異言語コミュニケーションで 新しい関わり方を発見するゲームをつくる。
- リーダーインタビュー
- センパイの背中
異(ことなる)を楽しみ、言語の壁を超える IGENGO Lab. :菊永ふみ(一般社団法人異言語Lab. 代表)
ある日、誘われた「謎解きゲーム」が、聴者もろう者も関係なく対等なコミュニケーションを生み出すヒントになる——
GARAGE Program 8期生「IGENGO Lab.」の菊永ふみ(一般社団法人異言語Lab. 代表)は、2018年3月に100BANCHに入居。先天性のろう者でもある彼女は、手話や音声・日本語を織り交ぜた数々の謎を聴者とろう者・難聴者が協力して解いていく「異言語脱出ゲーム」を考案し、数々のイベントを実施しました。また、異言語コミュニケーションをテーマにしたボードゲームの開発や、企業へワークショッププログラムの提供など言語の壁を超えるコミュニケーションの魅力を、さまざまな形で提案しています。
そんな菊永の、これまでの経験や現在の活動のきっかけ、100BANCHでの取り組みや今後の展望をお伝えします。
菊永ふみ 一般社団法人 異言語Lab. 代表理事 異言語Lab.代表理事。異言語脱出ゲーム開発者。謎制作とコンテンツ提供を主に、異言語Lab.スタッフが主体的に取り組めるチーム作りを意識している。今まで関わった作品:「5ミリの恋物語」「淳風大学からの卒業」「蒼海に眠る秘宝の謎」「異言語脱出ゲームONTV」「謎解きドラマLの招待状」「異言語空間への招待状」「リモートDEお化け退治大作戦」「うしなわれたこころさがし」「月夜の空想ミュージアム」等 |
音声言語だけではなく、コミュニケーションには幅広い方法がある
「人と人がコミュニケーションを取るのは、音声言語だけではない」と語る菊永。目を見合わせる表情や体の向き、筆談や音声認識など、コミュニケーションには幅広い方法があり、そのなかで生まれる「伝え合う喜び」をテーマに生まれたのが「異言語Lab.」プロジェクトだと話します。
菊永:プロジェクトのメンバーのうち、70%がろう者・難聴者で、30%が聴者の団体で手話を第一言語としています。最近は異言語脱出ゲームの面白さに惹かれて、スタッフになりたいという聴者の方も増えてきました。
菊永:生まれたお子さんが耳が聞こえないと分かった時、聴者の親はどうやって育てていいのか悩まれると思います。そういった場合、補聴器または人工内耳をつけて聞こえるようになった方がいいと考えがちになるかと思います。しかし「その聞こえるようになる選択は本当に良いのか」と、ろう者・難聴者の教育界で議論になっています。聞こえない子どもに、厳しい口話の訓練を通して聴者に合わせようと努力することが本当に良いことなのか。「手話」という選択肢もあり、それは言語としての手話を通して自然とことばやかかわり方を身に付けることができるのです。手話のおかげで豊かに生き生きと暮らす人たちも多くいます。けれど、お医者さんという権威のある人から人工内耳や補聴器を勧められてそれが最善だと親が思い込んでしまったり、手話で生きるろう者にこれまで出会ったことがなかったりして、選択肢に幅がないことが問題になっています。私たちはそういった生き方の幅を広げることができるよう、エンターテインメントを提供して、「 異(ことなる)を楽しむ世界を創る」ことをミッションに活動してきました。
ろう者と聴者が対等な関係で向き合い、 気持ちよく関われるには?
