• リーダーインタビュー

病気の人もそうでない人も「いい人生だった」と思える世界を実現するまで:ストップ風疹ワゴンプロジェクト 西澤俊紀

小学校の卒業文集に「手塚治虫になりたい」と書いた少年は、その14年後、都内の総合病院と渋谷の100BANCHを行き来する生活を送っていました。

「ストップ風疹ワゴンプロジェクト」の発起人であり総合診療医として働く西澤俊紀(にしざわ・としのり)。この日も時折電話で担当チームからの呼び出しがかかるなか、多忙な日々の合間を縫ってインタビューを受けてくれた西澤さんが、プロジェクトをはじめるに至った動機は何だったのか。
そして、医療の最前線に立つ西澤が見据える100年後の未来は、どんなものなのでしょうか。

西澤の言葉から見えてきたのは、対「患者」ではなく、対「人」として相手に向き合おうとするその姿勢でした。

妻の妊娠で気づいた、妊婦が直面する「風疹感染」への恐怖

──西澤さんの本業である「総合診療医」とはどんな職業なのですか。

総合診療医は2018年から導入された新医療制度によって定められた専門分野で、日本ではまだあまり馴染みがないかもしれません。
総合診療医の役割は都市部や過疎地など地域医療の状況によっても異なるのですが、過疎地では包括的に患者を診ることのできる「かかりつけ医」として、都市部では総合病院で患者の病状を診察し、必要な場合は適切な専門医へ振り分けるのが重要な役割となります。

僕がここで行なっているのはまさに後者の役割で、この病院には循環器内科やリウマチ、アレルギーなど様々な分野の専門医がいます。

そこでまずは内科外来、救急外来で患者さんを診察し、内科として治療できる病状に対しては処方を行ない、他の科の診断が必要な場合は各専門医の方と連動して、診療を行なっていきます。いま、医師として働きはじめて3年目で、専攻医(後期研修医)として働いています。(2019年8月取材時点)

──「ストップ風疹ワゴンプロジェクト」をはじめたのはやはり、普段の診療がきっかけだったのですか?

いえ、実は妻の妊娠がきっかけだったのです。

僕がいま26歳で、彼女は30歳なのですが、僕らの世代は幼少期に二回ワクチン接種を受けているのです。でも妻の世代は一回だけ、しかも女性しか接種されていなかった。妊娠が判明して血液検査を行なったところ、妻には風疹抗体がないことがわかったのです。

妻は外へ出かけるのも不安がるようになりました。職場でも、おそらく上司や同僚には抗体がなく、いつ風疹にかかるかもわからない……。もともと心配性なところはありましたが、ますますナーバスになってしまいました。

そもそもなぜいま、風疹が問題視されているのかというと、もし妊婦が風疹にかかると、お腹の赤ちゃんが先天性風疹症候群にかかる確率がかなり高くなるからです。先天性風疹症候群の症例としては心疾患や難聴、白内障などさまざまなものがあります。

そして近年、日本では風疹が流行っています。東京だけでも2018年の1年間で風疹の発症者が2,800人を超え、今年も8月時点で既に2,000人を超えています。このペースで行くと、確実に去年を上回ることになりそうです。

僕としても、やはり妻にも子どもにも健康でいてもらいたいし、なんとかしないといけない。そんな思いからプロジェクトをはじめました。

──確かに、特に都市部では満員電車や人混みなど不特定多数との接点も多いうえに、働きざかりの世代に風疹抗体を持っていない人が多いんですよね。

そうなんです。1990年度以降に生まれた人は男女どちらも予防接種を受けているのですが、男性は1978年度以前、女性は1962年度以前に生まれた人は一度も予防接種を受けていないんです。風疹の流行を受けて、国では2019年4月から3年間、1962年度〜1978年度生まれの男性は原則無料で風疹抗体検査を行ない、麻疹風疹(MR)ワクチンを接種できるようになりました。

厚生労働省:風しんの追加的対策について

対象者にはそのためのクーポン券が自治体から送られているはずなのですが、現時点でまだその利用者は全体のわずか2パーセントにとどまっています。対象となる世代の男性は企業で重役や管理職を務める人も多く、何かと忙しいですし、不特定の妊婦さんのために、わざわざ指定の医療機関へ足を運ぶ、というのはなかなかモチベーションになりにくいんです。

──その世代なら、「もう子育ては一段落した」という人も多いでしょうし、独身の方にとってはますます馴染みのない話ですからね……。

正直なところ僕ですら、妻が妊娠してはじめて自分ごととして考えられるようになりました。ですから僕らのプロジェクトでは、風疹予防の啓発活動はもちろんのこと、企業が主体となって、従業員に対してワクチン接種を推奨するよう働きかけることを大きな目的としているのです。

