Future Insect Eating
人類の運命を握る昆虫食に、 美しいデザインとレシピを
昆虫食を、食糧問題解決のいち手段やゲテモノ料理ではなく、美味しく美しい食としてデザインするーー。
100BANCH、GARAGE Program 第一期メンバーの「Future Insect Eating」高橋祐亮は昆虫を食材として捉え、下処理の研究、混合肉やレシピの開発、試食の提供など魅力的な昆虫食への仮説と検証のサイクルを回し続けています。先ごろ、本プロジェクトを『WIRED』の「CREATIVE HACK AWARD」へとエントリーし、応募総数437作品の中から選ばれた18作品のファイナリストの一つに選出されました。
世の昆虫食観にコペルニクス的転回を起こそうとする気鋭のデザイナーの想いに迫ります。
——そもそもなぜ昆虫に情熱を注ぐようになったんですか?
そもそも昆虫が好きで昆虫食を提唱している人は多いんですが、僕は昆虫大嫌い人間なんですよ(笑)。 実は今でも触ることもできないぐらい、すごい苦手なんです。
始めたきっかけは、FAO(国連食糧農業機関)という国連機関が2013年に発表した論文「Edible Insects – Future prospects for food and feed security(昆虫食ー食料及び飼料の安全保障に対する将来展望)」です。将来食糧問題があって、昆虫食が非常食的なものになるかもしれないというのを読んで、そんなの嫌だなあと思って。でも、虫嫌いな僕がもし何か克服できたり、うまく伝えられたりしたら、同じように虫が嫌いな人たちにも受け入れてもらえるかもしれない、と思ったのがきっかけです。
それで、初めは慶応大学のSFCで食用昆虫の飼育や食用昆虫の活用のリサーチをしていました。100BANCHに入居する「ECOLOGGIE」と似たようなアプローチです。
——そこから昆虫食を美味しく美しい食としてデザインするという視点を持つようになったきっかけは?
東京藝術大学の大学院でも昆虫食は続けようと思っていたんですが、実は世界中で食用昆虫を育てるところはすごく増えてきたんですね。企業がしっかりと食用昆虫を育て、それを粉末化して栄養素にして世界の市場に出そうという動きが出てきました。
ただ、食として全然魅力的になっていないな、と思ったんです。レストランで昆虫料理を短期間だけ提供する企画があったりしますが、本当に昆虫食を食文化にする人たちってほとんどいないなあと思ったので、僕は食のほうにシフトしました。
昆虫って種類も多いし、何よりまだ食として扱われたことがないので本当に未知の食材で、世界中の昆虫が全部食用になって美味しく食卓に並んだら、人の食事の豊かさが一気に跳ね上がるんだろうなあ、と考えました。
——過去に人間が食べてきた昆虫の種類はどのくらいあるんですか?
実はどういう種類の昆虫が食べられてきたかというのはあまりはっきりしていません。例えば、日本ではハチの子やカイコなどがありますし、アフリカでは芋虫が重要なタンパク質源になっていたり、昆虫ではないですがフランスのエスカルゴなど、地域によって実は少しずつ虫は入り込んでいるし、タイだとイナゴやコオロギが一般に売られていたりします。
そういうふうに数えていくと、あっという間に僕らが食べている種類の食糧、特に牛、鶏、豚といった肉の種類をはるかに超えるんですけど、実際にそれを分析したりしている人はいません。
高橋祐亮
昆虫食デザイナー、東京芸大大学院デザイン専攻(慶應義塾大学SFC)。慶應義塾大学SFCオオニシタクヤ研究室で昆虫食のデザインをはじめ、東京芸大大学院デザイン専攻須永剛司研究室に移った今も制作を継続。昆虫食を単にゲテモノとして消費していくのではなく、「未来の一般食」にするために日々さまざまなアプローチから昆虫食をデザインしている。
料理家と作った4品の料理。どれも昆虫の特徴を活かしつつも初めての人でも食べやすいように工夫した
——ここ100BANCHでは昆虫食を一つの食文化として魅力あるものにしようと活動されていますが、具体的にはどんなことをしてきましたか?
