• リーダーインタビュー

polca食堂 前田 塁 「食のベーシックインカム」で飲食業界の負のスパイラルを断ち切る

「真顔だと強面に見られるんです」。

そう言いながらも、目尻が下がるくらいの笑顔で誰にでも気さくに話しかける前田 塁(まえだ・るい)さん。キャップをかぶりラフな格好で(真冬に半袖)ふらりと100BANCHに登場すると、そのまわりには自然と人が集まり、笑顔や笑い声がどんどんと広がっていきました。

そんな前田さんはpolca(ポルカ)(※)というフレンドファンディングアプリで資金を募り、「夢に向かって頑張っている人を応援する“0円”食堂」を提供するプロジェクト「polca食堂」を展開。これまでに全国で14回の“0円”食堂を開催し、延べ2,000人以上の参加があったそうです。2018年5月からは100BANCHで活動もしてきました。

※polca…やりたい事を思いついたら、企画をたて、必要な金額を友だち同士で集めることができるフレンドファンディングアプリ

根っからのご飯好きで、外食業界に詳しいことはもとより、クックパッドの男性人気ユーザーになるほど料理の腕前を持つ前田さん。彼はなぜ0円で食を提供する必要があったのでしょうか。

そこには、前田さんの「誰もが食に困らない社会の創造によって、飲食業界の価値向上を目指す」という壮大な目的が潜んでいました。

「お金は夢を妨げるハードルのひとつだ」と気付いた

——はじめに、前田さんの食の原点を教えていただけますか。

実は僕の実家は飲食店を経営しているんです。その店と自分は切り離してはいたけど、やっぱり食に関わる血筋があるのか、幼い頃から食べることが好きでしたね。

——そこからずっと食には興味があったと。

そうですね。大学の頃から特に食に対するアンテナが強くなったと思います。ある講義で教授の「学食もいいけど、たまにはいいご飯を食べると感性が刺激される」という言葉に感化され、そこからは学食ではなく、大学外の飲食店で食事をしていました。ずっと外食ばかりしていたのでお金はかかるけど「その分はアルバイトで稼ごう」と必死で働いていましたね。それを繰り返すうちに、食が僕にとって非常に大きなものになっていました。

——大学時はどんなアルバイトをされていましたか。

ずっと飲食店でしたね。それこそ週6日くらいシフトを入れていたので、社員より働いていたかもしれません(笑)。仕事は楽しかったので「このまま飲食業界で働きたいな」とぼんやり思っていました。でも、ある日、スタッフの給料が予想以上に低いことを知り、「それなら食は趣味でいいかな」と思ってしまいました。給与が全てではないのですが……。

——理想と現実のギャップを感じてしまったんですね。

結局、大学卒業後は渋谷にあるインターネット広告の会社に就職しました。僕のようにほとんどの人って、幼い頃に夢見ていた仕事と実際に就いた仕事って違いますよね。いろんな背景を理由に夢を諦めて人生の方向転換をしてしまう。でも、もし何も考えずに夢をかなえられるとしたら、僕は飲食業界で働いていたと思うんです。だから「お金は人の夢を妨げるハードルのひとつだ」と気付きました。

加えて、大人になるにつれて「俳優を目指しています」とか「ミュージシャンを目指しています」と夢を追う人は、お金に苦労すると最初に生活費から食費を削ることが多いと耳にするようになりました。でも、それってすごくもったいないと思うんです。それを感じてからは、僕みたいにお金を理由に夢を諦めることなく「夢を追う人が食に困らないような取り組みができないか」と模索するようになりました。

——それがpolca食堂の原点だったんですね。

そうなんです。でも、当時は「夢を追う人に無償でご飯を提供してあげたいけど、どうやったら経営が成り立つんだろう」とずっと悩んでいて。そこで、最初に思いついたのは、ご飯を提供した人たちが後々成功したら食事代を払う「つけ払いシステム」でした。でも、いつ彼らが成功するかなんて分からないから、それはそれで大変だなって(笑)。

——「つけ払いシステム」……無謀な感じは否めないですよね。

よく考えれば無謀だとと分かることなんですけど、その時はそれこそ必死で(笑)。その後もいろいろ思案するなか、当時、イタリアで流行っていた「保留コーヒー(Suspended Coffee)」と、クラウドファンディングサービスの「polca」を知ったことが、polca食堂を生む大きなヒントとなりました。

保留コーヒーは温かい飲み物を必要としている誰かのために、カフェで事前にコーヒー代を支払うという善意のシステムで、これを知った時に「いい文化だな」と感じていて。加えて2017年に身近な友だち同士資金を集める「polca」がはじまり、「このサービスは保留コーヒーみたいに誰かの支援になる」と気に入って、若い子たちにどんどん少額の支援をしていました。

