• リーダーインタビュー

女性アスリートの生理問題を通して、窮屈なジェンダーの当たり前に新たな選択肢を Period of 100 Athletes Project:下山田志帆・内山穂南

「男なのに」あるいは「女だから」。そんな何気ない一言が、誰かを傷つけているかもしれないと想像したことはありますか? LGBTQ、性の多様性……そんな言葉をあちこちで聞くようになった昨今ですが、ジェンダー問題解決の詰まるところは、世にはびこる“当たり前”を見直すこと。自分と遠いところの話ではないと、誰もが胸に手を当ててみる必要があるのかもしれません。

「ジェンダーのアタリマエを超えていく」というビジョンを掲げる株式会社Rebolt の共同代表・下山田志帆と内山穂南は昨年、生理用品の新たな選択肢として、吸収型ボクサーパンツ『OPT(オプト)』を開発・販売。さらに同年、100BANCH入居中にスタートした『Period of 100 Athletes Project(アスリートと生理100人プロジェクト)』を通して、女性アスリートたちの生理への向き合い方を取材し、その内容を今も発信し続けています。

ともに女子サッカー選手として活躍し、生理とジェンダーの当たり前に苦しめられた苦い経験を持つ下山田と内山。2人が思い描く未来のお話を伺ううち、私たちの中にある“無意識”の当たり前が作り出す壁の存在が見えてきました。

生理に対する強烈な嫌悪感が根底に


——まずは、お二人の関係性を教えていただけますか?

下山田:高校の同級生なんですが、二人ともずっとサッカーをやっていて、中学の頃から選抜チームのメンバーとして一緒にプレイしてきた仲なので、かれこれ12歳くらいからの付き合いです。

Period of 100 Athletes Project:下山田志帆

内山:高校の三年間はずっと同じクラスでしたけど、当時はそんなに仲良くありませんでした。まあ、今もそんなに仲良いって感じではなく(笑)、付かず離れずの良い感じの距離感を保ちながらここまで来ました。

Period of 100 Athletes Project:内山穂南

——そんなお二人が今のプロジェクトをスタートした経緯とはどういうものですか?

 下山田:このプロジェクトをやりたくて集まったというよりは、会社を立ち上げて何かやろうってところから始まっています。その中で自分たちにできることは何かと考えた時、生理というキーワードが出てきました。

——なぜ生理を取り上げようと思ったんでしょうか?

下山田:私たちの原体験がものすごく強いですね。これまで一番深く悩んできたけれども、一番誰にも言えなかった領域が生理だった。それに、女性アスリートに限らずですが、私たちと同じく生理の悩みを抱えている人の母数ってめちゃくちゃ多いんだろうなと。だったら私たちがやる意義もあるし、やることで救われる人も多いんじゃないかと思ったんです。

——激しいパフォーマンスを要するアスリートの場合、生理による苦労もより一層多そうなイメージですが、お二人は生理とどのような向き合い方をされていたんでしょうか?

内山:現役時代(※内山さんは2018年に現役引退)は生理のことすら考えたくありませんでした。ムレる・ズレるといった生理の時の不快感はもちろん、ナプキンを買う行為自体も嫌でしたね。うまく自分自身で受け止めることができず、頭の中から消していたタイプです。生理があることを人に話したり知られたりするのも嫌で、親にも友達にも言えず、長い間ひたすら隠し通していました。

下山田:私も生理が嫌過ぎて、大学時代に自分で止めたこともあるくらい。体脂肪率を下げまくると生理が止まるんですよ。体も軽いし動きにキレが出てちょうどいいやって思いましたが結局、半年後くらいに体がついていかなくなり怪我が増えて、お医者さんに怒られました。生理はすごく嫌なものだけど、きちんと向き合った上で対策を取らなければと思うようになりましたね。

——ともに強烈な生理への嫌悪感をお持ちだったんですね。 

内山:そんな我々が今や吸収型ボクサーパンツ『OPT』を売ってたりするわけですからね。母親にも驚かれたというか、不思議がられました。今まで1ミリも生理の話をしたことなかった子が急にどうしたって感じで(笑)。昔は生理に関する情報も選択肢も少なくて、苦労することが本当に多かったから、あの時代にOPTがあったらどんなに良かっただろうって、我ながら何度も思います。

アスリート発の吸収型ボクサーパンツ『OPT』

 

海外生活がもたらした、当たり前のコペルニクス的転回


——お二人にはサッカー選手として海外生活を送ったという共通項もありますが、海外経験が今の活動に与えた影響というのはありますか?

