iKasa
「傘をシェアする新しい時代を一緒に創りませんか?」
突然の雨に降られて、「家には何本もあるのに」と玄関の傘を思い浮かべながらビニール傘を買ってしまう。そんな経験をした人は少なくないでしょう。
日本における傘の年間販売数は世界一で、約1億3000万本といわれています。そのうち6割の8000万本をビニール傘が占め、5000万本が廃棄されているという見方もあります。
「本当にほしいのは、傘そのものではなく、“濡れない体験”のはず」
そう語るのは、傘のシェアリングサービス「アイカサ(iKasa)」を立ち上げた、丸川照司(まるかわ・しょうじ)。アイカサは、好きな時に借りれて、どこでも返すことが出来る日本初の傘シェアリングサービスです。
「昔は、雨が降ったら傘を買ってたんだって、ありえないよね」そんな会話が交わされる未来を思い描く丸川が“傘シェアリングサービス”で起業した経緯には、彼の生い立ちや葛藤から導き出された、“自分にとっての幸せ”を表すひとつの形がありました。
──現在、どんな場所でアイカサを借りられるんですか?
都内は渋谷や上野、品川を中心に200か所近くのスポットがあります。駅やコンビニやビルを中心に、約200箇所、約3000本を運用しています。その他にも、福岡市にて西日本鉄道やPARCOなどでも1000本ほど展開をしています。(2019年6月時点)
まだ目指している数字の1%も満たしておらず、ひとつの目標として、外国人観光客が増える2020年までに3万本を超えたいと考えています。国内だけでも大量の傘が廃棄されているなか、観光客が急増する。観光中にビニール傘を買ってもゴミになってしまうだけだし、第一ずっと持ち歩くのは不便ですよね。そういった方たちの負担軽減にもなるはずだと見込んでいます。
──ここ1年、日経新聞やフジテレビ、テレビ東京など、多くのメディアでアイカサが取り上げられています。反響はありましたか?
見る人が多い時間帯のTV番組の放映直後は、やはりウェブサイトを見てくださる方や導入のお問い合わせもかなり増えてきました。ただ、なんとなくニュースを見た人が、直接利用してくださることは、まだなかなか難しいのではと思っています。
ユーザーの身近な場所、たとえば、提携させていただいているメガネスーパーやローソンのLINEネットワークなどは、多くのユーザーにダイレクトで届くので効果がより大きいかもしれません。それぞれの店舗で傘を使う可能性がある人に、直接情報を届けられるチャンネルは利用を促進する効果が高いと思います。
LINEアプリでアカウントを登録し傘の柄についたQRコードを読み取ると、傘のカギを外すための3ケタの数字が表示され使用が可能に。
アイカサの傘立てであれば、借りた場所でなくとも返却が可能です。
──現在、100BANCH内ではアイカサのメンターを渋谷区長の長谷部健さんが務めています。長谷部さんとはどのようなコミュニケーションを取られていたのでしょうか。
大変お忙しい方なので、だいたい2ヶ月に1度、20分ほどお話する機会があります。雑談は一切なしで、進捗を報告したり、渋谷区の施設でアイカサを導入できないかという提案をしてきました。
決断の速い方なので、やるべきだと思ったことは即OKを出してくれるんです。導入が進んだ事例もあり、問題意識を共有できる方とお話しができると、スピードは段違いだとあらためて感じました。
もっと、渋谷区を、“傘がいらない街”と言えるくらいにどんどん広げて、傘を手軽に使える街にしたいです。それはまた、別の機会に提案してみようと思っています。
──そもそも傘のシェアリングサービスで起業しようと思ったきっかけは、どんなことだったんですか?
振り返ってみると、日本でタイムズのカーシェアを使ったことが原点かもしれません。家の近くにあって、単純にすごく便利だったんですよ。まだ“シェアリングエコノミー”なんて言葉も浸透していない時期で、「クルマ、ぜんぜん買わなくていいじゃん!」って感動に近い気持ちがあったのを覚えています。
そこから、2017年以降、アジア各国でシェアリングサービスがどんどん生まれている事例を見て、そういえば台北にもシェアチャリがあったよな、マレーシアでは当たり前のようにUber(ウーバー)を使ってたなって思い出していって。インドネシアでは、バイクタクシーを呼ぶGOJEK(ゴジェック)が急速に成長していたり。
中国でも傘のシェアリングが10社以上立ち上がっていたので、それを見て、日本でもやればいいのにな、と思ったんです。ちょうどその頃、日本ではメルカリのシェアリング自転車が話題になっていたので、「傘のシェアリング、やる人いないのかな」ってFacebookに投稿したんです。調べても同業が一社もなかったし、たまたま同じように傘のシェアやりたい人が記事を投稿していたので、一緒にアイカサを始めることにしました。
──丸川さんは日本と台湾のハーフであるとお聞きしました。起業のヒントになったアジアのビジネス情勢に詳しいのは、生い立ちや住んだ国で得た経験によるものでしょうか?
生まれは日本で、6歳までは数ヶ月単位で台北と日本を行き来していました。6歳から10歳まではシンガポールに住んで、その後は日本に戻り、大学も日本です。シンガポールでは現地校に通っていたので、いろんな価値観に触れた経験はありますけど、当時はビジネスのことなんてまったく考えたことがなかったし、意識が高いほうではなかったので、あんまり関係ないと思います(笑)。
ただ、家庭環境はその後の考え方に大きく影響しているかもしれません。
──どんなポイントが影響していると感じますか?
