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微生物多様性によって、健康で持続性のある暮らしをつくる:伊藤光平(株式会社BIOTA 代表取締役)

「人間が普段生活している都市は、『まったく何かわからないもの』と『微生物』に溢れているんだと衝撃を受け、私たちが普段暮らす場所の微生物の研究を始めました。」

そう話すのはGARAGE Program 8期生「GoSWAB」の伊藤光平です。伊藤は2018年3月に100BANCHに入居。都市環境において謎に包まれている微生物コミュニティを明らかにするというミッションのもと、公園や人がよく腰掛けている道路脇のガードレールなど、渋谷の街に生息する微生物のサンプリング・解析に取り組みました。その後、2019年に株式会社BIOTAを設立し、「室内の微生物の多様性を高める」というミッションを通じて、健康で持続可能な暮らしを目指し様々な研究解析や微生物多様性を高める空間施策の提案、ワークショップやアート作品制作など、微生物と共生するという文化醸成に取り組んでいます。

そんな伊藤が、微生物研究をはじめたきっかけや100BANCHでの活動、今後の展望について語りました。

伊藤光平|株式会社BIOTA代表取締役

1996年生まれ。都市環境の微生物コミュニティの研究・事業者。山形県鶴岡市の慶應義塾大学先端生命科学研究所にて高校時代から特別研究生として皮膚の微生物研究に従事。2015年に慶應義塾大学環境情報学部に進学。情報科学と生物学を組み合わせたバイオインフォマティクス研究に従事し、国際誌に複数の論文を発表。現在は株式会社BIOTAを設立し、微生物多様性で健康的な都市づくりを目指して研究・事業を推進している。

 

伊藤:こんにちは、BIOTAの伊藤です。このBIOTAという会社を設立する前にGoSWABという学生団体を運営していました。その際、100BANCHに入居し、現在の活動にもつながる様々な機会をいただきました。今日は100BANCHでの経験や私が考えていること、現在の活動についてお話できればと思います。

私は1996年生まれの27歳で、微生物多様性で健康な都市をつくろうとしています。山形県鶴岡市出身で子供の頃からコンピューターや自作パソコンが好きで、あまり学校に行かずに家でひたすらパソコンを作っていました。アクティブに自分のしたいことをやりながら過ごし高校に進学するんですが、そこで微生物の研究に出会います。

 

なんで勉強するんだろう?

伊藤:私が進学した高校はいわゆる地方の進学校で、偏差値教育がフィットしないという感覚がありました。そんな中、たまたま地元にあった慶應義塾大学のラボを訪れる機会があり、所長の話を聞いて研究室を見学させてもらいました。当時、私は「なんで勉強するんだろう」と悩んでいたのですが、所長さんが「勉強というのは研究のためにわからないことを勉強するんだよ。研究が先で、勉強が後だ。」とおっしゃったんです。それで私も研究から始めてみよう、と特別研究生という形で研究所に受け入れてもらいました。最初は研究や科学に対して深い知識がなかったので、地元のお米の品種改良の研究をしようと考えていたのですが、指導担当の大学院生さんが微生物の研究をしていたので、その影響で皮膚の微生物の研究に取り組むことになりました。

 

人の微生物から場所の微生物の研究へ

伊藤:経験がないながらも色々と研究していく中、学会に出たり、いろいろな高校生たちとディスカッションしたりしました。そこでやっていたのが皮膚の微生物の研究です。実は皮膚の上には数百種類の微生物がコミュニティを作って生息しており、それが色々な機能になっているからこそ人の肌が健康に保たれています。逆に皮膚の常在菌のバランスが崩れたり多様性が下がると、健康に良くない影響が出ます。これは皮膚だけでなく、口内や腸内など色々な場所にいる菌のコミュニティのバランスが崩れると色々な病気になってしまいます。人がヨーグルトを食べたりスキンケアをして肌の微生物を守ったりするのは、微生物の多様性を高めることをやっているんだなと感じながら研究をしていました。

