• リーダーインタビュー

当事者だからこその強み。バイタルデータの美しさを世界へ 「Langerhans」細目圭佑

今や世界的な病気と言われる糖尿病。1型糖尿病や2型糖尿病、妊娠糖尿病などさまざまあり、現在日本には1000万人、世界では4億人が患っており、今後その数はもっと増えると予想されています。

100BANCHで活動を続ける「Langerhans」は、糖尿病の指標である「血糖値」を「生きるためのエネルギー源データ」として日常生活に馴染ませる取り組みを通じて、患者・健常者にとらわれず真の意味での「生きる」を本質的に考えるきっかけを投げかけるプロジェクト。そして、このプロジェクトのリーダーである細目圭佑​​(ほそのめ・けいすけ)さん自身が1型糖尿病であり、当事者から糖尿病という世界規模な課題に挑んでいます。

今年の11月14日の「世界糖尿病デー」に合わせて、血糖値を可視化するためのプロトタイプを発表し、クラウドファンディングもスタートした彼らの活動に迫りました。

突然、1型糖尿病に。視点を自分から社会問題へ変えた

Langerhans」 プロジェクトリーダーの細目圭佑さん

——まずは、「Langerhans」を始めようと思ったきっかけを教えてください。

細目:僕は20歳の時に不治の病である1型糖尿病(※)になり、一生インスリンホルモン注射を打たなければならない生活になりました。1型糖尿病は身体的にも、経済的にも、精神的にも負担が大きいと言われています。例えば加入できる生命保険が限られていたり、血糖値センサーやインスリンホルモンを駆使しながら24時間365日血糖値をコントロールする必要があったり。そうした生活の中で「果たして何のために生きるのか?」という気持ちになってしまう。でもその一方で、俯瞰して見たときに世界中で問題になっているテーマに当事者として向き合えるチャンスでもあるなと気づいたんです。じゃあそれを生きがいにしたらいいんじゃないか、とこれからの課題設定しました。

※【1型糖尿病とは】
生活習慣に依らず、突発的に膵臓が死滅しインスリンホルモンが分泌できなくなる不治の病。現在の医学水準では発症すると生涯に渡って毎日4~5回の注射又はポンプによるインスリン補充が必要となる。国内での患者数は約10〜14万人、年間発症率は10万人当たり1〜2人程度と希少な病である。

——大変な状況で考え方をポジティブに変えられたんですね。そうなると生活が一変すると思うのですが、それまで抱いていた将来の夢や目標に何か影響があったのでしょうか。

細目:もともとは世の中に新しいものを生み出していく研究者を目指していました。影響の観点でいくと、いい意味で人生における大きな課題を前に、職業や職種などにとらわれず、まっすぐに自分が成すべきことを考える機会を手に入れたと思っています。壮大なテーマに真正面から向き合えるような人になっていきたいと思うようになり、いろんな方々から徹底的に鍛えていただきました。仲間にも恵まれ、満を持して2019年に糖尿病当事者発プロジェクト「Langerhans」を発足。2021年のインスリン発見100周年に向けて、目指すべき未来を打ち出せるように開発をスタートさせました。

 

本当に困っている人たちが求めている存在に気づいた

——いよいよスタートした「Langerhans」プロジェクトですがまずはどのような活動をされていたのでしょうか。

細目:血糖値の数値を可視化するアプリケーションの開発をしていました。しかしそのプロトタイプを糖尿病の当事者として使ってみると、ずっとデータを見ちゃう生活になってしまったんです。心理的な安心感はあるのだけれど、数日経ってふと「僕は血糖値を一定にするために生きてるんだっけ?」という疑問を抱きました。確かに患者にとって血糖値を見られるのは重要だけれど、本当に重要なのは数値を一定にしたあとの生活です。しかし血糖値を数値化することで、逆にその数字に縛られてしまうというジレンマに気づきました。

——常に血糖値が見れる環境だとかえって制限されてしまい、リラックスして生活しにくそうですね。

細目:そうなんです。この気づきから、改めて糖尿病患者の一日の生活を改めて知ろうと思いました。1型糖尿病の患者は幼い子どもが多いので、幼稚園や小学生に通う子どもたちの家庭にヒアリングしたんです。そこで見えてきたのは、患者もですがその親や家族が病気に向き合っているという現実でした。糖尿病を患う子どもは自分でインスリン注射が打てなかったり、子ども自身が糖尿病とわかっていなかったり、そういう課題を抱えている家庭が多かった。その一方で親は子どもが保育園や学校に行っているときに「わが子は無事か」とビクビクしている。