菊永は「家族の中でろう者は私だけだった」と話します。小学校ではなんとか声を聞き取れるように耳を澄ましたり、口の形を見て言葉の意味を読み取ったり、きれいな発音で話せるように訓練をしてきたと当時を振り返りました。
菊永:小学4年生ぐらいまでは簡単な内容だったのでなんとか会話が成立していたのですが、5年生くらいになるとおしゃべりが活発になっていくので、一緒にいても何を話しているのかわからないし、自分が言いたいことも言えない状況になってきました。それまでみんなと一緒に勉強もスポーツもやってきたけれど、このままでは自分自身がダメになると感じ、中学校はろう学校に入りました。そこでは生徒も先生も手話を使ってコミュニケーションを取っていました。周りの何気ない言葉が目に見えて分かるようになったことで、人と人との繋がりって本当に大切だな、面白いな、豊かだな、と感じました。
菊永は中学・高校とろう学校で過ごし、1年間の浪人生活を過ごします。
菊永:予備校では大勢の聴者がいる教室で勉強をしていました。でも、先生の話している内容が聞こえないんです。たまたま隣の席の人が授業の内容をノートに書いてくれたり口形や身振りなどで教えてくれたりなどですごくサポートをしてもらいました。また休憩時間には一緒にお話しするなど、その繋がりが心地良いなと感じていました。ただ、ろう者と聴者が同じ部屋にいてお互いに関わってみたいという気持ちを持っていながらも、ろう者は手話で、聴者は音声で話すので結局繋がり合えない場面をたくさん目にしました。私自身も手話を知らない聴者に対し、何も話せない、関われない体験もしました。二つの世界に分断されているように感じていました。
菊永: 20代の時、いつも「どうすれば、ろう者と聴者が対等な関係で向き合い、 気持ちよく関われるのか」と考えていました。例えば、会社の会議でろう者が聴者の話に入ることができずに、結果的に昇進ができなかったり、ろう者の子どもたちが「パイロットになりたい」「看護師になりたい」と憧れたりしても大人たちから「コミュニケーションが取れないから無理でしょう」と言われてしまったり。そういうことを多く耳にしてきましたし、私自身も身に持って体験してきました。本当はろう者と聴者は単に言語が違うだけで、関係は対等であるべきだと思うんです。
偶然参加した謎解きゲームから誕生した「異言語脱出ゲーム」
ろう者と聴者の関係について課題を抱えていた菊永は、ある日、友人に誘われ「謎解きゲーム」に参加することに。この経験が後に彼女の人生を大きく変えるきっかけになります。
菊永:謎解きゲームでは、ろう者の私と聴者の友人初対面の聴者2人の4人でチームとなり、友人の手話や身振り、筆談でコミュニケーションを取りながら協力して謎を解いていきました。それが本当に楽しくて。当時、ろう者の子どもたちを支援する施設で働いていた私は、その話を職場の上司にすると「謎解きゲームを交流会でやってみたら?」と提案してくれました。毎年その施設では聴者の方に手話を覚えて交流する活動をしていたので、そこで私が担当になって謎解きゲームをやってみたんです。聴者のみなさんと手話を使う子どもたちが、なんとかコミュニケーションを取り合ってゲームを進めていく。 これが今の異言語脱出ゲームの始まりとなりました。そこで「面白かったのでうちの会社でもやってほしい」という声もあり、企業研修として7回ほど開催しました。
菊永:現在の社会では多数の聴者に少数のろう者と、数字で見ると対等ではありません。しかし異言語脱出ゲームは、聴者とろう者が対等な人数でチームを組み、協力しながら謎を解き進めるとミッションが達成できるという仕組みです。私はこのゲームをもっと日本や世界に発信してしていきたいと考え、2018年に100BANCHに入居。4月には一般社団法人異言語Lab.を設立しました。メンバーにはろう者が多く、普段は聴者と同じようにパソコンを使って作業を行うので見かけは皆さんと変わらないように映りますが、会議の時になると、みんなが見えるように輪になり、手話で議論をしています。
100BANCHでの手話を使ったディスカッション風景
100BANCHから広がった活動と、コロナ禍での気付き
菊永は100BANCHの活動期間中で、特に印象に残る思い出の1つを口にします。
菊永:ある時、ろう者の大工のおじいさんに異言語脱出ゲームの大道具を作ってもらおうとお願いしました。その大道具制作の場に100BANCHを一か月ほど使わせてもらいました。その方は音声言語は使わず手話だけで会話されている方なのですが、いつの間にか聴者であるPS(プロジェクト・スタッフ)さんとも仲良くなっていました。手話をしながら一緒にお昼ご飯を食べたり、筆談や身振りを交えてコミュニケーションを取ったり。その様子を見て、おじいさんも関係を築き上げられるPSさんもすごいなと感じました。そのおじいさんに作っていただいた大道具を使用して、100BANCHで聴者とろう者・難聴者が一緒に参加し助け合う異言語脱出ゲーム『5ミリの恋物語』を実施することができました。聴者とろう者・難聴者、そして手話を使う人の数を同数にしてチームを作ります。ビジュアルデザインには2人の男女がいます。その2人は互いにひかれあっていますが、男性がろう者で、女性が聴者です。この2人の恋を叶えさせるために参加者が2人を結ばせる為に謎を解く、というストーリーでゲームは進行します。
