• リーダーインタビュー

Whom - Be unforgettable girl 桑原 沙也加: 彼女はなぜ香水を開発したのか? 果たせなかった恋と忘れられない香り

とにかく、この文章を読んでもらいたい。

愛おしくて、狂おしくて、読み進めるとなんだか心臓をキュッと掴まれるような気持ちになりませんか?

これは「Whom – Be unforgettable girl」プロジェクトのリーダー・桑原沙也加(くわばら・さやか)の言葉。彼女はこの言葉にある通り、実際に「忘れられない女の子になる」ための香水を開発してきました。

ひとつの思い出をきっかけに生まれようとしている、いわば個人的とも取れる香水。それを桑原さんは今年(2019年)中を目処に商品化を目指していると話します。

なぜ、彼女はそうまでして個人の思い出を多くの人に届けたいのか? インタビューを進めるうちに、決して個人だけにとどまらない価値が、そこに秘められていることがわかってきました。

まずは多くの人が気になっている(であろう)質問を投げかけることにしました。

「これって実話ですか?」

 

スクランブル交差点でよみがえる記憶

——この文章に思わずドキッとしてしまいました。これって……実話ですか?

はい、まるっきり(笑)。2018年の年末くらいに、この文章に出てくる彼と出会って、でも、うまくいかなくて。それからしばらくしたある日、渋谷のスクランブル交差点を歩いていると、彼が付けていたバニラ系の香水の匂いがふっと漂ってきたから、思わず振り返ると、それは彼とは全然違う人でした。

その瞬間に「なんで、私だけがこんな感情になるんだよ」ってムカついて。だから、次に好きになる人には、私と同じように悔しい気持ちになってくれたらいいなっていう、ちょっとメンヘラっぽい気持ちがわき上がりました。その勢いで香水を作ってやろうと思い、この文章を殴り書いて、今年の1月3日にツイッターに投稿したんです。そうしたら予想以上に多くの反響があって、正直、面食らってしまいました。

1月3日に投稿したツイート

だって、そもそもこの香水は自分のためのプロダクトくらいにしか考えていなかったから、最初は売る気すらなくて。自分の近しい人たちに「ねえ、これちょっとよくない?」みたいな感じになればいいなと思っていたんですけど、多くの知らない人がコメントをしてくれたり、フォローしてくれたり、気にしてくれたり、そんな反応から「これは自分だけのものにしちゃダメだ」って徐々に感じてきて、商品化も視野に入れて開発に動き出しました。

——反響はあったにせよ、商品開発に踏み切るって大胆ですよね。

まあ、普通はそうなんですけど……。私は胸が大きいことがコンプレックスだったので、高校時代にその人たちに向けた服を作ろうと考えて、高校生向けのビジネスコンテストに出たことがありました。その経験から商品開発のノウハウを多少は理解していたし、大学時代はスタートアップのインターンなどを通して実際にビジネスとしてのものづくりを身近に感じていたから、「なんとなく香水も作れるんじゃないかな」って軽いノリで始めたんです。実際に100BANCHで商品開発をしてみたら、全然甘くなかったんですけどね(笑)

——100BANCHはどうやって知りました?

そのビジネスコンテストで一緒だった杉田翔栄くん(「Block Chain World」プロジェクトのリーダー)が100BANCHを紹介してくれたので、一度見学に来たことがありました。その時に杉田くんが他プロジェクトの人たちと「こうやったら、いいんじゃないかな」とか「うちのプロジェクトはこうやってる」とか、違う分野同士なんだけど意見を交わしている姿を見て、その関係性に惹かれました。一人でプロジェクトを進めるにも行き詰まった時に、仲間じゃないですけど、そうやってお互いを高め合う存在がいたらいいなと思い、その環境がある100BANCHに応募しました。

