• リーダーインタビュー

培養肉をもっと身近なカルチャーへ ——「A cultured energy drink」:田所直樹

「皮膚のような細胞シートを重ね合わせるとハムになる」「好きな味の肉を自由につくれる技術があるんです」

そんな驚きの技術について時に冗談を交えながらも、熱く語るのは「A cultured energy drink」の田所直樹。彼が代表であり細胞研究・食品開発を担当する「A cultured energy drink」は、培養肉に出会うきっかけをつくるため「細胞培養液」を使った身体に優しいエナジードリンクを開発するプロジェクト。田所は、学生のときに研究していた再生医療から培養肉の研究をスタートさせました。

本業ではなく、あえて「趣味として」研究することで、企業でもアカデミックでもない領域から培養肉を広げていこうとしています。「細胞を増やして人工的に肉を創り出す」。そんな未来をつくるための田所の戦い方とは?

再生医療の「闇実験」から、培養肉の研究へ

——田所さんが培養肉に関心を持ったきっかけは?

田所:ちょっと前置きが長くなるのですが、培養肉に興味を持つきっかけとなったのは僕が再生医療に興味を持ったことだったんです。小学4年生の頃交通事故に遭って、「99.9パーセント助からない」と宣告されてしまったんです。その時の担当医が根気強く治療をしてくれて、奇跡的に助かり、そこから「僕も人の命を救う仕事がしたい!」と医学部を目指したんです。

でも、僕が医者になれない決定的な理由があって……実は血が苦手だったんですよ(笑)。「どうしよう」と葛藤していた高校3年生の時に山中先生のiPS細胞や小保方さんのSTAP細胞が話題になり、「これからは再生医療の時代だ」と大学で心臓を作る研究に携わることにしたんです。

——心臓って作れるんですか?

田所:今はまだ心臓の移植手術が成功してる段階ですね。人間の全身は、髪の毛の太さの10分の1ぐらいの大きさの細胞の集合で出来ているのですが、その細胞を並べたら、あらゆるものを作れるようになるんです。レゴブロックのようなものをイメージしていただけたら良いかもしれません。豚の心臓の細胞を活用したりとさまざまな方法があるんですが、僕は細胞を3Dプリンターで作る研究をしていました。

でも、再生医療って原料も機材もすごくコストがかかるし、そもそも心臓を移植する人はそんなに多くない。だから、研究がなかなか発展しにくいんです。僕が関わっていた共同研究も、採算が合わずに撤退してしまいました。

でも、悔しくて教授に隠れて研究室でこっそり闇実験を続けていました。その頃、コミックマーケットで培養肉の同人誌を出していた「Shojinmeat Project」という市民研究団体に出会ったんですね。再生医療と培養肉はすごく近い。そう思い、培養肉の研究に関わりはじめました。

——再生医療と培養肉の研究は技術的に近いんですか?

田所:ほぼ同じと言っても差し支えないと思います。例えば、東京女子医科大学のある研究室は人工の皮膚を作ってるんです。 細胞のシートを火傷した部分に張り付けると皮膚の代わりになる。そのシートを複数枚重ねると、ハムのような肉質になるんですよ。実際に食品メーカーと一緒に共同研究をしたりもしています。

培養肉は再生医療と同じ技術を使っていて、求められる基準は再生医療より低い。再生医療で心臓をつくるときは、身体で拍動する機能性と高い安全性が必要だけど、培養肉は肉の塊があればいい。しかも培養肉って、今後起こる食糧問題を解決できるので、再生医療よりも間口が広く、研究に取り組みやすいんです。

培養肉で有名な先生も、もともと再生医療を研究されていたという方が多いんです。僕も再生医療の研究から培養肉の道に進んだのも偶然ではありましたが、そういう意味では必然だったのかもしれません。

 

研究は「ちょっとふざける」ことでコンテンツになる!

——再生医療技術を活かした研究の選択肢は他にもあったと思うのですが、どうして培養肉に関心を持ったんですか?

