• イベントレポート

全人類が会話可能な未来の言語を——— 100BANCH・4プロジェクトの挑戦

「参加者が楽しそうにゲームに熱中する光景を見て、運営メンバーと『このワークショップ成功している!』と興奮しながら会話したことを覚えています」

これは7月5日に100BANCHで開催された、第1回「未来の言語ワークショップ」の運営メンバーのひとり、松田崇弥の言葉だ。

このワークショップは、それぞれの視点から次世代のコミュニケーションを考える体験ワークショップ。参加者は「はなせない」「きこえない」「みえない」状態となり、今までにないコミュニケーションにチャレンジするという内容だ。

一見、難しいと取られかねないテーマに反し、なぜ参加者は大きな盛り上がりを見せ、主催者は大きな手応えを感じられたのか。その理由を探るため、このワークショップの運営メンバーである「NIHONGO」の永野将司と、「MUKU」の松田崇弥に話を伺った。

第1回「未来の言語ワークショップ」レポート

https://100banch.com/magazine/10695/

 

どんな人でも理解可能なコミュニケーションを

「未来の言語ワークショップ」をはじめるきっかけは、あるイベントだった。

4月に100BANCHで行われた、社会に存在するさまざまな「わかってもらえない」壁をみんなで超えることを目指すイベント「なぜ私の思いは伝わらないのか」が開かれた。

この時間を通して主催者と参加者は「相手は必ずしも自分のことを理解していない。だからこそ、それを前提とした伝え方が必要だ」と共有したという。

このイベントを主催したひとり、“言語難民”と呼ばれる外国人の日本語教育を支援するプロジェクト「NIHONGO」のリーダー・永野将司は、イベント終了後にある疑問が芽生えたと語る。

永野「そもそも相手を理解しない人とは、分かり合えなくてもいいのか。どんな人でも理解可能なコミュニケーションを模索してみたい、そう考えるようになりました」

日々、多種多様なメンバーが実験を重ねる100BANCHには、「障害」をテーマに活動するプロジェクトがいくつかある。永野はその中で「MUKU」の松田崇弥、「Braille Neue」の高橋鴻介、「異言語Lab.」の菊永ふみに声をかけ、それぞれのコミュニティの垣根を超えた、新しい伝達方法を創造する組織体・未来の言語ワークショップ実行委員会(以下「未来言語委員会」)を立ち上げた。

「NIHONGO」

“言語難民”と呼ばれる外国人の日本語教育を支援するプロジェクト

https://100banch.com/projects/nihongo/

『MUKU』

知的障がいのあるアーティストの作品をモノ・コト・バショに浸透させるプロジェクト

https://100banch.com/projects/muku/

『Braille Neue』

点字と墨字という異なった世界をつなげるデザインを行うプロジェクト

https://100banch.com/projects/8239/

『異言語Lab.』

手話をコミュニケーションツールとしたゲームを提供するプロジェクト

https://100banch.com/projects/igengo_lab/

未来言語委員会はまず、「どんな人でも理解可能なコミュニケーション」に近づくためのワークショップを計画した。しかし、それを開催するにあたり大きな壁にぶつかったという。

松田「各プロジェクトは、ある一定の障害について取り組んでいるだけでした。でも、“どんな人でも理解可能なコミュニケーション”となると、それぞれアプローチする対象が横でつながらなくてはいけない。でも、それって本当にできるのか、と最初は不安に思いました」

未来言語委員会のメンバー、左から永野、松田、菊永、高橋

聴覚障害を持つ菊永は後日談として、「聴覚障害を持つ私だけが、音声言語で話す言葉を分からない状態でした。どうやってみんなと『未来の言語』に近づくコミュニケーションをとればいいのか最初は悩みました」と話している。

菊永「でも、他のメンバーが口を大きく開けて話してくれたり、筆談をしてくれたりと、さまざまな表現で伝えてくれたおかげで、徐々にみんなで意思疎通が図れるようになりました」

 