母が台湾人で教育熱心なんです。レベルが高い教育を受けるために、シンガポールに無理やり連れて行かれたり、週8で塾に通わされたり。無理やりレールを引かれるのがすごくイヤで、中学に入るタイミングでけっこう激しい反抗期を迎えました。
恥ずかしい話ですが、家の壁にいくつも穴を開けてしまったり、他にも人には言えないことが多いんですけど……。いろいろやらかしてましたね。
自分が家庭環境で悩んだ経験から、18歳で児童福祉の分野に興味を持ちました。その分野の講演会やワークショップ、児童相談所の一時保護所のボランティアなど、いろいろ勉強していくうちに、NPO法人フローレンスの駒崎弘樹さんの本に出会ったんです。ボランティアだと、活動の維持が難しい場合が多いですが、フローレンスのように社会的活動でも事業性を持ったところもあるんだと知って、ビジネスにも興味が出てきました。
──漠然と、社会起業家のような道を目指すようになった、と。
はい。起業という選択肢が頭に浮かんでからは、大学を休学して「自分にしかできないことってなんだろう」と、よく考えるようになって。自分の反抗期が激しかった経験から、子どもの反抗期のカウンセラーができるんじゃないか、と思ったんです。
思春期のちょっとした誤解やコミュニケーション不足で大きくこじれることもあると、自分が痛感してきたからこそ、それを伝えることで解決できる事例もあると思い、1年近く続けました。ブログで発信したり、依頼を受けてカウンセリングをしてたのですが、ビジネス的には厳しかったので、同時期に家電量販店でセールスの仕事を始めました。
営業成績はかなり良かったんですが、そのまま就職したいという気持ちになれず、大学で専攻した化学にもそこまで興味を持てず、このまま復学しても意味がないと思って、マレーシアに留学しました。
──ビジネスにおいて、一番やりがいを感じるのはどんな瞬間ですか?
大きな導入の話が決まったり、資金調達が決まった瞬間は快感かもしれないですけど……。いや、それぞれのステップに挑戦していること自体が楽しいのかもしれないです。
この1年を振り返ると、日々後悔しかなくて。ビジネスについて無知だった。無知だったからこそ動けたことはありますけど、浅かったなと思っています。
1年前サービスを始めたばかりの頃に、ビジネスには“仮説検証”が大事だって言いながら、いろんなことをやっていました。雨が降った日に駅前で返してもらうあてもなく傘を貸したりしてたんですけど、そんなの受け取るに決まってるじゃないですか(笑)。言葉の意味もわからないまま、「仮説検証をしなきゃ」と仲間と言い合って、意味を理解せずに公式を使っていた気がします。
そこから1年、投資家の方と会ったり、いろんな事業例を見て学んで、徐々に勉強を繰り返す。その積み重ねをしているつもりなんですけど、来年の自分から見たら、今の行動もきっと後悔ばかりのはず。自分が学び続けるために、戒めを持って“後悔”という言葉を使っています。
──傘以外のシェアリングビジネスにも参画予定なのでしょうか?
いいえ。そもそも、シェアリングエコノミー自体に強い思い入れはないんです。他のシェアリングビジネスにつながりそうなテーマは、すでに他の人が始めていると思いますし。
最初の起業で興味を持ったきっかけが、「自分のように、家庭含む社会の環境で悩む経験そのものをなくしたい」という気持ちが強かったので、おそらく“社会の変なところ”を変えたいという欲求が強いんだと思います。改善したほうがいいポイントが、社会にはたくさんありますよね。
例えば営業のお仕事をしているときに、行き過ぎた資本主義を感じる場面があり、それってどうなんだろうと思うことがありました。
また、海外の観光地で1ドルのミサンガを売っている子どもたちを見て、モバイルバッテリーを売ったほうが何倍も利益が多く、買いたい人が多いんじゃないかと思ったこともありました。児童労働をいきなり0にすることは難しいけど、今の現状を改善することは色んな手法があるように感じました。
こういった「現実と理想のギャップ」が大きい問題の中で、いちばんピースが上手くはめられそうだと感じたのが「傘」だったんです。
傘は欲しいときに手元にないのに、家にはどんどん貯まっていく。600円払って、買ったあとはゴミになる。非合理的なポイントが大きいのに、シェアリングというアイデアですべてのピースがハマる。インパクトの大きさのわりに、自分でもできる可能性があると感じたんです。
──それだけ気づけることが多いと、100BANCHのプロジェクトメンバーにも「もっとこうすればいいのに」と感じることもありますか?
いや、ぜんぜん思わないですね。人それぞれに、幸せな生き方があると思うんです。起業に限らず、どんなプロジェクトでも、その“山登り”の途中が楽しいと思うか、キツいと思うか、人それぞれのはずだから。楽しいと思うことは、人によって違いますよね。
もちろん、起業している友人たちを見て、掲げたビジョンを早く達成してほしい気持ちから、「こうしたらもっと早く進みそう」「ちょっと手伝ってみたい」と思うことはありますけど、やらない理由は本人たちが検討しているはずですし、その人にとってそれが必ずしも幸せな選択肢ではない可能性もある。それぞれの人が、自分にとって幸せな生き方をするしか無いんだと思います。
──では、仮にアイカサが拡大して大きな利益を得たとして、その金額よりも次のステップに進めることが楽しいと感じるのでしょうか。
ビジネス的にもいろんな仕掛けができるはずなので、お金はたくさんほしいですけど(笑)。ただ、アイカサが上手くいったとしても、次の事業を始めたい気持ちになると思います。
事業を大きくできたら、財団を創ったり、多くの人たちと一緒に新しい事業をするなど、社会の中にある理想と現実のギャップを埋めていきたいですね。今後もいろんな人たちと一緒に、社会のなかにある理想と現実のギャップを埋めていきたいです。
(写真:中込 涼)