
「企業やひとの営みによって生まれる文化を通じて、誰かの生きる理由を創る。」100BANCH実験報告会

「人はいつ死ぬかわからない。だからこそ、誰かが明日を生きたいと思う希望や理由を創るために、これからも戦い続けたい。」
そう語る作左部は、2021年10月にGARAGE Program 51期生「GEKI」として100BANCHに入居。「既存の固定概念を見つめ直し、新たな手段を提案していく」というビジョンを掲げ、自社PRと自己PRをこれまでになかった形で行うことで、未来の採用と就職活動の可能性を提案する“型の存在しない”キャリアイベント「ハマらない就活展」の企画及び運営に取り組みました。その後もブランディングを軸に活動を展開し、企業価値の向上、企業文化の浸透、人材の確保、地方の活性化などの課題にアプローチしています。
そんな作左部が、100BANCHでの活動と挫折、そして現在に至るまでの赤裸々なストーリーと、自らの命の使い方について語りました。
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作左部 力|GEKI Inc. CEO ダンサーを志していたが、「人を救える強さ」を身につけたいと思い、ビジネスの世界へ進む。採用・インナー・アウター・プロダクトなどのブランディングを手掛ける株式会社揚羽にて、プロデューサーとして従事。その後、2021年、自身の経験を通じて改めて命の有限性を実感し、GEKI Inc.を創業。世の中を少しでも良くするために。そして、誰かの生きる理由を創るために。自らの命を使い続けて生きます。 |

作左部:「GEKI」の作左部です。100BANCHに入居するまでのお話から現在に至るまで、具体的なノウハウというよりは、僕の死生観や生き方、姿勢についてお話ができればと思っています。
僕のミッションであり、命の使い方は「誰かが明日を生きたいと思う、その希望や理由を創ること」と決めています。僕は現在31歳(1995年生まれ)で、GARAGE Program の51期生として、26歳のときに100BANCHに入居しました。僕のキャリアの原点には、ダンスというカルチャーに救われた経験があります。世の中に対してしんどさを感じていた時期もありましたが、ダンスのおかげで色々な方から愛をもらい、道を踏み外さずに済みました。当時はダンサーを目指していましたが、「自身が強くならなければ誰も救えない」という想いから、ダンサーではなく強くなるためにビジネスの世界で活動していこうと決め、新卒でブランディング支援を手掛ける揚羽という企業に入社しました。
——ブランディングを学び、強さと優しさを知った前職時代。しかし、突然の病の疑いが彼の人生観を大きく変えたといいます。
作左部:当時勤めていたのは企業やサービスの想いを紡ぎ、届けていくブランド構築を行う会社で、人を救うためには自立した強さだけでなく誰かの想いに寄り添う優しさも必要なのだと教えてくれた素晴らしい環境でした。しかし、突然体調を崩してしまい、腫瘍が見つかるという事態に直面しました。結果的に原因不明のままだったのですが、「人間はいつ死ぬかわからない」ということを痛感したんです。
自分が死に向かっていくとき、何をもって「生きた」と言えるんだろうか——。その問いとぶつかり、自分の命の使い方を考え続けた結果、僕自身が多くの人に救われてきたように「誰かが明日を生きたいと思う、その希望や理由を創るために、自らの命を使っていこう」と思い至りました。その想い一本で会社を辞めて独立し、起業を決意しました。

——独立後、コロナ禍で職を失い苦しむアーティストたちを目の当たりにした作左部。彼らのキャリアと、企業の想いが交差する「新しい就職活動」の形を模索しはじめます。
作左部:最初は個人事業主として人事や採用の支援をしていました。生きる理由を創る上で、「働く」という人生の中でも長い時間を面白くできたらいいなと思ったからです。そんな中、コロナ禍で職を失うダンサーやアーティストからキャリア相談を受けることが増えてきました。彼らはエンターテインメントという素晴らしい価値を生み出しているのに、「不要不急」と言われて職を失っていました。そこで、彼らの想いにちゃんと投資ができる状況をつくっていきたい、と考えるようになりました。
一方で、彼ら自身も「ビジネスの世界に進んでもあまり活躍できない」と決めつけ、惰性でそのままアーティストやクリエイターを続けている部分があることにも気づきました。彼らのキャリア形成を紐解きつつ、企業側の想いの伝え方も面白くできないだろうか。仕事探しは本来、ウキウキ、ワクワクするもののはずなのに、既存の就活のあり方が変わらないのはどうにかできないだろうか。そこから「就職活動をもっと面白くしよう」という文脈で立ち上げたのが「ハマらない就活展」でした。
この企画を実現させようと思ったとき、たまたま以前から知っていた100BANCHに応募してみることにしました。独立当初、自信を失って誰も誘うことができなかったので1人で応募しました。実は初回は不採択になってしまったのですが、懲りずに何回でも応募できると聞いていたので、再度応募して、2回目で入居することができました。
作左部:100BANCHでは「ハマらない就活展」に全力を注ぎました。企業、クリエイター、学生が抱える想いの伝え方の課題をプロデュースし、ミスマッチをなくすためのイベントです。例えば、企業の事業プレゼンを学生に向けて行い、1分経って面白くなければ即終了という企画や、学生がダンスや歌などの得意な表現手段を用いて自己PRを行い、そこに込められた想いをプロのインタビュアーや人事の方が魅力を深掘りしていく企画などを行いました。コロナ禍のためオンライン中心の開催でしたが、SNSなどでも多くの反響をいただきました。

