47都道府県の手仕事を、文化を継ぐスニーカーで世界の街角へ。
47WAZA KICKS
47都道府県の手仕事を、文化を継ぐスニーカーで世界の街角へ。
-
47WAZA KICKS リーダー / SERENDO株式会社 代表 藤本彩香(あやか)

世界三大織物といえば、ペルシャ絨毯とゴブラン織。そしてもう1つは──大島紬(おおしまつむぎ)。日本の奄美大島などでつくられている、非常に緻密な絹織物です。
「日本人もまだ気づいていないような、知らないまま通り過ぎてしまう日本の魅力がたくさんあります」
大島紬の美しい名刺入れをテーブルに置いてそう話しはじめたのは、47WAZA KICKSリーダーの藤本彩香。インバウンドクリエイターとして活躍する彼女は、外国人観光客向けに日本の魅力を発信し、Instagramのフォロワーは12万人を超えます。
そんな彼女があえて100BANCHに入居して実験したかったこととは何だったのでしょうか?その背景には、今もはっきりと彼女の中にある「原風景」や大島紬の緻密さに触れたときの衝撃、そして何より、ずっと無視できなかった「違和感」がありました。
──藤本さんは、100BANCHに入居する前からすでに法人も設立していて、「インバウンドクリエイター」として活躍されていますよね。
藤本:インフルエンサーと言われることもあるのですが、私自身はあまりそういう感覚がなくて。主張したいことはいっぱいありますが、根っこにあるのは「リアルな日本が伝わってない違和感」なんです。
大学卒業後は会社員として渋谷で働いていたこともあって、インバウンド観光客が増えているのを毎日肌で感じるようになりました。ハチ公前の観光案内所でアルバイトをしたこともあるのですが、海外の人から「日本人としてのおすすめは?」「日本のローカルなお店ってどこ?」と聞かれることがすごく多かったんですよね。英語で日本のよくある観光情報を発信している人はたくさんいますが、観光客からすると「いわゆる観光地や商業的なものだけでなく、日常やローカルが心からおすすめできるものを、日本人視点で教えてほしい」というニーズがある。一方でSNSでは、本来の文化ではないことが「日本らしさ」として発信されバズっていて、目にするたびにもやもやとした違和感がある。ずっと会社員として働いていましたが、どうしても「ローカルから見たリアルな日本」を発信したい気持ちが強くなって、この3月にインバウンドPRの会社を設立し、SNSでの発信もはじめました。
藤本が発信するInstagramアカウント@sakura.traveljapan。コメント欄でも活発なやりとりも多く見られます。
──スタートしてからまだ1年も経っていないとはびっくりです。発信のコンセプトや投稿内容は、すんなりと決まっていったのでしょうか。
藤本:根幹は、最初からあまりブレてないです。会社のミッションにもしている「世界中を日本の虜に」というフレーズにもあるように、「新旧は問わず、でもこれこそが本物の日本文化であり魅力だよね」というものを発信したいと思っていました。日本語じゃないとアクセスできない世界があるんですよね。地方の職人さんのものづくりとか、文化とか。日本語ネイティブの私だからこそ知っている世界を発信しよう、と。ただ、コンテンツの届け方はずっと試行錯誤していて。ニッチなものってニッチだからこそ、そもそも広まっていないわけで、それをそのまま出しても見てもらえる数が少ない。だから、みんなが知っているものに絡めて発信するようにしています。例えば「突然、栃木の◯◯町」って言われても分からない人が多いので、「東京から◯分の隠れスポット」みたいに、入口は身近な「東京」にしながら、知らないものを届ける。そこはずっとバランスを探っている感じです。
──すでに多くの人に発信を見てもらえたり反応をもらえたりしているので、そこから、なぜ100BANCHに応募しようと思ったのか、気になります。
藤本:発信だけでも有意義ですが、やっていくうちに限界も見えてきたんです。嬉しいことに投稿へのリアクションやDMでコメントをいただくことも増えましたが、やっぱり自分の一番の原動力は「なんでこんなに本当の日本が伝わっていないんだろう」という憤り、「魅力があるのに伝わりきっていなくて、もったいないな」という気持ちです。こんなに「インバウンド」が盛り上がっているのに正しい日本が伝わっていないし、日本からの発信力もあまりに弱い。未だに日本のことを発信している英語圏のクリエイターさんでもアジアの国同士の違いがわかっていなかったり、国外の大手観光メディアでも、日本の記事なのにハングル模様のフリー画像が使われていたりしますが、日本からの発信がなければ海外の人はそれを鵜呑みにするしかないんですよね。
地域の人から「こういうふうに発信したい」と相談を受ける機会も増えて、でも、そのまま発信しても伝わらなかったり、多くの人には届かないことも多い。もっと根っこのところから携わりたい気持ちがふつふつと出てきて、何かできないかな、と。
それともうひとつは、やっぱり「実体を持つ」ことの意味です。SNSって、何とでも言えてしまう側面もある。自分では誠実にやっているつもりでも、見られ方として「またSNSの人ね」みたいになってしまうことも理解していて。でも、実際に何か「もの」として形になっていると、見られ方が違うのかなと考えました。私自身、つくるのがすごく好きだし、ものがあることで話しかけやすさも変わる。だから、100BANCHみたいに挑戦が公に認められている場で、有形の実験をしてみたかったんです。

──「日本の魅力を海外に」ということは、例えば海外滞在中に日本のことが伝えられなかったもどかしさなど、何かそういった原体験もあるのでしょうか?