田所:再生医療より取り組みやすい培養肉で技術蓄積することで、食糧問題も解決しつつ、ゆくゆくは再生医療で命を救うところまでつなげられる。人を救うというゴールのマイルストーン中間地点に培養肉があるんです。あと、一番大事な理由としては、僕は肉がめっちゃ好きなんですよ(笑)

培養肉は、理想の肉が作れるんです。肉は赤身と脂肪でできている。例えば筋肉を鶏肉にして、脂肪細胞は黒毛和牛にすればヘルシーな和牛のような肉が作れます。マンモスの細胞を使えば、マンモスの肉もできるし、貝柱の細胞を使えば机くらいの大きい肉も作る事ができる。死ぬまでに究極の肉を食べてみたい。だったら自分で作ればいいじゃんと思ったんです。

——培養液エナジードリンクというのは……?

田所:理想の肉を作るために、まずは培養液を研究する必要がありました。2014年にオランダではじめて培養肉がはじめて作られた時、マックのハンバーガーのパテ、200グラムで約2800万円もかかったんです。機材と試薬の中で、特に細胞の成長を促す成長因子が高価なんです。それは実は牛の血で、成分が10万種類くらいあるという仮説もあるので、何が効いているのかわかっていない。

血を使う限りアニマルフリーじゃないし、高い。だから、世界中の研究者が成長因子を探しています。だったら、植物で成長因子を見つけたらいい、と僕たちは植物のエキスを試しています。植物にもフィトケミカルっていう植物性化学物質があることもわかってきたので。成長因子の代替になるものを見つけたら、大きな技術革新になるんです。

同時に、培養液で肉の味付けも変わるので、色んな肉を提供することができる。成長因子と味を変えるために、培養液の研究をしているんです。

——なるほど。

田所:でもそのまま「培養液の研究をします」と言っても、伝わりづらいんですよね。100BANCHのGARAGE Programに応募するときも、最初は「再生医療の裾野広げるための活動をします」とまじめに動機を書いていたんですけど、違和感があったんです。

締切り前夜に、Shojinmeat Projectメンバーと培養液を飲んだときのことを思い出しました。「細胞を育てるってことは、めっちゃエナジーじゃん」っていう雑談していたんですよね。その会話をヒントに培養液のエナジードリンクを開発するというアイデアが出てきました。

根は真面目な研究であっても、ふざけていてみんなが楽しめるようなコンテンツとして広まっていくのがいいと思うんです。培養肉はほとんどの人にとって馴染みのないもの。中には、抵抗感も持つ人もいる。だからそのまま研究しても伝わらない。面白く価値転換することが必要なんです。

——その視点は、どこで育まれたんでしょう?

田所:僕の本職は化粧品会社の研究者です。再生医療の研究職を探したんですけど、なかなか見つからなくて、結果的に化粧品会社に就職したんです。化粧品って面白いんですよ。研究だけでなく、ストーリー、ブランド性、デザイン性が揃ってはじめて売れる。付加価値が大事なんです。さらに新卒1年目は、研究者でなくマーケティング、ブランディングに携わってきました。

どんなにすばらしい研究でも、自分事にできないと楽しんでもらえない。いいものをたくさん作る研究者と面白いものを見つけたい一般層をつなぐ橋渡しをしたいと思ったんです。

 

100BANCHのギークに試飲してもらった「人生を研究に狂わされた人のためのドリンク」

——入居期間に開発した細胞培養エナジードリンクは、飲むと細胞が増えるんでしょうか?

田所:もちろんです。でも、珍しいことじゃなく、普段からご飯を食べることで、栄養素になり、血になり、細胞は増えているんです。だから、細胞培養エナジードリンクは細胞に必要なグルコース、ビタミン、アミノ酸を入れています。

中国の漢方やインドのアーユルヴェーダの論文も調べて、研究成果がドリンクに調合されています。筋肉を増やすという論文を元に、ジンジャーを配合したり、インド人が世界で一番癌にならないのは、フィトケミカルが入ったスパイスカレーを日常的に食べるからという研究を元に、スパイスも入れています。

——どんな味なんですか?