——既存の枠には「ハマらない」が、自分の人生には「ハマる」。作左部は、企業と学生が本音で想いをぶつけ合う新しい就活イベントを開催するも、思わぬ試練が襲いかかります。
作左部:ただ、個人的な手応えとしては20点くらいでした。手伝ってくれた仲間に対して無給でお願いせざるを得ず、「彼らの貴重な命や時間をもらって自分は何を提供できたのだろう」と悩み、運営側の満足度としては高くありませんでした。世の中を大きく変えられたわけでもなく、結果が出ないもどかしさで自信を失っていったんです。そんな失意の中にいたとき、一緒に活動してくれたメンバーの1人が急に仕事を辞めて、「明日からここで働くわ」と入社してくれました。それを機に「企業の想いを伝える」ブランディング事業で、会社を継続させようと前を向きました。思えば、ここが大きな転換点でした。
しかしそのタイミングで、「ハマらない就活展」を一緒に運営し、僕と同居もしていた親友が亡くなってしまったんです。「誰かの生きる理由を創る。」と掲げている自分が、目の前の大切な人を失ってしまった。心が折れて仕事も手につかず、来月の給料も払えない、資金ショート寸前の状態に陥りました。振り返れば、この5年間で一番しんどい時期でした。失敗は糧になると言いますが、人の死だけは取り戻せません。彼にとって「ハマらない就活展」が最後の挑戦になってしまったので、「もっとできたことがあったはずだ」と今でも後悔は消えません。ただ、ここで終わっちゃいけないという想いで、残されたメンバーと一緒に「俺たちにしかできないことをやろう」と立ち上がりました。起死回生の精神で新しいプランをつくり、スタートアップのブランディングを引き受け、融資も受けて、死ぬ気で企業の課題に向き合いました。そこから少しずつ実績が生まれ、信頼が次の実績を生んで、仲間が集まり、なんとか前に進むことができました。
——絶望を乗り越え、あらためて見つめ直した自らのミッション。「誰かの生きる理由を創る。」ため、GEKIは現在4つの事業を展開しています。
作左部:どん底を経験してあらためて自分たちのあり方を見直したとき、立ち上げ当初から抱いていた「誰かの生きる理由を創る。」という想いは変わっていませんでした。ただ、僕たちがやるべきことは、クリエイターの方のキャリアサポートや、企業の想いを伝えていくこと以上に、もっと大きな概念として「目に見えない文化の価値が、誰かの生きる理由になることを証明し、その価値を伝えていくこと」だと気づいたんです。まだ認められにくい人たちや文化の価値を、しっかりと証明していこう、と。

作左部:現在は、誰かの生きる理由を創りたいという想いに共感してくれたメンバーと共に、社会のその先にいる誰かの生きる理由を創るため、大きく分けて4つの事業をおこなっています。1つ目は「企業文化のブランドコミュニケーション」です。給与や資本だけでは測れないブランド資産や文化を一緒につくっていくため、コーポレートブランディングや採用、場のブランディングなどを手掛けています。

作左部:2つ目は「IP・エンターテインメントの価値向上・事業設計」です。例えば、大手ゲームメーカーさんのIPを広げていくコラボレーションや、D.LEAGUE(プロダンスリーグ)のチームプロデュースなど、日本が誇るエンタメ文化を世界へ広げていくための事業を展開しています。

作左部:3つ目は「日本の文化価値を再定義するプロダクト開発」です。作務衣や抹茶、お香などを開発し、今年の1月からは羽田空港第3ターミナルやSHIBUYA SKYなどでも展開できるようになりました。

作左部:そして最後が、「文化と人の交流拠点の開発・運営」です。「AWAI」という茶室兼アトリエを運営し、クリエイターやアーティストの皆さんのライフスタイルやビジネス面をサポートするコミュニティをつくってきました。

作左部:「誰かの生きる理由を創る。」という目的のためなら何でもやる、というのが今の僕たちが取り組んでいることです。
——現在、社員8名とパートナー陣で会社を運営する作左部。彼にとって、100BANCHとはどのような場所だったのでしょうか。
作左部:もし、5年前に戻ったとして、また100BANCHに入居するかと聞かれれば、答えはもちろん「Yes」です。僕が100BANCHで得たものは「ハマらない就活展」という事業そのものではなく、「誰かの生きる理由を創り、目に見えない文化の価値を証明していく」という変わらない想いでした。そして100BANCHは、僕の会社にはじめて来てくれた大切な仲間に出会えた場所です。そういう意味でも、心から感謝しています。

作左部:現在、5年目を迎えますが、まずはここまで生きてこられたこと自体が奇跡のような毎日だと思っています。ですが、救えていない人はまだまだたくさんいます。だからこそ、僕たちはこれからも戦い続けたい。それがGEKIの現在地です。