LEADER INTERVIEW

2019.10.16 Wed

日本を遊び心あふれる、かくれんぼ大国にする【前編】ー大人も子どもも楽しめる本気かくれんぼの可能性:Seek new game ; Hidden in the future 高山 勝

  • #かくれんぼ

あれあれ、今回取材させてもらう高山さんはどこに?

みなさん、写真の中から高山さんのこと見つけられますか?

 

 

今回インタビューさせていただく…のに隠れている高山 勝(たかやま・しょう)さんは、日本かくれんぼ協会の理事長であり、かくれんぼ世界大会の日本代表。そう、かくれんぼのプロなんです。

 

そんな高山さんが取り組んでいるのが「Seek new game ; Hidden in the future」というプロジェクトです。
100BANCHではどのような実験をしていたのか。また、彼らが掲げる「日本をかくれんぼ大国にする」とはどのような未来を望んでいるのか。

 

高山さんの掲げる野望について、お話を聞かせてもらった様子を前編・後編に分けてお伝えします。

(執筆:中嶋 希実、写真:朝岡 英輔)

──まずは、高山さんがかくれんぼのプロになるまでの経緯を聞かせてください。

かくれんぼが好きになったのは小学生のときです。根っから目立ちたがりの大阪人で、ちょっとクラスで浮いてるようなポジションだったんです。高山に絡むとめんどくさいって、軽くいじめられている感じになってしまって。

そんなとき、休み時間にドロケーが流行って。僕、背が小さいこともあってうまいこと隠れてたんです。そしたらお前すごいやんって、まるでヒーローになったかのように僕の株が上がった瞬間があったんですよ。中学くらいにはやらなくなっちゃうんですけど、かくれんぼは楽しいなっていう思い出がありました。

 

 

──いったんかくれんぼとは離れるんですね。その後はどんな人生を?

大学のときに、バックパッカーみたいな感じでいろんな国を旅行しました。無料で家に泊めてもらったり、ヒッチハイクして乗せてもらったり、いろいろな方にお世話になったんです。なにかお礼をしたいけど、持てる荷物は限られているし、なにか自分のできることで恩返ししたい。プレゼントするっていうより、一緒の目線で楽しんで、結果、高山 勝が来てくれてよかったなって思ってもらえるものはないかと考えながら帰国しました。

そんな折に、大阪でチャンバラ合戦っていうイベントに参加したんです。発泡スチロールの剣を持って、大人も子どもも一緒に楽しんでる。これなら次、海外に行ったときに一緒に遊んで喜んでもらえるって、ピンときたんです。それで主催しているNPOを手伝うようになって。大学を卒業して、そのままそこで活動することになりました。

 

──チャンバラが仕事になったんですね。

僕が関わりはじめたころは年間1,000人くらいの参加者だったイベントが、5年後には1万人を超えていて。企業の研修やショッピングモール、地方の観光を盛り上げるイベントとして開催して、お金も生み出せるコンテンツになっていったんです。

 

 

楽しく働いていたし、チャンバラ合戦をつくった理事長のことはすごく尊敬しています。だけど少しずつ、このコンテンツに乗っかるのは悔しいなっていう想いが生まれてきてしまって。チャンバラ合戦の中に、高山 勝が活きている瞬間ってなかったような気がしていて。

 

──自分が活きている瞬間がない。どういうことですか?

スタッフのひとりとしてめっちゃ働いて、お客さんにありがとうって喜んでもらえてやりがいを感じていました。だけどお客さんからすると、甲冑を着たノリのいい関西人くらいにしか覚えてもらえていないだろうなって。そうした承認欲求みたいなものがあって、「高山 勝」がありがとうって言ってもらえるようなものをつくりたいって思うようになりました。

Seek new game ; Hidden in the futureプロジェクトページはこちらから

 

──自分が生み出すコンテンツは、すぐにかくれんぼに決まったんですか?

結構いろんなことを探しました。鬼ごっことか、ケードロとか。テック寄りの遊びをつくってる会社を見学させてもらったこともありましたね。

僕の身体能力が活きて、世界大会に日本人初出場!みたいな冠をもらえるもの。かつ、僕が日本で最初に始めるようなものはないかと調べているうちに、かくれんぼにたどり着いたんです。かくれんぼ好きやったし、老若男女誰でもできる。かくれんぼって名前は変われど世界中で似たような遊びがあって、世界大会があることも知って。

 

──世界大会があるんですか。

そうなんですよ。友達と調べたら日本から送り出しているような団体がなかったので、じゃあ自分らで行きますって手を挙げて。友だち5人で世界大会に乗り込んで、日本代表になりました。

 

──初めての世界大会、どうでしたか?