田所:スパイスを活かして飲みやすいように、コーラ味にしました。コカ・コーラ社は、アフリカのコーラナッツを元に開発したと知って試したんですけど、まずかった(笑)

クックパッドでレシピを調べてみたんですが、誰もコーラナッツを使っていなくて。多くの人が使っているオールスパイスとクローブを入れました。あと、100BANCHで薬草のプロジェクトをやっていた新田さんに「バニラとレモン香料入れたらいいよ」って教えてもらい、やってみたらコーラの味に近づきました。集合知の力は偉大ですね(笑)。

開発中は土日に100BANCHに来て、昼からエナジードリンク作っては、みんなに味見してもらっていました。アドバイスをもらって、試作をしての繰り返しですね。

というのも、元々の培養液の味がとてもまずかったんですよ。ブドウ糖が少しだけ入っているのですが、アミノ酸とビタミン、ナトリウムも入っているのでほんのり甘いのに苦いエグみがある。そのエグみを消すために、細胞が死なない程度の少量の人工甘味料を入れて、最後にナツメグを入れてみたり。爽快感が欲しいという意見もあったので、クエン酸を増やす……といった具合に何度も調整しました。

2か月間の紆余曲折を経てドリンクが完成しました。7月のナナナナ祭で来場された方、約200人にドリンクを飲んでもらいましたが、美味しいと言ってくれる人もいましたね。

——商品化を考えているのでしょうか?

田所:もちろん。量産するにあたって「人生を研究に狂わされた人のためのドリンク」というコンセプトを考えました。今流行りのオシャレなエナジードリンクじゃなく、論文提出前日に徹夜する研究者のようなギークに飲んでもらいたい。クラウドファンディングで資金を集めて、少量で缶製造をしようとしています。

だけど、エナジードリンクはあくまで培養肉を知るための副材やきっかけ。もちろんエナジードリンクが広まるほど、培養液の研究も進むので相乗効果はありますが、宣伝やドリンクを広めることに手一杯になってしまったら元も子もない。培養肉の研究をすること、その裾野を広げることを一番大事にしています。

 

新しい技術はリンゴの実。独占せずに育てよう

——エナジードリンクを含め、培養肉というものをどのように広げていく展望でしょうか?

田所:僕たちの団体では、家で実験する方法をコミケやネットで公開しています。Dischordのグループでも「自作実験」というチャンネルが立ち上がっていますし、この研究を中心にして、周辺に「野良研究者」が集まってきていて、新しいプロジェクトもどんどん立ち上がっているんです。アーティストから一緒に研究しようと誘われたり、敷居が低くなってきているのを感じます。

これまで培養肉は、環境負荷の問題や食料問題の解決を掲げて、企業や大学は研究を展開してきました。でも、真面目な切り口だと、なかなかみんなが自分ごとにできない。だから、僕たちは市民としてふざけたネタとして研究して、裾野を広げて楽しみながら発展させていこうと思っているんです。

——新しい技術を公開していくことで、競合が生まれるということはないのでしょうか?

田所:逆に言うと既知の事実は特許を取れない。だから、私たちは既知の事実にするためにあえてコミケに出したり、情報を共有しています。そうすることで、他の方が特許を取れない戦略を取っているんです。

アメリカの企業が遺伝子組み替え食品を作ったときに、食料問題を解決できる可能性があったんですが、一社が独占して発展しなかったんです。技術は、独占して収益を上げて研究するサイクルを作ることも必要ですけど、新しい分野はリンゴ1個しかないんです。だから、みんなで1切れずつ分け合っても意味がない。リンゴの木を実らせて定期的に収穫できるようにした方が良いと思うんです。

培養肉もそうです。企業にもアカデミックにもできない、不真面目なふざけた研究。それが、僕たちの戦い方のキモなんです。

まずは、いかに技術を普及させるかが重要です。だから、研究の方法をすべて公開して共有する。研究の敷居を下げて、みんなで技術発展させて、養肉を普及する所まで持っていきたい。それが、再生医療で命を救うことにも繫がっていくと信じています。

 

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