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テクノロジーで地域課題を解決し、豊かで暮らし続けたいまちをつくる。:青木大和(株式会社パブリックテクノロジーズ 代表取締役CEO)

「“いつか晴れる"と信じて前を向いて勝負し続けてきました」

そう話すのはGARAGE Program 6期生「BUSHOUSE」の青木大和(株式会社パブリックテクノロジーズ 代表取締役CEO)です。青木は2018年1月に100BANCHに入居。「モビリティ」の可能性に着目し、100BANCHではマイクロバスをホテルのような空間に改造した移動型滞在施設を提案し、現在は公共ライドシェア領域で事業を展開しています。さらに2022年の北京パラリンピックへの出場を果たすなど、アルペンスキーの現役選手としての顔も持ち、多彩に活動しています。

そんな青木が、現在の挑戦や100BANCHでの活動、今後の展望について語りました。

青木大和|(株)パブリックテクノロジーズ代表取締役CEO/アルペンスキーヤー(2022年北京パラリンピック日本代表)

15歳にて単身渡米し、オバマ政権の誕生を目の当たりにし、帰国。帰国後にNPO法人を設立。2016年1月に事故に遭い、脊髄損傷。リハビリと共に2017年に起業し、2020年にスピンアウトする形で、現在CEOを務める株式会社パブリックテクノロジーズを創業。「暮らし続けたい“まち“をつくる」ための、移動の改革を軸とした自治体DXソリューションの開発を手掛ける。プライベートでは、2020年にパラリンピック出場を目指し、幼少期より打ち込んでいたアルペンスキーに復帰。翌2021年に日本代表に選出され、2022年の北京パラリンピックに日本代表として初出場。2026年のミラノコルティナパラリンピックにてメダル獲得を目指す。

 

——近年、国内外で注目を集める「ライドシェア」領域で事業を展開している青木。現在の取り組みを語ります。

青木:僕は1994年3月生まれの30歳で、パブリックテクノロジーズというライドシェア領域でプロダクトを開発するスタートアップを経営しています。「道路運送法第78条第2号」に定められている、過疎地域における公共交通機関のライドシェア化を進めており、ありがたいことに様々な地域とお話をさせていただくことができております。北海道から沖縄まで全国の人口10万人以下の市町村に対してプロダクトを提供しています。

青木:僕は左足に麻痺がある障害者で、スタートアップの経営とアスリートの二刀流で活動しています。2022年の北京パラリンピックにアルペンスキーの日本代表選手として出場させていただきました。現在、2026年のミラノオリンピックに向けてトレーニングを積んでいます。毎年、10月末から3月末ぐらいまで、ヨーロッパを中心に様々なレースに出場しながら生活をしています。

 

応援する側ではなく「やっぱり自分も勝負したい」

——スタートアップの経営とアスリートの二刀流で精力的に活動している青木ですが、そこにたどり着くまでには様々な出会いがありました。

青木:僕は21歳のときに起業して、下北沢でアオイエというシェアハウスを運営していました。「らしさが交差するコミュニティハウス」というコンセプトのシェアハウスで、ありがたいことに創業して3年間で東京、大阪、京都、沖縄など全国に27か所に広がり、若い世代がたくさん集う場所になりました。

アオイエで若い世代が集まる場をつくり、いろんな若者たちを応援して、夢を持った彼らが羽ばたいていく姿を見たときに、「やっぱり自分も勝負したい」と考えるようになりました。そこで、何か新しい取り組みができないかと考え、BUSHOUSEというプロジェクトで6期生として100BANCHに入居しました。

青木:「自動運転社会になると移動式の家が流行するのではないか」という仮説を立て、車内がホテルのような空間のマイクロバスをつくりました。また、僕は野球が好きなのですが、毎年2月はプロ野球のキャンプが行われるため日本中からファンが殺到して一時的にホテル不足になります。そこに移動可能なホテルがあれば、高い稼働率が見込めるのではないかと考え、プロジェクトを進めていました。結果、全国に納品させていただくことができました。

このプロジェクトで日本中を巡り、いろんな地域の方や自治体の職員さんとお話しをする中で、「地域におけるサービスのソフトウェア化や公共交通の問題など、地域の様々な社会課題を網羅的に解決してくれないか」というお話をいただくようになりました。そのような経緯で、現在のパブリックテクノロジーズで手がけているライドシェア事業につながっています。

 

いつか晴れればそれでいい

——開発したプロダクトを全国に納品するなど順調に見える青木ですが、壁を感じていた時期もあるようです。

青木:僕の中で100BANCHで1番心に残っているエピソードがあります。当時、僕は学生起業していたのでいろんなことが手探りの状態で、順調にいったりいかなかったり、不安定な状態を繰り返していました。そんなとき、当時パナソニックの社長を務めていた津賀会長が100BANCHにいらっしゃり、お話させていただく機会がありました。その中で、津賀会長に「松下幸之助も最初からうまくいったわけではないと思う。とにかく数を打って打席に立ち続けることで、いつか晴れる瞬間が来ると思う。“いつか晴れればそれでいい”という気持ちでやり続けることが大事なのではないか。」と言葉をかけていただきました。

スタートアップの経営を10年近く続けていると、家族ができるなどの家庭状況の変化や、生計を立てる難しさから企業に就職する人などフェードアウトしていく人が多いです。その選択が悪いことではないのですが、「いつか晴れればそれでいい」という言葉が僕の心の奥にずっと残っていたから、諦めずに挑戦し続けることができたと思っています。

 

