美しさの溢れる瞬間に寄り添い、 贈り物経済を循環させる“人格を持つビール”を。
- リーダーインタビュー
ビールに注ぐ、私の物語【後編】──便利の先で消えてしまう「なくてもいいもの」に愛を込めて:BEERful 渡部有未菜
「不便さには、人の心が宿るんですよね」
BEERful代表の渡部有未菜(わたなべ・ゆみな)の言葉は、“私”という個性で鮮やかに色づいています。
前編では、渡部がビールに魅せられた背景や、「物語から生まれるクラフトビール」とは一体どんなものなのか…ということについて、お話を聞いてきました。
後編となるこちらでは、渡部がビールという“作品”を通して、どんなメッセージを社会に向けて伝えていきたいのか、目指す未来のために何をしていこうと考えているのか…そんな個人的な想いや願いを、丁寧に語っていただきました。
それでは、「100年先の未来を豊かにしていく実験区」であるこの100BANCHに、渡部が入居した頃のエピソードから、どうぞお聴きください。
■前編はこちらから
ビールづくりの先、目指すは「贈り物経済」の醸成
──渡部さんは2019年4月末、自身の会社を起業した直後に100BANCHに入居されましたね。
起業する前から、いろいろと体制を整えるための拠点にできるような場所を探していて。ゴリゴリのスタートアップが集まるようなシェアオフィスよりも、いるだけでワクワクするようなところがいいなと思っていたので、100BANCHの雰囲気はピッタリでした。
──実際に入居した3カ月間、どうでしたか?
あっという間でしたね。ここは否定する人がまったくいないから、居心地がよかったです。私も大概だとは思いますけど…100BANCHはぶっ飛んだプロジェクト、多いじゃないですか(笑)
──否定しません(笑)
みんな寛容だから、いろんな人が興味を持ってくれたり、アドバイスをしてくれたりして。とても刺激になりました。
──そうしたアドバイスを受けて、渡部さんの中で何か変化は生まれましたか?
ありました。それまではBEERfulを通して「贈り物経済の循環」をつくっていこうと考えていたんですけど。
──贈り物経済?
行き過ぎた資本主義社会って、効率ばかりが重視されている感じがして、冷たいじゃないですか。私は秋田から東京に出てきて、その冷たさにかなり削られた人間で(笑)。それが「悪だ」とまでは言わないにしろ、もっと人らしい温かみのあるつながりが、今の世の中にあってほしいというか、私の身近にはあってほしいと思って。
──アンチ資本主義としての提案が、贈り物経済だと。
贈り物って、合理化や効率化とは違う軸を持った行為だと思います。それに、ビールも「生きるためになくてはならないもの」ではないですよね。それを贈り合うことは、心の豊かさや気持ちの緩やかさを、取り戻すきっかけになるんじゃないかなって。
この話を、100BANCHにいる時に、いろんな人としたんです。そしたら「“循環”というよりは“醸成”を目指したほうがいい」と考えが変わってきました。単にシステムを循環させるのではなくて、システム全体を成熟させていく。もしくは、ゼロからそういう経済圏をつくって育てていく、というイメージです。
そういう私の目指す世界観を、世の中に訴えていくための手段として、BEERfulがある。ビールは私にとって作品で、メッセージを運んでくれる分身なんです。
利他的である前に、まずは自分を大切に
──これから贈り物経済の醸成をしていくために、具体的にはどんなことをしていきたいと考えていますか?
ビールからは少し離れてるんですけど…地方の過疎地に共同体をつくりたいです。
──それは、あれですかね…DASH村みたいな?
そうかもしれません(笑)。いきなり大きな世界を変えるのは、やっぱり難しいなと思うんです。だから、まずはビールづくりを通して共感してくれる人を集めて、小さな世界で温かい経済圏が醸成できるのかどうか、実験してみたくて。
──その小さな世界を起点にして、段々と大きな世界を変えていくイメージですか?
