• リーダーインタビュー

Omoracy 野々村哲弥:恐怖に打ち勝つ好奇心が未来の生き方を切り開く—— バンジージャンプ開発の先に見つめるこれからの価値観

バンジージャンプをしたことがありますか?

見下ろすだけでも身震いするような高さに身を置き、「3、2、1…」のかけ声のもと、身を投げ出す。あっという間の出来事で何が起こったのかわからない。しばらくして命綱がしっかりと足につながり、自分がぶら下がっていることを認識する。その瞬間、死と隣り合わせの恐怖を乗り越えた達成感が体中を包み、自然と笑顔がこぼれている——

「バンジージャンプは人を幸せにする体験なんです」。少年のように目を輝かせて話すのは、「Omoracy(オモラシー)」プロジェクトのリーダー・野々村哲弥。現在はVR(バーチャル・リアリティ)バンジージャンプの開発を進めています。

しかし、一体どうやってバンジージャンプが人の幸せに結びつくのでしょうか?

プロジェクトの成り立ちから、繰り返した試作開発の過程、そして気付いた恐怖の克服の先にあるものまで、野々村が歩いてきた道のりを知ることで、その答えが見えてきました。愛くるしい笑顔の奥に潜む、熱き情熱を感じたインタビューです。

「死ぬじゃん!」 衝撃的なバンジージャンプ体験

——プロジェクト名の「Omoracy(オモラシー)」って、あの…ですか?

野々村:おそらく合っています(笑)。おしっこを漏らしてしまうくらいの怖さって意味もあるんですけど、「おもしろくて、新しい、ドキドキ体験を」という意味を込めた造語です。その第一歩として、今はVRバンジージャンプの開発に取り組んでいます。

——失礼しました(笑)。でも、なぜバンジージャンプなのでしょう。

野々村:僕は大学時代、やったことが無いことを体験して楽しむことを大切にして過ごしてきました。その中でバンジージャンプと出会い、その予想をはるかに上回る衝撃から、僕はバンジージャンプにとりつかれてしまったんです。

バンジージャンプをする瞬間って「えっ、何これ、死ぬじゃん」って状況なのに、あえて自分の意思で飛ぶじゃないですか(笑)。スカイダイビングやスキューバダイビングは大体インストラクターと一緒なのでレールの上を進むような体験だけど、バンジージャンプはそんなレールはなく自分の意思が重要となります。そんな恐怖を自分の意思で乗り越える体験であり、一生残るくらいの達成感があるこの体験に僕は一発で魅せられてしまいました。

群馬県利根郡みなかみ町の「みなかみバンジー

茨城県常陸太田市の『竜神バンジー

——それがきっかけでバンジージャンプをビジネスにしたいと。

野々村:いや、当時はそれをビジネスにしたいという考えは毛頭ありませんでした。ただ、将来は僕がバンジージャンプで味わった魅力のように、価値観を変えるような体験を生みだす仕事に就きたいと考えていました。結局、ラジオ愛が嵩じて大学卒業後は都内のラジオ会社に就職しました。

——仕事は順調でした?

野々村:そうですね……まあ、決して仕事がうまくいっていなかったわけではなかったんです。ただ、会社員は与えられるミッションをこなすことが大前提だから、なかなか自分の思いを仕事に反映できませんでした。そのモヤモヤした感情があり、今思うと会社員時代はずっともがいていて。そのストレスを払拭する気持ちではないのですが、年に何度かバンジージャンプを体験しているうちに「バンジージャンプはビジネス面でも面白いんじゃないか」と思うようになりました。

バンジージャンプ自体が魅力的な体験なのはもちろん、シーズン期には約1万円の参加料にも関わらず、たくさんの予約が集まります。もちろん設備費や人件費などのコストがかかるとはいえ、バンジージャンプを協力的に受け入れている自治体もあるから、その支援があれば土地代などを抑えることができ、最終的には地方の活性化にも役立つ。しかも自分の思いが仕事に反映される大きなチャンスにもなるので、これはもってこいだと言わんばかりに、このビジネスを社長に提案しました。

——いきなり社長ですか。

野々村:当然、そう思いますよね(笑)。その提案は箸にも棒にもかからず、結果は散々でした。それが実現したら、少しは自分のモヤモヤが解消されると期待していたけど、それもダメだったから、うなだれていました。ただ、それでも諦めきれない気持ちはずっと残っていて……。そんなとき、ネットニュースで100BANCHの存在を知り、ここなら自分の気持ちをぶつけられるかもしれないと感じて、応募しました。

 

誰もやらないことを、誰よりも早く

——Omoracyのプロジェクトテーマは「恐怖心・好奇心と向き合う体験型アトラクションで未来の人々の好奇心や生きる力を育む」とあります。バンジージャンプ・ビジネスを望んでいた内容とはちょっと違うような気もしますが……。

