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ナナナナ祭2022クロージングイベント「100年先をつくる~杜から学ぶ時間のとらえ方~」レポート<前半>

ナナナナ祭2022の最終日となる7月10日には、クロージングイベント「100年先をつくる~杜から学ぶ時間のとらえ方~」が開催されました。前半では、井梅江美さん(NPO法人響事務局長)によるインプットトーク「明治神宮100年の杜」のほか、岩田先生(東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授)、西来路亮太さん(ソマノベースデザイナー、通称“らいらい”)を交えたクロストークが行われました。

100BANCH 5年間の歩み

最初に100BANCHオーガナイザーの則武里恵が、100BANCHがオープンしてからの5年間について「100年をつくるという道のりから言いますと、まだたったの5年で、まだまだ手探りで進んでいるっていうプロジェクトもあると思います」とコメント。そんな100年先に向けてチャレンジする人たちにとって、今日は何らかのヒントを得られるイベントにしたいと考えています」と、イベントのコンセプトを語りました。 

 

100BANCH構想の時には、パナソニック創業者の松下幸之助がかかげた「250年計画」も1つのインスピレーションであり、こういう創業者の思いを100周年の機会に原点に立ち戻って置いていくために設定したのが「100年先」という時間軸です。

則武:とはいえ100年先なんて長すぎるし、どうやってつくればいいんだろうね、みたいなことを話していた時にインスピレーションを受けたのが明治神宮の杜です。この杜は、100年も前に永遠の杜を目指して、デザインされたと聞いています。150年先までの設計図があるとか、延べ11万人のボランティアが関わって森をつくり上げたという、100BANCHにとっても心打たれるエピソードがたくさんあります。

 

100年前のミッション「永遠に続く神社林をつくる」

則武のコメントを受け、NPO法人響の井梅江美さんが、100年前の昔に永遠の杜を目指してデザインされた明治神宮について説明しました。

井梅さんの所属する「響」という団体は、市民による集いとして、鎮守の杜を受け継いで代々木の杜で人を育てていく活動をしています。明治神宮80周年の年に開催されたフォーラムを聴講した大学生たちによって発足され、代表や役員もアンダー35歳のメンバーで、今年で発足22年目を迎えるそうです。

井梅:明治神宮の造営に関わった方々は、もう皆さんお亡くなりになられてしまっているんですが、当時の思いを後世に継承する為に、永遠の杜を繋いでいく中継ぎの役割として、若い方々に明治神宮の杜を紹介したりしています。

井梅:明治神宮の杜で1番大事なことは、明治神宮は「神社だ」ということです。明治神宮の社殿を中心にして、70ヘクタールの杜を代々木の杜と呼んでいます。

 井梅:造営されたのが1920年で、明治天皇がお亡くなりになられてからこの明治神宮の造営計画が始まります。天皇の亡骸は京都の方に行きますが、その御魂を祭りましょうというのが、この明治神宮造営の始まりです。 

 100年前に始まった明治神宮のミッションは「永遠に続く神社林をつくる」ということ。当時の明治神宮は全国で8万社を超える神社の伝統から見るととても新しい神社であり、西洋的な近代知と伝統の攻めぎ合いの中で、独自の答えを生み出そうと悩み抜いた人たちの挑戦の場でもあったそうです。そして、伝統の上に新しい全く新しいものを作っていかなければならないというのが、この明治神宮の杜の杜づくりのミッションだったと井梅さんは語りました。 

  

井梅:新たな神社を作るこの大プロジェクトは、杜を作るだけではなく、全体的にデザインしていく必要があるため、渋沢栄一さんを初めとした。明治時代の日本をリードした方々が集まり、民間の力でこの明治神宮を作っていこうという機運が高まって始まっていきます。明治天皇の神社をつくるということで失敗は許されません。そのため産官学民連携で当時の総理大臣だった大隈重信さんをはじめとして、色々な方々がそれぞれのエリアをつくり上げていきます。

この杜の造営メンバーに指名された本多静六さん、本郷高徳さん、上原敬二さんという3人の方々は、ますます大気汚染が深刻になるだろうということを見越して、この明治神宮の杜づくりに挑んでいきます。

