- リーダーインタビュー
電動キックボードは人の行動をデザインする【前編】─モビリティで広がるまちづくりの可能性:ema (e-kickboard sharing) 中根 泰希
日常を思い浮かべれば、私たちの生活は思った以上に移動手段に左右されていることに気づきます。
「もうすぐバスが出るから、家を出なきゃ」
「電車が遅延しているので、もう少し時間がかかりそうです」
「そろそろ終電だから、帰るね」……。
かと言って、渋谷の街を歩いていると、乗り換えだけで意外と長距離を歩かなければならなかったりして、歩くのがちょっと億劫になることもあります。下ろしたての靴や少し高めのヒールを履いたときに限って、延々と道玄坂を登らなければならないことも。
そんな私たちに、新たな移動手段の選択肢が増えるかもしれません。「電動キックボード」です。「ema (e-kickboard sharing) 」プロジェクトは、電動キックボードのシェアリングサービスを推進することで、短距離移動の新たな可能性を提示しています。
「日本社会にやさしい移動の形をデザインする」とビジョンを掲げるのは、リーダーの中根 泰希(なかね・たいき)。果たして、彼らはなぜ「電動キックボード」に可能性を見いだしたのでしょうか。
電動キックボードは「目に見える変化」を起こせる
──中根さんはもともと、デザインリサーチを専攻していたんですね。それがまた、なぜ電動キックボードを……?
そうですよね。もとをたどれば、はじめのうちは予定帳アプリを作ってたんです。手帳に予定を書き込んだら、その予定が終われば必要なくなるじゃないですか。でも、実はそこには、どこで誰と何をして過ごしたのか、という重要な情報が含まれている。
その情報や行動データを蓄積して、うまくAI解析と組み合わせたら、どんなタイミングで楽しいのか、ストレスを感じるのかと人の感情を予知して、どういう行動を取れば幸せになれるか、リマインドを促して人の行動や意思決定を最適化できるようなアプリが開発できるのではないか、と考えていました。
でもなかなか事業化が難しくて、半年くらいで一旦仕切り直すことにしました。それで、何か人の行動を変えていけるようなプロダクトがないか、事業のタネを探す意味で、さまざまなプロダクトに触れて、海外の事業などを調べることにしました。
実際に1カ月に1回ほどのスパンで事業モデルを考えて、プロトタイプを作って、VCの反応を見てみる、というようなことを続けていたところ、出合ったのが電動キックボードだったんです。
──電動キックボードのどんな点に可能性を感じたのですか。
北米をはじめ、既に海外では人々のライフスタイルに取り入れられつつある、というのもありましたけど、単純に乗ってみて、便利だな、面白いな、と素直に思えたんです。ある意味、「わかりやすさ」に惹かれたのかもしれない。
それまでUI/UXデザインに取り組んで、アプリ上で楽しさやわかりやすさを追求していたけど、それこそメルカリくらいの成功を生み出さなければ、世の中を変えることは難しいと感じて……。電動キックボードは、ある地点からある地点への移動という、目に見える変化を生み出せる。そこに、僕らがどうデザインを落とし込めるかによって、新たな価値を生み出せるはず。自分たちにできる貢献のイメージが明確に見えたんです。それで、電動キックボードに乗ってみてからすぐに事業モデルを考えて、その週のうちにはVCのところへ行きました。
──すごいスピード感。反応はいかがでしたか?
……正直、あまり反応は良くありませんでしたね。「大学の中でなら乗れるかもしれないけど、公道で使えないなら、メリットないよね」「法律を改正するのも難しいし、この先どうするつもりなの?」みたいな。かなり厳しいことを言われました。帰りがけに寄ったカフェで共同経営者の杉原(裕斗COO)とふたりで、「やっぱり無理か……」「違うプランを考えないといけないかな」なんて、真剣に悩みました。
でも、これからシェアリングサービスをやるなら、ある程度事業戦略を明確に定めた上でスピーディに進めなければいけないと考えていましたし、何より電動キックボードという乗り物自体、間違いないと思えた。だからまずは自分たちの「やりたい」という思いを信じて、やり切ろうと、開発や渉外を進めました。でも、結果的には「難しい」というのが逆に参入障壁になって、競合他社が入って来づらい状況でした。だから、自分たちが丁寧にサービスを展開していけば、可能性は広がってくるんじゃないか、と1カ月、2カ月と積み重ねて、あっという間に1年経った、という感じです。
関係団体や自治体との連携で広がるモビリティの可能性
──サービス展開の障壁になるのは、やはり法令の問題でしょうか?
