KISABURO KIMONO Project
最新技術を用いて「着物」を未来につなげるための環境作りを
「最後に着物を着たのはいつ?」という質問に対する答えは、職種や趣味嗜好によって大きく変わってくるでしょう。しかし、きっと多くの人にとってそれほど身近な存在でない着物に対して、“古き良きもの“の代表格のようなイメージを持っている人も少なくはないと思います。
「温故創新」。疫学研究の第一人者・重松逸造博士が生み出したとされる造語です。お察しの通り「温故知新」をねじったもので、「創新」とは中国語で「イノベーション」を意味しています。100BANCHにおいてもキーワードとして度々挙げられるこの言葉を、まさに体現しているのが着物デザイナー・キサブローのプロジェクト「KISABURO KIMONO Project」。
先日行われた「ナナナナ祭2020(7/7〜8/7)」のオンラインイベント「るすにする」でも、そのような試みがとてもユニークな形で実施されていました。2017年、100BANCHへ入居したキサブローに、プロジェクトの発端から100BANCHでの活動を通して得たもの、はたまた100BANCH活用のヒントまで、様々なお話を伺いました。
キサブローは、創業90年以上となる着物の仕立て屋「岩本和裁」の四代目。初代・岩本喜三郎の名を受け継ぎ、革新的な着物ブランド「キサブロー」を立ち上げた気鋭のクリエイターです。……こう説明すると、あたかも着物界のサラブレッドとして幼い頃から英才教育を受けてきた人物のように思われますが、実はそうではありません。「両親からは家業を継がなくてもいい、好きなことをやれと言われてきました。業績が芳しくなかったこともあり、父の代で仕立て屋を終わらせるという覚悟もあったようです。一方の私も、昔から当たり前に側にあった着物にはあまり関心を持てず、大学ではメディアアートを専攻。卒業した後はアートやエンターテインメントの分野に身を置きたいと考えていました」
そんなキサブローは大学卒業後、明和電機という独創的な活動を行うアートユニットの元での経験を経て、制作会社に就職。AD(アシスタント・ディレクター)としてテレビ番組の制作に携わるようになります。「エンタメ業界に興味があったし、忙しいながらも仕事にやりがいを感じていましたが、自分のしたいことは他にあるのかも。そうぼんやりと考えながら過ごしていました」と話すキサブローの転機となったのは、海外ロケでの思いがけない経験だったそう。
「ある時ふと、海外ロケの合間に着物を着て街を歩いてみたら面白いんじゃないかと思い立って、大学の卒業式で着た袴と羽織を着ていったんです。そしたら道行く現地の人に声を掛けられたり写真を撮られたり、はたまた拝まれてしまったりと、とにかく想像以上に周囲の反応がすごくて。たいして英語も喋れない状態の私が、こんな風に服で海外の人とコミュニケーションが取れるんだ。着物のポテンシャルってすごいって気づかされ、その時に着物で何かやってみたいと思ったんです」
とはいうものの、それまで着物はおろか、ファッションの世界とは程遠い場所にいたキサブロー。ここからギアを切り替えて未知の分野に乗り出していくことになります。「今思うと本当に怖いもの知らずだなと。仕立て屋に生まれたからといって知識も経験のゼロの状態。最初は何をやったらいいか全然分かりませんでした。でもある日、自分で着物のブランドをやるとしたらどういうのがいいかって考えた時に、ひいおじいちゃんのことを思い出して。歌舞伎の襲名じゃないですけど、勝手にキサブローを名乗ってみようと(笑)。そんな思いつきから始まりました」
その後、100BANCHの存在を知ることになったのは、ADの仕事と両立しながら着物や服飾について学びを深めていた最中。務めていた制作会社の社長さんからの話を受け、早速「GARAGE Program」にエントリーしたそうです……が、「結果は不合格(笑)。その後メンターの大嶋(光昭)さんとの面接を経て、ようやく入居することができました」(GARAGE Programの採択審査では追加面談をする場合があります)
そうして100BANCHでの入居生活がスタートしたのは2017年9月のこと。すでに自分の作品を作り展示なども行っていたキサブローですが、入居のプロジェクトにおいては「現代の技術と伝統が融合する新しい着物の生地を開発し、未来型のプロダクトを制作する」というゴールを設定しました。そもそも着物とは、1つの反物を直線裁ちで残布を出さずに仕立て上げられた合理的でシンプルなもの。さらに、縫い糸をほどいて仕立て直すこともできるというエコな側面も持ち合わせ、“サスティナブル”という現代のファッション業界の動向にも不思議とマッチした代物のようです。
