- イベントレポート
發明の貯蔵庫<INVENTORY>における顕教と密教ー科学を文化の次元で捉える──ナナナナ祭2024を終えて
7月7日、100BANCH7周年の記念日に幕を開けた「ナナナナ祭2024」。そのオープニングイベントでは、歴代100BANCH入居者が大集合。「こんにちは未来 - 100BANCH のえんぎ -」をテーマに、様々な縁を繋いできた「ヘラルボニー」の松田崇弥・松田文登(GARAGE Program7期)にも登壇してもらい、100BANCHをつくり、育ててきた「えんぎ」についてのトークを繰り広げました。
登壇者 則武 里恵|100BANCH発起人/オーガナイザー 庭野 里咲|100BANCHアイドル /ナナナナ祭2024 プロジェクトマネージャー 松田 祟弥|株式会社ヘラルボニー 代表取締役 Co-CEO(GARAGE Program7期生) 松田 文登|株式会社ヘラルボニー 代表取締役 Co-CEO(GARAGE Program7期生) |
──この7年で、様々なプロジェクトが集う交差路となった100BANCH。7年間で1,045のエントリーがあり、84回の審査会を経て、330のプロジェクトが100BANCHで活動しています。事務局としてオープン当初から運営に携わる則武と庭野が、7年間を振り返ります。
則武:本日7月7日で100BANCHはめでたく7周年を迎えました。「7」は100BANCHにとって大事な数字です。オープンが2017年7月7日で、100BANCHの場の根本をなす7原理も「7」。そんな縁のある「7」が3つも揃うなんて、とても縁起がいい!ということで、今年のナナナナ祭のコンセプトは「とにかくえんぎがいい祭り」。100BANCHの建物もたくさんの縁起物で飾られています。
「トリプル7」でえんぎがいい、ということもありますが、今回のコンセプトは仏教用語の「縁起」から来ています。すべてのものには、必ずそれを生んだ因と縁とがあり、それを因縁生起(いんねんしょうき)=縁起というそうです。球根だけでは花は咲かない。球根が「因」とすると、温度、土、水、肥料や色々なお手入れ、様々な条件(縁)が働いて、花が咲きます。そう考えると、様々なプロジェクトが進化してきた100BANCHは、いろんな「縁」をつないで花を咲かせる場所だったんじゃないだろうか。まさに「縁起の場所」と言えると思います。
──「縁起の場所」100BANCHでは、花を咲かせる種や芽となるような「実験」が毎日のように行われています。入居後に起業をしたプロジェクトは累計66。会社同士のつながりや新しいプロジェクト、仕事の「縁」が生まれています。
則武:100BANCHは未来をつくる「実験区」です。仮説を立て、実験して、 検証して、結果に対してのシェアが行われた、という「実験」はこれまで1,019ありました。3日に1回ほどの頻度でなんらかの仮説検証が行われ、レポートされているとすると、100BANCHの中で新しい未来の兆しがよりくっきりと見えるようになってきたのではないかと思っています。
庭野:100BANCHメンバーの日々の頑張りや分かったことの蓄積にはドラマや学びがたくさんありましたね。
──そして、100BANCH出身のプロジェクトの中でも、破竹の勢いで成長を遂げている「ヘラルボニー」の松田崇弥、松田文登が登壇。まさに「縁起の象徴」とも言えるヘラルボニーの2人が、これまでさまざまな「縁」をつないで進化した軌跡を振り返ります。
松田崇弥:100BANCH、7月7日で7周年、おめでとうございます。実は、僕たちヘラルボニーはGARAGE Program「7」期生なんですよ。そして第1回のナナナナ祭が終わった直後「7」月24日に会社を立ち上げました。
ヘラルボニー設立のきっかけは、僕らの兄の存在です。兄は重度の知的障害を伴う自閉症で、彼を馬鹿にしたり、かわいそうと言ったりする人がいて、僕らは違和感や気持ち悪さを感じてきました。それを変えていきたいと思いヘラルボニーという会社を設立しました。「異彩を、放て。」をミッションに、主に知的障害のある作家の作品を著作権を管理し、様々な形で展開することによって、知的障害に対するイメージを変えることに挑戦しています。
松田崇弥:100BANCH入居時代は創業したてで倉庫も借りられず、ECサイトの発送業務もここ100BANCHでやっていました。占拠しすぎて怒られたり、発送が追いつかなくて100BANCHで寝てしまったり、色々な思い出があります。また、100BANCHの4プロジェクトでコラボし、聴覚障害・知的障害・言語難民・視覚障害のメンバーと一緒にコミュニケーションに関する新たなプロジェクト「未来言語」も立ち上げました。
