一番遠くで、犬を抱きしめたい。犬と人の共生の未来を創造する。

Next1Dogs project
一番遠くで、犬を抱きしめたい。犬と人の共生の未来を創造する。
「犬が好き」と聞けば多くの人が、自宅で愛犬と戯れる姿や、スマホのカメラロールに並ぶ大量の愛犬の写真を思い浮かべるかもしれません。
「犬が好き。でも、“愛犬家”とはちがうかもしれません。」
Next1Dogs projectリーダーの相場葵は、自分を「犬オタク」と呼びます。幼い頃に出会った一匹の犬「アンディ」の存在をきっかけに、犬の図鑑や行動心理学の本を読み込み、犬のイラストを描き続け、空想の犬との散歩を繰り広げる日々。その少し変わった視点を象徴するのが、Next1Dogs projectの活動コンセプト「1番遠くで犬を抱きしめたい。」です。
彼女を深く犬にのめり込ませたのは、かわいさよりも「犬らしさ」。人と犬が対等に、心地よく生きられる関係をデザインしたい。そんな思いから独自に生み出したのが、「犬を飼う人」と「ペット産業で働く人」に専門知識を持って寄り添う「ドッグプランナー」という職業です。世界には非公認犬種も含めると800種以上の犬が存在するのに、いまの日本では流通の仕組み上、人気犬種や子犬など、売りやすい犬としか出会えない現状があります。相場が目指すのは、そうした流通の外に置かれた「余剰犬」が生まれない、ドッグプランナーが寄り添う新しいペットショップのかたち。犬と人、社会との関係を問い直す、彼女の現在地をたどります。
──Next1Dogs projectの活動は、大学の卒業制作がきっかけだったそうですね。
相場:そうなんです。いまは「ドッグプランナー」という肩書きを掲げながら、犬と人がよりよく共生できる社会を目指して活動していますが、その原点は大学の卒業制作にあります。当時から「1番遠くで犬を抱きしめたい。」というコンセプトを掲げていて、卒業制作では犬と人をつなぐイラストレーションをテーマに制作をしました。単に個別のイラスト作品を並べるのではなく、「プロジェクトドキュメンテーション」と呼ばれる展示方法を取り入れたんです。これは、1枚の絵や1本の映像といった完成品を提示するのではなく、リサーチの過程や描きためたスケッチ、調べた資料や思考のプロセスまで含めて多面的に見せる手法です。犬と人との関係性をどう表現できるかを、イラスト単体というより「プロジェクト全体」として表現できないかなと模索しました。
現在のNext1Dogs projectのコンセプトビジュアル。卒業制作時からコンセプトは一貫して「1番遠くで犬を抱きしめたい。」
──卒業制作からはすでに数年が経っていますよね。それでも犬をテーマに活動が続いているのは、やはり相場さんにとって犬が特別な存在だからこそですね。
相場:卒業制作のときも、犬以外のテーマを選ぶことは考えられませんでした。周囲も「相場がやるなら犬でしょ」という感じで。私が人生ではじめて絵を描いたのは2、3歳の頃で、そのモチーフは当時実家で一緒に暮らしていたビーグルと柴犬のミックス犬「アンディ」でした。彼が私を「犬オタク」に導いた存在です。
幼少期に描いた犬の絵。
相場:物心ついたときから犬は興味の対象でしたね。幼稚園でみんなが「ひな祭り」や「ハロウィン」など季節の絵を描く時間でも、私はいつも犬の絵。図鑑に載っている犬種を暗記して、犬だけを描き続けていました。しかも「グレート・デン」や「ダルメシアン」など犬種を明確に描きわけていました(笑)
アンディは見た目はかわいいけれど、頑固さや縄張り意識の強さ、プライドの高さと繊細さなど、ビーグルと柴犬の悪いとこ取りみたいな性格で(笑)よく噛む犬で、私も噛まれましたし、友だちもなかなか触れなかった。だからこそ「どうにか仲良くなりたい」「アンディと会話したい」と思って、小学生になると図鑑だけでなく犬の行動心理学の本を読みはじめたんです。
──物心ついたころから、相場さんにとって絵も犬も、当たり前にあるものだったんですね。
相場:それが、小学校1年生のときに、アンディが亡くなってしまったんです。これから仲良くなるぞ!ってところだったのに。両親からは「アンディが死んでしまったのがつらいから」と言われて、なかなか次の犬を迎えてもらえませんでした。そこで「こんなにトレーニングできるんだよ」「専門書でこれだけ学んだよ」と説得材料を増やすように、ますます本を片っ端から読みあさるようになりました。図鑑から行動心理学の専門書まで、とにかく犬のことを徹底的に調べて。観察して絵も描き続けたので、この時期、絵の精度が上がりまくりました(笑)