既存の言語を超えて100年後の未来の言語を発明したい

第1回「未来の言語ワークショップ」のあいさつで、高橋は「まず僕たちは、『今ある言語は不完全である』と考えてみた」と話し始めた。

高橋「現在、メインストリートのコミュニケーションとして使われている音声や文字は、文化や身体的特徴などによる大きな壁が生じている。この壁をなくし全人類が同じ言語を使えば、世界は平和になるのではないか。僕らが目指す『未来の言語』とは新しいコミュニケーション方法。音声や文字などの既存の言語を超えて100年後の未来の言語を発明したい」

今回のワークショップでは「未来の言語」を発明する最初のステップとして、参加者が「みえない」「きこえない」「はなせない」を組み合わせたコミュニケーションを体験し、そこで生まれる気づきやエピソードを受け取るという内容にした。

永野「まずは手探りでもいいから『未来の言語』に近づく実験をはじめたいと思いました。仮説を立てることよりも、結果として参加者から現れる意見をくみ取り、そこで浮かび上がった内容を次のステップにつなげたいと考えました」

ワークショップでは、「みえない」の人はアイマスクを、「きこえない」の人はイヤホンを、「はなせない」の人はマスクをそれぞれ装着。「みえない」「きこえない」「はなせない」が混在するチームで、「ニックネームを共有しよう」「しりとりをしよう」などのテーマのもと、試行錯誤しながらコミュニケーションを取り合う「未来の言語ゲーム」をおこなった。

「未来の言語ゲーム」には「はなせない」「きこえない」「みえない」カードを用意した

元々、このゲームは「目も耳も口も閉じた状態で、相手に意思を伝えることができるか」という試みからはじまった。

松田:「これを試した時、僕たちは目も耳も口も閉じた状態では、全く相手に意思を伝えることができませんでした。でも、その制限を少しずつ解いていく過程で、さまざまなコミュニケーションのかたちがあることに気付いたんです」

筆談、口の動き、身体接触……、普段は意識さえしなかったコミュニケーション方法を知ることによって、目も耳も口も閉じた状態でも徐々にコミュニケーションが成立する場面が増えた。

普段は気付かないコミュニケーションの多様さを知ってもらうことで、コミュニケーションの本質に近づくかもしれない。その考えから「未来の言語ゲーム」が生まれたという。

 

参加者の表現は、思いもつかない発想の連続だった

「未来の言語ゲーム」がスタート。ルールに戸惑いながらも、参加者たちは難題を前にチームで協力し合い、加速度的に結びつきが強くなっていく。そんな光景が会場を埋め尽くしていた。

なぜ、これほど参加者がゲームに夢中になり、会場は熱気に包まれたのか。その理由について、永野は以下のように話す。

永野「ゲームは『こうしてください』ではなく『これだけは、しないでください』と、一定の制限だけを設けました。これによって、参加者はさまざまな発想を巡らせることができ、チームで自由にいろいろな表現にチャレンジすることができたと考えます」

未来言語委員会メンバーは、参加者が生み出すコミュニケーションや表現方法に触れるたび、「そういう伝え方もあるのか」「その方法も面白い」など、自分たちでは思いもつかない発想がいくつも飛び出したという。

 

このゲームは自分たちの想像以上に可能性がある

イベント終了後には、参加者はもちろん、他にも多くの反響があったという。

その中でも松田は、100BANCHのオーガナイザーで、パナソニック株式会社 コーポレート戦略本部 経営企画部 未来戦略室の則武里恵の言葉が印象的だったと振り返る。

則武は「パナソニックでは聴覚に障害を持つ社員も働いている。その人たちとはLINEやSLACKなどで会話することが多く、社内全体に『ソーシャルアプリでコミュニケーションを取ればいい』という考えがあるように感じる。その考えを持つ社員がこのワークショップを体験することによって、単一的ではない多くのコミュニケーション方法を発見する気付きになると思う」

