
「獅子舞の生息可能性から、未来の地域のあり方を考える」100BANCH実験報告会

「人が獅子頭をかぶる時と、かぶらない時で人とのつながり方が変わるんです」
人間はなぜ集うのか、どのようにコミュニティを形成するのか。獅子舞は集団をどうやって変容させるのか。稲村行真は獅子舞を通して未来の地域のあり方を見つめ続けています。
稲村は、2022年6月にGARAGE Program59期生「獅子舞生息可能性都市」として100BANCHに入居。入居前から取り組み続けてきた獅子舞研究の知見を活かし、渋谷に獅子舞が生息するとしたら道順、舞い方、獅子のデザイン等はどうなるのかというテーマのもと、リサーチから獅子舞の制作、実際に演舞を披露するところまで取り組みました。その後も獅子舞の研究を続け、獅子舞にとって住みやすい地域を考えることで、未来の地域のあり方を見出していくことに取り組んでいます。
そんな稲村が、これまでの活動や100BANCHとの関わり方、想いを語りました。
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稲村行真|獅子舞研究家 1994年生まれ。中央大学法学部卒業。東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修士課程修了。獅子舞研究家、文筆家、加賀市獅子舞を応援する会顧問(石川県)、獅子舞ユニット「獅子の歯ブラシ」所属。埼玉県白岡市獅子博物館奨励賞受賞(2023年11月)。日本全国500件以上の獅子舞を取材して記事を執筆している。『ニッポン獅子舞紀行』(青弓社)、『獅子舞生息可能性都市』(100BANCH)。 |

稲村:獅子舞研究家をしている稲村行真です。毎週のように獅子舞を取材をしては記事にしています。これまで500以上の獅子舞を取材してきました。富山県に獅子舞が盛んなエリアがあって、先日はそこへ行って10箇所ほどの獅子舞の現場を渡り歩いて動画と写真を撮らせてもらい、どういう風に獅子舞を継承しているのかなどインタビューをしてきました。それらをブログや記事にまとめて発信しています。普段の仕事はライター業とカメラマンが多く、獅子舞のお祭り、地域のイベントのカメラマンやライターをしたりと色々なところで仕事をしています。
100BANCHには、59期生として2022年から入居させてもらっていて、それから4年間、ずっと色々と関わらせていただいています。私は日本各地や海外で獅子舞を制作して演舞する「獅子の歯ブラシ」というユニットで活動しているのですが、その一環として、「渋谷の獅子舞をつくろう」というプロジェクトに取り組みました。もし渋谷に獅子舞がいるとしたらどういう姿をしているか。そんな問いから、リサーチを重ねて獅子舞を制作していました。さらに、その渋谷の獅子舞とは違う形で、「100BANCHの獅子舞」も制作しています。こちらは100BANCHという場所そのものを表現する獅子舞で、100BANCHの色々なプロジェクトの要素を組み合わせてつくりました。例えばバイオ系のプロジェクトからもらった実験の痕跡や、100BANCHのチラシを使っていたり、畳のプロジェクトにもらった畳の破片もついていたりします。これで街を舞い歩くと、それを見た人が「100BANCHってこんな場所なのか」と想像してもらえるような獅子舞です。

稲村:2024年には「ニッポン獅子舞紀行」という本を書かせていただきました。全国500箇所以上をまわった中から厳選した32の獅子舞を盛り込んでいるもので、獅子舞とは何かを語るときにどうしたらその輪郭が描けるかを考えながら、北海道から沖縄まで全国の獅子舞を掲載しています。獅子舞は、「家に悪いものが入らないように」とか「火事が起こらないように」など、厄払いのような意味があります。獅子舞が噛むことが「何かを払うこと」につながっているんです。神社でお参りをするときに手をパンパン叩くのと同じような感覚で、昔の人は獅子舞をはじめたんだと思います。
獅子舞を通して僕が知りたいことは「人間はなぜ集うのか」「どのようにそのコミュニティを形成するのか」「獅子舞がその集団をどうやって変容させるのか」ということです。人が獅子頭をかぶることで、人とのつながり方が変わったりするんです。僕は人見知りなのですが、人としゃべるのが大変だと思うときには獅子舞をかぶって頭を噛むと、ちょっと仲良くなれるようなこともあります。土地の環境と獅子舞の造形や舞い方がどういう風につながっているんだろうか、獅子舞はどのように街に定着しているのだろうか。普段からそういうことを考えています。
稲村:獅子舞に関する仕事も調査、執筆、撮影など色々とあります。例えば、お祭り関係の企業などから「この地域の獅子舞を調査してください」という依頼や、「全国の祭りに関する団体を集めて継承に向けた会議があるので資料を作成してください」という依頼などがあり、その情報をWebや新聞、書籍などを通じて発信しています。