福利厚生の一環として、実際に企業で実施される風疹ワクチン摂取のポスター

 

ストップ風疹ワゴンプロジェクト プロジェクト詳細ページ

夜勤明けにペットボトルを片手に啓発活動

──プロジェクトはどのようなメンバーで構成されているのでしょうか。

はじめは大学の同級生で、同じように専攻医として小児科や産婦人科などさまざまな専門領域で働く友人たちが集まりました。それでクラウドファンディングからプロジェクトをスタートしたところ、他の医師や総合診療医の後輩にも広がっていきました。コアメンバーは10名ほどで、Facebookグループには50名ほどメンバーがいます。

それと、まさに当事者というか、先天性風疹症候群にかかったお子さんを持つ、親御さんの団体ともつながることができました。親御さんと話していると、さまざまな困難に直面されていて……医療従事者として、患者さんの家族をこれほど「頑張らせて」しまっていいのか、と。厚生労働省に対する提言を続けていらっしゃるのですが、僕らもそれに協力して、より積極的な働きかけをしていきたいと考えています。

──100BANCHへ入居されたきっかけは?

2019年4月まで100BANCHに入居していた「Colonb’s(コロンブス)」の波多野(裕斗)くんが大学の後輩で、彼がFacebookに投稿していたのを見て、100BANCHを知ったんです。
ウェブサイトを見てみると、本当にいろんなことをやっている人たちがいるなぁ、と興味を持って。まだまだ僕らのプロジェクトの認知度は低いですし、医療の世界しか知らないので、さまざまな知見や発想を得られればいいなと思って、100BANCHに入りました。

──100BANCHではどんな活動をされましたか。

僕らが入居していたのは2019年4月から6月までだったのですが、ちょうどその期間、僕が夜勤専従だったんです。それで、100BANCHの前にワゴンを出して、クラフトタグをつけたドリンクを配り、その場で風疹について説明するといった啓発活動を行いました。

──ということは、夜勤明けにそのまま渋谷へ来て、活動されていたということですね……大変。

いや、むしろスケジュールが調整しやすいので、いつもよりラクでした。普段からハードワークなので(笑)。
渋谷というと「若者の街」というイメージでしたが、意外と近隣で働いている方が多くて、クーポン対象となる世代の方とも話す機会がたくさんありました。でもやはり、「風疹? 何それ、流行っているの?」くらいの認識の方が3割ほど、ワクチンも受けたかどうかわからない、という方がほとんどでした。実際の反応を見て、世間の認知度を肌で感じました。

啓発活動はとても大切ではあるのですが、やっぱり一人ひとりに伝えていくにも限度がある。ですから、僕らのアイデアとしては、まず企業のトップに働きかけて、思考を変えてもらうこと。より多くの方の行動変容につながるようなアクションです。

最近では健康経営などの文脈で、従業員の健康について福利厚生としてケアする流れもありますが、その一環として風疹予防を取り入れてもらえないかと考えています。社内だけでなく、顧客や取引先にも感染が及ぶ危険性があるのは、自明のことですから。

具体的には、チームを大きく3つに分けて、ひとつはまちなかでの啓発活動、もうひとつは企業への営業活動、それにクラファンの絵本制作と、役割分担をしています。僕らはどうしても医師としての仕事もあるので、特に学生たちにはとても助けられています。啓発活動もそうですし、企業へもプレゼンを行い、厚生労働省や東京都に対する提言の機会でも、彼らが中心となっています。

 

西澤さんのコラム「未来の赤ちゃんの先天性風疹症候群を予防する人は、オフィスで働くあなただ!」

いかに「患者ではない人」と接点を持つかが医療の課題

──100BANCHでの活動を振り返ってみて、いかがでしたか。

100BANCHにいる他のチームの活動はとても刺激になりました。知的障がい者の方が創り出したアート作品を発表する「MUKU」とか……先天性風疹症候群の方は目や耳に障害が残ることが多いので、彼らの表現方法やプレゼンテーション、コミュニケーションのあり方は特に参考になる部分もありました。

僕らのメンターを務めてくれた横石(崇)さんが主催する「横石会」にもたまに誘っていただくのですが、そこにいらっしゃる方々は皆さん個性的で、普段医療の世界しか知らない僕たちにとってはとても新鮮です。
本業が忙しくてあまり積極的に関われなかったという反省はあるのですが……これから企業へもっとアプローチするにあたって、さまざまな企業とつながりのある横石さんのお力を借りられたら、と考えています。

──本業ではあまり関わりのない業界の方と接点を持てたでしょうからね。

そうですね。このプロジェクトも、「自分たちは医療従事者です」と言わずに多くの一般の方々と接点を持ちたいという動機もありました。これは医療の永遠の課題でもあるのですが、病院にいる以上、何らかの不調を訴える人や既に病気にかかった人としか接することができないというジレンマがあるのです。

