• リーダーインタビュー

志摩ドクタープロジェクト: これからの地域課題の解決も、建築家の職能のひとつ

職人気質の野中さんと、戦略やプランニングを得意とする三谷さんによる男女建築家ユニット、ナノメートルアーキテクチャー。
ふたりは、医療従事者が不足する三重県・志摩市の地域医療の問題を、場と空間のアプローチからの解決を目指す「志摩ドクタープロジェクト」を展開しています。ここ100BANCHでは「救護補助+交流所」としての海の家のモデルづくりを行い、クラウドファンディングをスタートさせました。

高齢化社会、過疎、医療従事者不足と、これからの社会でますます肥大化するだろう問題に、なぜ建築家のふたりが取り組むようになったのか。どう解決をしようとしているのか? おふたりのキャリアから紐解きました。

アカデミック+戦略・企画 タイプの異なる男女ユニット

——おふたりは異なる建築設計事務所出身で、それぞれ得意な領域やタイプが異なるんですよね。

野中:わたしがいた吉村靖孝建築設計事務所は、アカデミックな建築の理論をベースに、システマティックな建築を得意とする事務所です。

もともと、わたしは名古屋大学で遺伝子工学を専攻していて、大学院まで行ったあとに専門学校に入って建築の世界に入ったこともあって、研究やロジカルに考えるのが好きなタイプなんです。

三谷:ボクがいたSUPPOSE DESIGN OFFICEは、時代性やライフスタイルを捉えたプランニングを得意として、メディアで取り上げられるようなオフィスや商業施設、住宅なども手がけていました。野中と違って、高校を卒業したあとは、ふらふらといろんな世界を見ながら、専門学校と大学で建築の世界に入ったって感じです。

——野中さんはアカデミック、一方三谷さんはライフスタイル。そんなふたりはどうしてユニットを組むことになったんですか?

野中:学生時代から知り合いだったんですが、職人気質な自分と違って、戦略やプランニングが得意で、営業や広報もできる三谷となら不得意なところを補いあって、上手くできるかもって思ったんですね。

——ナノメートルアーキテクチャーの設立2016年9月ですよね。設立まもなく、東京建築士会主催「これからの建築士賞」に入賞したとは幸先のいいスタートですね。

野中「これからの建築士賞」をいただいたのは、まさに、100BANCHで進めてきた「志摩ドクタープロジェクト」なんです。

 

吉村靖孝建築設計事務所(野中・写真左)とSUPPOSE DESIGN OFFICE(三谷・写真右)での勤務を経て、2016年にナノメートルアーキテクチャーを立ち上げる 。独立後間もなく東京建築士会主催「これからの建築士賞」に入賞し、17年秋には若手建築家の登竜門であるUnder 35 Architects exhibitionへの出展が決定している。全く趣向の異なる事務所での発想力を融合し、現在は新築の保育所から美容室の内装まで幅広く手がけている。

渋谷の美容院の低コストリノベーションした事例

三重・志摩のとある病院で医者が皆辞めてしまった

——「志摩ドクタープロジェクト」は、救護補助の場と交流の場としての海の家をデザインするプロジェクトですよね。地域課題の解決という意味あいの濃いこのプロジェクトは、おふたりが関わってきたキャリアとのギャップがあるように思うんですが、どういったきっかけだったんですか?

三谷元々ライフワーク的にボクがやっているものだったんです。三重大学の建築学科に通っていたんですが、当時の先輩で医学科だった江角さんというお医者さんと手がけてきたプロジェクトの一環です。そもそものきっかけは、江角さんが、三重県の志摩市の病院の先生として赴任したんですが、しばらくしたらほかの先生たちが全員辞めてしまって、ある日突然医院長になってしまったことから始まっています。

野中:まだ30代半ばの方なんですけど。

——お医者さんが辞めていってしまうとは、すごい話ですが、過疎が進む地域ではこれから頻繁におきそうな課題ですよね

三谷志摩市は人口自体も減り続け、医者もどんどん辞め続けるなど、いろんな問題を抱えている場所なんですね。医者不足の病院に学生がインターンなどで来たりはするんですけど、その病院に勤めるかとなると、なかなか難しい……。だったら、医学生たちが支援のために行きやすくなるように、研修所のような寄宿舎があったらいいのでは? と考えた医院長から建築のアプローチで解決して欲しいと声をかけられたんです。

野中計画表を見せながら)ピンク色が江角医院長の活動で、水色が私たちが関わってきた活動で、緑色が行政とか大学の取り組みです。先生は志摩の病院で働き始めてから、海の家をやってみたりとか、たくさんある島への出張診療を再開させたりとか、さまざまな取り組みをされてきていて。

——アクティブですね。ほかのお医者さんがいなくなるなか、疲弊してしまうのではなく、なんとか変えようとするタイプの方なんですね。

三谷:そうなんです。その寄宿舎は、どんどん改善がされていて、今では年間50人ほど学生がインターンに来ています。高校生の来訪もあり、三重大学に入りたいと言ってくれている子もいたりと、少しづつタネを蒔いていっています。

