- イベントレポート
双生と再生による彼岸へのイマジナリー —DESIGNART TOKYO 2023を終えて
パナソニック、ロフトワーク、カフェ・カンパニーが運営する100年先を豊かにするための実験区「100BANCH(ヒャクバンチ)」が、7月6日から14日まで『100BANCHナナナナ祭2019』を開催しています。
本記事では7月10日から3日間にわたって行われた「エモHackathon」の様子をお伝えします。「エモHackathon」とはエモ、つまり「感情が動かされた状態、感情が高まって強く訴えかける心の動き」を喚起する作品やサービスを作り上げるハッカソン(主にIT業界で行われる、短期集中で共同作業を行い、プログラムやサービスを開発するイベント)です。
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■1日目:脱コモディティ化の突破口は、人を動かすエモさ
初日はチーム内での自己ニックネーム紹介からスタート。その後、ファシリテーターの羽渕彰博さん(株式会社オムスビ 代表取締役CEO)は、全体を前にご自身をニックネームで「ハブチン」と自己紹介し、「エモHackathon」の企画意図を説明しました。
現在、モノづくりの現場で正しさのコモディティ化が進み、製作時には機能や、過去データに基づいた必要性が製作動機になっています。でも、今の時代、周りはすでに便利なもので満たされており、モノづくりが次のステップへ行くためには、「人の心を動かす」エモさが必要だということが共有されました。
そして、ハブチンさんは、このハッカソン期間中「エモいとはなにか?」、「なぜエモさが必要なのか?」、「どうすればエモさをつくることができるのか?」の3つを追求してほしいと語りました。
「エモいとはなにか?」を一緒に考える
早速、チーム内でエモさを感じたサービスやプロダクトを紹介。「ペット型ロボット」、「ゲーム」、「食べ物」など参加者は思いつく限り、大量に付箋に書き、分類していきました。その後、分類したカテゴリーが、ユーザーにどのような体験や価値を提供しているのかをチーム内で検討。具体的な例から抽象度を上げた視点を得ることで、参加者たちは様々なエモさの方向性があることに気がついたようでした。
■河野未彩によるインプットトーク
100BANCHではじめて製品化にまで至った彩る影をデザインする照明器具RGB_Light考案者で、グラフィックデザイナーの河野未彩が登場。ハブチンさんの質問に答える形で、まさにエモさを体現したプロダクトRGB_Lightの制作秘話が語られました。
※RGB_Lightについて>>https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000063.000034018.html
RGB_Lightは、河野が学生時代、卒業制作として提出した「現象プロダクト」のうちの1作品。締め切りまで3日と日が迫るなか、河野がフェスに遊びに行くと、赤と緑の光線が交互に光る演出があり「2色の光が重なった一瞬、黄色が見えた」体験から着想を得て制作したもの。
フェスから帰った河野は、すぐに三叉ソケットのシーリングライトを購入。プラスティック製の留め具を外して、ソケットの向きを内側へと変え、赤・緑・青のカラーレフ球をつけて、プロトタイプをつくったそうです。
ハチブンさんは、さらに河野に「エモさを発見しプロダクトへ落とし込む」方法論を、「モノの見方」や「アイデアの出し方」の観点から伺いました。
アイデアについて、河野自身は自身のプロダクトを「現象プロダクト」と表現し、《普遍的な現象をプロダクトとして見せるもの》として考案したそうです。「現象は普遍的なもので、どの世代でも、どの国の人にでも通じるから、現象に注目した」と語りました。他にも「現象プロダクト」のアイデアで、光の角度や大気中の湿度によって出現する現象の虹を加湿器でつくるプロダクトなども考えたそうです。
さらに、どのような観点で日常を観察しているのか聞かれると、「『まっすぐにモノを見ること』と『斜めに見ること』を自分のなかで意図してスイッチングしながら生活している」と答えていました。
■シブヤの街で行動観察。エモい人を探してみよう
河野のお話が終わると、参加者はチーム名を決定し、それぞれが考えた「エモさの方向性」をまとめました。この方向性を携え、各チーム人間観察に渋谷の街に消えていきました。最終日にはそれぞれどのようなプロトタイプが出来上がっているのでしょうか。