最初は既存のレシピに昆虫を混ぜて料理を作るというところからスタートしました。料理本を見て、例えばエビの代わりに昆虫を使おうみたいなアプローチです。
ただ、美味しい料理を作るためというわけではなく、昆虫素材の特性をリサーチするための実験という位置づけで、他の食材との相性や、どんな処理をしたら匂いが消えるのか、揚げたり茹でたりしたらどんな食感になるのかなどを調べていました。特に昆虫はにおいがあるので、塩や味噌、塩麴に漬けてみたりして、下処理を試していました。
人類は長い歴史の中で、食材を美味しく食べるための膨大な試行錯誤をして、知を蓄積してきましたが、昆虫食はそれが全然ないので、僕が今それを作り始めたというところです。
——そこから昆虫食ならではのレシピを作っていくというアプローチになるんですね。
そうですね。最初はいきなりレシピを開発しようとしていたのですが、今はできるだけ素材を素揚げにしたり、最低限の肉だけ取って焼いて食べてみたりして、その肉がどんな味の特性があるかを見極めようとしています。
その結果一つたどり着いたのが、昆虫はやはり今の段階だとコオロギ単体とか、バンブーワーム単体では美味しくないんですよ。だったら混ぜちゃえばいいと思って、「混虫肉」を開発しました。
——混ぜる虫と書いて「混虫肉」なんですよね。どんなお肉になるんでしょうか?
虫の肉の特性はいろいろあって、コオロギだったらすごいパサパサしたタンパク質性のものがあったり、イナゴだったらうまみの部分があったり、バンブーワームだとものすごく脂質が豊富だったり。
肉質を感じるために必要な要素を持っていて、そういうのが混ざったら何か補完されたお肉ができるんじゃないかと。虫の配合によって全然違う肉が生まれていくと思うんですが、それが食の広がりにもつながるのではないかと思っています。
——実際に何か試してみましたか?
はい。バンブーワームとコオロギを混ぜたハンバーグなど色々なタイプの混虫食を作ってきました。想像以上に食べたことのない肉が出来上がって面白いです。できるだけ素材を大事にして、調味料などのごまかしを入れないようにしたんですが、これが十分美味しいんです(笑)。
ただ、まだ牛肉と並んだら絶対牛肉を選ぶだろうというレベルなので、今後もっと色々な昆虫を素材として使って新しい肉を作っていこうと思っています。
コオロギを部位ごとに分けている場面。可食部位・非可食部位を分け、可食部位の中での特徴をつかむための作業
昆虫肉に形状を与えるための制作。肉の繊維やにおいを残したまま一枚の肉にしようと試みている
成型と着色を施した昆虫肉。昆虫の風味や食感を味わうことができる。それと同時に1枚の昆虫肉を食べるという不思議な体験ができる
100%昆虫の肉で作ったパテを使ったハンバーガー。値段は42,000円。昆虫食における最上のものを示すことを狙っ
た
ーー実際のレシピ開発には、主婦の存在みたいなパートナーが必要そうですね。
実は今、料理人の方と一緒に組んでやっているんです。料理人の視点から生まれたアイデアの一つが、昆虫とお酒のペアリングです。チーズにワインが合うとか、お刺身にこの日本酒が合うというように、この昆虫にはこのお酒が合うという、マリアージュ的なものを考えています。
お酒の組み合わせを知っているだけで、この食材とこの食材が合うというのを間接的に分かる人は分かるらしいんですね。
——なるほど、「昆虫とお酒のペアリング」は料理人が分かる一つの言葉になるんですね。
そうなんですよ。その方の助言なんですが、本当に昆虫食を広めたかったら、まずは料理人の心を動かすことが大事で、料理人が見れば分かる言語を作ったり、レシピとか自分のやってきたことを全部見える化したりして、「僕だったらこうするのになあ」とか「こんなことできるんだったら、僕が料理してあげるのになあ」という人を増やせればと思っています。
自分はデザイン系の人間として人に見せたり伝えたりというところは得意なので、写真にしたりグラフィックにしたり、視覚化することで皆さんに評価、批評してもらえるような状態にしています。
