- リーダーインタビュー
素材も人も、世界はすべてつながっている。使い方のデザインで素材に命を吹き込む ——「LifehackMaterial」:五月女健翔
2018年6月8日のオープンミーティングでは、家電を「鳴らす」おもしろさをみんなで体感した「エレクトロニコス・ファンタスティコス!(以下、ニコス)」。あれから約1ヶ月後の7月7日、今度は現在進行形でニコスが開発中の楽器とそのメイキングを紹介する公開実験会を開催。家電に新たな生命が吹き込まれる瞬間に立ち会い、会場が沸き立ちました。
ニコスは役割を終えた電化製品を新たな電子楽器へと蘇生させ、合奏する祭典をつくるプロジェクトとしてアーティスト/ミュージシャンの和田永さんが中心となり始動。現在は60〜70名のNicos Orchest-Labメンバーと共創しながら、日立・東京・京都の3拠点で活動しています。
今回の公開実験会では、3拠点のLabメンバーが今まさに開発中の「楽器になりそうなもの」を紹介。取り組んでいるプロジェクトについてプレゼンテーションするとともに、楽器になり得るかどうか、この場で公開実験を行いました。
2018年6月8日 イベントレポート:「エレクトロニコス・ファンタスティコス! 〜鳴らしてみよう!自宅の家電〜」
きっかけはLabメンバーの「エアコンのフィルターを掃除している姿って、楽器を演奏しているみたい」という一言(日々家電を蘇生する活動に取り組んでいるとすべてが楽器に見えるのだそうです)。エアコンの形は琴の形に似ている、との声から「《エアコン琴》(きん)」の開発が始まりました。
まず、役割を終えた古いエアコンを「三枚おろし」にするところから。エアコンの中に収められていた円筒形のファンのまわりに強力な磁石を付けて磁気センサ(コイル)で読み取ると、電磁力のONとOFFの波が発生し音を拾うことができました。見た目はエアコンですが、今私たちの目の前にあるのは《エアコン琴》なのです!
会場では《エアコン琴》を使って実際に演奏も行われました。演奏すると中のファンが回るので、風で演奏者の髪がなびくところがポイント。エアコンとしての面影が感じられます。
和田さんからのコメント:
「磁気で音を出すという原理はテープレコーダーも同じですが、磁石を配置することで音が出るというのはおもしろいですね。エアコンといえば現代的な四季を感じさせる電化製品のひとつ。これを使って四季の巡りを更に表現できるとおもしろそうです」
医療機器の工業デザイナーである山本さんがテーマとして取り組んでいるのは、実家から大量に発掘されたカセットテープ。カセットテープレコーダーを分解して観察したところ、カセットテープを回すメカ部分と音を鳴らすオーディオ部分が別の構造で動いていることが判明しました。
メカ部分とオーディオ部分が分かれているということは、テープを再生させながら速度を変えることができるということ。機構を整備すれば、いずれはあらゆるカセットテープが様々な楽器に化けるかもしれません。
和田さんからのコメント:
カセットテープの研究は世界中で先行事例が多数ありますが、アタッチメントで手持ちのカセットテープに新しい楽しみ方を与えられるのはおもしろいですね。個人的にはテープが劣化して声がよれる「テープわかめ」に興味があるので、ヴォコーダーのように口につけて歌うとヨレヨレ声になる「誰でもテープわかめ」が作れないかなと思っています。
「アイデアの発想や試作だけでなく、まず観察して見えてくるおもしろさ、そしてプロセス全体を共有し新たな発見を得ることがニコスの醍醐味です」と楽しそうに語る山本さんが印象的でした。
アパレルメーカーで電子回路を作っている田中さん(この日のために京都からはるばる来てくださいました!)が実装したのは、小売店でおなじみバーコードリーダー。通常のバーコードリーダーでは読み取ったデジタル信号を数字に読み替えて処理しますが、ここではスキャンした信号をそのまま音声端子に接続して音を鳴らします。
バーコードの縞の密度によって波形が変わる、つまり音の高さや音階が変えられることを利用してアメリカ民謡「聖者の行進」をバーコードに書き出し演奏してみました。視覚的な縞模様がそのまま音階、周波数に呼応しているのも非常に興味深いです。
また、CDの盤面に縞模様を描いて回転させると、バーコードに合わせて移動することなくその場で演奏が可能。レコードになぞらえて「CDのB面」と名付けました。
和田さんからのコメント:
CDのB面は意外にアナログなのが笑えますね。DJスクラッチの第一人者グランド・ウィザード・セオドアが、もしレジでアルバイトをしていたら、バーコードリーダーでスクラッチし始めたかもしれない、そんな妄想がかたちになったプロジェクトですね。
バーコードは音を記録することができるということが判明しました。声も音のひとつですから、バーコードで声を記録すれば「しゃべる」ことができるのではないでしょうか?
