培養肉技術から生まれた、身体を育む培養液エナジードリンクをつくる
A cultured energy drink
培養肉技術から生まれた、身体を育む培養液エナジードリンクをつくる
A cultured energy drinkは、細胞を培養して培養肉の研究をしたり、バイオ研究の敷居を下げるために学会発表や研究ワークショップを行い、誰もが趣味で研究できる世界を目指し活動しているプロジェクトです。今回のDESIGNARTでは細胞培養技術を応用した「培養液エナジードリンク」と、再生医療技術を応用した神話上の存在である「人魚の肉」をテーマにしたアート作品を展示しました。培養液エナジードリンクを実際に試飲してもらうなど、展示を通して来場者と共に科学技術とファンタジー、サイエンスとアートの融合を探った様子を、A cultured energy drinkの田所がレポートします。
人々の記憶に残るサイエンスとアートは、100年先の歴史までもを変えてきた。サイエンスとアートには未来の姿をデザインする可能性があり、これらが融合した時、どのような未来が待っているのか?
今回の展示では、アートとサイエンスが手を組むことで生まれる新しい可能性を探るため、「非人間視点による人間存在」をテーマにバイオアートを制作してきた古山さんと一緒に、人魚の肉体(肉と涙)を再現するという挑戦を通じて、その未来像を描きました。
人魚の肉をアートとして捉えた際に検証をしたかったのは『人間と非人間の境界』を探ることでした。今回の作品では、細胞培養技術を用いて人間と魚の細胞を育てて、肉を作るという方法を取っています。魚の細胞に魚由来の成長因子を加えると魚の肉ができ、人の細胞に人由来の成長因子を加えると人の肉が作れます。これらの肉を見た時に人間の細胞から作った肉は「人間的」と感じる一方で、魚の肉は「非人間的」と感じると思います。
ここから「人間」と「非人間」の境界を探るための以下の3つのゲルを用意しました。
この3つのゲルの中では細胞は増殖して確かに生きた肉が生まれています。この際に、魚の成長因子で育った人間の肉は人間的と言えるのか?逆に魚の成長因子で育った魚の肉は人間的ではないと断言出来るのか?さらに踏み込み、人間の細胞と魚の細胞を一緒にゲルで培養し、その細胞が混ざった肉を作ったら、それは果たして人間の肉なのか?それとも非人間の肉なのか?
今回は、さまざまな人魚の画像も準備して来場者との対話を行いました。面白いことに、人魚の文献を調べると、上半身が人間で下半身が魚の人魚の画像が古くから見られ、このタイプの人魚には、どこか「人間らしさ」を感じる方が多かったです。対して、AIで生成された人魚の画像は、魚と人間が入り混じった形で、これに対して「非人間的らしさ」を感じる方が多かったです。来場者の反応は様々で、人間と非人間の境界線には認知科学の観点から「顔」が重要という方もあれば、人魚と魚人の違いが分からなくなる方も、芸術では神秘性が人間性には重要という方もいました。人により異なる『人間と非人間の境界』、人々は何を持って「人間的」と判断するのでしょうか?
長寿は、過去の研究者たちも追い求めてきたテーマの一つです。iPS細胞などの技術の進展により、再生医療や培養肉技術が発展し、命を救ったり食糧問題を解決したりしています。これらの研究は非常に重要で興味深いですが、今回の展示では現実の課題解決ではなく、空想の具現化に挑戦しました。細胞を自由に扱う技術を駆使することで、想像の世界を現実のものとしてみせることができるのではないかと考え、人魚の肉の再現に取り組んでいます。
さらに、最新技術を使って人魚伝説の再現にも挑戦しました。人魚は古くから多くの伝説に登場しており、その中でも「不老長寿」伝説が有名です。人間は古くから不老不死を求め、伝説の中では人魚の肉や不老長寿の薬草が登場します。例えば、高麗人参は始皇帝が不老不死を目指して食べ、北海道のハスカップはアイヌの人々から不老長寿の妙薬として重宝されており、クコの実は楊貴妃が若返りのために愛用していたと伝えられています。最近の研究ではこれらの伝承はあながち神話ではなく、老化の要因が細胞への酸化ダメージであると言われる中で、これらの植物にはアンチエイジング物質と呼ばれる抗酸化物質が含まれていることが分かってきています。
今回の作品では、こういった伝説に登場する植物からエキスを抽出し、再生医療技術を使って人魚の涙を再現してみました。人や魚の細胞の成長に必要な栄養素、ビタミン、アミノ酸などを加え、まるで本物の人魚の涙のようなものを作り出しました。そして、来場者にはその涙を実際に飲んで体験してもらうという形にしました。このように神話や伝承は古くからの人々の願望であり、その願いを叶えるために技術も進化していることを伝える展示としました。
今回のDESIGNARTでは、「BIO Night -生物への愛を語り、沼にハマる夜-」というトークイベントにも参加しました。このイベントでは、アートとサイエンスがどのように結びつき、新しい可能性を生み出していくのかについて語り合いました。バイオアートにハマる理由として「その身近さ」が挙げられました。バイオは生命の不思議を探求する分野であり、私たち自身の身体や外部の環境もバイオの一部です。日常生活でバイオに触れない瞬間はほとんどなく、その中で新しい発見をする楽しさがあります。
アートやサイエンスは、時に堅苦しく感じられることもありますが、双方が組み合わさることで深みを持ちながらも、より多くの人々に楽しんでもらえる形になると感じました。サイエンスもアートも、未来に向けて新しい可能性を切り開くものだからこそ、二つが融合することで未知の領域が広がり、さらに面白い未来が見えてくるのだと思います。