それを知って僕たちが解決すべきは1型糖尿病患者はもとより、向き合っている人たちだとわかりました。そのうえで僕たちはどうアプローチをすればいいのだろうか。子どもに血糖値の数値を見せてもわからないし、親もずっとその数値をチェックするのはストレスになる……そういった課題を持ちながら、さらに小児患者の家族の一日の動線を調べたら、「何となく血糖値が高いか低いかがわかって、チラっと見えたらいいんだ」と気づき、「それって限りなく照明に近いね」という話になりました。改めてプロダクトコンセプトを組み立てて、その制作のために100BANCHの「GARAGE Program」へ応募しました。「Langerhans」は中長期で「これからの糖尿病患者の生き方を問う」というテーマでプロダクトを制作したかったので、「次の100年を作る」という100BANCHのテーマに親和性が高いと思ったんです。

 

未来を創り出す人たちに適した環境

——「Langerhans」は2021年6月に100BANCHへ入居されましたが、まずは何から取り組まれましたか?

細目:ものづくりにフェーズを移し、プロダクト制作に取り組みました。リビングに置ける照明ようなプロダクトを目指していたので、チーム内で「筐体(きょうたい)の形状や光はどうするか?」とか「血糖値を知らせる光の色は?」など本当にいろいろな議論を交わしましたね。

その中で、自由に制作をやらせてもらえる100BANCHの環境ってすごくありがたかったですね。未来に向けて活動を進めるプロジェクトなので、課題に向き合う場所は、時間の制限や思考の制限があるとやりにくい。100BANCHは出来る限りやりたいことを許容してくれる安心感とワクワク感があるので、未来へ向けて活動するにはとてもいい環境なんです。この場所に出会えて本当に良かったと思っています。

100BANCHで議論を交わすプロジェクトメンバーたち

——100BANCHが定める「100BANCHの7原理」のひとつに「思う存分できる場」という考えがあり、その環境が「Langerhans」の活動にマッチしたんですね。100BANCHの2階・GARAGEでは多種多様なプロジェクトが日々活動していますが、その環境をどう感じていますか。

細目:みんなが僕らの取り組みを素直に面白がってくれるし、僕自身もいい影響を受けています。一見、お金にならないようなことでも真摯に向き合っているプロジェクトも多いじゃないですか(笑)。今どうこうじゃなくて、若い人たちが自分たちがどうありたいかという未来を描きながら、活動する姿勢にすごく刺激をもらっています。どうしても、ものづくりって「今をどうする」と考えがちだけど、100BANCHにいると一歩引かせて考えさせてくれる。今はGARAGE ProgramのOBになったけど、100BANCHには出来るだけ来たいと思っています。

——卒業後もよい関係性を築かれているわけですね。「Langerhans」のメンターは予防医学研究者で公益財団法Well-being for Planet Earth 代表理事の​​石川善樹さんでしたが、印象的なエピソードはありますか。

細目:最初、石川さんには医学的で固いアドバイスを言われるのかなと思ったんですけど、「エンターテインメント的に面白く展開してくれることを期待します」と言われて安心しました。医療の立場だと、どうしても「これは医学的に正しい製品なのか」というアプローチをされてしまう。「Langerhans」は僕が1型糖尿病の当事者だからこそ、「これでいいんだ」と振り切れるのが圧倒的な強みだと思っていたので、石川さんはその強みを評価してくれたのだなと思いました。

また、メンターで株式会社Shiftall代表取締役CEOの岩佐琢磨さんとも話す機会があり、それもすごく学びがありました。僕らのプロダクトは国際展開を構想しているのですが、国によって製造規制が違うことなど岩佐さんの会話から知り、実際の現場で起こりえる課題とその解決方法を教えていただきました。それまで僕たちはプロトタイプしか作ったことのないエンジニア集団だったので、量産や海外展開について話が聞けて、エンジニアたちのさらなる活力に繋がりました。

 

糖尿病患者にとって大切な100年の節目

——11月14日に「Langerhans」は糖尿病患者やその家族に向けて、「生きられることが当たり前になったこれからの100年をどう生きていくか」をテーマにしたイベント「世界糖尿病デー直前LIVE2021 〜looookとともに始まる未来の血糖値管理〜」を開催されましたね。

細目:このイベントでは、11月14日の「世界糖尿病デー」に、僕たちが開発したリアルタイム血糖値可視化照明「looook(ルーク)」をローンチし、インスリン補充が必須な患者とその家族一人ひとりが希望を持って生きられる社会の実現を目指す日本IDDMネットワークの協力のもと、1型糖尿病患者とそのご家族に向けてイベントを実施しました。

