目でも指でも読める文字で、インクルーシブなデザイン文化を渋谷から世界へ!
Braille Neue
目でも指でも読める文字で、インクルーシブなデザイン文化を渋谷から世界へ!
障害を持つ人たちに向けて作られたツールが、知らず知らずのうちに私たちの生活に入り込み、今では多くの人たちに使われているケースも少なくありません。
例えば、ストローは両腕を失った人たちが水を飲むために作られ、ライターは片腕を失った軍人が火を起こせるように作られたものだと言われています。
100BANCHには視覚障害者との交流をヒントに、目が見える人も見えない人も読めるフォント「Braille Neue(ブレイル・ノイエ)」を開発したプロジェクトが活動しています。
ストローやライターと同じように障害から着想を得たこのフォントは、目の見えない人たちだけではなく、目の見える人たちにも大きな役割を果たすことができるのでしょうか。
ブレイル・ノイエの成り立ちや100BANCHの入居で飛躍した活動にフォーカスした前編を受け、後編ではこのフォントが私たちの生活にどのような気付きをもたらし、それによって社会はどのように変化するのかについて探りました。
——多くのメンターを務めている市川さんは、高橋さんの取り組みをどのように捉えていますか。
市川:高橋くんの取り組みは、私が最近気になっている「コミュニティ・アントレプレナー」に近い気がします。
高橋:コミュニティ・アントレプレナー?
市川:コミュニティ・アントレプレナーはこれからますます必要になってくるアントレプレナーのあり方。冒険心や起業家精神を持っている人が町の力を借りて自分たちがやりたいことを形にしていく。それが新しい町を形作っていく。
—株式会社リ・パブリック共同代表 市川 文子(いちかわ・ふみこ)さん
高橋:なるほど。
市川:高橋くんはそれに当てはまるんじゃないかな。
高橋:そうですね。僕は疑問や発見をもとにデザイナーとしてかわいいものやカッコいいもの、世の中に長く残るものを作りたいという想いを持っています。だから、ブレイル・ノイエは僕のやりたいことと、社会との接点にあるものだと思います。
市川:その重なる部分で、高橋くんはインパクトを出しているわけだよね。
高橋:それはありますね。どちらにも寄りすぎないバランスです。もともと僕のモチベーションはフォントをカッコよくしたり、かわいくすることで、より多くの人に興味を持ってもらったり、ステキだなあと思ってもらうことにあります。
だからこのプロジェクトでビジネス的に成功したいというよりは、ひとつのプロジェクトとして育ていきながら、社会に実装する仕組みを作ることで、さらに自分の領域を広げていきたいと思っています。
市川:このフォントは単に、見たり、触れたりする情報だけじゃなくて、スタイリッシュでワクワクするデザインにあることが素晴らしいと思います。フォントから高橋くんが大事にしている価値観や美的感覚が伝わってくるからね。
—ブレイル・ノイエ(Braille Neue)開発者、デザイナー・発明家の高橋 鴻介(たかはし・こうすけ)
高橋:言い表せないようなデザインにこそ、人の心を動かす大きな力があると思っています。僕は幼い頃からロボット製作をするなど、どちらかというとロジカルな思考を持っていました。でも高校1年生の頃にアップルのポリカーボネート(プラスチック製)のMacBookに出会い、そのスタイリッシュさとかわいらしさを兼ね備えたデザインに魅了されてしまいました。その時、「デザインにはロジックを超えた面白さがある」と感じたんです。
市川:その視点があるから、目が見える人たちと点字との接点をブレイル・ノイエが作ってくれたんだと思います。まずはフォントのデザインを見て「カッコいい」とか「すてき」って反応してから、点字に気付いて「あっ、そういうことか!」とこの実用性を実感する。その流れを作れていることがポイントだと感じるから。
高橋:出会った瞬間に「なんかいいね」って感じないと人は歩み寄らないと思うので、その第一歩となるデザインはすごく大事にしていますね。
——100BANCHの1周年を記念した夏の文化祭「ナナナナ祭」で、多くの人が100BANCHに実装されたブレイル・ノイエを体感されていました。その様子から市川さんはどんな気付きがありましたか。
市川:ブレイル・ノイエ、実は見える人のための新しいコミュニケーション・ツールなんだとわかりました。一見すると目が見えない人のツールに思えるけれど、実際には見える人、いわゆるマジョリティ側が、見えない人や状況でのコミュニケーション手段を手に入れる、そんなツールだと思うんです。
高橋:確かにそうかもしれません。点字は視覚障害者で比較的浸透している言語ではあるけど、それを使う人は全盲や弱視を含めた視覚障害者のうちの1割に過ぎず、100年以上も改良されていない、非常にマイノリティなツールなんです。そんなマイノリティ側のツールをどうやったらマジョリティ側にできるのか。