夢に向かって頑張っている人に食の支援をしたい。でも、どうやって実現できるか分からない。そう悩んでいる時期にこれらの取り組みを知って、「polcaのサービスを使えば、みんなの支援をもとに食の支援ができるかもしれない」とパッとアイデアがひらめきました。これまでの点が線でつながる瞬間でしたね。それから試験的にpolcaで資金を調達つつ、2017年10月に無料で食事を提供するイベント「polca食堂」をはじめました。その後、100BANCHに入居するまでに3回ほど開催していました。

 

多くの夢に向かう熱は、一歩を踏み出すきっかけになる

——polca食堂は2018年5月に100BANCHへ入居しました。100BANCHをどこで知りましたか。

もともと、おむすびのプロジェクト「MUSUNDE HIRAITE」のリーダー・菅本香菜さんと知り合いでした。彼女が100BANCHで活動する様子に興味を持ったことがきっかけですね。100BANCHは数多くのプロジェクトがさまざまな価値観を持ち活動しているので、その人たちと関わりが持てたらいいなと思い、100BANCHのGarage Program(※)に応募しました。

※GARAGE Program…これからの100年をつくるU35の若者リーダーのプロジェクトを推進するアクセラレーションプログラム。随時公募を行い、審査を通過したチームはプロジェクトスペースやイベントスペースを無償で利用できる。

——100BANCHに入居してどのような気付きがありましたか。

未来に向けて必死になるメンバーたちと交わることで、「やっぱり僕はこのメンバーのように、夢を目指す人たちを応援したかったんだ」と再確認することができました。

2018年6月の交流イベント「渋谷おとなりサンデー」に出店したpolca食堂の様子(撮影:小川 哲汰朗)

——GARAGE Programのメンバーは、まさにpolca食堂のテーマである「夢に向かって頑張っている人」ですからね。

そうなんです。だって「コオロギラーメンを作る!」とか「ふんどしを未来に!」なんて真剣に言う人たちとは、そうそう出会わないじゃないですか(笑)。そんな、好きを突き詰めている人たちと交われること自体、非常に面白い経験でした。なかでも、うどんやお茶、薬草や昆虫食など、食に携わるプロジェクトメンバーと幅広く意見を交わせたことで、食に対する視点や考え方、食の可能性など多くの気付きを得ることができました。

——polca食堂は100BANCHでイベント出店やプロジェクト間のコラボレーションも行っていましたよね。

100BANCHの1周年を記念した夏の文化祭「ナナナナ祭」や渋谷区の交流イベント「渋谷おとなりサンデー」、渋谷ストリームの開業に合わせて開催された「Shibuya River Fes」での出店はpolca食堂にとって貴重な経験でした。普段、私は会社員として働いているため、平日はなかなか入居メンバーと知り合うことができませんでした。これらのイベントをきっかけにメンバーとの仲が深まり、いろいろなプロジェクトとのコラボにつながっています。

最近では、うどんのプロジェクト「SAVE THE UDON」と一緒に料理イベントを開催したり、ふんどしのプロジェクト「Fundoshi Hack Project」主催イベントで参加者に料理を提供したりと、polca食堂のテーマ絞らず、幅広く食の魅力を伝えられるような取り組みも行っています。

100BANCH ナナナナ祭でのpolca食堂の様子

——polca食堂はこれまでに全国から2,000人以上の参加があったと伺いました。この活動を通してどのような気付きがありましたか。

あらためて「世の中には、こんなにも夢を追う人がいるんだ」と実感しました。今はSNSなどインターネットで情報があふれ、多くの人が興味のあることしか拾わないじゃないですか。でも、polca食堂の活動を通して「こんな活動があるのか」とか「そんなに好きを突き詰めている人がいるんだ」など、インターネットでは知ることのできない多くの熱を感じることができました。

——polca食堂を通して参加者が変わった具体例はありますか。

京都で開催したpolca食堂で、参加した大学生が「自分のやりたいことを実現したい」と勢いだけで東京に来たことがありました(笑)。めちゃくちゃ戸惑ったけど、今、彼はpolca食堂のメンバーで一緒に活動もしています。他にも、西日本豪雨で地元・広島が被害にあったと話す女の子から「その被害の支援としてpolca食堂を開いてほしい」と提案をもらい、実際にイベントを開催したこともありました。polca食堂を重ねる度に、20代若者を中心に「何か踏み出すきっかけになっているな」と感じています。

また、それぞれ夢は違えども参加者同士が「夢に向かう仲間ができた」と、横のつながりを実感する声も多くあります。「まわりは気にせず、熱いものをやりたい」と思う人たちが多く集まるので、みんな自然とつながりやすいんだと思います。

