• イベントレポート

Computational Creativity×石川善樹 「自然界の意思」はコンピュータで表現可能か—— AIとともに“新たな神” となる3人の使徒たち 後編:『ファッション』編

100BANCH初期入居プロジェクトのひとつである「Computational Creativity」(以下、CC)が、この度3ヶ月の入居期間を終えて100BANCHを卒業。それを記念して、メンターを務めた予防医学研究者の石川善樹さんとの活動報告を兼ねた公開トークを開催しました。

「食」をテーマに行われた研究成果発表では、AIのデータ分析によって「近しい関係にある」と位置付けられた食材同士を掛け合わせたり置換することでこの世にまだ存在していないメニューを作ることができるのではないかという試みをご紹介。その思考は、実は様々なフィールドに転用できるのではないか--というのが、CCプロジェクトの本領でもあります。そこで、後編は「ファッション」における研究内容を紹介します。
コンピュテーショナルに導く「かっこよさ」の方程式、そしてその先に彼らが目指すものとは?

「食」をテーマに行われた研究成果発表の前編はこちら

Computational Creativity×石川善樹 私たちはまだ、本当の「コンピューター」を知らない—— AIとともに“新たな神” となる3人の使徒たち 前編:『食』編

https://100banch.com/magazine/banchpj/computational-creativity-report_1-1

登壇者:

石川善樹(予防医学研究者)

出雲翔(Computational Creativityリーダー)

風間正弘(Computational Creativityデータ解析、料理研究担当)

西田貴紀(Computational Creativityデータ解析、ファッション研究担当)

 

「かっこよさ」の方程式はあるのか?

西田貴紀(以下、西田) 私のほうからは、ファッションの研究についてお話ししようと思います。料理ほど、まだ精緻なデータは揃っていないんですが……。

私がファッションの研究を思い立ったのは、『TUNE』という雑誌に出会ったことがきっかけです。こちらに表紙画像を掲載していますが……見てわかる通り、バイクのヘルメットをストリートファッションに合わせていたり、表紙にとにかく奇抜な格好の人たちが出ていますね。

こうしたファッションの人たちをスナップして作っていた雑誌なんですが、とにかく「なんでこんな格好をしてるんだろう?」「これが、どうかっこいいんだろう?」という印象を抱かせます。しかし、毎号読んでいると、どんどん「これはかっこいいんじゃないか」と思うようになってくるんですね(笑)。正確には、配色の妙とか、自分の体型や顔立ちにあった格好をしているとか、掲載されている人たちにとっての「かっこいい」がなんとなくわかってくる。

それをきっかけに「かっこいい」とか「クール」という感覚的な基準を検証してみたいと思ったのが、ファッションを研究するようになったきっかけです。

この『TUNE』は編集者の方が自分で原宿でスナップをした写真を掲載していた雑誌で、数年前に廃刊になってしまったんですが、その理由が「撮りたいと思うような子がいなくなった」ことなんだそうです。独創的で自分の世界を持っている若者が、街から消えてしまったと。もしそうなのだとしたら、「かっこいい」という基準を研究することで、それを原宿に取り戻せるのではないか。また、その基準ができれば、ファッション産業もこれまで以上に「かっこいい」服を作れるようになるんじゃないか。そう思っています。

しかし、「かっこいい」「クール」とは何なのか?  言うまでもなく数値化できるような指標も既存研究もありませんし、「こんな風味化合物がコンビネーションすればおいしい!」というような方程式はありません。では、「かっこよさ」をどう捉えるのか。そのために、あえてこれを方程式で捉えてみようと思います。

我々の社会では、かつては服装というものは社会階層を表すものでもありました。階級社会の中では、お金を持っていて金ピカの衣装を着て、立派な剣を持って高価な宝石をつけているということがその階級のアイデンティティであり、これが「かっこいい」とされていた。

しかし、現代は社会が多様化していて、一つのヒエラルキーではなく、様々なフィールドで多様なライフスタイルやヒエラルキーが社会を構成しています。それをファッションに置き換えるなら、カジュアルやスポーティ、モードにラグジュアリーなど、一言に「ファッション」と言っても、実に多様な価値基準がある。さらに、「モード×スポーツ」といった風に、異なるテイストを掛け合わせるような動きも生まれています。

 