仲間、熱狂、暴走、理解

——青木は100BANCHでの活動を振り返る中で、“世界を変える条件”に気がついたといいます。

青木:僕が現役メンバーとして活動していたときの100BANCHのワークスペースは、何者でもない若者たちがたくさん集まってぎゅうぎゅう詰めになりながら徹夜で作業していました。本当に24時間365日みんなで汗水を流していたと思います。いま活躍しているヘラルボニーの松田兄弟や最近、復興支援で注目されているWOTAの前田も、元々BUSHOUSEのプロジェクトメンバーとして僕と一緒に活動していました。みんなで熱く夢を語っていたのに、7年経つとみんな活躍しています。仲間と熱狂した経験は僕にとって、とても大きかったですし、モチベーションが引き上げられたと思います。

実は昨日まで鹿児島の自治体を巡っていたのですが、そこで地元の方たちと話した内容で、今の話につながるエピソードがありました。彼らにとって、西郷隆盛や大久保利通など「維新」を成し遂げた人たちは誇りだそうです。そんな西郷隆盛たちは同じ村出身で近所に住んでいたそうで、「同じ村で育った身近なお兄さん的存在の西郷隆盛が、日本を変えられると言っていたから、俺たちにもできる」と村の人が日本を変えるために魂を燃やしていたと想像すると、ある一定の期間、同じ場所に同じ志を持った人が集まり、みんなが夢を語ってがむしゃらである瞬間に、が日本や世界が変わるのかもしれないと思いました。100BANCHもそういう空間だと思います。 

また、「仲間」「熱狂」がある環境は、アメリカのシリコンバレーやシンガポールにもありますが、100BANCHにしかない価値観は「暴走」と「理解」だと思います。私の入居当時のメンバーは好き勝手な行動をしたり、空気を読まず自分のやりたい気持ちを無我夢中でぶつけるなど、世間一般では理解されないような言動を繰り返していました。そんな暴走するメンバーを100BANCHのスタッフのみなさんは「ダメ」と言うのではなく「面白いじゃん、いいね」と理解してくれました。そんな環境はとても100BANCHらしいし、これから100年先も続いてほしいなと思います。

 

テクノロジーで日本の地域の未来を創る。

青木:元々、BUSHOUSEで日本全国を回っていたときに地域のポテンシャルを感じました。一方でテクノロジー、データみたいなものはほとんど導入されていないことに気づき、政策の意思決定などの仕組みを改善できると考え、パブリックテクノロジーズという会社を創業しました。「Japanese Dynamism(ジャパニーズ・ダイナミズム)」という崇高で大きなビジョンを掲げ、日本の国益を増進するテクノロジー企業群を構築していくための、様々なプロダクトを網羅的に展開しています。日本発のスタートアップで世界的に成長している企業はまだ多くないので、自分たちがそれを担っていきたいという思いでいます。

多くのスタートアップはGDPにおける民間資本の領域でビジネスを展開しているのですが、僕らは公的資本の領域に着目しました。日本の公的資本は国内のGDPの約3割を占めており、金額にすると約144兆円です。僕らが手掛けている自治体のDX、公共交通の領域だけで約2兆円の資金があります。また、自社のソフトウェアプロダクトだけでなく、M&Aの準備を進めています。より大きく強固なマーケットに成長させながら、この領域での有力なスタートアップ企業であることを目指します。

青木:自社で展開しているプロダクト「パブテク」を1つ紹介させていただきます。自治体と住民を1つにつなぐアプリで地域通貨の利用やAI配車などの住民サービスなどがアプリ1つで利用できます。機能は随時拡大中です。特に今大きく広がっている機能がAI配車で、公共ライドシェアやAIデマンドの領域で、現在全国の多くの地域に導入いただいています。

実は、日本にはバスが走ってないような人口の少ない地域がたくさんあり、お年寄りの方や障害のある方、子どもたちの移動手段がありません。そこで、市内全域を網羅した乗り合いタクシーや乗り合いバスなどの、ライドシェアを利用してもらうことで、病院やスーパー、コンビニに行くことすら難しい地域の公共交通の課題解決に努めています。

DXやAIなどの技術発展に伴い、企業がアップデートしているにも関わらず、自治体はなかなか方針転換や意思決定のアップデートが追いついていません。そこに対して網羅的なプロダクトを展開していきます。

 

誰にでも波はある。勝負し続けよう。

青木:僕は今、30歳になりましたが、たくさんのいろんな波を経験しました。スタートアップというと、会社がうまくいっているかや時価総額の大きさなどで競い合いがちですが、100BANCHに入居して強く感じたことは、すぐに結果が出る人もいれば、なかなかうまくいかない人、芽が出ない時期もあったけれど急浮上してくる人など、いろんな人がいることです。僕も同世代がいち早く結果を出していく姿を見て、それに対して自分はうまくいかず、苦しいなと感じる時期が長かったです。でも、諦めずにバッターボックスに立ち続けたことで、少しずつ形になり、自分が進みたい方向や人生をかけて成し遂げたいものが見えてきました。今では仲間も増え、結果も出てきました。

波は誰にでもあるものです。「いつか晴れる」と信じて前を向いて勝負し続けることがとても大事だと思います。100BANCHには、挑戦して失敗しても、笑う人は1人もいません。1人でも「いいね」と応援してくれる人がいれば採択され、背中を押してもらえます。

最近僕のところに相談に来てくれる若者がいるのですが、「まずは100BANCHでたくさん挑戦してみれば?」と必ずアドバイスしています。僕自身、100BANCHでもがき苦しんだ経験や、100BANCHメンバーやメンターの方との出会いが大きかったと感じているからです。100BANCHは100年先も続いて欲しいです。80歳になっても杖をつきながらここに現れようと思っています。

 

今回のお話の内容は、YouTubeでもご覧いただけます。

https://youtu.be/idAcyCcZcpg?si=44K9ttZNRWQibVAf

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