培養肉技術から生まれた、身体を育む培養液エナジードリンクをつくる
A cultured energy drink
培養肉技術から生まれた、身体を育む培養液エナジードリンクをつくる
日本最大級のデザイン&アートフェスティバル「DESIGNART TOKYO」に今年も出展した100BANCH。GARAGE Programに集うプロジェクトの中から、今年は「生物×アート / 自然×デザイン」をテーマに若手クリエイターの作品を展示するとともに、関連イベントも開催しました。
10月25日には、100BANCHにどんどん増殖中のバイオ関連プロジェクトのメンバーたちが集合。普段の生活の中ではあまり目に止まることのない生物や細胞、細菌などへのあくなき探究心を語り尽くしました。
登壇者(沼への案内人) 田所 直樹 | A cultured energy drinkプロジェクトリーダー/細胞研究・食品開発担当/GARAGE Program68期生 川又 龍人 | PxCellプロジェクトリーダー/株式会社PxCell代表/GARAGE Program72期生 篠原 祐太 |Cricket ramenプロジェクトリーダー/ANTCICADA 代表/GARAGE Program11期生 則武 里恵|100BANCH発起人/オーガナイザー |
——この日のイベントでは、ANTCICADAの篠原が様々な昆虫ドリンクを準備していました。
・タガメウイスキー(or タガメハイボール)
・蚕沙どぶろく
・タガメコーラ
・カメムシジンジャエール
・桜毛虫の糞のお茶
篠原:今日は「生き物の沼を語り合う会」ということで、まずは虫のフェロモンなどを感じながら生き物を語り合えたらと思います。地球、街、生き物たちがたくさん暮らす地球の未来に、乾杯!
——登壇者、会場の参加者各々が好きなドリンクを手に取り、篠原の乾杯のあいさつでイベントがスタートしました。
田所:私は100BANCHでバイオの研究をしながら、趣味で培養液を研究しています。趣味で所属している組織では特に培養肉を研究しながら、スピンアウトベンチャーでフォアグラをつくったり、NPOを立ち上げて国との培養肉に関するルールメイキングをしたり、学会に参加したりしています。100BANCHでは、再生医療の技術をつかったエナジードリンクをつくって学会で発表したり、今日登壇する川又さんと一緒に光るうどんをつくったりしています。開催中のDESIGNARTでは、アーティストの古山寧々さんと一緒に「人魚の肉」という作品を展示しています。
川又: PxCellの川又です。ぼくはいろんなことをやっていて、その時々で肩書きが変わるので、何者なのかわかりづらいのですが、田所さんたちと「100BIO」を掲げ、100BANCHでいろんなバイオにまつわる活動をしています。「PxCell」では、アイドルの口の中から細胞を採取してリングにして販売しています。最近は細胞からDNAを採取して宝石に組み込むペット向けのサービスだったり、盆栽の中に盆栽職人のDNAを組み込んだりしています。また、牛の胃の中にあるルーメン菌をつかって湖などの藻を除去する研究など、いろいろとやっています。
篠原:ぼくは4歳の頃から虫を食べはじめました。それにハマった理由はおいしかったからというよりは、食べることを通じてその虫の人生を味わえた感動が大きかったからです。今日、お茶として持ってきた桜の木にいる毛虫ですが、はじめて食べた時、すごく上品な桜餅の味がして心を打たれました。「この毛虫も自分と同じように食べて暮らしていて、回り回って今この世界が成り立っているんだ」と実感して幼いなりに感動しました。そういった感動や喜びを感じさせてくれるのが自分にとっては食べる行為だったのでどんどんのめり込んでいきました。
世間では昆虫食はどうしてもネガティブな印象がもたれがちですが、虫に触れるきっかけがつくれたら、と活動をしています。東京の馬喰町に店を構え、コオロギで出汁をとったラーメンを出しています。最近はラーメンに使う醤油や香味油もコオロギを使ってつくったり、麺に練り込んだり、様々な角度からコオロギでラーメンをつくりあげています。ラーメン以外でも旬の昆虫をふんだんにつかったコース料理も提供しています。
昆虫自体に魅せられたのが1番の動機ではあるんですが、食のパワーみたいなものをすごく信じていて、「自然や生き物は全てつながっています」といった話をするより、1回コオロギを食べてもらった方が、次の日、外に出た時の景色が変わると思うんです。桜の木の毛虫も実際に食べてみると、上品な桜餅具合に誰しも驚いて感動すると思うんですが、一口食べるだけでこれまでは気持ち悪いと思っていた毛虫が、食べたらけっこういい香りだったな、と見え方が変わっていくことがたくさんあると思います。そういう冒険のような食体験をつくっています。
則武: 虫は目に見えるので、興味を持って好きになるのはわかりますが、バイオチームの2人はなんで細胞が好きになったのですか?