■2日目:「エモさ」を求めて、つくる話すつくる
2日目は朝9時開始。
アイデアの方向性をもとに、渋谷の街で行動観察をして気づいたことを、デザイン・機能面を合わせてプロトタイプに落とし込むため、頭と手をフル回転で動かして、参加者一同、作業に没頭。
この日は、テックメンターとして、DMM.make AKIBAで技術顧問として活躍する阿部潔さんにご協力いただきました。限られた時間に焦り出すメンバーは「こんな材料を使ってみたら?」「100円ショップに売っているよ」などの的確なアドバイスに助けられ、モノづくりに没頭していきました。
初日はアイデア出し付箋で溢れた机の上は、打って変わってカオスの様相。食べ物あり、ぬいぐるみあり、工作キットありの、不思議な実験室のようでした。
午後は、各チームが順番に15分ずつのメンタリング。下記の豪華なメンター陣から、厳しい意見が出る場面もあり、各チームが短い時間を使って、真剣に議論している様子が見られました。
※エモハッカソンメンター陣
佐藤綾香さん(株式会社蔦屋家電エンタープライズ)
「自分たちのエモいプロダクトをどう人に伝えるのか。そのキーワードを突き詰めて考えてほしい。」小川哲史さん(パナソニック株式会社 パナソニックプロダクト解析センター)
「人の感情がスタンダードな状態から、エモさでどこまで変化するのかを意識してプロダクトを考えてほしい。」藤川恵美さん(パナソニック株式会社 アプライアンス社デザインセンター)
「人間が持つ五感。その感覚を研ぎ澄ませることでエモさを追求してほしい。」中山智裕さん(パナソニック株式会社 経営企画部)「最終プレゼンでは、やってきたことすべてを伝えがち。たくさん伝えたい気持ちを抑えて、そのプロダクトがどうエモいのか要点を絞って伝えることを意識してほしい。」
■3日目:最終日、各チームの「エモプロダクト」を発表!
泣いても笑っても最終日の7月12日。この日も朝から、老若男女入り混じり、チームごとにすごい熱気で作業が始まりました。午後2時からのプレゼンリハーサル中も、最後の追い込みを急ピッチで作業を行う参加者たち。
そしてプレゼン午後3 時。審査員が入場して緊張感が高まる中、各チームのプレゼンがスタート!
●プロテインになり隊「これが僕のやる気 ボタン」●
ワクワクを見える化を掲げ、ユーザーが使うことに寄って完成したり、その人の色に染まるようなものを追求したチーム。
おもむろに運ばれた段ボールの上には、自分のモチベーションに見立てたハートと、ライトが3つ置かれた装置が鎮座。今まで見えなかった心の中の「やる気スイッチ」を見える化し、物理的な「やる気を出すスイッチ」とのこと。1人が必死にスイッチを連打すると、ライトが順番に点いて、すべてのライトが点灯し「やる気」ゲージがマックスになると、光に照らされたハートが輝き、自分のモチベーションも上がっているというプロダクト。
●エモンゲリオン「新世紀エモンゲリオン パナ家電エモ計画」●
エモさの要素として「つながり」に注目したチーム。
人生モデルが変化した現代社会だからこそ、家電群による「つながりへの誘い」を提案。例えば、帰宅すると自分の好きなキャラクターの声で、家電が「おかえりなさい。外は寒かったよね? 温めてあげる」と話しかけ、エアコンとカーペットが可動するといったように、パナソニックの商品もエモ家電化したいとのことでした。使っていくうちに、ユーザーの趣味趣向を記憶し、ユーザーのライフログを元にリアルタイムにパーソナライズしていくことも添えました。
●Emoh!「ほっとつり革」●
温度と色の関係に着目し、ひとの混雑や危険源を解消を目指したチーム。
発表では、ストラップやスマホケースのように、自分の好みや触り心地、身長などに合わせた「マイつり革」を提案。満員電車ではつり革の数が足りなかったり、公共のものを触りたくないという人もいる。仕組みは簡単、滑り止めのついたS字フックに吊り紐をつけたもので、持ち手部分はもふもふとした肌触りの良い素材だったり、キャラクターのぬいぐるみだったりと、自分の好みに合わせたものを選ぶことができます。また、バリエーションが多くなれば、電車内でつり革を通じたコミュニケーションが生まれる可能性があるそうです。
●EMO-NAMO「EMO-AMP〜空気を変える魔法のランプ〜●
「酔い」に着目したチーム。
「個性と個性が出会う場」に共感・驚き・新発見といったエモさが生まれると考えました。