それでも飼わせてもらえない。すると気持ちはだんだん「実際に犬を飼うこと」から「本や絵の中で犬を追いかけること」へと変わっていきました。漫画やアニメの表現も参考にしながら、空想の犬を描いて、描いて、描き続ける。図鑑を真似するだけでなく、性格やしぐさまで表現したいと思うようになって、犬の絵を描けば描くほど、存在はしていないけれど自分が1番犬の近くにいられるような感覚で。のちにNext1Dogsのコンセプトになる「1番遠くで犬を抱きしめたい。」の原点になっていると思います。気がついたら犬のイラストが自分自身の表現手段になっていったんです。登下校の道では、月曜日はシェットランドシープドッグ、火曜日はボーダーコリー、みたいに、犬と一緒に登下校している妄想をしていました。しかも読んでいた行動心理学の本をもとに、ヒールウォークのイメージトレーニングとかをやったりして(笑)
──想像の斜め上を行く「犬オタク」でびっくりです。「うちの犬がとにかくかわいい!」とかではないんですね。
相場:結局、実家に新しい犬が来たのは高校を卒業する頃、おばあちゃんの家で生まれた柴犬を引き取ることになったんです。あれだけいろんな犬種を調べて「次はこの犬がいい!」「私はこんなトレーニングができる!」と親に提案し続けていたのに、実際にやってきたのはとてもシンプルな柴犬で(笑)。でも、犬を飼えなかった「空白の10年」があったからこそ、私はより深く犬にのめり込み、オタクとしての執念が鍛えられたんだと思います。
──犬オタク一直線、というように感じますが、犬に関わる仕事に就くことはされなかったのですか?
相場:もちろん「犬と関わる仕事をしたい」と思ってはいましたが、具体的に何をすればいいのかわからなくて、すごく悩みました。小学生の頃は本気で「ドッグトレーナーになりたい」と思っていたんです。中でも家庭犬の問題行動を直すトレーナーに憧れて、将来の就職先まで調べたりしていました。でも当時は認知度がとても低くて、専門学校もほとんどなくて、弟子入りして自分で名乗るしかない狭い世界で。犬関連の仕事は他にもたくさんあるんですけど、トリマーやトレーナーとして働き出した友人や知り合いが「犬は好きだけど、仕事としては続けられない」と辞めていく姿も目の当たりにして、すごくモヤモヤしていました。賃金が低い、働き口が少ない、労働環境が厳しい……そこから、「自分がトレーナーになるのではなく、彼らがちゃんと必要とされる社会をつくれないか」と考えるようになったんです。
私自身も、「絵を描いて犬のかわいさを表現する」だけでは自分がやりたいことの本質にたどり着けない気がしていました。犬を飼っていなかった空白の10年があったからかもしれませんが、私にとって犬は「かわいい存在」よりも、「美しく、この世に犬らしく存在していてほしいもの」なんです。だからこそ、「犬を飼う人と犬がどうすれば心地よく共生できるのか」という視点に自然と向かっていました。
──そこから相場さんが掲げる「ドッグプランナー」という概念につながっていったんですね。
相場:すぐに思いついて行動できたわけではなくて、かなり時間がかかりましたけどね……。まず、「プランナー」という言葉を思いついたのは社会人になってからの経験が大きくて。芸術系の大学に通っていたので自分は漠然と、イラストレーターかデザイナーになるんだと思っていました。そしたら偶然、企画の会社に就職することになって、私はプランナーになりました。働きはじめた当初は、日々の仕事に追われながらも「いつかはこの経験を犬に活かすんだ」と思っていました。担当していたのは事業のブランディングからキャンペーンのプロモーション企画、イベント運営など幅広い案件でしたが、どんな経験も将来に必ずつながるはずだと信じて。だから仕事として犬の活動はできなくても、犬の絵を描き続けてインスタに投稿し続けることで、自分をつなぎ止めていました。土日も夜も、ただひたすら描く。とにかく「描き続けること」を途切れさせない。それだけは自分に課していました。大学の同級生はイラストレーターやアーティストになった人が多かったので、会社員として働く自分との差に悩むこともありましたが、「卒業制作で燃やした熱量を忘れたくない」と必死に描き続けたんです。
100BANCHでも犬のイラストを描き続ける相場。