田所:私がバイオに沼ったきっかけは交通事故にあったことです。命を救われたので私も人を救いたい、と思って医療の世界に足を踏み入れました。そこでずっと心臓の研究をしていましたが、心臓はまだまだ未知のことが多いんですね。細胞は目に見えないようで、生物はみんな絶対に細胞には携わっているし、探るほどに面白いことがどんどん見つかるので、ハマっていきました。
川又: ぼくは元々医療従事者の家系に生まれ医者を目指していたんですが、ひょんなことから美大に進学しました。卒業制作で、将来的に細胞が理解されるんじゃないか、というテーマで作品をつくって、今もそれをベースに活動しています。細胞は目に見えないけれど、それがアクセサリーになっていたらちょっとフェチいよね、という興味から始めたので、どちらかというとカルチャー目線ですね。
田所:篠原さんの話と川又さんの話、けっこう共通していますね。篠原さんは自然のありがたみを取り入れたり伝えたりするためのハブとして昆虫に着眼されてると思ったし、川又さんのリングの話もマッドに聞こえるんですが、よくよく聞いてみると面白いんです。例えば私の細胞リングを川又さんにあげるのは、ちょっと驚かれると思うんですが、川又さんの奥さんの細胞をリングにして渡すと、みんな「すごくいい」って言うと思うんですよ。川又さんは細胞をある意味、人と人をつなげるためのツールとして使っていらっしゃるなと思って。
——自己紹介、インプットトークを終えた登壇者たちによる自由なクロストーク、まずはイナゴの話からスタートしました。
田所:東南アジアとかでも昆虫を食べる文化はありますが、日本は意外とないですよね。そこって何か理由があるんですか。
篠原:日本も100年前の文献では全国25都道府県で140種類ぐらいの昆虫が食べられていた、というデータがあったり、イナゴは有名ですが地域によっては昆虫食の文化は意外とあるんです。かつては稲を守るために害虫のイナゴをとって佃煮、保存食にしていましたが、今はイナゴがたくさんいる環境がないんですね。今でも長野県の道の駅などではイナゴの佃煮が売られていますが、9割9分は中国からの輸入イナゴを使っています。そのぐらい、日本の自然環境はイナゴにとって住みづらいものになってしまいました。
川又: 中国産と国産のイナゴ、味の違いがあったりするんですか?
篠原: どちらもお米を主食としているので大きな味の違いはありません。うちのお店でも量が必要なときは中国のイナゴを使います。田んぼに限って言えば、中国の方が日本よりも豊かな自然環境が残ってるということになるので、少し複雑な気持ちですね。米の収量が下がるのは農家にとって死活問題なのでイナゴに食べられないよう守るのは当然のことですが、そういった理由がないところでも、虫の領域では同じようなことがたくさん発生しています。例えば、ここ20年ぐらいで、都内の公園の桜の木にたくさん殺虫剤を撒いているので桜の木の毛虫は本当に数が少なくなっています。実際、毛虫には毒はないですが、毒があるように見えるからという理由でめちゃくちゃ目の敵にされて駆除されています。
則武: 毛虫がいなくなることで不都合はないんですか?
篠原: 生態系レベルでは毛虫を捕食する生き物の餌が少なくなった、ようなことはありますが、被害が目に見えるレベルではないと思います。ぼくはあの毛虫を見つけるため都内の公園をひたすら自分の足でリサーチしたりはしていますね。
則武: 農薬が撒かれていないからこの公園は毛虫がいる、とか知っているんだ?
篠原: そうですね、ここは自然に寄り添った公園なんだな、と。
則武: そういう観点から見ると、公園の見方が変わりますね。
篠原: 国立市などは市のホームページで「この桜の木にいる毛虫はモンクロシャチホコという毒のない毛虫なので殺虫剤は極力使いません」と発表していて、めちゃくちゃいいなと感動しました。
川又: バイオはまだまだ開拓されていないので、何かを掛け合わせることで新しいことができます。また、コミュニティとして、面白いことやりたい、という雰囲気や土壌がすでにあるので、そこにいろんな人が入ってきたら今の宇宙コミュニティに似た流れでいろんなことができるのかなと思います。
則武: 篠原くんが100BANCHに入居した時点で、昆虫食関連のプロジェクトが5、6プロジェクトあったよね。今、バイオがそんな感じで勢力を伸ばしています。ムーブメントと言ったら変だけど、今バイオが盛り上がっているということなのかな?