内山:間違いなく大きな影響がありました。私はイタリアの、日本人はおろかアジア人すらいないような小さな田舎町にいたんですが、そこでは、日本で当たり前だと思っていたことの多くが180度違ったんです。ジェンダーに関する考え方も文化も、サッカーのあり方も、もっと身近なことも含めて全て。それまで自分が見てきたのはすごく狭い世界だったと気づけたことが、自分のターニングポイントになりました。そして、ずっと自分が当たり前だと思って終わらせてしまっていたことにちゃんと向き合いたい、そう思えたことが会社立ち上げのきっかけになりました。イタリアに行ってなかったら、下山田と会社を作るなんて絶対なかったと思います。

イタリア時代の内山(右から3人目)

下山田:私が住んでいたドイツは、自分がどんな選択をして生きていても否定されないし、常にリスペクトがあって居心地が良かったです。私は2年前に自分がLGBTQの当事者であることをカミングアウトしているんですが、そのきっかけとなったのもドイツでの経験。自分のセクシャリティに関することを告げても、ドイツでは全然特別扱いされないってことが驚きでしたね。でもその一方で、なんで日本はそうじゃないのかと考えさせられました。好きなものを「女の子なんだから」って理由で反対される日本。就職せずにサッカーを続けていたら「いつまで親のスネかじりながらサッカーやるの」って言われてしまう日本。ここにいると自分の価値をすごく低く感じてしまうのが悲しい。日本の当たり前がすごく奇妙で居心地の悪いものだって、改めて気付いてしまったんです。だけど、海外の良い文化を知ったからこそはっきりと嫌なものを嫌だと言えるようになったし、自分が目指したいものを認識できるようになりました。

ドイツ時代の下山田(左) 現在も現役サッカー選手として活躍

——下山田さんの帰国後、まもなく会社を創業されていますね。これはどういう流れだったんですか?

下山田:材独中も連絡を取り合う中で、「何か一緒にやりたい」って話していたのが2018年。その翌年に帰国して会社を立ち上げたんですが、正直その時はまだ具体的に何をやるか固まっていませんでした。

内山:今でこそ「ジェンダーの当たり前を超えていく」って会社で掲げていますが、立ち上げた当初は「スポーツ業界の当たり前を変えたい、超えたい」っていうニュアンスだったんです。で、まあ、後から思い至ったわけですが、その当たり前の象徴みたいなのものがジェンダー問題であり生理であり、これはスポーツ業界に限らず社会の問題でもあるなと。それを私たち現役選手と元選手が、スポーツの世界から解決を試みようとするところに意義があると思いました。

下山田:そこには女性スポーツを盛り上げたい意図もありました。そもそも昔も今も、サッカー業界に限らず女性スポーツって男性スポーツと比べて価値の低いものだと思われているんです。私もそれを分かった上で大好きな競技だから続けているけど、大好きだからこそもっと観てもらいたいし、自分も価値のある選手として活躍したい。だけど、女子サッカーを盛り上げる試みが何度も行われていながら結果が出てないのが現状。結果というのは、価値のある競技や価値のある選手に支払われるべき対価のことですよね。それを中にいる人たちが理解した上で行動しなきゃ変わらないって気が付いて、じゃあどうやって価値やお金を生み出すのかって話になった時、だったら自分で会社を作ってやりながら学んでいこうと思い至ったんです。

 

生理について話す場の創出と気づき

——100BANCHに入居されたのは、会社を設立した翌年でしたよね。そのきっかけはどのようなものでしたか?

下山田:Reboltとして生理関連のご相談をしていたパナソニックの社員さんがいらっしゃって、その方に100BANCHのGARAGE Programを勧めていただいたんですが、それがなんとエントリーの締切当日で。二人して大慌てで応募フォームを書き上げたのを覚えています。

内山:すごいバタバタだったよね。下山田が動画(エントリー用の自己PR動画)を撮って全部やってくれたんですけど、、私チェックすらしてませんから(笑)。「これで送るね!」「OK」みたいな。

——帰国後すぐに会社を作ってしまったというエピソードもそうですが、お二人ともものすごい行動力ですよね! ちなみに当初、100BANCHのどういうところに魅力を感じましたか?