「研究」という行為はラボにこもって1人でやるものだと思っていたんですが、多くの人との繋がりの中で進んでいくものだとわかりました。高校生にもたくさん研究者がいて、とても刺激を受けました。 その結果、それまで大学に行きたいとは思っていなかったのですが、研究を続ける目的でそのまま慶應義塾大学に進学しました。

私が学部1年だった2015年、ある論文を読んで衝撃を受けました。ニューヨークの約450の地下鉄の駅から微生物を集めたというものです。採取したDNAの半分が細菌(Bacteria)で、残り半分は何の生き物のものかわからなかったそうです。人間が普段生活している都市には全く何かわからないものと微生物に溢れているんだということに衝撃を受け、人の体の微生物だけではなく人の外側、私たちが普段住んでる場所にいる微生物の研究にも着手しました。

そのため、大学では場所や建築物の中の微生物を調べていました。ここで小中学生ぐらいの時にやっていたコンピュータの知識が活きています。微生物の研究は、微生物を培地で培養して増やしていくのが主流でしたが、ゲノムが読める時代になってきたので「微生物のゲノムをパソコンで解析しよう」という時代になってきたタイミングでした。私は不注意で実験が苦手な一方、パソコンが得意だったのでパソコンで微生物の解析をすることにハマりました。様々な場所に生息する微生物を調べ、世界中の研究者によってデータベースに公開されたゲノムデータを比較しながら解析し、学部生のときにいくつか論文を出しました。

 

学生団体を立ち上げ、100BANCHに入居

伊藤:GoSWABという学生団体を立ち上げ、様々な場所で採取した微生物を解析し、国際学会で発表するプロジェクトを始めました。 学校や公共空間、電車の中や100BANCHでもイベントを行いました。「渋谷の微生物を調べたい」と相談したところ、当時100BANCHメンバーで朝に渋谷のゴミ拾いをする「BANCH Clean Up」というイベントがあり、そこでゴミと一緒に微生物も採取しました。こういったプロジェクトは普通は受け入れられにくいものです。微生物の調査のため、駅で「電車の中の微生物とっていいですか」と聞いても許してはもらえませんでした。そんな中、初めて応援してくれたのが100BANCHでした。高校1年生の時からやっている微生物の研究は、応援してくれる人も少なく自由にやらせてくれる環境もとても少ないと感じていました。「支援などはいらないから自分たちの好きなようにやらせてほしい、そういう場を与えてほしい」。これをはじめて許容してくれたのが100BANCH2階のガレージスペースでした。

また、100BANCHの実験報告会でまったく知らない方に私たちの研究を3分間で話すことは場の雰囲気が心配だったのですが、みなさんがすごく温かく見守ってくださったので「このまま自分を信じて続けていいんだ」と思いながら今日に至っております。 100BANCHにはすごく感謝しています。

 

室内の微生物にとってのヨーグルトとは

伊藤:このように、私たちは100BANCHの方々に後押しされながら室内の微生物の研究を続けています。室内には人の体から微生物がたくさん出ていますが、それ以外に動植物や水回りから発生する微生物など、いろんな場所から微生物がやってきています。しかし、除菌・殺菌などによって微生物のバランスがとても偏っていることもわかっています。例えば、人の除菌・殺菌を繰り返す病院では皮膚や腸内の微生物のバランスが偏っているため院内感染がなくなりません。高度に除菌・殺菌された宇宙ステーションのような場所でも、結局病原菌が発生してしまいます。短期的に利益を追求するために除菌・殺菌をしていますが、それだとかなり厳しいと感じています。私は学生の時から「人がヨーグルトを食べて腸内の微生物のバランスをとるように、家の中の微生物のバランスや多様性はどうやって保てばよいのだろう」とずっと考えていましたが、研究だけでは答えはなかなか出ませんでした。