創業期は、組織も起業家自身もまだ未熟な状態です。そんな中、事業ブラッシュアップ、プロダクトローンチ、資本政策……様々なことがありますが、「最初に血を分ける人との出会い」はその後の会社人生を左右する重要なイベントだと思います。
その点では、100BANCHで多様な方と出会えたことがとても良かったです。100BANCHは「起業」「スタートアップへの投資」など特定の分野やフェーズにフォーカスしている場ではなく、会社員、個人事業主、NPO、高校生、といろんな面白い人たちが共存している場です。そんな中で、ヘラルボニーのあり方を考えて選択していけたことは、とても意味のあることでした。
最初に協賛してくださった大手企業はパナソニックさんで、僕たちの100BANCHでのピッチがきっかけでした。当時、実績も何もなく、ファイナンスもかなりきつい状態でした。そんな時にここ100BANCHでのピッチを「すごく面白い」と言ってくださった方がいて、担当されていたオフィスのリニューアルに僕たちの作品を使ってくださったんです。本当に感謝しかないですね。
そして、僕たちの「たった1人」として応援してくれたメンターの横石さん。採択していただいた後、何もなく3ヶ月が過ぎてしまい、これはまずいと思ってメッセージを送ったら、ランチをすることになったんです。そしたら「誰とつながりたい?」と言っていただいて……。そこで、「この方とお話したいです!次はこの方とお願いします!」とたくさんお願いしました。
則武:「ご縁」をつないでもらったんですね。
松田崇弥:まさにそうなんです。横石さんが渋谷でやる研修のアシスタントとして同行させていただき、渋谷区の副区長さんと知り合えたこともありました。その場で副区長さんが「面白いスタートアップに会った!」と進行中のプロジェクトに参加できることになり……。ご縁をつないでいただき、ありがとうございます。
松田文登:今はヘラルボニーも組織として成長して「社会を強く変えたい」という想いで活動していますが、100BANCHに採択された当時は「社会」という言葉すらつかっていませんでした。様々なご縁がつながって、今の形になっているのだと改めて思います。
則武:ヘラルボニーには、今、社員はどれぐらいいるんですか?
松田崇弥 :60人以上います。
則武:すごいですよね。その縁はどうやってつないできたんですか?
松田崇弥:そうですね……泉さん、よかったら来てください。
──会場から泉雄太(ヘラルボニー社員)が登壇します。
泉:ヘラルボニーで法人や行政の営業を担当しております、泉と申します。よろしくお願いします。
松田崇弥:泉さんは、100BANCH時代からお世話になっていて。100BANCHの裏の焼肉屋でヘラルボニーに入ってほしい、と誘いました。そこで深夜2時ぐらいまでずっと飲み続けるという。
泉:帰してもらえないんじゃないかと思いました(笑)
松田文登:初期メンバーは、「入って欲しい!」と思う人たちを熱く誘い続けてました。
松田崇弥: 当時、100BANCHに徐々に人が増えて、雇用が増えて、という感じだったよね。
泉:そうですね。徐々に徐々にリファラルで増え、今はリファラルでない方もどんどん増えてきています。
松田文登:初期メンバーってやっぱりすごく大切です。「圧倒的な会社のカルチャー」を作っていくからこそ、採用を外部に託すことはせず、徹底して自分たちから声掛けをしていました。
松田崇弥:色んな人をカフェに呼んで毎回「入社しない?」って言ってましたよ。100BANCHを起点に、仲間づくりをしていました。
松田文登:初期は特に、仲間って大事だから、ブレないようにしないと。今度7月24日にヘラルボニーで周年のイベントをやるのですが、ここ100BANCHで開催します。
則武:そうそう、「全社イベントを100BANCHでやらせてほしい」と話をもらいました。「ヘラルボニーはここで生まれたっていうのをメンバーみんなに感じてほしい」と言ってくれて、すごくいい話だな、と感動しました。
松田文登:メンバー数も増えてきて100BANCHのことを知らないメンバーも多いので、初期に大切にしてきたこと、ミッション、ビジョン、バリューをもう1回みんなで解像度を高めていく、そういう場として100BANCHを使いたいと思っています。
松田崇弥:泉さん、最後に、縁起のいい、熱い一言をお願いします。
泉: 5年前にヘラルボニーに入社し創業期からいますが、フラットに会話をしながら仕事をしていたのを覚えてます。100BANCHは、みんなで肩を組んで熱くなれる仲間が見つけられる場です。
──クロストークの最後では、ヘラルボニーの2人に今後の展望を聞きました。
則武:ヘラルボニーは今年「LVMH Innovation Award 2024」で受賞して、今後はフランスの現地法人設立も目指していくのですよね。世界にも飛び出して、ヘラルボニーはもっともっと羽ばたいていくと思うのですが、これからどうなっていきたいですか?