田所:そんな気はしています。コンピューターと昆虫食とバイオは似てるんですよ。コンピューターも昔2ちゃんねるが盛り上がったりとか、昆虫食もマネタイズできる前はみんな本当に好きだからやっていて。バイオもだんだんと産業化の未来が見えそうになってきながらも、好きだからやってる人が多いんです。黎明期だからこその面白さは似ている気がします。
則武: 篠原くんは昆虫食サイドから見てそういうフェーズとか感じたりする?
篠原: そうですね。5〜6年くらい前は昆虫食がブームでした。そこから数年経つと、本当に好きでやっている人もいれば、流行りそうだからやってる人もいたり、いろんな動機でやってる人たちが混在してるような時期で、面白い反面、同じ業界の人とは話が合わないことが多かったです。一緒にやりたいと思う人はほとんどが別の業界の人で、うちの商品も昆虫食仲間でつくったものは1つもありません。手段としての昆虫食、という点では一緒でも、昆虫食をやっている人たちのモチベーションにすごく振り幅があったのが面白さでもあり、難しさでもあった時期だと思います。
田所:バイオもそれに近くて、まだお金にはならないんだけれど、なりそうな気配がする、という感じで怪しい投資家や派手なことをやりたいちょっと胡散臭い人が近づいてき始めています。宇宙業界もそうですが、昆虫も今の話だといろんな属性の方がいるんですね。
篠原: その人たちも昆虫食に興味はあると思うのですが、生き物を食材として扱う以上、最低限のリスペクトや愛は持っていてほしいと思います。その意味で気持ちが萎えてしまう機会はとても多かったです。もちろん生産していく上で効率は大事ですが、やはり愛を持ってやっている人との方が気持ちよくやれますし、深いところで分かり合い掘り下げていける感覚は強くありました。あの頃がブームだったとすると、2年前ぐらいに昆虫食がSNSで炎上して、昆虫食業界はすごく大変な時期があり、それ以降ブームは一掃された状況です。大手メーカーさんの昆虫食関連の商品開発も、そこまではちょっとずつ盛り上がっていたんですが、あれを期に企業からの相談もほぼ0になりました。
そういう意味では、いまは分岐点にあるのかなと思います。SNSや報道でネガティブな印象で報じられるのがベースになると、それを上回るモチベーションや熱量がないとわざわざやりません。ハードルがすごく上がってどんどん畳んでいく生産者も増えたので、いい感じに下がってきたコオロギの単価も最近はちょっと上がったり、難しい状況だと思っています。でも、「なんか面白そう」ぐらいの気持ちでやっていることから何か生まれたり、面白くなっていくものもたくさんあると思います。
篠原:100gの肉をつくるのにめちゃくちゃお金がかかる、という話もありますよね。その辺、どういう形で乗り越えていくのか気になりました。
田所:細胞に関してはみんな規模の経済で動いています。1個の細胞は1晩で2倍になるんです。小さなタンクでつくっていると生産効率が悪いので、大きくするほど良くなる、という感じで動いてますね。2035年には100gの肉で80円ぐらいを、という未来を描いてみんな投資をしまくっています。フォアグラのような液体状のものだと、100グラム3,800円ぐらいでけっこう簡単につくれます。でも構造や食感を加えるのはすごく難しくて、2年前の時点でハム1枚をつくるのに15万円かかるという話でした。結局、いまは助成金で資金調達するか、大手企業がマネーパワーで賄うか、というのが正直なところです。
篠原: 肌感的にブレイクスルーはあり得そうですか。それともだいぶ厳しそうですか。
田所:ブレイクスルーはあると思いますが、もう何個か必要だと思います。AIや3Dプリンタも10年に1回ぐらいブームがあってブレイクスルーが起きるんですが、まだ浸透せずブームを繰り返しています。培養肉ブームでおいしさ、生産手法の破壊までできましたが、やはり価格が下がらないと買ってもらえません。次は価格の破壊が必要ですが、あと5〜10年ぐらいかかると思います。
則武: おいしくなるのかな。食べたことはありますか?