1つの答えとして、BIOTAでは腸内細菌にとってのヨーグルトのようなものが、家にとってはランドスケープデザインや緑地の設計なのではないかと考えています。土や植物から室内に微生物を取り込むことで、特定の病原菌が増えにくいバランスをつくることができるのではないかと考えています。100BANCHの現役時は微生物をひたすら集めて調べるだけでしたが「集めた微生物をより豊かにするにはどうしたらいいか」という、研究からさらに1歩進んだ社会実装にチャレンジしています。研究成果をもとに建築設計やランドスケープデザイン、微生物の重要性を伝えるような文化醸成活動も行っています。

 

本質的な微生物との共生で、持続性のある暮らしを

伊藤:BIOTAでは「室内の微生物の多様性を高める」というミッションを通じて、健康で持続可能な暮らしを目指しています。現在、健康な暮らしはある程度実現されつつありますが、その手段が実は持続可能ではないと考えています。

例えばその一例が過度な除菌・殺菌です。それにより、除菌・殺菌では死なない微生物が出てきたり、除菌・殺菌を繰り返さないといけなくなります。本当の意味で持続可能な健康を街でどう作っていくか。私たちは10年、20年といった短期ではなく、100年後に答えが出るようなものがあればいいなと思いながら今は必死に取り組んでいます。

その中で、都市の中で過ごす子どもたちに、微生物をどう浴びせていくかを街の中で検証したいと考えています。微生物多様性が高い農村部と低い都市部を比べると、実は人の免疫の発達にすごく大きな差が出てくることがわかっています。また、幼少期にたくさん微生物を曝露している子供は様々な免疫疾患の発症リスクが下がり、疾患しても悪化しづらいことなどもわかっています。

さらに、微生物の多様性を高めることで特定の菌が増えづらい空間を作ろうとしています。今はひたすら除菌・殺菌しているため、環境中の微生物の量や多様性が低下してしまいます。そうすると、入ってきた病原菌が独り勝ちしてしまうような空間ができてしまいます。腸内細菌も多様性が高まることで特定の病原菌を増えづらくしたり、土の中でも微生物の多様性が下がる植物に感染するような病原菌が増えることがわかっているので、多様性による牽制効果をもたらそうと考えています。

100BANCHにいた頃は、微生物を調べて「こんなのがいるんだ」とニヤニヤしていただけでしたが、今はようやくお金になってきました。かつては綿棒で微生物を採取して怒られ警備室に連れていかれたこともありましたが、5、6年続けていると、私たちにお金を払って「微生物とっていいよ」という稀有な人たちが現れてきました。しつこく続けることはとても重要だと思います。今は、微生物と建物・都市、犬など他の生き物と微生物とのインタラクションのようなことを調べています。たとえば日本酒の蔵付き菌を調べると、その日本酒の価値や蔵の価値につながったりもします。

「都市の中にどう微生物の発生源を作るか」「微生物をどう拡散するか」「それをどう受容するか」。BIOTAでは、この3つに対し、建築、素材開発、ランドスケープデザインで取り組んでいます。

昨年は、日本科学未来館に、私が作りたいと思ってる未来を表現した「セカイは微生物に満ちている」という常設展示を1年半ほどさせていただきました。微生物とどう共生していくかをランドスケープや建築で表現しています。実際に実現するのは100年後かもしれませんが、ブームではなく本質的なものにするためにじわじわと微生物インフラをはびこらせていきたいと考えています。

現在、万博のパナソニックのパビリオンの中に菌糸を使ったドームのようなものをつくろうとしています。菌糸自体が土に還る、触り心地が良い素材でできています。こういった協業も100BANCHを起点に実現した現象だと思っています。

100BANCHには、学生時代から本当にお世話になりましたが、今もこうして仕事でたくさん関わることができています。むしろ、卒業した後の方が色々と繋がりが増えてきたかもしれません。100BANCHの3ヶ月間で何をやるかということだけではなく、その後もみなさんが私たちのことを覚えてくれているので、これからも取り組みをさらに広げていきたいと考えています。

 

今回のお話の内容は、YouTubeでもご覧いただけます。

https://youtu.be/CRijIh__-R8?si=MFgrsWBLmUdbW3UK

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