下山田:全てが魅力的だった気がします。募集要項見て、「これ、私たちのことじゃん」って思いました(笑)。私たちはいつも熱量しかないんですよ。問題を解決したいっていう熱量のみ。それをどうやって事業計画に落とし込むかという作業はものすごく苦手で、その助けを欲していたんです。ホームページを見た時、「何それ? お金になるの」って思われるようなプロジェクトでも、何とか形にしてくれそうな場所だなって思いました。

——入居中にスタートした『アスリートと生理100人プロジェクト』についてもお聞かせください。これまで様々なジャンルの選手や元選手、監督やマネージャーといった選手をサポートするスペシャリストたちにも取材していますよね。生理に関するリアルな体験話や業界の裏話など、衝撃的な内容も含まれていました。

生理で悩む人たちへ、日々挑戦し続けるアスリートのリアルな声を届けている

下山田:取材した相手の中には、100BANCHの事務局の方も含め様々な方にご紹介いただいた方も多く、自分たちだけではこんなに広がらなかったと思います。良いお話が沢山聴けたので色々な方、特にスポーツ業界に携わる方に読んでいただきたいですね。といいつつ、文字通り100人のアスリートに取材をするプロジェクトなのでまだまだ目標人数には遠く、今も続いている最中。それこそ5月までの入居期間中は、ひたすらインタビューして記事にしてnoteで公開、という作業に追われていましたが、最近ようやくライティングをお願いできる仲間が入ってきて体制が整ってきたところです。それまでは取材依頼からインタビュー、記事作成までを全て自分たちで行なっていました。

内山:本当にキツかったよね(笑)。インタビューはできるんだけど文字起こしが進まないから、どんどん溜まっていっちゃって……。仲間が入ってきてようやくスムーズになってきました。

——本業の合間を縫って、全て自分たちでやるのは大変だったでしょうね。実際に様々なアスリートたちの声を聴いてみていかがでしたか?

下山田:今20人くらいの取材を終えている状況ですが、改めて生理との向き合い方って人によって全然違うんだと感じさせられました。印象的なのは、みなさんインタビューが終わると「こんなに生理の話をしたのは初めて」っておっしゃってくださること。あとは、例えばその方の中や周囲で当たり前になっている習慣とか慣例が私たちにとってはすごく衝撃的で、思わず「え、そうなんですか!?」ってびっくりすることが度々あって新鮮でした。他人と生理について話す機会って本当にないんだなと、インタビューを通して実感しましたね。

——確かに、人と生理の話を共有する場はまだまだ一般的には少なそうですね。7月開催のナナナナ祭ではインタビューの公開収録「アスリートと生理100人プロジェクト【特別出張ver.】​​」を行っていらっしゃいましたが、こちらの反応はいかがでしたか?

ナナナナ祭「アスリートと生理100人プロジェクト【特別出張ver.】​​」の様子

下山田:これまでリモートインタビューのみだったので、アスリートの方やお客さんを目の前にしてお話をさせて頂いたのは今回が初でした。一応台本を作るんですけど、直接話をしてお客さんを交えて会話することによって、それ以外の話が自然と出てくるんですよ。収録が終わった後に質疑応答の時間を設けたんですが、それがすごく面白かったです。登壇者たちが1時間も生理の話をしていると、生理のタブー感がなくなって空気が活性化してくるんです。お客さんの方からも色々な話が飛び出してきますしね。生の現場で話すってすごく貴重で大切なことなんだって気づきました。

内山:その気づきが一番の収穫だったよね。男性の方や小学5年生の女の子、子供に性教育を行なっているママさんなど、お客さんも様々。そんな方々が自然発生的にお客さん同士で話を始めてしまう場面もあったんです。これが公開収録におけるあるべき姿なんですかね。またこういう機会を作りたいです。また、今回のナナナナ祭で、コロナ禍で中々直接お会いする機会のなかった入居者の方々とも交流できたのも嬉しかったな。

——総じて、入居して得られた変化はどんなものでしたか?

下山田:すでにGarageProgramは卒業していますが、入居中より今の方が100BANCHに来ていて、現在進行形で色々とメリットを得られている状態ですね。自分たちの熱量だけで始めたことですが、サポートの輪がだんだん大きくなってきて、様々なご縁に繋がっています。意義のあるプロジェクトなんだなって、100BANCHに教えてもらっているような気がします。

 

カテゴライズを無くせないなら、選択肢を増やしていけばいい

——改めて、お二人がReboltとして掲げている「ジェンダーのアタリマエ」を解決するためには、何が必要で何が課題だと考えますか?