稲村:その他の活動として、グッズの販売、YouTubeの配信やガイドツアー、獅子頭をつくるワークショップをやってみたりもしています。そのように認知を広げて、信頼を積み重ねています。ライターとしては「オマツリジャパン」など色々なところで執筆しています。また、毎年春に石川県加賀市で「加賀市獅子舞春祭り」を企画・開催していて、今年で4年目となります。加賀市は全国の中でも本当に獅子舞が多い、密度の高い地域です。そこの獅子舞を1箇所に集めて舞いを見て違いを見つけたり、お互いの頑張っているところを真似て自分たちにも取り入れたりとか、そういう刺激をし合える場所にしています。企画書を書くのは僕ですが、実行するのは地域の方で、お祭り団体や公民館、自治体の観光課や文化課の方々と一緒に運営しています。他には写真展や獅子頭の展示、小学校でのワークショップなども実施しています。また街の獅子頭を一覧で見られるクリアファイルをつくって販売したり、最近では、様々な地域の獅子頭をかたどったチェーンホルダーのガチャの制作に協力したりしました。
稲村:獅子舞は全国47都道府県に「生息」していて、皆さんが住んでいる都道府県にも少なからず獅子舞がいます。石川県、富山県、香川県は獅子舞がすごく多い地域です。逆に少ないのは、山口県や滋賀県、北海道、鹿児島県などです。ただ、これはあくまで「どれだけの数があるか」ということで、伝承の数や密度だと、少し数字が変わってきます。密度でいえば、鳥取県がかなり多くて、獅子舞に関わっている人が実は多い、というデータもあります。近年は、獅子舞の担い手が不足していてなかなか受け継げない地域も多いです。隣町から担い手を募集していて、北アルプス山奥の人口100人ほどの村が、市街地の松本市の方から人を集めることもあります。

稲村:地域によっては「獅子舞お断り」の看板をつくって、獅子舞を拒否しているところもあります。戦後によくあったそうですが、地域の暴力団やヤクザの人たちが獅子舞をかぶってやって来て勝手に舞って金銭を要求するようなことが起こっていたそうです。それが元で、獅子舞お断りの看板がつくられたりしました。東京や帯広、名古屋、呉などでも多く見られます。

稲村:また、獅子舞が多様性の方向に進む地域と、同じような獅子舞がポコポコと生まれる地域といった違いもあります。例えば、石川県加賀市の場合、漁村や温泉街、城下町、農村宿場町、山村、と色々な地域がありますが、地域ごとに祈りの形が違い、人の気質も違うので、それぞれ違った多様な獅子舞が生まれています。そういう獅子舞が各地に散らばっているのですが、街道沿いに人が動いたとか、北前船が伝えたとか、堤防改修の人たちが堤防工事に来たとか、明治時代に働きに来た人がいたなど、色々な要因が考えられます。
——「獅子舞の生息」「獅子舞が住んでいる」と、稲村が獅子舞を生物のように語る発想の原点はコロナ禍にありました。
稲村:コロナ禍では、祭りが中止になってしまい、「これから3、4年活動できなかったらもうやめようか」という地域も多くて、獅子舞が見られない時期がずっと続きました。ですが、そんな中でもいろんな地域に出かけて、「この街で獅子舞が動くとしたらどういう風に動くだろうか」と街回りの経路や舞い方を想像するようになりました。例えば、広場があっておもちゃが置かれているような場所だと、すごく伸び伸びと舞えそうだなという感覚になったり。バリアフリーの考え方にも似ているかなと思うのですが、地下へ潜っていく空間や、段差があったりすると、舞うのは少し難しそうだな、と感じます。ラーメン屋で食事している人を見て、高さ的にもちょうどいいし、頭を噛みに行きやすそうだな、と考えたりもします。
そんな風にして、獅子舞が舞うとしたらどのように辿っていくか、という図を描くようになりました。ここは商店街の商業空間が多そうだな、この神社からスタートするとスムーズに回れそうだな、といった感じです。そして、ただ考えるだけだと面白くないので、2022年に3人組の獅子舞ユニット「獅子の歯ブラシ」を結成し、実際に獅子舞をつくって舞い歩くという実践をはじめました。