相場:「ドッグプランナー」という言葉を思いついたのは、やっとプランナーの仕事が面白くなってきた社会人3年目くらいのときです。ウエディングプランナー、ライフプランナー、と世の中にプランナーと呼ばれる職業は色々あるなと気づいたのですが、犬に関するプランナーって聞いたことがないな、と。自分自身がプランナーとして「クライアントの課題を整理して、未来のあり方を一緒に考える」という仕事の仕方を学んで、犬の世界にも必要だと感じるようになりました。犬と人の関係をデザインする存在。それが「ドッグプランナー」という考え方の出発点になったんです。でも、そこからまた、なかなか行動に移せなくて……“もじもじ期”が1年ほど続きました。私、本当に腰が重くて。やっぱり犬について、何かやりたい。こんなにずっと描いているんだから。でも仕事が大変だし……でもやっぱり犬……でも私は犬のイラストレーターになりたいわけではないし、何になりたいんだろう。やっぱり「ドッグプランナー」って言葉、いいなぁ……という感じで(笑)
転機になったのは100BANCHの出身でもある、ヘラルボニーの松田崇弥さんとの出会いです。ベンチャー企業の講演会ではじめてお話を聞いたときに、100BANCHの存在を紹介され、「個人の活動体を応援してくれる場所があるんだ」と知ったんです。その日のうちに応募を決めて、動画を撮ってエントリーしました。
──100BANCHへの入居が決まって、一気に動き出した、と。
相場:はい。2025年2月の入居が決まって、「もうやるしかない」と覚悟が決まりました。ずっと胸の内に秘めていた「ドッグプランナー」をようやくかたちにできる場所を見つけた感覚でした。
──では応募時の勢いのまま、100BANCHに入居してすぐに手応えを感じられましたか?
相場:「覚悟が決まりました」と言っておきながら、最初は不安ばかりでした。犬の絵を描いて「いいね!」と言ってもらうだけの活動にはしたくないと、頭ではわかっていましたけど、じゃあ何をすればいいのか……。会社ではまだまだ下っ端で、企画も通らず「プランナー、向いてないな」と思っていた時期で。100BANCHに行くと「見ず知らずの人の夢を本気で応援してくれる場なんて、ありがたいな」と思いながらも、アウトプットもなかなか形にならないし、会社員生活との両立も難しいし、事務局への提出物も遅れがちで、「もう迷惑をかける前にやめよう」と思っていました。でも、事務局の方から「GARAGE Program、延長しないの?」と声をかけてもらって。その一言がすごくありがたくて、もう少し頑張ってみようと思えたんです。延長した3ヶ月は、「言語化したものをアウトプットにする」期間にしようと決めました。自分の「犬オタクとしての視点」をどう社会に見せていくかを考えはじめて。「やっぱり延長してよかった」と心から思いました。
──犬オタクとして半端ない熱量の相場さんと、行動をためらってしまう相場さんが混在していたんですね。
相場:そんなときに出会ったのが、100BANCHに集まる熱量の高い仲間たちでした。初めて実験報告で自分の活動報告ピッチをしたときには、想像以上の反応が返ってきて。「すごい!」「プランナーらしい企画書!」と褒められたんです。会社では一度もなかった経験で、すごく自信を取り戻しました。その自信が、会社での発言や態度にも自然と表れて、仕事での周囲の反応まで変わっていったんです。大学を卒業してから今まで、一人で犬の絵を描いているだけで本当に苦しかったのですが……久しぶりに、生きてる!血が通った!と思いました。
ナナナナ祭も、実は最初、出るつもりはなかったんです。会社の仕事も繁忙期で、土日も制作に時間を割けない。「出ても迷惑をかけるだけだろう」と思っていました。でも事務局や他のプロジェクトのメンバーに背中を押してもらい決断しました。
──ナナナナ祭では相場さんがドッグプランナーとして、体当たりで体験をつくっているのが印象的でした。お客さん一人ひとりの話を聞いて、全部手描きで犬のイラストを描いていて。
相場:小学生の頃から、絵はずっと「人とつながるための道具」でした。勉強は得意じゃなかったし、集団行動も苦手。でも授業中に先生の似顔絵を誇張して描いて、友だちが笑ってくれると「絵を描いてる自分はここにいていいんだ」と思えたんです。しゃべるより、絵で人を笑顔にするほうが自分にはしっくりきていました。だからナナナナ祭に出るときも最初は「似顔絵みたいに、その人に似ている犬を描けばいいかな」と思っていました。でも「それ、言われてもあんまり嬉しくないかもよ」とズバッと指摘されて(笑)たしかに、表層的に「あなたはこの犬っぽい」と言うだけでは響かないなと気づいたんです。