下山田:男女平等とか性の多様性とか言われてきていますが、やっぱり男らしさ・女らしさという考え方はまだまだ強固で、それが無自覚で私たちの中に落とし込まれているんです。私たちが実現したいのは、ジェンダーの当たり前によって何かを選択するのではなく、本当に自分の心と体にあったものを選べる社会。もちろん、すごく時間の掛かることだと思っています。いくら問題提起しても「自分はそんな風に思ってない」と否定する無自覚の人たちは多いから。意識せずふと口から出てしまった言葉で人を傷つけてしまうことはたくさんあって、それはこんな偉そうに言ってる私たちも同じこと。差別する人たちだってその自覚がない場合が多いんです。そこを少しずつ溶かしていくのは時間が掛かる作業ですよね。

内山:でも、私たちが海外で経験した居心地の良さは日本でも作れるものだと信じています。今存在している、自分がLGBTQ当事者だと言った瞬間に特別視されてしまうような違和感。それをなくしていくために、いっそ新しいジェンダーを作ってみようって二人でよく話しているんですよ。女子サッカー界には「メンズ」って言葉があるんですけど、この言葉がヒントになればと思っています。

——メンズ? どういう意味でしょうか?

下山田:定義は曖昧で難しいんですけど、見た目がすごくボーイッシュ、女性が好きな人みたいな意味合いで、性移行したいトランスジェンダーなのか、ボーイッシュな性表現が好きな人なのかは、使う人の基準に委ねられている気がします。「あいつメンズだよね?」とか、「女子組とメンズ組に分かれて〜」みたいな感じで日常的に使っている言葉です。私自身、女子サッカークラブにいたときはLGBTQの当事者みたいな意識はなくて、いちメンズでしかなかったんですよね。LGBTQって言葉を使うと当事者とそうじゃない人って二分割されてしまうけど、それに対してメンズって男性・女性以外にもうひとつある他のカテゴリーみたいなイメージで、LGBTQとはちょっと違う性質なんです。こういう概念をうまく一般化できないか模索しているところですね。

内山:言葉として落とし込むのが果たして正解なのか分からないし、うまく言葉にできずモヤモヤしている段階ですが、ちゃんと言語化して皆さんに理解してもらえたら、色々なことが変わってきて面白いんじゃないかなと思います。

下山田:ジェンダーレスってワードがありますが、メンズはこれと逆の概念だと思っていて。カテゴリーを消しているわけじゃなく、女性・男性・メンズと、むしろ“増えてる”状態なわけじゃないですか。そうすると、ジェンダーレスよりはジェンダーモアの方が相応しいニュアンスだと思うんですよね。そうやって、ジェンダーの選択肢を増やしていけたらいいなと。

——新しいカテゴリを作るというのは斬新な発想ですね。それでは最後に、「100年先の世界を豊かにする実験スペース」という100BANCHのテーマになぞらえて、お二人が描く100年後の未来を教えてください。

下山田:ジェンダーに限らず、「〜だから○○」みたいなステレオタイプはたくさんあって、それをなくすのは難しいと思うんです。だったらカテゴライズをなくしていくんじゃなくて、増やしていくことで選択肢を作れないかなというのが私たちの考え。その結果、人から押しつけられた選択肢じゃなくて自分が選んだ選択肢で生きていける世界を望んでいます。でも、それが100年後って言われるとちょっと悲しいな……。

内山:うん。もっと早く、自分が生きてるうちにやりたいよね。

下山田:100年掛かる気もするけど、先頭に立ってできるだけそれを加速させたいって想いでやっています。

内山:先頭に立つっていうのもあるけど、もっと周りを巻き込んでいきたいとも思っています。共感というか、共体験って言った方がいいかな。同じ熱量で一緒に何かやってみたいって人を巻き込みながらアクセルを踏むことが出来たら、100年掛からずできるような気がします。自分の意思で選択することは、どんな世界においても尊重されるべき。誰かの何かによって自分の思いを消さなきゃいけないなんて世界、早くなくしていきたいですね。

 

(撮影:小野瑞希)

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