藤本:実は、いわゆる海外での経験が原点というわけではなくて。こういう活動をしている人の中では珍しいと思うのですが、留学経験もないですし、20歳になるまで海外に行ったこともなかったんです。むしろ最初のきっかけは、日本の地方でした。
大学1年生のときに、総務省の「過疎地域ネットワーク圏形成事業」の大学生アンバサダーとして、北海道の浜中町に1ヶ月滞在したことがあって。国から過疎地域と認定されている、本当にローカルな場所です。私は東京の下町育ちなんですけど、生まれは福岡の大牟田という田舎で、地方の町はどこか身近に感じていました。その浜中町で過ごした時間が、すごく大きかったですね。とにかく、「豊かさ」の質が都会と全然違いました。コンビニも多くないし、車がないとどこにも行けない。でも、冬の朝に窓を開けると、目の前に海があって、少し雪が積もっていて、朝日が差してくる。その風景──光とか風の感じは、今でもすごくはっきり自分の中に映像として残っています。これは都会には絶対にない豊かさだなって。

北海道浜中町で見た光景
藤本:一方で、その魅力がほとんど伝わっていない現実も目の当たりにしました。町の人たちはすごく頑張っているのに、認知を広げるのは本当に難しい。感じたものをそのままぶつけても、なかなか届かない。その「伝わらなさ」を、初めて実感した経験でもありました。
──その頃から「その地ならではを伝える」ことについて考えていて、現在取り組んでいるPR・発信にも通じていますね。
藤本:あのときに「行けば(魅力が)絶対分かるのに、伝わらない」「こんなに素敵なものが伝わっていないなんてもったいない」という感覚を知ったことが、ずっとベースにあります。 その後、ゼミで論文を書く際は、一人で飛騨高山に行って、老舗の店舗や酒蔵にインタビューをしたこともありました。数日間の滞在でしたけど、やっぱり行かないと分からない魅力があるなと改めて感じて。バックパッカーとしてベトナムやトルコに1人で行ったこともあります。世界史を専攻していたので、歴史的に面白そうだと思って行ったんですけど、そこでも「混ざり合った文化」や「土地ごとの空気感」を体感し、改めて日本との違いを感じました。ただ、それもすべて「海外と比較して感じた日本のよさ」というより、「現地に行って、文化や魅力を自分の身体で感じたうえでのもどかしさ」の延長なんですよね。
──なるほど。「海外との比較」よりも、「良いものが埋もれていてもったいないという感覚」自体が原点なんですね。
藤本:そうだと思います。だからこそ、渋谷でインバウンド客が増えてきたときに、海外の人から「日本のローカルを感じられる場所ってどこ?」「日本人のおすすめは?」って聞かれたとき、あの浜中町で感じたもどかしさと全部つながった気がしました。日本には、まだ全然知られていないけど、本当に豊かな場所や文化がたくさんあるし、それを求めている人もたくさんいる。その原風景を、どうやったらちゃんと外に伝えられるんだろう、という問いが、ずっと自分の中にあります。
元々は、海外経験がないことや英語が流暢ではないことをコンプレックスに感じていたこともあります。インバウンド向けに活動している中で、私のように留学経験がない人にはまだお会いしたことがないです(笑)。
でも今は、「自分だからこその視点」もあるのではないかと信じていて。貴重な学生時代を日本で過ごせたからこそ感じてきた文化や、地域のおじいちゃんおばあちゃんとの交流の経験があります。47WAZA KICKSの他のメンバーは帰国子女なので海外視点を取り入れながらも、自分たちだからこその伝え方を模索していきたいと思っています。
──47WAZA KICKSを知ってもらううえで、「スニーカー」という世界中の人が親しみのある「モノ」がキャッチーなポイントになっているように思いますが、最初に100BANCHに応募したときはスニーカーの企画ではなかったと聞いています。

伝統的な技法「墨流し」で染めたプロダクト。