——polca食堂の価値観は「100BANCHの7原理」(※)にすごく似ていると感じました。まるで「小さな100BANCH」のようなんです。

※100BANCHの7原理…「1:若者が未来をつくる」「2:たった1人でも応援したら」「3:思う存分できる場」「4:視点が交差し混じり変化する」「5:短期収集同時多発」「6:常識にとらわれない」「7:Willから未来はつくられる」

言われてみれば……確かにそうかも(笑)。規模は違うけどpolca食堂も100BANCHと同じように、熱い思いを持つ若者が交わることで、どんどん新しい未来がつくられていく存在ですからね。以前僕がブログに書いた「まだまだ世の中を変えることはできる。たった一人の熱狂が同じ思いを持った人と繋がれば」という部分は、100BANCHの価値観と共通することかもしれません。「小さな100BANCH」ってワード……これから使っていこうかな(笑)。

 

「食のベーシックインカム」で飲食業界の負のスパイラルを変えられる

——「夢に向かって頑張っている人」が誰でも無償でご飯が食べられる世界が訪れたとき、社会はどう変わると思いますか。

食が潤えば最低限の命の保証ができるので、より自由に夢に向かえる世の中になると思っています。今は「夢に向かう人」を対象にしていますが、最終的には全ての人に最低限の食を保証する「食のベーシックインカム」を目指しています。

——お金ではなく食のベーシックインカムですか。とても斬新なアイデアですね。

「食のベーシックインカム」が実現すれば、食に困らないというメリットだけではなく、飲食業界の価値も上がると考えています。たとえば、一般に外食のランチは1食1,000円がボーダーラインだと言われています。その値段を越えると「高い」と思う人が多いので、たとえお店が金額以上に美味しいランチを1,500円で提供しても、お客さんは「その値段は出せない」と敬遠されてしまいます。

ほとんどの飲食店は「美味しい料理を提供したい」と考えながらも、消費者心理のボーダーラインを越えないように値段を抑える必要が出てしまい、そのために人件費や食材費などのコスト削減が発生する。飲食業界の給料が安い理由はそのような負のスパイラルがあるからだと思うんです。でも「食のベーシックインカム」が実現すれば、普段の食事では味わえない付加価値的な食が注目されるようになり、飲食業界の魅力や価値はもちろん、社員の給料も安定すると思います。

——「付加価値的な食」とはどのようなことですか。

最近、注目を集めている飲食店に会員制の馬肉専門店『ローストホース』があります。ここのメニューは1万円のコース料理と決して安価ではないのに、予約が取れないほど人気の店なんです。その理由は、料理ごとにスタッフが馬肉についてこれでもかと深く語るので、お客さんはその知識や馬肉にかける情熱に圧倒され、あっという間に魅了されていくからです。これは料理だけではなく接客という付加価値で外食の客単価を上げられている好事例であり、現状の「ランチは1,000円まで」とか「ディナーは5,000円まで」といった消費者感覚のボーダーラインで苦しむ飲食業界にとっての重要なヒントだと考えています。

2018年8月に岡山で行われたpolca食堂の様子

たとえば、月の食費に3万円かかっていた人が「食のベーシックインカム」によって普段の食事が0円で食べられるようになれば、月額3万円分の余力が生まれます。そうなると「生きるための食」ではなく「楽しみとしての食」にスポットが当たり、『ローストホース』のような付加価値的な食にお金を払う機会が増えていていくと考えています。そうすれば飲食業界は資金が潤い、もっと人件費に資金を当てることもできる。僕みたいに「飲食店で働きたいけど、給料が安いから諦めた」ってことも減るだろうし、飲食店はもっと美味しい食を追求することができるため、おのずと飲食業界の価値が上がると思うんです。

そういった「どうすれば飲食業界の価値あがるか」など、食や飲食業界について探究する取り組みを会社で料理部で行っています。「polca食堂」は「夢に向かって頑張っている人を応援する」という目的であると同時に、飲食業界の価値が上がるための実験のひとつだと捉えています。

——polca食堂は「食のベーシックインカム」の実験でもあるんですね。

そうなんです。今の段階で「0円で誰でもご飯が食べられるイベント」をしてしまうと、運営側が対応しきれなくなることは目に見えています。まずは「夢に向かって頑張っている人」に絞り、そこが円滑にまわるようになれば次の段階、たとえば「外国人」や「子ども」など徐々に対象を広げていこうと計画しています。「食のベーシックインカム」という壮大な未来を描きつつ、これからも食の活動を通して、少しでも飲食業界の価値が向上する社会へと導いて行ければと思います。大好きな食に対する夢を、僕はもう諦めたくないので。

 

( 写真:神 颯斗 )

 

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