野々村:そもそも最初に応募したテーマは「ブロックチェーン技術と仮想通貨を用いて、人々がチャレンジしやすくなるための仕組みを作ること」でした。当時、僕はやりたいことがあるのにその一歩を踏み出すことができず、つらい思いがありました。そのため、僕と同じように悩みを抱える人たちが、やりたいことを実現しやすい世の中にしたかったんです。その思いから、ブロックチェーンのことは全く分からないなか、企画書を作成して応募しました。

でも、現メンターの横石 崇さんに「えっ、あんまり仕組みがよくわからないんだけど……。本当に君がしたいことって何?」と聞かれ、僕は無意識に「バンジージャンプ・ビジネスで生計を立てたい」と答えていました。それを聞いた横石さんは「バンジージャンプ・ビジネスをするのであれば、一緒に恐怖の研究もしてみたら?」と提案してくれたんです。

——恐怖の研究、ですか。

野々村:確証はないまでも、僕はバンジージャンプの「恐怖を自分で乗り越える」という体験が、人の勇気や好奇心を育むことにつながると考えていました。その仮説が恐怖の研究によって証明できれば、その先には分野にかかわらず挑戦を恐れる人が一歩を踏み出せるような体験を提供できるかもしれない。その期待も込めて、現プロジェクトテーマにたどり着きました。そのテーマで無事に100BANCHのGARAGE Programに入居が決まり、そのタイミングで約11年間働いたラジオ会社を辞めることにしました。

——えっ、辞められたんですか。かなりリスクが伴う挑戦のように思えますが。

野々村:仕事は忙しかったので、どう考えても働きながら0から1を生み出すようなことはできないと感じていていました。正直、休職の選択肢もあったけど、最終的に会社員ではない飯の食い方ができればいいと思って活動するわけだから、戻る場所をキープしながらやりたいことをするなんて虫のいい話ですよね。だから、潔く会社を辞めようと決心しました。

——100BANCHではどのような活動をされてきましたか。

野々村:はじめは、とにかくバンジージャンプ・ビジネスのアイデアを広げることに必死でした。たとえば、移動型のバンジージャンプを作るとか、VRでバンジージャンプを作るとか、バンジージャンプのウェブメディアを作るとか……でも、なかなかうまく物事が進まず、空回りして正直焦る部分はありました。

その様子を見かねた横石さんが「R&D(リサーチ・アンド・デベロップメント)の期間において、いちばん大切なのは誰もやらないことを誰よりも早くやることだから、そのためには選択と集中が必要だよ」とアドバイスをくれたんです。そのおかげで「全部をやらなくてもいいんだ」と僕の肩の力がスッと抜けていきました。

——可能性を目いっぱい広げたら、あとは絞るということですね。

野々村:そうなんです。その段階で、すでにVRバンジージャンプのソフトウェア開発パートナーを見つけていたし、デモ版も作りはじめていたので、他のアイデアは捨てて、VRバンジージャンプで勝負することに決めました。

そこからはVRバンジージャンプの装置の試作に特化し、バージョンアップを繰り返しました。これまでに、「クッションに倒れ込むバージョン」「鉄棒でぶら下がるバージョン」「車輪に身体をくっつけて転がるバージョン」「逆ぶら下がり健康機を用いるバージョン」と、何度も改良を繰り返し、現在は5段階目にあたる「鉄棒に逆さまに吊るされるバージョン」の開発に取り組んでいます。

これまでのVRバンジージャンプ装置の実験動画

——短期間で5段階もの試作を開発したとは驚きです。

野々村:100BANCHではとにかく手を動かして、かたちにしていきました。思い通りにいかないことの方が多いんだと痛感しながらも、常に「次はどうするべきなんだ」と考えつつ改良を続けました。何度も失敗するから悔しい気持ちはあったけど、次のイメージを膨らませながら手を動かす時間はとても楽しかったですね。

 

恐怖体験+恐怖体験+恐怖体験=幸せ?

——VRバンジージャンプを開発する一方で、横石さんにアドバイスされた恐怖の研究もされていたんですか。

野々村:はい。「そもそも恐怖心とは何なのか?」「恐怖はどこからくるのか?」。その疑問について研究……というよりは、脳科学の論文や書籍を読んで勉強をしました。そこで恐怖のメカニズムを理解できたおかげで、VRバンジージャンプの試作品を作る上でも非常に役に立ちましたね。もともと僕のなかで「VRのバンジージャンプはこうあるべき」という完成形のイメージがあったけど、その直感を脳科学で検証しながら開発していくことができました。

結果、装置の改良が進んだことはもちろん、たとえばVRバンジージャンプを体験する前に恐怖が増幅するような言葉をかけるなど、体験全体を通してどのように恐怖を促すかについても多くのヒントが得られました。

——恐怖の研究から多くヒントを得られたと言われていますが、それによって当初の仮説でもある「人が一歩踏み出せるような体験」へと近づきましたか。

野々村:そこですよね。んー、でも確かに近づいているはずなんです……。脳の勉強をする過程で僕は「どうすれば恐怖を克服することができるか」という視点にだどり着きました。厳密には正しい説明ではないのですが、人が脳で感じる恐怖は「感覚による恐怖」と「想像することによる恐怖」に分けられ、その恐怖を克服する方法には消去学習と呼ばれるメカニズムが関係しています。消去学習は、恐怖の条件となる刺激を慣れるまで何度も繰り返し「大丈夫だ」という思考回路が作られることで成立する。