田所:食べたことはないですが、食べた話は聞いたことがあって、正直いうと、ちょっとそんなに…だそうです。私たちの関連の会社も、「旨味といえば脂肪でしょう」というロジックでフォアグラをつくってみたものの風味があまりなくて。面白いのが、脂肪細胞は増やしただけでは意味がなくて、増やした脂肪細胞が脂肪を蓄えることで風味が出るんです。おいしさについては既存の肉を模倣しようとすると難しいのですが、細胞の肉をレゴブロックみたいに組み合わせて考えると、筋肉繊維が鶏肉で、脂肪が和牛でできたヘルシーな肉ができたり。あと「龍の肉」をつくるような、今までにない第3の肉をつくるところに培養肉の面白みがあると思います。
——田所に紹介され、DESIGNART2024で出展している作品「人魚の肉」を田所と共同制作した古山寧々さんが登壇しました。
田所:バイオにみんながハマっているもう一つの理由は、専門性が高いように見えて、シナジー効果を得やすい点です。彼女は研究者ではなくアーティストですが、人間と非人間の境目についてすごく探求されています。
古山:多摩美術大学の大学院生で、電子工作や、最近はバイオアートをやり始めたところです。2階に展示した「人魚の肉」は、田所さんや「SHOJINMEAT」の方々に技術サポートしていただいてつくった作品です。私は人間と人間以外の関係や境界をテーマに作品をつくっていて、「人間と動物の関係はどうなってるんだろう」という疑問から「人魚の肉」が生まれました。動物との関係は可愛がるか、食べるか、の2つに分けられるんですが、人間はその境をどう決めるんだろう、というのがテーマです。
田所:作品では、左側は人間の細胞を育て、右側で魚の細胞を育てていて、それを組み合わせて、同じゲルの中で人間と魚の細胞がどんどん育っていっています。上半身が人間で下半身が魚の人魚はみなさん「人間っぽい」と言うんですが、AIに生成してもらった、上半身が魚で足が人間のようなものをみると、「人間じゃない」という人が多いんです。人間と非人間の境目って曖昧だな、とバイオの手法も使いながら探求しています。
川又: すごく気合いの入ったバイオアートですね。人間の細胞を培養するのは大変だし、なかなかできませんよね。
田所:ちなみに昆虫にもちらほらバイオアートがあって、私はゴキブリの死体に電気を流して足を動かす作品にショックを受けました。こういうのはどう思われますか?
篠原: それは知らなかったんで、そんなのもあるんだ、と思いました。でも、地球上には100万種類近く昆虫のなかまがいると言われているので、それぞれの種が持っている特性は、アートの面でもいろんな可能性が無限にあると思うので、それはそれで興味があります。身近な人体でさえ分からないことだらけかもしれませんが、虫の世界も同様に分からないことだらけで、何をやっても新しい面白さがありますね。
——最後に登壇者それぞれが、今、探求したいと思っていること、追いかけていることなどを紹介してトークを締めくくりました。
田所:自然で余ってるものの再利用です。牛は草を食べると胃の中でセルロースを分解するんですが、巷では余った服や紙の再利用みたいなところでセルロースが分解できなくて困っているんです。そういったものを分解しやすいようにして土に埋め自然に返そうという取り組みがあるのですが、私はその先があると思っています。牛がセルロースを分解する際にアミノ酸やメタンガスを生成するので、それらを活用することでより面白くできるんじゃないか、という自然の力、バイオの力を使う探求です。今進めている「人魚の肉」などのような、ファンタジーに関することをやりたいなと思っています。
川又:たくさんあります。来年はショコラティエになろうと思っていて、単なるチョコではなく、フェアトレードのカカオで透明なチョコをつくれないか、と田所さんに相談しながら進めています。また、ろうそくの芯が木でできた、焚き火みたいにパチパチ音がする「ハースウィック」というキャンドルがあるのですが、それをハックしようとしていたり、マウスの精子に水素をかけたらビチビチ動くのを生かして商品化することだったり、100BANCHで100のバイオプロジェクトを目指す「100BIO」など、いろいろありますね。
篠原: 今日もってきた蚕の糞のお茶は、山梨の富士川町にある、芦澤さんという養蚕農家さんのものですが、熱い想いで養蚕をされています。かつては全国に250万軒あった養蚕業も今は200軒ぐらいしかなく、絶滅しかけてる産業です。でも、そういう養蚕農家さんたちの想いを、特に芦澤さんと話してると「糞」に詰まっていると感じます。お茶を飲むプロセスの中で、そういう養蚕業農家さんの想いを巡らせられるような1つのお茶体験をつくっていけたらと思っています。また、ぼくは昆虫食を1つの選択肢としてあった方が豊かだと思い、やっているんですが、産業として続けていく難しさはすごく感じています。でも続けることにもすごく意味があると思うので、どんな形であれ長く続けていきたいと思っています。食べたいと思った人、興味を持った人がいたとき、その興味を120%広げていってあげられるきっかけはいつまでもつくり続けたいです。