野中:わたしたちは寄宿舎以外ににも病院内にある倉庫を先生たちが意見共有できる場所にリノベーションしたりしてきましたが、将来は、島の空き家対策やスーパーの誘致まで、島のひとたちとできたらいいな、とも考えていて、夢を思いついた都度この計画書に足していっています。

 

2014年提案した、志摩市に研修で来る学生のための寄宿舎のアイデア

病院の倉庫を職員同士のコミュニケーションを図る談話室にリノベーションした

簡易でも心地のいいデザインの救護補助拠点としての海の家

——では、100BANCHで取り組んできた肝心の海の家のことを聞きたいのですが。

三谷もともとは三重大学医学部の学生の子たちで、去年スタートした企画です。夏の期間の土日に、学生が40〜50人集まり、志摩のビーチで、海水浴客やサーファーらのちょっとした怪我の手当や一時救命処置のワークショップなどを始めたんです。でも、三重大学から志摩に行くには2時間ほどかかるし、交通費もかかる。さらには、去年拠点として使えていた休憩所みたいな場所が使えなくなってしまった。江角さんから「運営を継続したいから助けて欲しい」と声をかけられたんです。

 まずは資金調達をしないとどうにもならないなとクラウドファンディングを思いついたんですけど、ノウハウがない。そんなときに、100BANCHのGARAGE Programを知って、エントリーしたんです。クラウドファンディングでの資金調達は、来シーズンのための資金集めが目的です。

野中:具体的にはその資金で学生たちの交通費を賄うのと、簡易的な救護補助としての海の家を作ってあげようとしています。作るところからが学生たちと共同で行なう予定で、材料は安価なものを使い、素人でも作れて、解体も簡単にできるものを考えています。

三谷:材料は現地で調達できるとか、近所のホームセンターで入手できるとか。

野中:私達が協力することでデザイン性や居心地の良さも一定のクオリティになるように作っていきたいなと思っています。

——原状、どこまで具体化されている感じでしょうか?

野中:今年は実験だと位置づけているので、強度テストなどを行えるまで実施して、来年に活かそうと思っています。

三谷:まずは一旦作ってみるというのが大事だと考えているんです。

救護補助拠点としての海の家は、三重大学医学生による地域貢献を目指す学生団体BLue Seaの活動として始まった

クラウドファンディング実施中

三重大の医学生が、自らの手で救護補助拠点としての海の家を継続していけるための資金集めをクラウドファンディングで実施中です。

三重大医学生が救護補助を学ぶ海の家を作りたい!

地域へのコミットのために物理的な距離も縮める

——まずはトライするスタンスは重要ですよね。今回の志摩での救護補助拠点をモデルケースとして、他の過疎地域にも展開して行くこともできそうですね。

三谷:高齢化と過疎による地域医療の問題は、おそらく日本だけでなく、世界的にいろいろなエリアで起きていると思います。わたしたちのケースが、これからの社会の参考になれば嬉しいなとは思いますね。

野中:今考えていることのひとつにサテライトオフィス計画というのがあるんです。志摩での取り組みを今は遠隔で行っているので、志摩に住んでいる人たちはわたしたちの存在を知らないんですよね。地域の課題に取り組む場合に、物理的な距離はやっぱりハードルだと思っていて、心理的な距離にも繋がってしまう気がしています。

 実は私たちは、拠点を東京から名古屋に移そうと思っているんですが、志摩のリゾートマンションを買ってサテライトオフィスを構えようと考えています。志摩ではオーシャンビューの3LDKのリゾートマンションが150万円で買えるんですよ。よそものだって認識が強いといろいろ軋轢も生まれやすい気がしているので、物理的に近づこうと考えています。

三谷フェイスブックとかツイッターとか、いろんなツールはあるんですが、地方ではまったく通用しないんですからね。交渉ごとは、直談判というか、直接会って話をしないと何も進まない。

——心理的な距離を縮めるには、物理的な距離を近づける、というのは、特に地方の課題を共に考えて実行していくかたちに置いては重要ですよね。最後に、プロジェクトの話題から離れた視点で、おふたりの100年後へのビジョンを聞かせてください。

野中:私は建築家という職能の領域をもっと広げたいと思っています。志摩ドクタープロジェクトのような地域医療のプロジェクトに建築家が関わっているって、おそらく多くの人がイメージしないんじゃないかなと思っていて。建築家は、かっこいい建物作って、終わりじゃない。街づくりや、そこを使ったり、訪れたりする人の行動や心理までデザインするんだってことがもっと広まるように、活動していければいいなと思っています。

三谷:ボクはもともと建築だけにこだわってはいなくて。漠然としているんですけど、雰囲気のいい場所ってなんだろうなというのが、ずっとこれからも変わらないテーマなのかなと思っています。志摩のプロジェクトを進めながら、模索していければなと思っています。

 

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