——100BANCHでの活動は順調にいきましたか。

いやいや、めちゃめちゃ失敗しましたね。香水も詳しくないし、ものづくり自体も詳しくなかったから、どこから初めていかわからなくて(笑)。メーカーに「こんな香水を作りたい」とメールを送っても返信がないのは当たり前。返信が着たとしても「3千個が最低生産数です」とか言われて「そんな数はいらないよ」なんて悶々としちゃうことも多々ありました。でも、諦めずに多方面で可能性を探り続け、ようやく一緒に香水を開発してくれる会社と出会えました。今は2種類の香水のプロトタイプを開発しているところです。それが上手くいけば、この夏に商品化に向けクラウドファンディングをスタートする予定です。

——2種類の香水を作られているんですね。

「12月30日」と「8月1日」と、日付を商品名にした2種類の香水を開発しています。この日付は私の忘れられない人との思い出に近い日として設定しました。「12月30日」はこの商品開発のきっかけにもなった彼から匂ったバニラ系の香りを軸に、彼がタバコを吸っていたので、その匂いとも相性のよい香りをイメージしています。これは人によって好き嫌いが別れるかもしれないけど、深く記憶に残る香りなので、「ここぞ!」と勝負を懸けたい時に使ってほしいと思っています。

「8月1日」は、過去に好きだったけどインドネシアに留学に行ってしまった彼をイメージして作りました。インドネシアの人にとってジャスミンは国花であり、お祝い事に贈る花でもあるので、この花の爽やかさと私の淡い思い出を重ねられるようなイメージで開発しています。ユニセックスに近い香りで、普段から使えるような香水を目指しています。

 

エモさには賞味期限がある

——どちらの香水も、とてもパーソナルなストーリーの元で開発されているわけですが、販売目線で考えると、多くの人が好む香りをリサーチして香水を製品化する方が効率的な気がしますが……。

普段、香水って香りで選ぶか、ブランドで選ぶか。それくらいしか選択肢がないんですよね。でも、全ての香水にはそもそも「こういうシーンで、この香水を使ってほしい」というイメージがあったと思うんです。でも、それをそぎ落として、香水売り場でただ陳列されていることが多いから、私はそれを見て「うーん……」と残念に思ってしまう部分がありました。

だからこそ、今開発している香水はシーンによって香りを使い分けられるようなストーリーを込めたかったし、そのストーリーに共感したり、自分の経験とリンクしたりできるような、新しい感覚も生み出せるのではないかと。それが実現できれば香水売り場との差別化を図れますよね。さらに言うと、そういった背景のあるものづくりが今後ますます求められる時代になると感じているので、そこにも適したプロダクトとだ思うんです。

——なぜ、これから「背景のあるものづくりが求められる」と感じられるのですか。

以前、私はハンバーガーのチェーン店でアルバイトをしていて。そこで時間が経過するとまだ食べられるのに破棄してしまう食材を見続けているうちに、大量生産・大量消費の裏側に疑問を感じてしまったというか……。「その大量生産・大量消費を追い求める社会って本当に必要なの?」って。そう考えるうちに、もの本来の価値やストーリーに自然と注目するようになりました。最近はその感覚が私のまわりにいる20代前後の人たちにも共通する視点だと感じられるから、今後はそういった価値がスポットを浴びるような時代になっていくと思います。

——今後さらに大量生産・大量消費が続くであろう社会において、もの本来の価値やストーリーを感じられる商品はどのような存在になると思いますか。

今後はさまざまな分野で多様性が広がることが予測できるので、「みんな一緒がいい」という価値観が薄れていき、所有欲が分散すると考えています。例えば、「ムダを省いたものだけで揃えたい」という人もいるし、「ムダも省きたいけど、ここだけはストーリー性を感じられるものにしたい」という人も出てくる。そうやって個々人のニーズが顕著に表れてくるのだと思います。その背景を感じられるものを求める人たちのそばに、私の香水があればうれしいですね。

でも、一方で私が開発している香水は気持ちに訴えかけるもの。いわゆる「エモい」って感じられるものであり、その感情は世代で移り変わるものですよね。だから、この香水もいずれはエモさの賞味期限が切れて、必要がなくなる日が来ると考えています。ただ、そうであったとしても、背景にストーリーを感じられる新たなものづくりや取り組みをしていきたいと思います。

 