生活習慣病を川の流れにたとえると、過度の飲酒や喫煙、運動不足など日々の生活のなかで、少しずつ要因が蓄積され、突然滝を下るように、脳梗塞や心筋梗塞など深刻な疾患に襲われる。高度救急病院に来られるのは、それこそAEDや気管挿管など緊急的な医療措置を要する患者さんも多いのです。本来なら、そうなる前段階から何らかの予防的なアプローチができればその人のためにもなりますし、結果的に医療費の抑制にもつながります。とはいえ、「こうすれば健康になる」と断定できるものでもないのですが……。「患者」と診断されないと、なかなか行動変容を促すのも難しいのです。

-取材中も電話が鳴り、都度対応する西澤さん。医療現場の多忙さを感じさせた。

──確かに。

ですから、今回のプロジェクトでは「企業に働きかけて、トップダウンで変える」ことを目的に置いています。ただ、もっと領域を広げるとしたら、総合医療医として、予防医療的な観点からより多くの方との接点を持って、なるべく健康に暮らせる人を増やしていきたいとも思うのです。

──そもそもなぜ、西澤さんは医師になりたいと考えたのですか。

僕は小さい頃からしょっちゅう風邪をひいていましたし、自転車事故で足の小指をなくしてしまったこともあって、何かと病院のお世話になることが多かったんです。
それに、手塚治虫が好きで、『ブラックジャック』はもちろんですけど、『火の鳥』『ガラスの地球を救え』……小学校の卒業文集にも「手塚治虫になりたい」と書いたんですよ。残念ながら僕にはマンガの才能はなかったけど、手塚治虫のように「医師」ともう一つ何か、二足のわらじを履いて、メッセージとして命の大切さを伝えていきたいという思いがあります。だから、医師として働きながら、継続的にさまざまなプロジェクトを進めているんです。

──医師としても多忙な日々を送っていると思いますが、西澤さんにとってどんなことがモチベーションになっているのですか。

同年代には「これまでになかった治療法を解明して、難病を克服したい」みたいなモチベーションの医師もいるのですが……僕はどちらかというと、いまある治療法で最大限できることをしたい、というモチベーションなんです。病院で働いていると、おじいちゃんやおばあちゃんの話を聞くときが一番やりがいを感じるのです。

たとえば、80代の患者さんが肺炎で入院されて、治療としては5日ほどで終わっても、なかなか退院できない現実がある。それは、ご家族の受け入れ態勢が整っていなかったり、足腰が弱って一人ではもう暮らせなかったり……ご夫婦揃って認知症にかかってしまい、食事や洗濯など日常生活が困難な場合もあります。家族背景もさまざまなんですよね。「あとはよろしく」と、あまり関わりたがらないご家族もいる。

お医者さんって「病気を治す」イメージなのでしょうが、治せるものもあれば治せないものもあります。その中で患者さんの話を聞いて、治療も含めて一番良い選択肢を見つけてあげたい。退院してどこでどう暮らすか、終末医療が必要ならどこでサービスを受け、最期はどう看取られたいのか……あらゆる選択肢の中から、その人が心残りのないようなものを選んでいけたらいいな、と思うのです。

──これからテクノロジーが発達して、医療の世界も変わっていくのでしょうが、西澤さんは100年後の未来に対してどんなビジョンを持っていますか。

風疹に関しては、1990年度以降に生まれた人はすべてワクチン接種が義務づけられていますから、遅くともあと数十年のうちに間違いなく根絶できるはずです。ただ、どれだけそれを早く達成できるのか。国を挙げて取り組んでいることではありますが、少しでもそれを実現できるサポートができればと考えています。

そして医療全般としては……国民皆保険制度がどこまで維持できるのかという切実な課題はありますが、総合医療医として予防医療の啓発活動に取り組んで、なるべく病気にかかる人たちを減らせるようにしていきたい。実際、テクノロジーの進化によってAIの画像認識で病気の兆候をいち早く読み取ったり、DNA検査で病気にかかりやすい傾向を割り出したり……病気になる前にそれを未然に防いでいくことは、可能になっていくと思います。

ただ、だからと言って病気にかかってしまった人を「かわいそうに」と切り離してしまうのではなく、そういった人もサポートできるシステムを構築することが大切だと思うのです。「MUKU」の知的障がい者の方の絵を観て、本当に素晴らしいなと感じたんです。障害を持って生まれた人もそうでない人も、病気にかかった人もそうでない人も、それぞれの人生のゴールがあって、それぞれに「良い人生だった」と思えるようなサポートをしていきたい。究極的には、病気がなくなって、医者の仕事がなくなったらいいんですけどね。

 

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