「先人達の取り組みに敬意を表しながら、現代の技術とアイディアを駆使して和服と洋服、男性と女性といったボーダーを越えた新しい表現を提案したい」という信念を形にするため、自らのプロジェクトに取り組み邁進する日々を送ります。「入居中は、異素材を掛け合わせて作った新しい着物生地を開発したり、洋服にも合わせられるデザインの羽織を作ってみたり、そんなことに挑戦しました。それらの作品を発表する場として展示会を行い、成果報告をして無事入居を終えたというわけです」
-入居中に開発した着物生地:ポリエステルの生地を籠染め(籠の間に布を圧縮して染める染物)にするのは技術的に難しいそう。
-入居中に開発した着物生地:チェーンを編み込んだ帯。
入居期間を終えてからも、イベントに登壇したりメンバーとのコラボレーションを行ったりと、100BANCHとの関係性は途絶えるどころか、より濃密になっているというキサブロー。100BANCHを通して、世界最大規模のカンファレンス「SXSW」や、スタートアップイベント「Slush Tokyo」に出展するなど、より一層活躍の場を広げているようです。「卒業生とか、OB・OGみたいな意識や感覚は全くありません。そういう方って結構多いんじゃないかな。ここに来る度、新しいプロジェクトがどんどん増えてるし、自分よりも若い世代のメンバーが色々なことに挑戦していたりメディアに出ていたりする姿を見ると、すごく刺激をもらえるし負けてらんないと思いますね。
だけど事務局の方がいつも暖かく迎え入れてくれるから、久しぶり感があまりなくて居心地が良いんです。スタッフの皆さん、いつもありがとうございます」
「本気で参加すれば良いことが絶対に返ってくるっていうのが100BANCH。関われば関わるほど旨味が増すというか。良い意味で利用しながら、いかに交わっていくかが大事だと思います。自分とは全く縁のないような、『何それ!?』って言いたくなる衝撃的なプロジェクトが多いですが、ふとしたきっかけで仲良くなったり接点が持てたりすると自分の世界や視野が広がるんです。。ここはそういう出会いが溢れていて、外で会うよりもラフに色々な方と仲良くなれる場所。自分だけの世界に囚われないためにも、淡々とプロジェクトを進めるのではなく、色々な交流を持つべきだと思います。いかに自分と関係ない世界と触れ合えるかが大切。メンバーはみんな自立しながら全然違うことをやっているので、嫉妬することも執着することもなく、応援しあえるスタンスでいれるんです。無駄な協調性がいらないのが私はすごく楽でしたね」
入居中、特に印象的だったことについて「やたら“ピッチ”してくださいって言われるんですよ(笑)。1〜2分の短い時間でプレゼンテーションすることなんですけど、そんな言葉をそれまで聞いたことがなかったし、他にもミートアップとかslackとか、自分が生きていた世界で触れることのなかった企業用語が飛び交っていて、企業文化みたいなものを多少なりとも知ることができました。最初は『??』って感じでしたが、勉強になったしとにかく鍛えられました。元々人前で喋ることが苦手な私ですが、かなり上達したと思います」と振り返るキサブロー。100BANCHはある種の実地訓練の場でもあったようです。
今年の「ナナナナ祭」で初のオンラインイベントに挑戦したキサブローは、テーマに掲げた“魔除け”について様々なコンテンツを用いながら、着物の文脈だけでない多角的なアプローチで表現しました。(イベントレポートはこちらから)
「昔から着物の柄や色には様々な魔除の意味が込められているんです。魔除をテーマにした作品も作っていますが、オンラインでそれを映して説明するだけじゃ芸がないので、シャーマンの方や講談師の方をゲストに招き、色々な形で魔除を表現してみました。着物の隠れた面白さや魅力を伝えたいという目標も達成できたんじゃないでしょうか。チャットでリアルタイムに観ている方と繋がれて、反応をその場で知れたり意見を言ってもらえたりするのもオンラインの良いところ。今後もこうした企画には力を入れていきたいですね。
ただ作品を作って展示するだけではなく、できるだけ着物と関係ない世界のものを紐付けた上で、あまり知られていない着物の知識、歴史、面白い部分を掘り下げて双方向性のある形で表現していく。それが今後の自分のスタイルになっていけばと思っています」
「ひとつの作品で完結するのではなく、その周りや鑑賞者に起こる体験をも包括してデザインしたい。そういった概念や考え方は大学時代に培われたのかもしれません」大学ではインスタレーションに特化した研究室に所属していたというキサブローの言葉とも繋がる内容。これまでに得た異ジャンルでの経験を活かした実験は、今後も場所や趣向を変えて続いていきそうです。
故きを温ねて、新しきを創る。そんな温故創新のイズムを地で行く「KISABURO KIMONO Project」。伝統を重んじながらも、異素材の組み合わせと斬新なデザインで新たなプロダクトを生み出す如く、これからも鮮やかに着物のイメージを刷新し、伝統と革新の中で新たな価値を提示し続けてくれることでしょう。
(写真:朝岡 英輔)