ローンチされた血糖値可視化照明「looook」

EVENT REPORT

次の100年の血糖値管理のあり方を問う。「Langerhans」リアルタイム血糖値可視化照明ローンチレポート
https://100banch.com/magazine/33875/

細目:「looook」は、世界で流通している無料の専用血糖値管理アプリケーションと連動させて、照明に血糖値情報を反映させるプロダクトです。血糖値が低血糖時は青、通常時は緑、高血糖時は赤と、数値ではなく柔らかな光でお知らせします。日常生活に馴染みやすい色合いで、リアルタイムに血糖値を表現することに着目しました。

先ほども言いましたが、今年でインスリンが発見されて100周年で、インスリンが発見されることは「糖尿病患者が生きる力を手に入れた日=インフラが整った」という意味でもあります。この100年を経て、これからの100年は先人たちが作ってくれた生きるためのツールを使って私たちがどう生きるのか。それが当事者としての僕の思いであり、100年先を問う場所「100BANCH」で糖尿病患者の未来の象徴となる「looook」の発表が出来たことはとても意味があったと思っています。

——イベント同日には、「looook」の開発支援やプロトタイプを使用しユーザーとして参画することができるといったクラウドファンディングをスタートされましたが、反応はいかがですか。

『血糖値管理にOFFの時間を。』プロジェクトのクラウドファンディング(2021年12月30日まで実施)

細目:すでにたくさんの方に支援していただきとてもうれしく思っています。その支援者は単純にプロダクトがほしいというよりも、みんなが当事者としてこの問題に取り組んで、これからの未来を一緒に作っていこうという気持ちに共感してくれたのだと思います。また、「looook」を実際に使った人から「血糖値ってキレイだね」という予想外の感想をもらいました。今まで血糖値ってネガティブに見られることが多かったので、バイタルデータや生命活動は美しいという視点でも、もっと広めていきたいですね。

——データを美しさと捉える感覚ってすごく素敵です。クラウドファンディングは大きな気づきをもらえた機会だったんですね。

細目:そうなんです。しかも、このクラウドファンディングがきっかけで糖尿病患者のエンジニアがチームに参加してくれたんです。これまではチームに僕しか糖尿病患者がいなかったので、今後プロダクトがどう変化するかがとても楽しみです。

 

人の生命活動の美しさを鑑賞する新たな文化

——100BANCHでのプロダクトの開発やローンチ、またクラウドファンディングを経て、「Langerhans」が描く次のチャレンジを教えてください。

細目:「looook」は人に寄り添うヒューマンタッチなプロダクトなので、使ってもらいながら変わっていくと思っています。そのため使用する当事者の声をいかに集め、その声をいかに出しやすくするコミュニティを作れるのかが直近の課題です。さらにもう少し先の話をすると、糖尿病患者は現在日本で10~12万人、世界で4億人いると言われていて、2045年には7億人になると言われている。割合的に見て「looook」を必要としてくれる人って海外の人が圧倒的に多いはずなんです。そのために世界共通で使えるように文字情報を使わず言語の壁を超えられるデザインにしているのですが、国や文化が異なると色の感じ方などは違うと思うのでその場合にどうアジャストして流通していけるのか。それがもう少し先のチャレンジポイントだと思っています。

——世界中の家庭で当たり前のように「looook」が照らされている姿を期待しています。最後に「Langerhans」が描く100年後の未来について教えてください

細目:血糖値を可視化って糖尿病の当事者じゃないと問題意識を持たないと思うのですが、一方で100年後は血糖値だけではなく血圧や脈拍など、あらゆるバイタルデータを誰もが見る時代になっていると思います。現時点での血糖値は糖尿病を悪化させないという指標でしかないけど、そもそも誰もが生活する中で血糖値は上がったり下がったりしているものであり、人の運動状態や健康状態は血糖値の情報を見ればすぐにわかるんです。そう考えると私たち糖尿病患者は未来のバイタルデータを扱う先駆けの人たちとも言えると思っています。

そうやって血糖値はもちろん、あらゆるバイタルデータを可視化することで、自分自身の理解へと繋がり、それによって一つひとつの動作に意味が生まれて、生活も変わってくるはず。「Langerhans」の目標は糖尿病の課題解決ですが、その先に、人々が当たり前のようにバイタルデータを知り、健康状態や病との向き合い方が改善できる世の中を実現したいと思っています。

 

(撮影:鈴木 渉)

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