1秒ほどの言葉を3種類、バーコードにデータ化して印刷したものを読み込んでみることにしました。最初は遅すぎたようで聞き取れませんでしたが、早く走ってみると「Hey, Siri」という声が! 聞き取れた瞬間、会場からは思わず歓声が沸きました。続いて「ここはどこ」「あなたはだれ」も再現可能でした。
残念ながらバーコード音声の「Hey, Siri」にSiriは反応しなかったものの、バーコードで声(らしきもの)を再生することができました。バーコードが歌う楽器が登場する日はそう遠くないかもしれませんね。
前回のオープンミーティングで水を扱うアイデアが出てきたことから、水の楽器の可能性を探ってみようという実験です。
回転する家電を楽器化した例は多数あるので、水車やダムの放水のように水でモーターを回すことはできそうです。あるいは、《ボーダーシャツァイザー》のようにビデオカメラで水紋は読み取れるでしょうか? 光を遮るものを使って光センサーで読み取る方法は? 先の実験のようにバーコードリーダーで水の反射を読み取る方法も考えられます。どれが一番楽器になり得るのか、その場で検証をしてみました。
洗面器に水を張り、肩こりマッサージ機を当てたりストローで息を吹きかけたりして波を起こしました。波に反射した光の強弱をセンサーで読み込むと小さなパチパチ音を拾うことができました。
和田さんからのコメント:
水がシンセサイザーのインターフェイスになり得るのは面白いです。水の音をそのまま使う演奏は色々とありますが、物理的な波や画像の揺らぎから電気的な信号を生み出す例はあまり知らないです。水にポチャンと落ちる波紋や、揺らいだ映像が音になる体験は興味深いですね。電磁波面シンセサイザー、是非実現してみたいですね。
続いてはSkypeで日立 Orchest-Labのメンバーと中継を繋ぎます。日立といえば、日本の家電メーカーの聖地のひとつ。ニコスの活動も精力的です!
ホコリを吸い続けて役目を終えた掃除機に最後ぐらいはきれいなものを吸わせたい、という想いがこの実験の発端。いざ調べてみると、息を吐いて音を出す楽器は多いですが吸って音が出る楽器は少ないのですね。
掃除機の弱点は、ゴミの量が多いと吸引力を変えてしまうところ。音程をコントロールしにくくなってしまいます。しかしさすが経験豊富なNicos-Lab、あっさりと基盤を抜いて別の基盤に差し替えることでクリアしました。
もうひとつの課題は、音を出すリードの問題。プラスチックや薄い金属片では掃除機の吸引力に勝てないことが分かりました。そこで見つけたのはサックスのマウスピース。機構もサイズも掃除機にちょうどぴったり! まるで掃除機で演奏するために作られたかのようです……。
現在は、電磁バルブの改造などを加えて1台から2つの音を出せるところまで進化しているとのこと。これからさらに実験を重ねていくそうです。
和田さんからのコメント:
吸い込みの強弱によって音階が変わるのでしょうか? 多音化に向けて電磁バルブをベースに開発中とのことですが、他の方法も考えられるかも。今後のアップデートも楽しみです!
最後の実験は、現代美術家ナム・ジュン・パイクの代表作「TVチェロ」を勝手にアップデートしてしまおうというプロジェクトです。
まずは弓側の開発から。《ブラウン管ガムラン》の要領で、ギターアンプのシールド先端に金属棒を付けてブラウン管に近付けると、TVから出ている静電気を拾い音が出ます。初めは電線を何回も巻き付けていましたが、1回の巻き付けでも音が出ました。そこで弓毛を電線に置き換えた専用弓を作成。これでチェロの形式を保ったまま音を出すことはできそうです。
続いて本体側。ブラウン管から信号を取り出す必要があります。テレビを2つ並べ、それぞれのブラウン管に銅棒を挿し弓を近付けたら2種類の音が出ました。現在、ブラウン管を3つ並べて、より完成形に近い形を目指して実験中とのことです。
和田さんからのコメント:
部屋からこんな音を出していて、ご家族は心配していないですか?(笑)電磁弦楽団の出現もそう遠くない未来ですね!
最後は参加者全員によるインスピレーションのアウトプットと体験会を行いました。まだ見ぬ電磁カルチャーや電磁オーケストラのビジョンを描いたり、バーコードリーダーで実際に音を出してみたりと思い思いのニコス体験を楽しんでいました。
かつて日本には、桶や傘など捨てられた生活用品がもののけとして蘇る「妖怪」という思想がありました。現代において妖怪が現れるとすれば、電化製品がもっとも近いような気がします。ニコスの奇妙で愉快な実験が本当に「百鬼夜行」を呼び起こしているようで、どこかゾクゾクするような楽しさを感じました。