料理家と共同制作した際に作ったバンブーワーム料理の材料。昆虫を中心に据えた調理やレシピ制作を目指した
ゲンゴロウ肉の食べ方。少量の調味料だけで美味しく食べることができる。相性が良いのは花椒塩だった
——100BANCHIではプロジェクトが随分進んでいる感じがしますね。
本当にそうですね。混虫肉もここでいろんな人と話しているうちに思いつきました。
あともう一つ、本当に食べられる肉の部分だけを抽出するというのをやっています。後輩が『蟹工船』さながらひたすらコオロギを剥いて肉を取ってくれたんですけど、後ろ足のジューシーな肉を何も混ぜずに焼いて、塩だけ振って食べたら、本当に美味しいんですよ。とりあえず現段階で、酒のつまみとしてはいける。市販のビーフジャーキーより美味しいんじゃないかというぐらいです。
ただ、労働力とコオロギの値段を考えると、100グラム10万円ぐらいになるっていうのが(笑)。
——100グラムで10万円!高級食材ですね。
超高級食材にはなっているんですけど、いくら高級でも食べて本当に感動したら、じゃあ次はこの肉をどれだけ効率よく取るかという技術やアイデアを出してくれる人たちがどんどん増えてくるのではないかと思っています。
だから、本当に一番美味しくて、一番いい部分のトップオブトップを見せるというのも一つの手かと。一度食べてもらって、批評や意見をもらうのが今一番大事だと思っています。
コオロギのモモ肉。美しい繊維質な肉は今までの昆虫食のあり方とは異なる様相を帯びていた
ゲンゴロウ肉は6時間かかって28g取ることができる。この作業は実験的な制作の一部であるが同時に市場と繋げる
方策も模索中
——今後ほかに取り組んでいきたいことはありますか。
昆虫にはどうしても衛生上汚いといった悪いイメージがついてしまっているので、今から食用昆虫をまた育てようとしています。
SFCのときは効率よくたくさん育てるというアプローチだったんですけど、今からやるのは徹底的に美味しい昆虫を育てることだけを目指す。どれだけ大量に市場に出しても、誰も食べなかったらやっぱり意味がないな、と思っていまして。食であるからにはやはりおいしく食べられるやつを作ろうと。
効率よく育てるのは美味しくなった後の話なのかな、という気がしています。
——長期的にはどんな展望を描いていますか。
近い将来にまずは昆虫がゲテモノや特別なものとしてではなく、普通に食材として流通しているところを見られるといいなあ、と。昆虫食が当たり前になった世界の下支えの部分を僕が作れればいいなあと思っています。
僕が歳を取ったときに食卓で虫を食べながら、「これ昔は食べられていなかったんだよ」って若い人たちに話すのが夢ですね。
原稿構成:山本直子、岡徳之(Livit)
昆虫食は『◯』なのか『△』なのか、それとも『⬜︎』なのか?
このイベントではあなたに昆虫食を作ってもらいます。昆虫食はまだ十分に試行錯誤がされていない食ですが、だからこそ未来での食として可能性があるかもしれません。制作と実食を行い、リフレクションの手法を通して考えることにより、独自の昆虫食観を見つけ出しましょう。
プログラム
18:30 開場・受付開始
19:00 イベント開始
-プロジェクト紹介
19:30 参加者による昆虫食制作
20:30 昆虫食を食べながら語らう
21:00 意見交換
21:20 まとめ
21:30 終わり
※制作時間に応じて30分程度延長可能性あり
GUEST
楠本 修二郎
カフェ・カンパニー株式会社 代表取締役社長
岩田 洋佳
東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授
松下 慶太
実践女子大学人間社会学部・准教授
ほか
特記事項
・簡易的なエプロンは用意しますが、汚れる可能性もあるため汚れても良い格好、もしくはマイエプロンの持参をオススメします。
・甲殻類アレルギー、その他アレルギーの心配がある方は、参加について自己判断をお願いします。
・材料等は用意するため、特別な持ち物は不要です。