そうですね。確かに、いろんな交渉事や調整が大変ではあります。ただ、感覚的には、逆に面白いと思えるようになってきました。僕も、やっていく中で見えてきたんですけど、それまでのように何もないところから課題を発見してプロダクトを作るより、何らかの枠がある中で企画を考えたり、ユーザー体験を研ぎ澄ませたりするほうが、僕らの良さを発揮できるような気がしてきたんです。
—電動キックボードは法令上原動機付自転車に該当するため、取材当日は手で押して撮影しました
──どのように問題をクリアしようとしているのですか。
単に法律を変えようとするのは、やはり難しいんです。僕たちもこれまでアプリ開発など、ひたすらユーザーと向き合って改善を重ねるような事業をしてきたので、どう進めたらいいかわかりませんでした。それで、出資してもらっているVCに相談したんです。彼らは出資先を支援する一環で規制緩和も含めた関係各所への働きかけをしていて、そこから業界団体を立ち上げようとしている企業や関係者とつないでもらいました。それが、2019年5月に設立された「マイクロモビリティ推進協議会」です。
協議会ではマイクロモビリティ業界として、電動キックボードを社会実装するためにある程度のロードマップを描いて、新たな規制やルールのあり方を検討しています。日本の場合、これまでの法令に照らし合わせると、原動付自転車として公道を走らせることは可能なんです。ただ、そうすると運転免許が必要になったり、ナンバープレートを取得したりしなければならないから、電動キックボードの利便性や気軽さが損なわれてしまう。なかなかバランスを取るのが難しいんです。でも、2000年頃にキックボードが流行ったとき、重大事故が起こってしまっているので、警察が慎重になるのも当然です。安全性を守りながら、いかにユーザーにとって利便性の高いサービスにしていくか。一つひとつ丁寧にクリアしながら、世の中にもインパクトをもたらせるようなサービスを実現したいと思っています。
直近では、柏の葉スマートシティや愛媛県大洲市など、自治体から協議会に依頼をいただく形で、電動キックボードの実証実験をはじめています。実際に乗っていただいた方から、初速の度合いやアプリの使い心地など細かくフィードバックをいただけるので、サービスの改善にもかなり役立っていますし、これから山口県萩市や岡山県岡山市などでも実証実験をやることが決まっています。
都市部と地方で変わる電動キックボードのニーズ
──ところで、どうして100BANCHに参加したのですか?
はじめのきっかけは、BUSHOUSEの青木大和さんからの紹介だったと思います。もともと神谷町に間借りしているオフィスはあったのですが、家からも近いですし、渋谷に活動拠点を置けたらいいなと考えていました。100BANCHには、同じようにビジネスに取り組んでいる人たちのつながりもあるし、エコシステムそのものがここにあるのがいいですよね。
──渋谷には何か思い入れがあったのですか。
高校のときに青山へ引っ越してきて、渋谷も馴染みのある街でした。プロを目指していたくらいサッカーに打ち込んでたので、特に遊んでいたわけではないんですけど、学校が15時くらいに終わるときは、友達とちょっと話したりして……。ただ、渋谷は十分に満たされてる街だな、と思うんです。
──というと?
事業を考える上で、何か課題を見つけて、それに対するソリューションを提供する、というのは大切です。そういう意味では、渋谷には世界中から多くの人々が集まって、街としての魅力にあふれている。課題というよりはプラスαで、電動キックボードを利用することで、より街を楽しめるようになるだろうなと思います。
一方で、このプロジェクトを広めていく過程で、他の自治体には、より切実な課題があることがわかってきました。少子高齢化が進んで、若者が県外へ出ていく。車で行けるショッピングモールが増えて、中心市街地が空洞化していく。観光客にとって魅力あるコンテンツを提供しきれていない……。それぞれ自治体によっても課題感は異なりますから、どんなストーリーを描いてどう提案するか、今も模索しています。
僕らは電動キックボードだけを事業として提供したいわけではなく、そこで暮らす人の生活や体験が、より良いものになる価値を提供したい。その街の魅力って、意外と住んでいる人たちには見過ごされてしまっているところもある。そこに、電動キックボードがあって、アプリ上でどんな設計をすれば、人が来てもらえるようになるのか。他のサービス事例も踏まえて、電動キックボードのシェアリングサービスをやることでいかに街づくりや移動手段の可能性が広がるのかを、きちんと発信していきたいと考えています。
(写真:小野 瑞希)
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前編は中根の電動キックボードのプロジェクトに至るまでの経緯を聞きました。後編は、電動キックボードが社会実装されることによって実現したい未来、「やさしい世界」についてのお話に続きます。
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