稲村:まずは対象地域を定めて、その地域に2週間ほど滞在し、リサーチをしながら生活します。土地の素材を採集し、例えば、林業が盛んな土地だったら、木をたくさん集めて獅子舞をつくり、演舞を行い、どのように舞い歩いたら面白そうか考えて舞います。最後は、獅子舞の葬儀として、海に流すか焼くかして次の土地に行く、という活動をはじめました。

稲村:最初につくったのが、秋田県五城目町のシシです。林業が盛んな地域で、五城目朝市という商業空間があるので、それをうまく活用し、木や葉っぱを使って林業をイメージしたシシをつくりました。

稲村:五城目町のシシは2022年6月のことで、100BANCHにはその月に入居しました。2ヶ月後の8月には渋谷で2頭目となる獅子舞を制作して、10月には100BANCHのサテライト実験フィールドである徳島県神山町で、合宿をしたり、100BANCHに紹介していただいて神山町に滞在したりしていました。
渋谷の109の前で舞った際には、開始5秒で警備員に止められ「ハチ公前ならいいよ」と言われてハチ公の方に移動するといったことがありました。
稲村:しかし、徳島県神山町では、受け入れ許容度がまったく違うというか、普通に舞っていても、自然であるかのように受け入れられました。
稲村:神山町のおばあちゃんには「ありがとうございます、すごいね」と感謝されました。渋谷のときは、ファッション性を意識して獅子舞をつくったのですが、神山町では田んぼで稲刈りをしたり作業も手伝いながら獅子舞をつくりました。竹刈り作業もしたので、シシに竹もついてます。
このように様々な土地で舞うことで獅子舞の「生息条件」が見えてきました。例えば、空間の余白がないと獅子舞が舞うのは難しいです。庭があったり、玄関までのアプローチや歩道の広さも関係してきます。また、時間の余白も必要です。獅子舞は、娯楽としてはじまっており、時間を持て余した木こりさんたちがはじめたり、休日にやることがなくて舞ってみようかという感じではじまったり、仲間内で楽しんでいたものが街のものになっていったような歴史があります。
あとは、他者への寛容性です。神山町での様子を見ていると、獅子舞が舞っていても、そこまで気にされないというか、あまり咎められません。経済的な余剰もある程度必要だったり、高低差の少なさも重要です。階段やエレベーター、坂があるとけっこう大変になります。これらが獅子舞の生息条件としてあるかなと思っています。2023年に「獅子舞生息可能都市」という本を100BANCHでつくらせてもらったのですが、その中で詳しく解説しています。

稲村:100BANCHでは、2023年から3年連続でナナナナ祭で獅子舞をつくらせてもらっています。1回目は「100人入る大きな獅子舞をつくろう」ということで究極の参加型の獅子舞をつくりました。2回目は、ちょっとコンパクトになったり、3回目は光らせてみたり、渋谷という土地の文脈や、100BANCHにどうやって接続していくかを獅子舞を通して色々と考えてきました。現在は100BANCHの事務局としても関わっていて、大阪・関西万博の企画をしたり、カメラマンとして関わらせてもらったり、本当にお世話になっています。
——獅子舞を通してコミュニティを俯瞰してきた稲村にとって、100BANCHはどのような場所に見えているのでしょうか。

稲村:僕は、100BANCHは「未分化な卵」のように捉えています。まだそれが男なのか女なのか、赤ちゃんなのか恐竜なのか、わからないような卵がそこにあって、それを受け取る器があって、何者かわからない者たちが、でもすごいエネルギーで色々なことをしているみたいな場所、という感覚です。泡がポコポコ湧いているようにも見えます。渋谷という土地自体がそういう性質を持っているところがありますが、100BANCH自体も同じ性質を持っているんじゃないかと思っています。
僕は普段、獅子舞を取材して文字に起こして、ということを繰り返していて、獅子舞やコミュニティを俯瞰して見ていることが多いです。100BANCHに来ると、人間らしさというか、なんか人間がいるなあ……と感じて獅子舞の気持ちになっていることが結構あります。100BANCHは「人間がここにいるんだ」と思わせてくれる場所です。
今回のお話の内容は、YouTubeでもご覧いただけます。