藤本:そうですね。実は現在の47WAZA KICKSの形で採択される前にも100BANCHに応募したのですが、そのときは採択されませんでした。最初に応募したときは、今よりももっと発信寄りの内容で、地域の知られていない魅力やストーリーをどう届けるか、という仮説を出していて。正直「形なきものすぎて、落ちたんだろうな」と思いました(笑)。実体として「モノ」があるだけで話しかけやすさも変わるし、その違いは前からなんとなく感じていて、「伝統的なものや技」と「身近でキャッチーなアイコン」を掛け合わせて何か形あるものを作れないかな、と考えるようになりました。伝統工芸や文化は、そのままだとどうしても敷居が高く見えてしまう。でも、日常に近いものと組み合わせたら、もっと自然に手に取ってもらえるかもしれない。
そんなことを考えていたとき奄美大島に行ったのは、本当に偶然でした。知り合いが現地の宿のオーナーとつながっていて、「来てみない?」と声をかけてもらって。正直、そこまで事前に強い目的があって訪問したわけではなかったです。……でも、そこで大島紬の工房を見て、衝撃を受けました。大島紬って、世界三大織物なんですよ。ペルシャ絨毯とゴブラン織と並んで。
──えっ、世界三大織物ですか。それは日本でも知らない人が多そうです。
藤本:大島紬はまず、糸を先に全部染めるんですよね。その染めも、奄美の泥を使って、百回近く繰り返す。普通の泥だとただの薄茶色になるので、それを何度も何度も染めて、やっと深い黒になる。そこからようやく織りが始まって、織っている途中で柄が少しでもズレたら、針でミリ未満の調整をする。どれだけ丁寧にやってもズレるから、それを人の手で直すんです。
大島紬を紹介した動画
藤本:一日にどんなに頑張っても進むのが10〜30センチくらい、柄によっては1日に数センチしか織れないこともあるという世界で。だから、一着つくるのに年単位で時間がかかります。その「狂気的」とも言えるこだわりを目の前で見たときに、私が昔から惹かれてきた、日本の緻密さとか執念みたいなものと、伝統工芸の価値が一気につながった感覚がありました。
──大島紬を見たことから、47WAZA KICKSの輪郭ができていったんですね。
藤本:はい。この体験で、「何かしら形にしたい」と思ったのは確かです。伝統工芸そのものを、そのままの形で残すのも大切。でも、それを今の生活にどうつなげるか、どうしたら手に取ってもらえるかを考えるのは、外側にいる自分だからこそできる役割かもしれない。そこから、「キャッチーなアイコンとしてのスニーカー」「体験」「伝統工芸」という要素が、自分の中でだんだん結びついていきました。一番大きいのは、「日常に持ち帰ってもらいたい」という気持ちでした。伝統工芸って、どうしても「特別なもの」になりがちじゃないですか。でも、スニーカーなら、毎日の生活の中で履くし、使う。日本の技や文化が、非日常じゃなくて、ちゃんと日常の中に入っていく。その入口として、すごくいいなと思ったんです。

──伝統工芸の世界は敷居が高く暗黙のルールのようなものもあるのかな、というイメージがありますが、47WAZA KICKSはいわゆる「伝統工芸ブランド」とも少し違う立ち位置ですよね。
藤本:私は職人ではないし、昔からその土地に住んでいたわけでもない。完全に外側の人間だと思っています。だからこそ、ただ伝統をファッショナブルにすればいいとも思っていないし、一つのことを突き詰めている方たちへのリスペクトは大前提です。そのうえで、外からだからこそ見える魅力や、新しい掛け合わせを試す役割は担えるんじゃないかと思っています。
都内の染め物工房や、京都、奄美、千葉の団扇づくりの職人さんなど、いろいろな現場に行かせてもらっていますが、「知ってくれるのが嬉しい」「ぜひ発信してほしい」と言ってくださる方も多いです。もちろん、価値観や地域性によって違いはあると思いますし、これからプロダクトとして本格的に出していく中で、意見が分かれる場面も出てくると思います。でも、今はまだ実験段階なので、丁寧に対話しながら進めたいと思っています。
──100BANCHに入居してから、スニーカーの染め体験ワークショップなど、多くの実験をしてきましたよね。そこから、今はどんなことを考えていますか?
