいですね。

 

——作品をアーカイブ化する場所としても最適ですし、ヘラルボニー作品のファンの方にもうれしいニュースですね。長期的にはどのような目標をお持ちでしょうか。

松田:事業的には将来、マリメッコみたいなブランドに成長していきたいですね。ブランド名を聞いた時に柄のイメージが浮かぶようなライフスタイル・ブランドになれたらと。そのくらいの知名度を得られる頃には、知的障害のイメージにも相当な変化が起きていると思うんです。僕らが戦わなければいけないのは、例えば東京藝術大学を卒業して、二科展で入賞してっていうすごい経歴を持つアーティストの方たち。彼らと同じ土俵の上で勝負した時に、ヘラルボニーが選ばれるために何が必要か、いつも議論しています。やっぱり“理由をデザイン”していかないと刺さらないんです。なぜ私たちの商品を買うのか、なぜ私たちと組むのかという理由。そこに気付いてもらう必要があります。

ただ、その中で意識しているのは、あくまでクライアントファーストではなく、福祉施設ファーストであること。障害がある方にできないことを頑張っていただくのはとてもハードルが高いことなので、そうではなくて彼らだからこそ生み出せるもの、そういうものに価値を見出してくれてフォローアップしてくれる企業が増えてきたらうれしいですね。その中で、障害者を取り巻く世間のイメージ、世の中の潮流がもっともっと変わっていってほしいと思っています。

 

 

◾️ ヘラルボニー(コーポレートサイト):http://www.heralbony.jp

◾️  HERALBONY(ブランドサイト):http://www.heralbony.com

 

 


 

WRITER

濱安 紹子

ライター

猫と布団をこよなく愛する、三足の草鞋ライター。音楽メディア、WEB系広告代理店での勤務を経てカナダ・トロントへ。 現地の日系出版社にてライター業に携わった末、帰国後よりフリーランスライターとしてのキャリアをスタート。 その傍らで自身の音楽活動、酒好きが高じてバー営業も行っている。

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