そう考えていくうちに、そもそもマジョリティのものが不完全だから、マイノリティなものが必要になるんだと気付きました。そこからマイノリティをヒントにマジョリティのツールを作ることができたら、全く新しいものが生まれるかもしれない、という発想に行き着きました。
市川:盲目的に相手のためのデザインだと考えると、どうしても創造に限界がきてしまう。デザインを見てワクワクするとか「点字が読めちゃうんだ」って意識に仕向けることが重要だと思います。
ダイバーシティやインクルージョンという理念を持つ渋谷に、このフォントが多く実装することができれば、今まで接点がなかった人にも自然に点字に触れてもらえる環境が実現すると思います。
——100BANCHの他にも、高橋さんが勤める会社のエレベーターでもブレイル・ノイエを実証実験されると伺いました。
高橋:会社では、エレベーターへの実装に向けて、ヒアリングなどを進めています。実際に視覚障害者の方にヒアリングしてみると、ひと括りでは納まらない数々の発見があり、いかに自分が視覚障害を画一的に捉えていたか気付かされました。
高橋:例えば、弱視の方に「薄い」「中間」「濃い」と3種類のトーンのフォントを用意して読みやすさを検討してもらったとき、僕はコントラストが大きい「濃い」トーンが読みやすいと考えていたけど、結果的に「中間」の濃さが選ばれました。それは「ずっと濃いトーンのフォント見ていると気分が暗くなる。中間だったら十分に読めるし、気分としてもちょうどいい」との理由からでした。
さらに2人の弱視の方にも検討してもらいましたが、結果は同じく「中間」の濃さが選ばれました。そんな感性的な部分によった意見に触れたことで、「フォントは濃い方が読みやすい」という常識的な正しさを超えた、表現の余白を知れたきっかけになりました。
市川:実装する場所が多くなるほどフィードバックも多くなるから、それによってフォントも洗練されるし、より社会との接点も増えてくると思います。
——ブレイル・ノイエが街に広がっていくと、社会はどう変化すると思いますか?
高橋:障害と言われている概念のひとつがなくなると思います。このフォントが社会に広がることで、点字を学習するモチベーションもどんどん上がって、未来は目が見える人も見えない人も一緒に本を読みながら会話したり、目が見える人が点字の原稿を指で読みつつ、ずっとお客さんの方を見ながらプレゼンできるようになるかもしれない。このフォントによって人の生活が少しでも便利になったらいいなと思っています。
市川:それだけじゃ、ちょっともったいないないかも。ここで高橋くんへのダメ出しになっちゃうけど……(笑)。ブレイル・ノイエの考えは社会のいろんなことに応用できるはずだから、フォントだけの話にとどめなくてもいいんじゃないと思うんだよね。
高橋:えっ、どういうことですか!?
市川:ブレイル・ノイエを「見える人のフォントだ」と言い換えるだけで発想が変わる。。同様の発想で他のテーマも手がければ、あふれるくらいのアイデアが浮かぶと思うんだよね。
高橋:なるほど……。
市川:ブレイル・ノイエはマジョリティがマイノリティと関わる糸口を見つけてくれた。そこから、視覚障害者のものだけではない、もっと大きなコンセプトがあることを自覚してもいいのではないかな、と思います。同じ発想で、「他の障害は?」とか「LGBTは?」とか、いろいろ発展性を持たすことができるはず。だからこそ、このプロジェクトにすごく可能性を感じています。
そもそも点字はマイノリティのなかでもさらにマイノリティのツールだから、点字を使う人たちのために頑張るというよりは、その他の障害に向かう方がよっぽどインパクトがあると思うからね。
高橋:そうですよね。もともとはストローやライターが障害を持つ人から着想を得たツールであっても、ほとんどの人はその背景を知らないんです。でも、マイノリティを基軸にして作ったからこそ、今までにない発想で、人の根源的な部分を突き、世界中の生活が便利になっていく。そう考えると、ブレイル・ノイエもそのひとつになれるポテンシャルがあると思っています。
障害を持つ人たちから得られることは、僕らの生活を変えてくれるヒントでもあるので、障害を持つ人たちが便利になるだけではなく、いかにそのアイデアをメインストリームに変換できるかを今後も意識していきたいですね。
■ブレイル・ノイエ(Braille Neue)出展イベント
・超福祉展
日時:2018年11月7日〜13日
場所:渋谷ヒカリエ 他
■高橋登壇イベント
日時:11月8日(木)13:00-16:00
場所:NHKみんなの広場 ふれあいホール
登壇者:織田友理子(一般社団法人WheeLog 代表) / 高橋鴻介(発明家) / 竹内哲哉(NHK制作局 副部長、解説委員)
日時:2018年11月14日(水)15:00〜21:00(懇親会 20:15〜21:00)
場所:渋谷ストリームホール
参加費/チケット購入:サイト参照
>記事前編「Braille Neue高橋鴻介×市川文子(前編): メンターの後押しでプロジェクトが覚醒——必要なのは“北極星”を見つけること」はこちら