背中を押してくれたから、今度は私が押し返す

——「Whom – Be unforgettable girl」プロジェクトは香水の開発の他に、「女の子のためのライフスタイルメディア型プラットフォームの開発」を目指していると伺いました。

はい。当初は香水だけ作ろうと思っていたのですが、先に話した香水開発のツイートをした時に、「すごく共感する」とか「香水ができたら買いたい」とか「応援している」など、多くの女の子からメッセージをもらいました。軽い気持ちで個人的に香水を作るものだったはずなのに、そういう言葉がすごくうれしくて。しかも私の性格上、その言葉がなかったら実際に開発まで動き出していなかっただろうから、たくさんの人が私の背中を押してくれたおかげで、商品開発までたどり着いたんだと痛感しました。

だから、今度は私が彼女たちの背中を押し返そうって気持ちが芽生えてきたんです。私のように「こういうものを作りたいんだ」とか「こういうことをやりたいんだ」と思っているけど、なかなか踏み出せない女の子たちに向けて、その思いを実現させられる場所を私が作りたいと次第に考えるようになりました。

——「思いを実現させられる場所」とは具体的にどんなことですか。

まずはウェブマガジン「Whom Web magazine」を開設して、「文章を書いたことないけど書いてみたい」とか「小説を書いたから発表してみたい」とか、ちょっと二の足を踏んでいるような女の子たちが一歩踏み出せる場所を作りました。ターゲットは自分と同世代の10代後半から20代前半の女の子。その世代が持つ、独特の揺れ動くような感情に刺さるコンテンツを目指していて、ゆくゆくはそれらををまとめて、1冊の本にしたいとも考えているところです。

 「Whom Web magazine」

作り手も、それを読んでくれる子もこのウェブマガジンを通して、1歩前に出るきっかけにしてほしいですし、そもそも、未経験ながら私が全ての編集をしているくらいなので、ウェブマガジン全体で「意思さえあればどんな子でも挑戦できるんだ」という場にしたい。そうやって、ひとりでは立ち向かえない壁でも、みんなが力を合わせることで乗り越えられる。そんな繋がりを持った場所になればと思っています。

——背中を押すだけにとどまらず、繋がりも生み出すわけですね。

そうですね、私は本質的に「誰かと繋がっていたい」「共有していたい」という気持ちが大きいんです。楽しいことは一緒に楽しみたいし、悲しいときは一緒に悲しみたい。そんな、「あなたは決してひとりじゃないんだ」というスタンスが無意識に備わっているんです。今はインターネットで何時でも何処でも誰とでも繋がれちゃうし、会わなくても「だいたいこんな人なんだろうな」ってこともわかります。もちろん、それは便利でよい部分なんだけど、その流れにちょっとあらがってみたい。そんな気持ちがあります。

だって、インターネットを介した世界に執着して、それが全てになってしまったら、人の関わりってなくなってしまうじゃないですか。だから自分と自分のまわりを幸せにするというか、繋ぐものを作っていきたいんです。モノとしても、環境としても。

——なぜ「決してひとりじゃない」という気持ちが強く生まれるのでしょうか。

その気持ちの原点になるかはわからないけど、中学の時に若干いじめられて、仲が良かった友達から急に知らんぷりをされたことがあって、それがすごく嫌だったというか……命を落とすまではいかなかったけど、本当に苦しい経験でした。でも、その時に別の中学いる友達が私の悩みを親身に聞いてくれたおかげで、私はそれを乗り越えることができた。その経験から、普段のコミュニティはもちろん、それ以外の場所でも支え合うことのできる繋がりがあってもいいんじゃないか、むしろあった方が人生は豊かになるんじゃないかと思うようになりました。

これはすごく前の経験だから、今やる全ての原点とは言えないかもしれないけど、私は誰かと繋がり共有し合あえる世界によって、豊かで幸せな世界に近づくと思っています。ひとりでできることは限られているけど、それぞれができることで苦手分野を補いながら、新しいチャレンジとなる場所をこれからも作っていきたいですね。

 

(写真:朝岡 英輔)

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