西田 貴紀
Sansan株式会社 Data Strategy & Operation Center R&Dグループ 研究員。一橋大学大学院経済学研究科 博士前期課程修了。専門は計量経済学、労働経済学。在学中は、非正規労働者の教育訓練に関するデータ解析に取り組む。Sansan株式会社では、ビジネスネットワークのデータを活用し、労働移動に関する研究等に従事。プライベートでは、ファッションに関する研究も行っている。

今はなき『TUNE』のファンキーな表紙。

かつては「服装=社会での役割」だった。(image : Public Domain)

アイデンティティによって「アパレル」は「ファッション」になる

西田 こうしたテイストの違いは、着る人の嗜好や価値観などのアイデンティティによって生まれるところが大きいと思います。

先ほどの「うまみ」の話ではないですが、単純に洋服のデザインやグレード、値段などのモノとしての情報によってのみ「クール」が決定されるということはほぼなく、そこにどういうコンセプトを持ち込むか=すなわち、アイデンティティを持ち込んで初めて「クール」になり得るのではないかという仮説を立てました。新たな料理を生み出す方程式が旨みなどの「クオリティ」と目新しさを意味する「ノベルティ」の掛け算であるならば、ファッションはそこに「アイデンティティ」という変数が加わる。

つまり、各々の価値観などの「アイデンティティ」ごとに、シルエットや配色の「クオリティ」とハズしなどの目新しさを表す「ノベルティ」で「クール」が決まるということです。

その仮説を検証するべく、料理のほうで作っているギャラクシーをファッションにおいても作ってみました。女性のスタイリングデータから、これまでどういうブランド同士が組み合わされ、着こなされたのかを分析することで、似ているなど相性の良いブランドが近くに配置されるように可視化しました。この分析から、どういうシーンでどんなスタイル・ブランドの洋服が着られているのか?といったこともわかる作りになっています。

例えば、「デート」には「きれいめ」や「フェミニン」というスタイルで出かけていることがわかりました。女性らしさを武器に今日こそ相手の男性を落とそうと意識しているんでしょうね(笑)。

また、料理と同じくベクトル計算ができます。例えば、今日私が着ている「コム・デ・ギャルソン」の服から「ユニクロ」の要素を引くとどうなるか。分析の結果、何も変わらないという結果が出て「ギャルソンの服にユニクロ的な要素は一切含まれていない」ということがわかり、斬新な服が好きな私にとってはめちゃくちゃ嬉しかったです(笑)。

——こうした分析結果を活用することで、人間の感覚的に拠るところが大きい「クールの方程式」と、星の数ほどあるスタイリングデータの中からアイディアを創出するAIの働きを掛け合わせることができ、本当にかっこいい斬新なスタイリングが完成するかもしれない。また、その過程の中で、エシカルファッションなどの生産や流通のプロセスにおける現在のファッション産業が抱える課題についての答えも、もしかしたら導き出せるのではないかという気もしています。

そうして出てきたものを評価して、またそのデータを盛り込んで……ということを繰り返していくのが「CC」の本質です。どの分野でもプロセスは同じになってくるので、こうした様々な分野での試行錯誤を繰り返していくことで、私たちは「真のコンピューター」を作ることに近づいていくのかもしれません。

 

アイデンティティによって異なるテイストをミックスしていた最初期のヒップホップ・ファッション。[Back in the Days] Jamel Shabazz, Fab 5 Freddy, Ernie Paniccioli

人間と機械の得意な領域をマージしていくプロセスはファッションも料理も同じ。

「スタート・ウィズ・コンセプト」であること

石川:いや〜、素晴らしいですねえ。3人の話の前にさんざん小噺をしたんですけど、もう一個していい?(笑)いや、したいんだよ!俺は!

出雲:この後、料理の紹介とかもあるんで。ほどほどにお願いします(笑)。

石川:(嬉々として)先日、こんなことがあったんですよ。全身ユニクロの服で考え事をしながら、朝の散歩をしていまして。ちょっとコーヒーでも飲もうと思ってスターバックスに入ったんですが、なんと、店の奥から、僕と全く同じ格好をした人が出て来たんです。その時、とっさに恥ずかしくなって、鳴りもしない携帯電話を取って。「はい、もしもし」とかいって脇に逃げたんです(笑)。

その時「別に悪いことはしてないのに、なんでこんなに後ろめたいんだろう?」と考えて、気づいたんです!アイデンティティが確立してない自分を発見してしまったんですよ!(笑)なので、その場で西田くんに「俺は何を着たらいいんだ!」と電話して(笑)。そこで言われたのが、「まず、コーディネートのコンセプトを持ってください」と。「何を着たらいいのか」じゃないんですね。「どういうコンセプト、どういうアイデンティティで着たらいいのか」だったんです。