菊永:この公演がきっかけとなり、吉本興業さんと一緒に京都国際映画祭や沖縄国際映画祭で異言語脱出ゲームを行うことになりました。またNHKさんとはろう者と芸能人の方が一緒にチームになり異言語脱出ゲームに挑戦する番組を作ったりするなど各所で反響がありました。吉本興業やNHKをはじめ、いろいろな企業様とコラボができたのは本当にありがたい経験で、これが実現できたのも100BANCHのおかげだと思っています。
吉本興業とのコラボゲーム「蒼海に眠る秘宝の謎~月夜の邂逅~」
活動が加速していく一方で、思わぬ事態がプロジェクトを襲います。新型コロナウイルスの流行により、イベントの依頼がほとんどなくなってしまいました。
菊永:100BANCHもコロナの影響で、周年祭の「ナナナナ祭」が配信×配送イベントになりました。そこで私たちはオンライン版異言語脱出ゲーム『リモートDEお化け退治大作戦』という音声が通じない状態でろう者の方とコミュニケーションを取りあうゲームを発表しました。聴者の参加者は音声も文字も使えない状態で、ろう者になんとかして意志を伝えるというゲーム。ナナナナ祭の企画がなければ、コロナの時期にまったく何もできなかった状態だと思います。
菊永:他にも100BANCHで印象的だったのは、「未来言語」の存在です。100BANCHに入居する障がいをテーマにする4つのプロジェクトの代表が手を組んだプロジェクトで、在日外国人に日本語教育を行っている「NIHONGO」の永野将司さん、知的障がいのある人のアート作品をハイクオリティな商品にして販売する「HERALBONY」の松田崇弥さん、見える人も見えない人も一緒に読むことができる新しい文字を開発した「Braille Neue」の高橋鴻介さんらと一緒に、「見ない」「聞かない」「話さない」状況でも人は繋がりあえるのかどうかの実験を行っていました。私自身がろう者であることから他のプロジェクトと深く繋がりを作ることは正直難しかったのですが、同じ時期に彼らが入ったことで、深い繋がりが生まれました。「一緒にやろう」と声を掛けてくれたおかげで、未来言語としても5年間活動することができました。
菊永:コロナも落ち着いてきた2022年頃から、全国を回って異言語脱出ゲームを提供できるようになりました。100BANCHに入居してからの5年で16作品を作り、北海道から沖縄まで約50回の公演を行いました。北海道札幌市にある美術館を、周遊する通常の謎解きゲームの制作も依頼されたこともあり、それを含めるとトータルで15,000人の方たちが私たちのゲームに参加してくれました。
国も人種も越えて多くの人が通じ合う体験を
「最近うれしかったこと」として菊永は、異言語Lab.が「第14回若者力大賞」を受賞したこと、そしてアメリカの「SXSW EDU 2022」でワークショップを行い、現地の人たちに異言語脱出ゲームを体験してもらえたことだと話しました。
菊永:ろう者の手話はジェスチャーではなく言語です。ろう者は普段の生活でいつも音声言語という異言語に接している状態です。そういう環境で生活をしているので、自分と異なる人と出会った場面でもコミュニケーションを取る力が強いんですね。海外に行ってコミュニケーションが取れないという状態は日本にいても同じなので、怖気つかない。どこに行っても、音声言語が通じなくても身振りや筆談など、いろんな方法でコミュニケーションを取りあえることができる力がろう者にあると思います。今回、アメリカで開催した異言語脱出ゲームで、それが実際に実証できたと思います。その日、ゲームの最終問題は「みんなが手話で拍手をする」というお題だったのですが、参加者たちが一斉に手話で拍手をした時は本当に鳥肌が立ちました。
菊永:これからの異言語Lab.としては、最初にお話した「人工内耳ではなく手話もある」という選択肢を増やすような医療従事者向けの研修の開発や、世界のどこでも通用するようなコンテンツの制作、全国各地で1人でも多くの方が異言語脱出ゲームによって通じ合うことができる体験を提供していきたいと思っています。100BANCHのみなさんには色々とフォローやサポートをしていただき、そのおかげで5年間いろんな活動ができました。それが今に繋がっているので、本当にありがたいと思います。みなさんもいろいろと大変なこともあると思いますが、100BANCHで新しい価値を作っていけると思いますのでぜひ一緒に頑張っていきましょう。
今回のお話の内容は、YouTubeでもご覧いただけます。
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