松田文登:「ヘラルボニー」は兄が小学校時代に自由帳に何度も書いていた謎の言葉でした。検索結果数が0件だったのに、今は何十万件もヒットする言葉に変わってきました。言葉自体が意味を持ち出したんです。ヘラルボニーという言葉がもっと広がっていくことが、障害のある方たちや多様な方たちの一歩を強くつくっていく、挑戦していける仕組みをつくっていくことだと思います。現在、日本だけでなく世界の作家さんとどんどん契約を結んでいっています。ヘラルボニーという新たな謎の言葉が世界に出ていくことで社会の新たなうねりをつくり、福祉の既存の価値観にいろんな巻き込みをつくっていけると思うので、そういう「賛否も含めて社会に出していくこと」を強く貫きたいと思っています。
松田崇弥:100BANCHで文登と会社をはじめた頃は、こういう事業が株式会社で成立して社員が増えて生きていけたらめっちゃ楽しいよな、くらいの感覚でした。徐々にうまくいって社員数も少しずつ増えていく中、色々な人から意見をもらいながら自分の価値観もアップデートして、もっと大きくしていこうと思っています。起業するのも、最初から高い志で起業しなきゃいけないわけではなく、いろんなことに挑戦し続けていくことが結果的にすごく面白いことに繋がっていくと思います。カジュアルに挑戦していったその積み重ねが、結果的に大きいものになっていくのでは、と感じています。100BANCHの「縁」にはとても感謝しています。
則武:ありがとうございます。 応援し続けるし、私たちも頑張らないと。100BANCHがいつでも帰ってきてもらえる場所、世界に羽ばたくヘラルボニーにとっても大切な場所としてあり続けられると良いなと思います。
──会場の参加者にも、100BANCHでの「えんぎを感じるストーリー」を聞いてみました。三谷裕樹(第1期SHIMA Doctor Project)、伊藤光平(8期生 GoSWAB)、安藤智博(60期 gapcap)、稲村行真(59期 獅子舞生息可能性都市)がそれぞれのエピソードを話しました。
三谷:GARAGE Program1期「SHIMA Doctor Project」の三谷です。僕は建築をやっていて、100BANCH入居時は独立したばかりでした。三重大学の学生・先生たちから「夏の海で溺れた人がいたときに、学生でも何かできることはないか」と相談されたことがきっかけで、100BANCHでは「三重県で医者とともに医療でどう町を考えていくか」に取り組み、広報活動やクラウドファンディングを行いました。メンターの方にも相談しながら、クラウドファンディングはなんとか無事に成功しました。僕たちは独立したてでしたが、ここでうまくいったことで、軌道に乗った感じがあります。クラウドファンディングで支援をしてくださった方から全然違う仕事をいただいたり、繋がりもたくさんできました。100BANCHは自分たちの自信や軌道みたいなものをつくってくれた非常に大切な場所だと思っています。
伊藤:8期の「GoSWAB」の伊藤です。現在はBIOTAという会社で活動をしています。100BANCH入居当時は、綿棒で採った中にいる数千種類の細菌を見て「こういうのがいるんだ」とニヤニヤしていました。当時あった週1回渋谷を掃除するイベントでは、渋谷のごみを集めながら微生物も採って、クラウドファンディングでのリサーチ資金集めなどもしていました。
則武:今、伊藤くんには菌糸を使ったドームを作るプロジェクトをやってもらっています。大阪万博のパナソニック館の中で見られる予定なので、みなさん遊びに行きましょう。
万博に関与していくような社会実装の話ができるチームが増えたのは7年間の成長の証だと思います。これからの100BANCHの面白さになっていくのではとも思っています。