3日間のハッカソンも、当初はみな緊張して殻に閉じこもっていたが、次第に殻が破れ個性を出せるように。このような状態を短時間で実現できれば、エモさを拡張できるのではと想定。アルコールとアロマを組み合わせたものを、空気中に漂わせる装置で、箱の中に置かれた金のランプから、アロマミントとアルコールを調合した香りが広がる仕組みです。くだけた飲み会の雰囲気とも、オフィスの硬い雰囲気でもない、その中間にあるような新しい「開放感のある空間」を実現します。
●Emoma「録香(RockO) EMOMA」
記憶を喚起する匂いに着目したチーム。
匂いを嗅いで昔の出来事を思い出す、ノスタルジーに浸ることがエモいと考え、香りを記録するシステム録香(RockO)を提案。システム名はエモいアロマから「EMOMA」。このシステムは香りを記録する録香機と再香機の2つからなる。匂いを嗅ぐことにより昔の記憶を思い出すためのもの。
●なる一族(*天国と地獄)
楽しく苦労しながら美味しいものを食べることに着目したチーム。
一見、コーヒー豆のミルのようなプロダクトを発表。ハンドルを回すと、繋がったボックス型の装置からエスニックな音楽と映像が流れ、インド的なスパイスの香りが広がります。ハンドルを回してみたいという欲求に加え、聴覚(音楽)と視覚(映像)、そしてスパイスの香りで嗅覚に訴えることで、トータルでインスタントカレーも、本格的なカレーのように美味しく食べることができます。今回はカレーを使ったプロダクトだったため、「『カレー』なる一族」というチーム名のオチがついたそうです。
●オクトパス「ジャリのエモさでより快適な会議環境を」●
音と感情の関係という切り口で考えたチーム。
新しい履物を制作。サンダルの中に砂利を仕込み、玉砂利の上を歩いているかのような感覚を得ることができるそうだ。1歩目でエモさを感じ、だんだん心が落ち着いていくそうで、さらにチーム検証から、完全に心が落ち着くのが17歩という調査結果が得られました。しかし、音や足の感触に慣れると飽きてしまうことが分かったため、「会議室までの17歩」に利用を限定しました。
●おたじまスカンク「エモさんすい」●
快感や癖になるようなもの、触れば触るほど勤勉になるようなものを目指したチーム。
エモいを「新たに何かを知ったときの、不思議な現象との出会い、心の震え」と定義。黒いボックスがあり、上には白い液体の入ったスポイトが設置されたプロダクトを発表。白い液体が落ちると、液体から固体に変わり鍾乳洞のように堆積して育ちます。その動き方がドラスティックで感動を呼ぶとのこと。リビングで毎日一滴ずつ垂らして育てる鍾乳洞。その仕組みは身近な食品の特性を利用して、この状態をつくりだしているそうです。
●ナナナナ7班「気持ちの更衣室」●
「ほっとする、リラックスする」をキーワードに環境づくりを目指したチーム。
調査では会社に行きたくないと答えた人は8割。そこで考えたソリューションが「気持ちの更衣室」でした。まず、どういうときにワクワクするかを考え、ガンダムやエヴァンゲリオンなどの搭乗シーンや発進シーンに辿り着きました。そして、この光と音に高鳴る高揚感をエモさと定義。そこで、今回これを出社前に感じ、気持ちの衣を入れ替える更衣室をつくることに。設置場所は玄関で、更衣室内にはAIスピーカーを搭載し、仕事に行く前の気持ちを高めてくれるだけでなく、一日のスケジュールや昼食に何を食べるか、忘れ物はないかなどを確認できます。
●☆星のカービィ☆「オーロラ線香」●
オーロラがなぜ綺麗なのかを分析して、見れるように目指したチーム。
蚊取り線香の煙を利用して、オーロラの光を再現。エモさは「星空の下で、思い出をもう一つつくる」というもの。想定ユーザーは「親子、友人同士、恋人同士などの親しい間柄」、シーンは「夏、屋外でなにかの余韻に浸りながら語らえる時間」だそう。エモさは五感で感じるものであると考え、蚊取り線香の香りのなかで(嗅覚)で、夏の湿った空気を肌で感じながら(触覚)、耳の奥には花火の音の余韻が残っている(聴覚)そのような状態で、オーロラの光を見つめて(視覚)大切な時間をより一層深く味わうことを考えて使ってほしいと提案しました。
※4名の審査員
江渡浩一郎さん(国立研究開発法人産業技術総合研究所 主任研究員/ニコニコ学会β交流協会 会長/メディアアーティスト)
坊垣佳奈さん(株式会社マクアケ 共同創業者・取締役)
岩佐琢磨さん(株式会社Shiftall 代表取締役CEO)
小川立夫さん(パナソニック株式会社 執行役員)