彼らは野原のようなところに木を植えるにあたり、明治神宮の将来の主人公となるべき木を何にすべきかという方針を立てていきます。

将来の主人公となるべき木は、気候風土に適しかつ四周より襲来する危害に耐え、長く健全なる発育をなすべきものとすること。そして林苑構成後は、なるべく人の手により植えたり切ったりするのではなく、森自体が自活をして永遠たるその林層を維持し得ること。

また、「林相は森厳にして神社林としてふさわしきもの」ということで、この杜は神社の森としてふさわしくあるべき、ということも言われています。

明治神宮ができあがるまでには、北は北海道から南は沖縄まで地域を担うトップリーダーたちである、18歳から30歳までの強靱な肉体を持った青年たち延べ11万人が、造営奉仕として明治神宮にやってきたそうです。彼らは10日間明治神宮で仕事をして、それから村に帰っていきます。そういった10日間の様子が、日記や写真に残っています。

井梅:建木と言っても、木が勝手に集まってくる訳ではなくて、永遠に続く杜を達成するために自分の村の1番いい木を贈呈するわけです。造営と一言に言っていますけれども、この100年前に、もし皆さん方の祖先の日本人のDNAがあるとすれば、皆さんのおじいさんやおばあさん、ひいお爺さん、ひいおばあさんもこの明治神宮造営のプロジェクトにかかわっていたのかもしれません。

井梅:2020年で明治神宮が100年を迎えました。明治神宮では、50年に1回境内総合調査というものをやっていてて、明治神宮の杜の健康診断とも言えるものが、調査報告として出ています。この明治神宮総合経済総合調査には、東京農業大学名誉教授の進士五十八先生をはじめとした皆さん方が関わりました。こういう本が出ていることも踏まえて、100年目の森が学術的にも大変貴重だということが証明されています。

井梅:100年の杜を次の世代へということで、このような生き物調査だけでなく、それを維持していくためにこの杜に暮らす生き物たちを守っていく、そして、人災や災害の対応や、杜を知り守っていく人という人づくりも大事な要素になってきます。

井梅さんは、自身が所属する響の活動の1つとして、次の世代に明治神宮の豊かな杜を知ってもらうための「生き物図鑑」というプロジェクトを紹介しました。スマートフォンを持って境内を歩きながら、市民の皆さん方が見つけた生き物たちを取りまとめて図鑑にするものです。

井梅:私たちの活動の1つとして、この杜というものだけとらえるのではなくて、昔の人達から受け継いできた杜の価値観が生まれてきたのかということを知るために、2つの種を育てています。

井梅:その1つが、明治神宮の杜の地下水を組み上げて、お米作りをしています。単なる米作りだけではなくて、米にちなんだお祭り事や、米を余すことなく使うために締め縄や発酵食品を作ってみることで、次の世代の若い子たちに継承する活動をしながら自分たちも学んでいます。

もう1つがこの緑を増やす仕組みとして、植林活動をしています。明治神宮は全国の県木で出来上がっている森なので、私たちは全国への恩返し活動と呼んでいます。私たちの活動に参加したいという方々には、苗をご自宅やオフィスにお預けして、1年ぐらい育てていただいたものを私たちにまた返していただくという里親活動をしています。

井梅:100年前から受け継いできた明治神宮で若い自分たちが知り学んで、さらに若い子達に繋いでいくという活動をしています。皆さんと一緒にこの東京の杜を守っていけるような活動になったら嬉しいなという風に思っています。  

 

100年先をつくる~5年間とこれから~

井梅さんの話を踏まえ、井梅さん、100BANCHメンターの岩田先生と西来路、則武の4名によるクロストーク「100年先をつくる~5年間とこれから~」が行われました。 

則武:井梅さんのお話を聞いて、私はもう参考にさせていただくメモが止まらない感じでしたが、みなさんはどんなことが印象に残りましたか? 