うーん…実は、あんまり広めなくてもいいんじゃないか、とも思ってて。広めようとしなくても、それが本質的にいいものだったら、勝手に広まってくれるのかなと。積極的に広めようと押し付けしすぎたら、なんだか宗教みたいになっちゃう気がするし。
──そのバランスは、たしかに難しいですね。
未来像についてはうまく言葉にできてない部分も多いんですが…単純に「困っている人を助けよう」とか、「悲しんでいる人にやさしくしよう」とかも、ある種の贈り物であって。
ただ、「他人を大事にしよう」という意識ばかり強くなりすぎるのは、ちょっと違うと思っています。やっぱり、自分にとっては自分が一番であるべきで。だからこそ、自分が大事だと思う人や、自分を大事にしてくれる人に、自然と利他的な行動を贈ることができる。その行動の贈り合いのきっかけをつくっていけたらなと。
──その気持ちとビールが結びついているところに、このプロジェクトの面白さを感じます。
私にとって、いま自分の思いを一番乗せられるのが「ビール」という入れ物なんです。そこに論理的な必然性はないんですよね。タイミングとエピソードでつながっているものだから。そういう感性や情熱に引っかかる部分こそが、資本主義的なものから離れた私らしさだと思うから、大事にしたいなって。
解決されてしまいがちな不便、非効率。そこに宿る愛がある
──合理じゃない部分にこそ、その人らしさが出てくると。
最近、それをまさに実感したエピソードがあるんです。先日まで朝日新聞で「苺花一愛」のプレゼント企画をやってて、Webとハガキの両方で応募を受け付けていて。結果的にWebからは約3万人、ハガキでは8,000人の応募がきたんですね。
Webのほうは全部データだから、そのままExcelにまとめられて、管理するにはとても便利でした。一方でハガキは、こちらで打ち込まなきゃいけないから、面倒と言えばかなり面倒なんです。
──そうですね。
でも、その面倒がすごく尊いなって。わざわざハガキを買って、書いて、ポストに出してくれているんですよ。内容も一人ひとり文字の感じが違うし、きれいにデコレーションしたり、イラストを描いてくれいる方もいて。すっごく感動しながら、一枚一枚じっくり読みました。
不便だからこそ手間がかかる。その手間に愛を感じられる。私はあのハガキたちを見て「ああ、どんなにデジタル化が進んでも、手書きの文化って絶対なくならないな」って思ったんです。
──不便だからこその価値があると。
新しく生まれるサービスは、不便を問題として、その問題を解決するみたいなものが多いと思います。その中で、私は結構、時代に逆らった事業をやってるんだなと感じているんです。「時間をかけて、なくてもいいものをつくっている」という意味では。
けれども、なくてもいいものの中には、「なくなったら人生が超つまらなくなるもの」もきっとあるはずで。不便さや非効率性が、逆に価値を生み出していたりする部分には、人の心が宿っているんだと思います。
──そういうものって「なくてもいい」ように見えているだけで、人間が人間らしく生きていく上では、かけがえのないもの…なのかもしれませんね。私たちが、数字上の合理性のみで動くようになったら、コンピューターとほぼ変わらない存在になってしまうかもしれません。
本当にそうだと思います。だからこそ、私はこれからも「なくてもいいもの」こそ切り捨てずに、そこにある価値を拾い上げて、大切にしていきたいです。
──最後に、BEERfulの今後の展開について聞かせてください。
さっきの共同体づくりの話とか、やりたいことはたくさんあるんですけど、BEERfulとしてはこれからも「物語から生まれるクラフトビール」づくりを続けていきます。次は「情熱」をテーマにしたビールをつくろうと思っていて。
──そこにはどんなストーリーが?
私は今、起業して事業を育てるために全力疾走しているんですけど…それが、部活でキャプテンをやってた時の感覚と、似ているなって感じていて。自分のモチベーションがチーム全体の士気に左右して、試合の勝ち負けに大きく関わってくるんですよね。だから今こそ「頑張り時の人を励ませる、情熱をたきつけられるようなビール」をつくりたいなと。
ちょうどオリンピックも近づいているので、スポーツ観戦の時など、大人数で集まって、みんなで飲めるようなものを想像しています。同じチームを応援する人たちと、気持ちを共有する時に、ピッタリなビールにしたいですね。
──お話から、実際に飲まれている景色がありありと想像できます。
もちろん、いくらメッセージを伝える作品だと言っても、ビールはビールです。美味しくなかったらイヤですよね(笑)。ストーリーは大事にするけど、味にもこだわります。自信を持って出せるものをつくるので、ぜひたくさんの人にBEERfulのビールを飲んで、楽しんでもらいたいなと願っています。
(写真:小野 瑞希、場所協力:ブラッセルズ神楽坂)
株式会社 美溢るコーポレートサイト
■前編はこちらから:「歌うように描くように、「飲めるアート」で想いを伝える:BEERful 渡部有未菜」
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