すごい楽しかったですよ。ヨーロッパからの選手がほとんどで、日本って忍者がいる国でしょうって、勝手にハードルが上がったりして。結果は80チーム中9位だったんですけどね。1位、獲れなかったんです。

 

──初出場で9位、すごいじゃないですか。

いや〜、僕は1位狙いに行ってたんで。悔しかったです。いろいろ技があるんですけどね。「音を消して歩く」「気づかれないように呼吸の仕方を変える」みたいなことは得意であり、まだまだ修行をしている部分です…。

そのあと主催者のイタリア人と仲良くなって、日本代表を決める権利をいただきました。帰国してすぐ「一般社団法人 日本かくれんぼ協会」を立ち上げたのが2019年4月のことです。

──かくれんぼ1本で生きていく。先のことを考えて不安を感じたりはしませんでしたか?

不安ですか……まったくなかったですね(笑)。もちろん先の計画を立てたりはしましたけど、自分の生活はどうにでもなるし、あんまり気にならないんです。

 

──たくましい。100BANCHに入居したのもその頃ですよね。

はい、きっかけはコオロギラーメンの篠原さんの紹介でした。実はずっと、渋谷のスクランブル交差点でかくれんぼしたいと思っていました。ここは渋谷に拠点があって、しかもメンターさんに渋谷区長がいる。区長がメンターについてるっていう印籠があれば、渋谷でブイブイ言わせられるんちゃうかなっていうのがあって(笑)、もうここしかないでしょって。
面接でも、長谷部区長に「いつか交差点でかくれんぼさせてください」ってお願いしました。「100年後かもしれないけどね」って笑顔でかわされてしまいましたけど(笑)

 

 

代々木公園の横に「渋谷はるのおがわプレーパーク」という場所があります。「自分の責任で自由に遊ぶ公園」をテーマに10年ほど前に長谷部さんがつくった場所なんですけど、そこをかくれんぼで使わせてもらうときにはとってもスムーズでした。ここでは考案したかくれんぼを実際に子どもたちに遊んでもらってフィードバックをもらったりしました。子どもなんで、素直で残酷な意見も多かったですけどね(笑)

 

──100BANCHに入居していた3ヶ月間、どんなことをしていたんですか。

かくれんぼって、中学生くらいになるといつのまにか卒業してるんです。大人になってやるのはちょっと恥ずかしい、みたいな感情が生まれるんですよ。既存のかくれんぼをそのまま続けても、老若男女に受け入れてもらえない。だから、どんどん新しいかくれんぼを作ろうと思いました。

そこで、自分ひとりでつくるというよりも、みんなの意見を聞きながら一緒につくるワークショップを開いたんです。ここの3階を使って新しい外遊び、新しいかくれんぼをつくりました。

 

当日はいろいろな人が集まってくれました。車椅子の人が来て、車椅子目線縛りでかくれんぼをやってみたり、めっちゃ哲学的な大学教授が来て「隠れるってなんだろう」って問いを与えだしたりして。そうしたら小学生の男の子が、かくれんぼって身体を隠すことだと思ってたけど、身分を偽るっていう意味もあるんじゃないかって言い出して。役職を隠すようなかくれんぼもやってみました。僕だけでは考えつかなかったようなアイディアがたくさんでてきて、すごく刺激になりました。

 

 

──新しいかくれんぼがたくさん生まれたんですね。

あとはかくれんぼに価値付けをしたいと思って、国際学会で発表もしました。

 

 

たとえば子どもと一緒にかくれんぼを2時間するとこれくらい痩せますよっていうデータが取れれば、主婦の方々にも興味を持ってもらえると思ったんです。

医師を紹介してもらって、運動量のデータをとって。かくれんぼって痩せるんです、生活習慣病にめっちゃいいんですっていう価値をちゃんと伝えるための実績づくりができました。

 

***

生活習慣病の予防にもなるかくれんぼ。想像していた昔ながらのかくれんぼとは違う世界が広がってきたところで、前編はここまで。

後編ではかくれんぼにある「愛」と今後の展開を語っていただきます。

WRITER

中嶋 希実

編集・チャイ屋

東京と茨城を行ったり来たり。話を聞いたり、書いたり、動かしたりしながらいくつかのプロジェクトに関わっています。ときどきチャイ屋「きみちゃい」をひらきます。

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