藤本:家で一人でつくっていた頃と違って、100BANCHでテーブルの上に置いているだけで、話しかけてもらえる頻度が全然違います。「これ、何?」って聞かれるところから会話がはじまって体験してみたいとか、別の分野で活動しているプロジェクトから声をかけてもらったり。実体があることで、人との接点が増えた感覚があります。
スニーカー染めの体験もすごく好評で、海外の人が何人も100BANCHに来て体験してくれました。反応もすごく良かったです。ただやってみて分かったリアルな部分も大きくて。体験だけでは、ビジネスとして継続するのがかなり難しいんですよね。予約サイトの手数料、場所代、人件費、材料費……全部を考えると、きちんとしたクオリティのものを提供し続けるのは、正直かなり厳しいことがわかりました。それに、職人さんにワークショップをお願いすることにも、ずっと葛藤がありました。職人さんは職人さんであって、体験用の先生ではない。監修してもらうとしても、じゃあ実際に誰が教えるのか、どこまでが本物なのか、という問いが残ってしまう。せっかくやるなら、中途半端な体験ではなくて、クオリティの高いプロダクトの形にしたいと思うようになりました。プロダクトとして成立すれば、付加価値もつけられるし、監修や協業という形で職人さんにもきちんと還元できる。そっちの方が、長い目で見て健全だなと今は思っています。「もはやアート」のようだけれど日常にも寄り添えるプロダクトをつくりたい、と模索中です。
取り組みはスニーカーから始まりましたが、最近では招き猫やハチ公モチーフのお土産もつくれないかと、実験を重ねています。特に渋谷は、多くの観光客が訪れる街でありながら、実は渋谷という場所自体にはそれほどお金が落ちていないという実情もあります。例えば、日本の伝統工芸を取り入れたハチ公のプロダクトが生まれれば、旅が終わったあとも、日本の文化や価値観を日常の中に持ち帰ってもらえるのではないか。そんな可能性を考えています。

──47WAZA KICKS、インバウンドクリエイター、そして会社代表。いくつかの肩書きを持って活動されていますが、そこに共通する視点はありますか?
藤本:最近、はっきり言葉にできるようになったんですけど、私は本気で「日本の国力を上げたい」と思っています。……決して過激な思想とかではなくて(笑)。日本って、すごく愛されている国だと思うんですよ。自然も文化も、こんなに揃っている国って、正直他にないと思っています。インバウンドの現場にいると、それを実感する場面がたくさんあります。でも、その割に、あまりにももったいないなと思うことが多くて。売り方も、見せ方も、実はこだわりきれていない部分も多いです。しかも、インバウンドの文脈では外資の企業が大きく稼いでいて、日本の企業や地域にちゃんとお金が落ちていない。これはすごく悔しいなと思っています。
日本のマナーや文化を雑に扱う海外インフルエンサーに対して違和感を示す投稿をしたとき、世界中からコメントが来たことがあって。「同じ外国人として、観光客にはもっと日本をリスペクトした言動をとってほしい」「こんなに美しい国を大切にすべきだ」という声が、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、文字通り世界中の国の人から届いたんです。これだけ世界中からリスペクトされている国って、実はそんなに多くないと思います。それは、これまでの先人たちが積み重ねてきた文化や価値観があるからです。だからこそ、それをちゃんと次につなげたい。消費されて終わるんじゃなくて、誇れる形で残したいと思っています。
──冒頭でおっしゃっていた「主張したいことはいっぱいあるけど、根っこは『本当の日本が伝わってない違和感』なんです」の奥にはそんな考えがあったのですね。
藤本:伝統工芸や地域文化を、そのまま保存するだけじゃなくて、どうやったら今の生活や感覚につなげられるのか。どうしたら、海外の人にも、日本人自身にも「これ、いいよね」と思ってもらえるのか。47WAZA KICKSは、そのための実験でもあると思っています。
あとは日本人が、もっと日本人であることを誇っていい社会になったらいいなと思っています。日本は無意識に、神道や仏教の価値観が生活の中に自然に染み込んでいて、「自分のためだけでなく、見えない誰かを思いやって生きる」「たとえ見られていなくても丁寧にきれいに使う」「自分の行いは良いこともわるいことも巡り巡って返ってくる」といった感覚がどこかにありますよね。そういう価値観が、世界に広がったら、もう少しやさしい世界になるんじゃないかな、と本気で思っているんです。日本の魅力を消さずに、ちゃんと見つけて、ちゃんと磨いて、ちゃんと伝える。その役割を、私はこれからも外側から、でも当事者として、やっていきたいと思っています。