西来路:とにかく規模が大きいですね。当時は今より人口は少ないはずなのに、11万人の人が遠い距離を超えてここに訪れたという若者たちのマインドを知りたい。僕たちのこれからの活動にもすごい気になるポイントなんじゃないかなって思ってます。

 則武:11万人の方って強制されてきたのか、それとも有志としてこられたのかでしょうか。 

井梅:私も専門家ではないので聞いた話ですが、全国に青年団というものがあって、体が強靱で強健な人しか選ばれなかったと聞いているので、送る時も戻ってくる時も、もう英雄な人たちの集団なわけですよね。

西来路:11万人って、多分今の林業家よりも多いので、ほんとすごいなって 感想を抱いてました。 

岩田:その10日間で植林を終えてしまったんですか、

井梅:全国の方々がこう入れ替わり来ていて、1グループごとに10日間です。明治神宮は、明治天皇が崩御されてから1か月ぐらいで計画書を立てたビックプロジェクトで、それから8年ぐらいたって、明治神宮ができてました。それまでの期間は10日間で入れ替わり、立ち替わりで、冬場は当然エアコンもない環境で凍えながら野原の宿舎で勉強して、という日々を10日間。それがチームとしていくつも、いつも連なっています。

西来路:井梅さんは、その若者たちの思いとか、インセンティブというのは、どういうところにあったと思われてますか。

井梅:想いというか、エネルギーみなぎっている選ばれしものですから、村の中では英雄なんだと思います。その方々がくるわけですから、すごく誇りに思っているでしょうし、ものすごく純粋な気持ちで、このビッグプロジェクトを達成しようっていうのが、彼らのモチベーションだったんじゃないかと思います。 

井梅:第1次世界大戦の後で、非常に厳しい金銭事情だった中で木材が高騰していて、お金がない中で考え抜いたのが、全国の青年団の力を借りていこうということだったので、元々は多分専門家がつくるものという想定していたんだと思います。明治神宮100年の中には第2次世界大戦も起きていきますけれども、この明治神宮の杜づくりっていうのは、皆さん方の力がなければ、ここまで完成できなかったんじゃないかな、と思います。

岩田:10年先とかではなくて、100年先を見越したデザインをするって、かなり難しいことだと思います。私は実は詳しく知らなかったんですけれども、確かに明治神宮に行った時に、いい杜だなって思って見てたのが、こういう生い立ちを持った杜だったんだということを知れたのは大変良かったなと思ってます。

岩田:もう1つ僕が面白いなと思ったのは、20年前の学生たちの活動から、今の響さんの取り組みが始まったっていうことですが、どういう思いからやろうって思ったのかなというのが興味深かったです。

井梅:私が活動を始めた当時はまだ80年なので、造営当時に関わった人がご存命だったんですよね。その方々が明治神宮の造営日に全国から集まって同窓会をするんですけれども、お孫さんに車椅子引かれながら来る当時の造営のおじいさん方とかいらっしゃいまして。そういう方々に当時まだ立ち上がったばかり大学生のメンバーが「この森の価値を勉強してます。」というと、泣いて喜ばれたんですよね。当時の大学生のメンバーたちも、今は家庭を持ったり色々な職業にいるんですけれども、やっぱり1年に1度戻ってきて、杜に関わりたいと思う人が、このメンバーの中にもいたりします。

則武:らいらいは今何を感じていますか。

西来路:より人の方に行ってしまうんですけど、どのタイミングで、どんな知識や体験を感じさせてあげることが、永遠に守り続ける人を育てていけるのかなってところを聞きたいなと思いました。

則武:井梅さんのお話で、泣いて喜ばれたおじい様にとって年代がポイントだったのか。その涙がポイントだったのか、何が井梅さんたちの人生を変えるきっかけになったんだろうっていうところは、もう少しお伺いしてみたいなと思いました。

井梅:私たちにとっては学校外のメンバーたちで集って新しいものを知り、学んだ場所だったので、そういうおしなべて勉強以外のもので、学ぶ空間があったっていうことと仲間がいた、未来が楽しくワクワクするような杜づくりだったっていうところも、凄く楽しかったんだと思います。

井梅:その楽しさがなければ、やっぱり続いていかないと思うので、あの当時の楽しみが徐々に徐々に年を追うごとに重みに変わっていって、思いが100年先どういう風にしていくんだろうっていう考えに至って、何か微力ながら手伝えることがあればということで、今に至っているんじゃないかなと思ってます。

  