■最優秀賞はどのチームに? 審査結果発表と評価ポイント
★★オーディエンス賞:ナナナナ7班★★
ハッカソン参加者が自分たちのチーム以外で一番良いと思ったチームに投票し、得票数の多かったチームが表彰されました。
★★審査員特別賞:EMO-NAMO★★
岩佐さんの評価ポイント:「接戦で、受賞チームが被るということで議論になった。しかし、いいものはいいということで、決まりました。僕がよかったと感じたのは、原理がすごくシンプルで、今すぐ作れるという発想がすごく面白い。大きな会場に設置すれば、エフェクトの範囲が大きい。イビサ島など海外でやってみてはどうか。一気に1万人、10万人がエモい体験ができるのではないか」
★★審査員特別賞:オクトパス★★
坊垣さんによる評価ポイント:「エモHackathonなので、すごくシンプルに『これってエモいよね』と、履いた瞬間にみんなが思えた。エモさを感じられたかを採点で重要視した。ちゃんと『これはジャリだ』と感じられるという精度の高さが2つ目のポイント。会議室までの17歩という利用シーンについては、未だに納得できていない。シーンを絞り込むのはいいと思うが、誰がどのシーンで履いてくれるのか、そこをもっと考えてほしい」
★★審査員特別賞:Emoh!★★
小川さんによる評価ポイント:「『マイつり革』というのが僕も欲しい。僕もやりたいと思いました。スマホを吊るすとか、本を引っ掛けるとかでもいいし、少なくとも日本人などアジア人には受けそうだと思った。電車のなかでの安定を考えると、つり革のないところでどうやって安定するか。電車のなかで我々が不安定な理由は、接点が2つしかないから。接点が3つに増え、その間に重心があったら安定することを考えると、隣り合っている人たちと一緒になったり、設置する部分が車内で3つとか4つになったらいいかもしれない。そういうところまでの発展性を考えるとすごく面白いなと思ったので、評価させてもらった」
★★★最優秀賞:おたじま スカンク★★★
江渡さんによる評価ポイント:「実を言うと、審査会でこれほど簡単だったことはなくて、全員一致で一位でした。ということで、素晴らしいと皆さんが認めていた。僕なりの評価ポイントは、非常にシンプルな物理現象を発見して、それをシンプルに『いい感じに見せる』ということにフォーカスしたところが正解であり、評価された部分だったと思う。なんとなく皆さん、食品の挙動とかを知ってはいるが、『こういう風なプロダクトにできるのではないか』ということを発見して、こうしてうまく見せることができ、ストレートに伝えることができたところが良かった。ハッカソンの『良い着眼点を見つける』という役割を果たしていたのではないかということで、全一致で一位になりました」
■怒涛の3日感を終えて……
表彰が終わり、ファシリテーターのハブチンさんは「最初はドキドキ怖いという感じだったと思うのですが、こうして皆さんの顔を見ていると、安堵感やエモさを感じられたように思います。ここで終わるのではなく、ぜひ普段の仕事に活かしたり、副業で作ってみたりと、次の機会につなげていただければと思います」という言葉で3日間にわたる怒涛のエモHackathonを締めくくりました。
最後に全員で記念撮影をした後の様子を眺めていると、初日に比べると声の大きさも違い、関西弁での打ち解けた雰囲気の会話があちこちから聞こえ、賑やかに談笑する姿が印象的でした。エモHackathonに関わったすべての人が、エモさに浸っているように感じられる一幕でした。
「100年先の世界を豊かにするための実験区」というコンセプトのもとに、これからの時代を担う若い世代とともに新しい価値の創造に取り組む活動です。再開発の進む渋谷川沿いの倉庫を1棟リノベーションして作られた空間で、1階はカフェ・カンパニーが企画・運営する未来に向け新たな食の体験を探求するカフェスペース「KITCHEN」、2階は35歳未満の若いリーダーのプロジェクトを推進するアクセラレーションプログラム「GARAGE program」などがメインで行われるワークスペース「GARAGE」、3階はパナソニックが次の100年を創り出すための未来創造拠点であり、夜や休日にはワークショップやイベントが行われるコラボレーションスペース「LOFT」から構成されています。ホームページ:https://100banch.com/
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