この言葉を受け、松田は「このワークショップは自分たちの想像以上に可能性があり、いろいろな分野に活用できるのではないか」と感じたという。

音声・文字言語だけではないコミュニケーションを模索する参加者たち

いくつかの企業からも声をかけられた。

永野「企業からは主に、仲間が思いをひとつにして、ゴールに向かって進んでいく組織づくり(チームビルディング)に感心を持ってもらいました。日本人ってシャイな民族だから『なにかについて話してください』って提案しても、ミニマムな会話になりがちです。でも、このゲームは有無を言わさず自分の特徴を相手に伝える必要があるから、コミュニケーションを交わすきっかけになりやすい。その環境作りが評価されたのだと思います」

 

ファシリテーション能力と身体接触が課題

多方面から反響をもらう一方で、いくつかの課題が浮き彫りとなったという。

ひとつは、ファシリテーション能力によりゲーム内容が左右されること。

松田「今回のワークショップは、ゲームの流れにそってファシリテーターが参加者の気付きをうまく誘導していたからこそ、会場は盛り上がり、ゲームが円滑に進んだと思います。この先は、参加者だけで円滑に進めるような仕組み作りをする必要がありますね」

もうひとつ課題は、身体接触の問題。

耳、目、口の使用を制限する場合、体と体が触れあうボディータッチランゲージ=身体接触が効果的なコミュニケーションのひとつになる。しかし、一部の参加者から「身体接触は苦手」だと声があがったという。

永野「身体接触を制限すると、コミュニケーションの幅は狭まってしまいます。世界的に見ると身体接触のコミュニケーションは溢れているので、それを排除するのは身体接触が少ない日本文化に寄ってしまうような気がします。でも、実際にそれが苦手な人もいるから、今はその狭間で揺れています」

 

第2回は文化の壁を超えるコミュニケーションにも挑戦したい

8月18日(日)、第2回「未来の言語ワークショップ」を開催する。

第2回 未来の言語ワークショップ

https://100banch.com/events/11332/

前回の課題を踏まえ「さらにパワーアップしたワークショップを用意する」と永野は意気込む。

永野「前回はルールに、“日本語しか話せない人”と“英語しか話せない人”が会話を試みるような、多言語のフェーズは含まれていませんでした。でも、『未来の言語』を進める上で、外国語を含め文化の壁は避けて通れない問題だと思います。その問題解決の第一歩として、次回は多言語が交差する場合でもコミュニケーションが取れる機会、例えば『あ』だけの会話にも挑戦してみたいと思っています。『あ』とか『あー』とか、『あっ!』とか、声の大きさやトーン、長さなどによって、『あ』だけで意思を伝えてみる。参加者はどんなコミュニケーションを発見するのか、今から楽しみですね」

 

『未来の言語』は人の気持ちを汲み取ること、それに帰結する

第1回「未来の言語ワークショップ」の終わり、高橋は参加者を前に「参加者がいろいろな手段を駆使して伝えようとする姿は、コミュニケーションのプリミティブな部分だと感じた」と話した。

後日、松田は「結局のところ『未来の言語』は、慮る(おもんぱかる)ことではないか。人の気持ちを汲みコミュニケーションをする、それに帰結する気がする」と、振り返っている。

ふたりの言葉を聞いて私は、はるか昔、言語が発達していなかった時代に人類が交わす原始的なコミュニケーションが思い浮かべた。

日々、情報が莫大に増え、テクノロジーが進化する今の世の中では、時代に逆行する考え方は退化に当たると否定されることが多い。しかし、わたしたちが知らないうちに享受する過大な価値によって、人間に本来備わる大切な感覚が失われているのではないだろうか。

この先も「未来の言語ワークショップ」は人間本来の感覚を呼び覚まし、コミュニケーションの原点に立ち返るとともに、未来のコミュニケーションを再定義してくれるだろう。

未来言語委員会は、この「未来の言語ワークショップ」を継続的に開催する他、来年の国際母語デー(2019年2月21日)には、100BANCHを舞台に『新言語展』を計画しているという。

この先、彼らはどのような「未来の言語」を私たちに見せてくれるのか。

その挑戦は始まったばかりだ。

 

撮影|小財美香

8月18日(日)、第2回「未来の言語ワークショップ」

この記事でも紹介した第2回「未来の言語ワークショップ」は現在参加者を募集中。

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