バンジージャンプの場合、高さを視覚で感じることにより1つ目の恐怖が生まれ、次いで、安全性について想像したり自分の意思で飛ばなければならないと想像したりすることで2つ目の恐怖が生まれます。でも、この恐怖を体に慣れさせることで「高い所も大丈夫」とか「思い切って飛び出しても大丈夫」という消去学習が成立すると考えています。

また、人の脳には報酬系と呼ばれる学習システムもあります。それらのメカニズムを応用し、未知なる恐怖へのチャレンジに体を慣れさせることができれば、チャレンジすることが楽しくなる思考回路が作れるはず。そういった経験がポジティブな自己認知へとつながり、ひいては幸せを実感しやすい生き方に繋がるのではないかと考えています。

——なるほど。ただ、少し水を差すような意見なのですが、バンジージャンプなど絶叫系のアトラクションによる恐怖は、その場限りという意識があります。それを繰り返すからといって、日々の恐怖に対する抵抗力が高まるのかは疑問が残ります。

野々村:確かに、その気持ちはわかります……。僕もこれまで何度もバンジージャンプを経験していますが、日々のあらゆる恐怖を乗り越えチャレンジできているとは全く言えません。ただ、一時的なアトラクションであっても、その経験で得られたポジティブな感覚は実生活に必ずつながると信じています。だって、アトラクションといっても、現実世界で体を使って何かを感じたり考えたりするわけじゃないですか。たとえば日常の中でいつもと違う道を通ってみたり、初めてのお店に入ってみたり、授業で手をあげて質問してみたり、旅行したり、何かに応募してみたり……それって自分の知る世界を広げることと同じだと思うんです。

はじめは抵抗感や恐怖心があっても、それを乗り越えた時に出会いや発見があれば、好奇心はどんどん育っていきます。もちろん人生の価値観はそれぞれだけど、そういう生き方があってもいいと思っています。だから、僕はバンジージャンプのような、冒険を体験できるアトラクションを通じて、その仕組みを実現したいんです。

 

現状維持で生きることの危うさ

——最初は単純に「バンジージャンプでビジネスがしたい」と話していた野々村さんだったのに、なぜそこまでして今は「多くの人が恐怖を乗り越えてほしい」と思うのでしょうか。

野々村:やっぱり僕自身が会社員時代にもがいていたことが大きく影響していると思います。今は高校生や大学生でも天才的な若者はたくさんいるし、会社をポンとつくって軌道に乗っちゃうような人たちもいます。でも一方で、僕と同じように就職して社会の型にはまっていくなか、多少なりとも窮屈さを感じる人も多いはずです。

そういう人は「何のために働いているんだろう」とか「この生活がずっと続くのかな」という不安を感じながらも、「会社にいると安定だから」と我慢をしながら毎日を過ごしてしまう。ただ、今後さらに変化する社会において、そうやって不安を感じながらも、現状維持で生活する人はとても危ないと思うんです。

——変化を怖がる人が、より苦しい時代になると。

野々村:そう感じています。現状から飛び出すことは怖いけど、これからは一般的によいとさる道を外れることで、近づくことのできる幸せが、より注目されると思っています。僕自身、会社員を辞めて100BANCHで人生の実験をしている途中ですが、今の状況をとても楽しんでいます。僕の選択は決して間違っていなかったって。だからなおさら「やりたいことがあるけど怖いから」と二の足を踏む人は、その恐怖心を乗り越えてもらいたいんですね。

その実現への第一歩として、僕はVRバンジージャンプを用いて、チャレンジすることの大切さを届けていきたい。とはいえ、まだまだ「バンジージャンプで恐怖を克服? なにそれ?」と揶揄されることもあるけど、信念をもってこのプロジェクトを実現したい。今、あらためてそう感じています。

——現在、VRバンジージャンプはどのような開発段階にありますか。

野々村:開発を進める「倒れ込むと逆さまに鉄棒に吊るされるバージョン」のVRバンジージャンプの実機を今夏に都内で発表する予定で、現在は丸橋鉄工をはじめ、多くの会社の協力や協賛が決まっているところです。さらに、プロジェクトを加速させるために、2019年4月1日に冒険型アトラクションの企画・開発・運営・販売などをおこなう「株式会社ロジリシティ」を設立しました。「ロジリシティ」の「ロジ」は茶道の「露地」に由来し、それは庭を意味するとともに、異次元空間への通り道と位置付けられてもいます。

——「異次元空間への通り道」とは、まさにこのプロジェクトにふさわしい会社名ですね。

野々村:まだスタートラインに立っただけですが、それでも大きな喜びを感じています。これからさらに困難な状況が待ち受けるとは思いますが、恐怖や困難を乗り越える素晴らしさを多くの人に伝えていきたいですね。

 

(写真:朝岡 英輔)

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