美しさの溢れる瞬間に寄り添い、贈り物経済を循環させる
「人格を持つビール」を。
- リーダーインタビュー
ビールに注ぐ、私の物語【前編】──歌うように描くように、「飲めるアート」で想いを伝える:BEERful 渡部有未菜
世の中には、おいしい食べ物、飲み物が数えきれないほどありますよね。
では、「一人きりの悲しい夜に飲みたいもの」「大切な人へ敬愛の気持ちを伝えながら、一緒に飲みたいもの」って、どれくらいありますか? おそらく、パッと思いつく人は少ないんじゃないかな、と感じます。
BEERful代表の渡部有未菜(わたなべ・ゆみな)は、そうした人の感情や物語に寄り添う、唯一無二のクラフトビールをつくる人です。
2019年4月には会社を立ち上げ、その後すぐに100BANCHに入居。事業家としても大きく前進し始めた渡部は「ビールを通して伝えたいことがたくさんある」と言います。
どんな思いでビールをつくり始めたのか、そこに乗せる思いとは一体どんなものなのか…彼女が「思い出深い大切な場所なんです」と語るビアバーで、じっくりお話を伺いました。
早速、ビールについての思い入れなどから聞いていこうかな、と思って切り出すと…。
「ビール、昔は苦手だったんです」
──えっ、元々はビールが苦手だったんですか?
味が苦手というよりは、トラウマ的なものでしたね。新卒で入った会社が「飲み会はほぼ強制参加」みたいな文化で、そこで一気飲みをさせられることが多くて。その時飲ませられていたのがビールでした。
──今で言うアルハラ(アルコールハラスメント)ですね。
ほかにも理不尽なことがたくさんあって、それで大きく体調を壊してしまって、会社は辞めました。ビールを見ると、当時の記憶がフラッシュバックしてしまうので、美味しく飲めなかったんです。
──でも、今では自分でビールをつくるほど好きになれていると。何かきっかけがあったんですか?
きっかけは…LINE BLOGと、片想いしていた先輩です。
まずはブログの方なんですが…会社を辞めた後、しばらく接客業のバイトをしながら、次は何をしようかって考えていて。その頃に、ライターのカツセマサヒコさんと漫画家のかっぴーさんの対談イベントに行ったんです。
──おふたりとも、会社員時代からブログで記事や漫画を発表していて、それが今のキャリアにつながっている方々ですね。
おふたりの話を聞いて「自分もそういう方法で、何かできないかな」と感じて。そこでカツセさんが「いまブログを始めるなら、LINE BLOGが面白いですよ」って話されてたので、私も思いきって始めてみたんです。
──どんなことを書こうと?
最初は日常のこととか、他愛のない内容を書いてました。ある時、「恋愛×食」というテーマでコラムを書いたら、結構バズったんです。それで「好きなことを書いて喜んでもらえるの、面白いな」って感じて。
その後も同じテーマで書いたら、3回くらい続けてたくさん読んでもらえました。そしたら、とある編集者さんが記事にコメントをくれて、その縁からライターの仕事を始めることになったんです。
──それは、ブログを始めてからどれくらいで?
会社を辞めたのが2016年の8月で、ブログを始めたのが12月頃。初めてライターの仕事をもらったのが、翌年の2月くらいです。それから少しずつ、ライターの仕事も増えていって。2017年の8月にバイトを辞め、フリーランスとして独立しようと決意しました。
片想いとペシェリーゼ
それで「独立します」ってことを周りに報告していたら、当時お世話になっていた編集ライターの先輩が「お祝いをしよう!」って声をかけてくれて…。
──それがさっき言ってた「片想いの先輩」?
そうなんです。で、連れてこられたのが、この店(取材場所)でした。私がビール嫌いなの知ってて、わざわざベルギービールのバーを選ぶんですよ?
──うっわ、ドS(笑)
でも、あの時の衝撃は今でも覚えています。最初に「ペシェリーゼ」というフルーツビールを出してもらったんですけど、ボトルがすごく可愛くて、ラベルのイラストはおしゃれで、グラスもチューリップ型で素敵で。
飲んでみたら、今まで知ってたビールとまったく違う。甘くてやさしくて「美味しい…こんなのビールじゃない!」って思いました(笑)
──ああ、先輩はそれを飲ませるために連れてきたんですね。
そうだったんですよ。「オレ、もうすぐ結婚するから、妹みたいな可愛い後輩とこうやって飲む機会も減ると思ってさ。今のうちに、記憶に残るような体験を餞別に…って企んだの」って。
──え、結婚??
実は、少し前に「婚約した」って報告をもらってたんですよ。だから告白すらさせてもらえなかったし、多分向こうは私が好きだってこと、気付いてたと思うんですよね。
でも、先輩とこのお店のおかげ…というか策略で(笑)、ビールの多様性に触れて、本当に感動して。そこから一気にクラフトビールの世界にハマっていきました。
──世の中には、多様性のあるものって、いっぱいありますよね。その中でも、なんでそこまでビールに魅了されたんだと思いますか?
タイミングとエピソード、ですね。あの時は失恋した衝動から「これをバネに何かに打ち込みたい!」と思っていたり、「大好きな飲食の領域でできることはないか」と模索していたりして。
そういうタイミングで、マイナスから一気にプラスに振れるような、固定観念を壊される体験をさせてもらった。このエピソードが心に焼きついている限り、私はずっとビールから離れられないんだろうなと思います。
失恋や敬愛から生まれる、情緒的クラフトビール
──今では会社を立ち上げて、「BEERful」というクラフトビールブランドをプロデュースされていますね。
はい、「物語(ストーリー)から生まれるクラフトビール」がコンセプトです。たとえば、最初につくった「梨花一心(りかいっしん)」というビールは、さっき話した私の失恋がモチーフなんです。そこから「どうしようもないほどの悲しみを味わう夜」に飲みたいと思えるビールをつくろうって。
──渡部さん自身の物語が、ビールづくりの出発点になっていると。
私にとって自分がつくるビールは、商品というより「作品」なんです。たとえば…すっごく個人的な話ですけど、私は米津玄師さんの創り出すものがとても好きです。彼の歌って、社会に対してのメッセージがギュッと詰まっているなと感じていて。
いい歌やアートって、そういう風に作り手の思いやメッセージが伝わってくるものじゃないですか。私はそれを、ビールで表現している。だから「飲めるアート」みたいなイメージも持ってもらえると、うれしいなと思っています。
──単純に“飲む”以外の味わい方も提供しようと。食の多様性が広がるような発想ですね。
いろんな楽しみ方があっていいと思うんです。いま売り出している2作目の「苺花一愛(まいかひとめ)」は…これも当時の片想いというか、すごく尊敬している人がいて。“恋”というより、“愛”に近い感情で。
そこから「大切な人と一緒に飲む“敬愛”の気持ちを込めたお酒をつくりたい」って気持ちからできた、いちごフレーバーのビールなんですけど。
──素敵ですね。
買ってくれる人はホントにさまざまなんですよね。作品として気に入ってくれる人、いちご農家さんを応援したい人、クラフトビールが好きな人、大切な人への贈りものにしたいって人もいて。
そういったビールの楽しみの多様性は、大事にしたいです。作品として思いは込めるけど、だからと言って押し付けないように。いろんな角度から味わえるようなビールを、BEERfulとしてつくっていきたいです。
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前編はここまで。続く後編では、渡部がBEERfulを通して目指す社会の在り方や、100BANCHから受けた影響などについて、お話を掘り下げていきます。
(写真:小野 瑞希、場所協力:ブラッセルズ神楽坂)
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