そこから、「もっとその人の内面に迫る方法を考えよう」と発想を切り替えて。ホワイトボードに軸を引いて「性格診断」みたいに会話しながら、その人のライフスタイルや価値観に合った犬を導き出すスタイルに変えました。他のプロジェクトの理系勢は、「なんでその診断結果になるのか言葉で言われてもわからないよ、マトリクスで分類して!根拠がわかるようにしよう!」と私には全くない観点でアドバイスしてくれたり(笑)ナナナナ祭に出展して、はじめて「ドッグプランナー」という概念が人とつながるツールになった実感がありました。大学を卒業してからずっとモヤモヤと抱えていたものが、はじめて社会とつながった気がしたんです。正直、学生時代の友だちも私の家族も、私が何をやっているか、今まではわかっていなかったんです。「ただ犬が好きで犬の絵を描いている」という認識だったと思います。でもナナナナ祭の展示やレポートを見て、「ああ、こういうことがやりたかったんだね」「なんだかワクワクした」と言ってもらえて。「Next1Dogsってさ、」とプロジェクト名まで口にしてもらえたんですよ。
──100BANCHでの実験を経て、「絵を描くこと」から「人と人をつなぐ仕掛けづくり」へと、一段ギアが上がった感じがします。
相場:そうですね。ナナナナ祭の出展も経験して、私にとって犬は「かわいい存在」以上のものだと改めて感じました。犬が美しく、この世に犬らしく存在していてほしい。その視点で、犬と人間の関係をもっと丁寧にデザインしたい、と強く思うようになったんです。
「うちの犬、かわいいでしょ」という愛犬家の感覚も素敵だけれど、それだけだと社会の中で犬の居場所を広げていく力にはならない。むしろ、トレーナーやトリマーといった犬に関わる専門職の人たちが安心して働ける環境や、犬と暮らす人がもっと理解を深められる仕組みが必要だと、より強く考えるようになりました。
──相場さんの話を聞いていると、いわゆる「愛犬家」というより、もっと独特な視点を持っていると感じます。
相場:私自身、実は「愛犬家」と呼べるほど犬を飼ってきたわけではありません。むしろ犬と暮らしていなかった期間も長いのに、ここまで犬にのめり込んでいるのは、自分でも不思議なくらいです。私はペットショップでよく見かける人気犬種だけが犬じゃないと思っています。世界にはたくさんの犬種がいるのに、日本では限られた種類しか目にできない。でもトレーニングの環境さえ整えば、もっと多様な犬と暮らせるはずなんです。私自身、いろんな犬を観察したいという欲望もありますし(笑)、でもそれ以上に、人も犬もお互いに制限なく暮らせる社会をつくりたいと思っています。
赤ちゃんや障害のある人が公共交通機関を安心して利用できるように社会が変わっているように、犬も同じだと思います。トレーニングを受ければ、犬だって無理なく電車に乗れるし、街で共に暮らせる。元々、歴史を見ても犬は人間と共に生きてきた生き物なんです。だからこそ、「犬だから仕方ない」ではなくて、犬も含めて誰もが心地よく暮らせる社会を考えていきたいんです。同時に、犬が好きな人だけの世界でもダメで、犬に興味がない人や苦手な人も同じ空間にいる。その視点を持つことで、愛犬家も「自分と犬が良ければいい」から一歩進んで、他者への配慮を考えるようになる。そうした相互理解が広がれば、結果的に人も犬も幸せに暮らせるんじゃないかと思っています。
──そのような未来で、Next1Dogs projectと相場さんはどうなっていたいですか?
相場:なんでこんな活動をやっているのかと言えば、「ドッグプランナー」という職業をつくること自体がゴールではないんです。その先で私が本当にやりたいのは、日本に新しいかたちのペットショップをつくることです。いまの流通では、「商品として売りやすい犬」しか表に出てきません。でも実際には、ハンディキャップにより売れ残ってしまう子犬や、繁殖を終えた成犬たちが余ってしまっています。私はそうした「余剰犬」たちが、ちゃんと人と出会える場所をつくりたい。トレーニングを受けて、いつでも安心して家庭に迎え入れられる状態にしておく。そこにドッグプランナーが入り、飼い主と一緒に「どんな犬と、どんな暮らしがいいのか」を考える。焦って買う場ではなく、ゆっくりと未来を描ける場所にしたいんです。その仕組みがあれば、ドッグトレーナーにも新しい仕事が生まれ、ブリーダーにも還元できる。保護活動や既存のペットショップを否定するのではなく、もう一つの選択肢を社会に差し出す。私はそのためにドッグプランナーを名乗り続けていきます。
最終的には、日本にそのペットショップが当たり前にある状態にして、海外にも広げたい。さらに、世界中の犬を自分の手でスケッチして、本当に世界中の犬を網羅した「犬の図鑑」を完成させたい──そんな途方もない夢もあります。でもいまはまだ、その途中です。もがきながら、描きながら、犬と人の関係を少しずつ問い直している最中です。