実はこれは、料理にも言えることで。一流のシェフがどうやって新しい料理を作るのかというと、やっぱり最初にコンセプトがあるんですよ。「ニースの海辺で感じた、ホッとする感じ」とか。それを、食材を使って表現するわけです。私は各界のトップクリエイターと呼ばれる方々と会う機会もしばしばあるんですが、そういう方々は「スタート・ウィズ・コンセプト」であることが多い。

そのコンセプトを具体的な形にするというのは、極めて第六感的な作業なんですが、凡人たる僕たちは、その作業を彼らが作り出すコンピューターの力を借りてやっていくのかもしれない。

とにかく、彼らはいつも「まだ本当のコンピューターは誕生してない」とうるさいんですよ。だったら、早く作ってくれ!そしたら俺も、スタバで恥ずかしい思いをしなくてすんだんだ!(笑)

 

最後は4人でトークセッション。石川氏はやはり絶好調。

コンピューターの研究によって「自然」に近づく

石川:それはさておき、人とコンピューターが協力して、どのような世界に僕らは向かっていくのか?という疑問は生じるわけです。

今のところ、資本主義が世界を制覇してはいますが、結果として格差が生まれただけ。では、我々がよりよく生きるために、この3人の研究はどこへ向かうのか?その疑問をぶつけたところ、素晴らしい答えが返って来たんです。……どこに行きたいの?(笑)

出雲:「クリエイティビティ」というものについて考えた時に、「自然の偉大さ」に行き着くんですね。今のところ、人工知能の研究というのは「いかにして機械に人間の脳を真似させるか」というところを主軸としている。ですが、今の時点ではネズミの脳を再現するのもまだまだ難しい。ですが、自然界を見ていると、様々な思考や生態を持った何百万もの種の生物がいて、それぞれが先ほどまでの話で出て来たようなアイディアの選択や創造を進化の過程で無限に繰り返し、ゼロから今の世界を作っている。これこそが、自然のクリエイティビティなんじゃないでしょうか。

それを踏まえて僕たちが考えていくべきなのは「機械vs人間」というような位置付けではなく、機械との関わり合いの中で、自然の持つような、ゼロから全く新しいものを生み出すクリエイティビティを考え、獲得するか。そのために「真のコンピューター」を作っていきたいんです。

石川:コンピューターと協力して、いかに自然界のクリエイティビティを手にするか。みなさん、彼らは「神」になろうとしているんです!(笑)

出雲:優しい神です(笑)。

石川:確かに、「create」という言葉の語源はラテン語の「creo」。これって、「自然が作り出したもの」という意味なんです。対して、人間が作ったものは「positīvus」、つまり「positive」と言ったそうです。今でいう「ポジティブにいこうぜ!」みたいな意味合いは最近与えられたもので、もともと、「ポジティブ」の対義語は「クリエイティブ」だったんです。

僕らは別に人と機械の競争をしたいわけじゃない。人間が自然のクリエイティビティに近づくためには、人間の力だけでは難しいから機械を——ということになるんですね。

出雲:そうですね。人間にはどうしても、認識のバイアスや先入観があるので、自然のようにニュートラルに新しいものを生み出すことができない。そこを超えるのが先ほどの第六感なんでしょうけど、それを助けてくれるものとしてのコンピューターが必要なんです。

石川:第六感、シックスセンスというと急にスピリチュアルなムードになってきますね。帰りに壺とか売りつけられない? 大丈夫?(笑)

それはさておき、本当の意味でのコンピューターを作り、人間をいかに自然に近づけるか。この3人が行なっているのは、世界にまだ類を見ない、極めて野心的な取り組みなんです。みなさん、この3人の今後をぜひフォローして行っていただけるといいなと思います。今日はありがとうございました。

トーク後は、AIによって「相性がいい」と判断された「コーヒー×ビール」や「生ハム×フルーツ各種」の実食会を兼ねた懇親会へ。料理のギャラクシーも展示され、場内のそこかしこで新しいクリエイティビティの可能性に関する熱いトークが交わされました。

「Computational Creativity」チームはこれにて100BANCHを卒業となりますが、今後とも、彼らの活動には要注目です!

Food Galaxyの前で。

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