稲村: 59期で「獅子舞生息可能性都市」というプロジェクトをやっている稲村です。獅子舞をつくって都市で舞い歩き、その都市がどういうつくりか、獅子舞の視点で都市を分析したりしています。最初は渋谷で獅子舞をつくりましたが、100BANCHのサテライトがある徳島県神山町でもつくらせてもらったり、獅子舞生息可能性都市という本を出版したり、100BANCHの縁が繋がって本当に色々な発展がありました。今回のナナナナ祭でも7周年の新しい獅子舞をお披露目するので、ぜひ獅子舞に入りに来てください。
100BANCHでは、色々なプロジェクトの人たちから学ぶことがたくさんあって、そこから自分のプロジェクトもブラッシュアップできたし、一人ではできないこともたくさんできました。獅子舞は色々な人が入ってこそ面白くなっていきます。100BANCHから街に出てそういう繋がりが生まれたり、獅子舞が繋いでいくものもあると思うし、それをつくってくれたのは100BANCHかなと思います。
安藤:60期で「gapcap」という都市の瓶詰めをするプロジェクト、69期で「NOFF」という 使い終わった畳やゴザをピクニックシートにしてみんなでピクニックをするプロジェクトをやっています、安藤です。100BANCH内での交流はすごくたくさんあって、ナナナナ祭では僕らのゴザを計8プロジェクトに使ってもらいました。屋外だと敷物や壁のようにゴザを使ってもらっています。100BANCHの、学生寮というかホーム感というか、みんな夜遅くまで活動をしているので、どういう100年後をつくっていくかという高尚な話ができたり、困ってることや制作の相談ができるのが好きです。可能性がどんどん広がっていく場所だと思います。あとは、「即興」。先日も大阪合宿で獅子舞が踊り出して、ぼくはMC風に話をして、お互いにお互いをお囃子で盛り上げるとか、そういう即興が色々なプロジェクトで混ざって台風の目みたいになっていくのが好きですね。
則武:そういう触発し合う感じ、連鎖していく感じは100BANCHらしいなと思いますね。
──イベントは締めくくりを迎えます。
則武:庭野ちゃんは、100BANCHのどんなところが好きだと感じますか?
庭野: 100BANCHは、いろんなジャンル、フェーズも問わない人たちが集まっている中で、でもやっぱりみんながそれぞれやりたいことをやろうとしています。100BANCHは未来の兆し「Will」 を大事にしているということがあって、だからこそみんなが隣のプロジェクトの話を興味津々で聞いて、一見よくわからないようなことも「面白いですね」というマインドで聞くことができる。自分もやりたいことがあって実践してる人たちの集まりだから、その会話が成り立っているのだと思います。こんな場所は、他にありません。そんな人たちが集まっている100BANCHが好きだし、やりたいことをやりながら他の人の世界のこともポジティブに知ろうとするみんなの人間性みたいなところがすごく好きです。
則武:やっぱり、そういう部分を大事にしたいですよね。「えんぎ」というのは「支援の技」と書いて「援技」とも書けますが、100BANCHで素敵だと思うことの1つが、「お互いを応援し合う」ことだと思っています。庭野ちゃんの話にもありましたが、「それ面白いね」の一言が、どれだけ言われた人を動かす原動力になっているか。みんなそれぞれ自分のプロジェクトのことを必死で頑張っていて忙しいはずだけど、周りを知ろうとすること、応援することも忘れていないのは素敵だなと思います。
これまで7年間、いろんな面でサポートしてくださった方々に心から感謝申し上げます。メンバーたちが、今度は自分がヘラルボニーのように登壇して、さらに支える側にもなる、という姿となることを期待して、その輪がどんどん大きくなっていったらなと願っています。引き続き楽しく頑張っていきましょう!