西来路:つまりは、もう今僕ができることは、1人でも多くの人にそういう所に触れてもらう機会を作ることと、僕らがちゃんとこうしたい、こうありたいを描くことってことでいいですか。

則武:あと、面白いこと、楽しいこと。ワクワクすること。らいらいたちも、普段は和歌山県で活動してるんですけど、和歌山のその世代を超えた方々と一緒になんか学んだりすることって多いんじゃないかなって思うんですけど。

 西来路:多いですね。非常に多い。僕は元々林業に興味すらないですし、森林なんてどうでもいいっていう人でした。ただ、実際にこのプロジェクトに入って、全国回っておじさんたちのお話を聞く中で、なんか熱くなるものが言葉にできないものとしてありまして、もうデザインの仕事よりもソマノベースの仕事の方が多くなってますし、東京に住んでたんですけど、和歌山まで移住しちゃえっていうぐらいまで思えたのは、それは森がどうこうとかいうよりも人だったんですね。僕の場合は、なんか受け継がれてきたものをちゃんと自分たちも受け継がないといけないなとか、自分はどういう未来を描きたいのかということを考えるようになってから、本気になってきたみたいなところは確かにあります。

 

次の100年は「更新」がキーワード

則武:その次の100年の話を少ししていきたいと思います。今度は井梅さんも受け継ぐ側になるわけじゃないですか。100BANCHのメンバーも、自分たちがつくりたい未来を次の人たちに託していくことは大事なテーマですが、井梅さんは今どのようにお考えですか。

井梅:あの杜自体は人間がもし入っていなくても循環し続けているものだと思うので、極力人が関わらないが正解だと思っています。とはいえ、明治神宮の杜の外は人間社会ですので、人間がどう関わり続けていくのかというところが課題で、明治神宮の杜で言ったら、やっぱり共感とか、ビジョンを共有するとか、お互いにこうやって話し合うとかっていうことが、とても大事なんじゃないかなって、個人的には感じてます。 

則武:更新というのが、1つ未来を考える大事なキーワードだと思うんですけれども、未来に向けて更新をするときに、ここが肝になるんじゃないかというそれぞれのお考えを、クロストークの最後にお伺いしたいと思います。

井梅:明治神宮の杜というよりは、これから未来をつくっていくときの更新っていう意味で言うと、やっぱり人づくりだと思っています。特に世界の視野が広くなったこの100年後の今に、 森林大国と言われている日本で、この森っていいよねとか、色んな森をたくさん見てもらって学べるっていうのが、この日本の国の良さだと思うので、若いうちから本物を見ていくっていうことが、すごく更新という意味では大事なんだろうなと思うので。明治神宮の100年の杜は、世界にも類を見ない森だと言われてますので、ぜひ1度足を運んでいただけたらと思います。

岩田:僕が1番感銘を受けたのは、伝統と西洋知のせめぎ合いっていう言葉で、それは今でもそうなんだろうと思うんですね。だから、次の100年を考える時には、まさにその伝統と最新の知というのがせめぎ合うような形で、私も若い人にも考えてもらわなきゃいけない、という感じで更新されていくのかな、という風に思うところはありますね。

あともう1つ、森って更新する時にものすごくお互い助け合いながら生きていくんだと思うんですね。まさに100BANCHも、結構ヘテロなものが入ってきては思わぬものがこう結びついて、また新しいアイデアを生んでいる。次の100年を考えるには、私のような古い人間はメンターとしているのもいいし、 新しい人たち同士が何かこう感化し合って、新しいものを考えるっていうのもいい。植林は早くても50年先、下手すると100年先をプランニングしなければいけないのに、経済的にはそんな50年先のものに投資できないよみたいなことになっちゃう。 けれど、そういうのとは違う価値観で次の更新をしないといけない岐路に立ってると思うので、よく考えて次へ動いていきたいなと思いました。

 

西来路: 僕が地方ですごい上の世代の人と喋る中で感じてるのは、 翻訳する人がすごい大事だなということです。上の世代の人と僕らのような若い世代の人たちの間の価値観や、地方と都会の間とか、繋ぎ目、翻訳家みたいな人が 超重要なんじゃないかなって思っているので、僕も含めてそういう人間になれたらいいなと思っております。

 

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