LEADER INTERVIEW

2019.02.27 Wed

180mg/dl 丸山亜由美:「闘病」から「遊病」へ。デザインで繋ぐ糖尿病の境界線

  • #デザイン

  • #GARAGE Program

  • #リーダーインタビュー

「『私、糖尿病なんです』というと、上から下までじっと見られて、『あなたが?』って、いまでも言われるんです」。
そう話す丸山亜由美(まるやま・あゆみ)さんは、確かにスレンダーで、持病を抱えているようには、傍目からは見えません。

糖尿病は、日本だけでも患者やその予備軍が1,000〜2,000万人に上るといわれており、数ある疾病の中でも比較的身近にあるものです。けれどもよくよく考えてみれば、世の中にある糖尿病に対するイメージは、ネガティブなものばかり。「不摂生な生活をしていたから」とか、「食事制限であまり食べられない」とか……。果たして、その認識は正しいものなのでしょうか。

グラフィック・デザイナーの丸山さんが100BANCHで立ち上げた「180mg/dl」プロジェクトでは、「糖尿病とそうでない人の境目がなくなるようなコミュニケーション・デザイン」をコンセプトに、さまざまな形で糖尿病への理解を深めるきっかけを生み出してきました。丸山さん自身のこれまでの歩みや課題意識を手がかりに、その意図や「これからの医療」の未来について考えていきます。

(執筆:大矢 幸世 / 写真:岩本 良介 )

──プロジェクト名は「ワンハンドレッド・エイティ」……?

そうですね。日本語でいうと「180mg/dl(ひゃくはちじゅう・ミリグラム・パー・デシリットル)」です。これは「糖尿病だと診断される血糖値の数値」のことで、180以上になると病院で「糖尿病ですね」と、診断されることになります。そもそも、この名前にしたのは、そういう値があるのだということを知ってもらいたくて、「これは何と読むの?」というコミュニケーションが生まれることを狙っていたからなんです。

 

──まんまと狙い通りの質問をしてしまいました(笑)

ありがとうございます(笑)。糖尿病になるかならないかは、まさにこの数値を境に診断されているのですが、多くの人が糖尿病になってはじめて、その数値を認識するのだと思います。180mg/dlというボーダーラインがあって、糖尿病とそうでない人のあいだにコミュニケーションが行き交っていないのが問題だと思うのです。180mg/dlでは、その境界線が混ざり合うようなコミュニケーションデザインを行うことで、糖尿病に関する相互理解が生まれ、ポジティブに予防や治療へ取り組めるような世界を実現したいんです。

 

──100BANCHではどんな活動をしてこられたのですか。

いくつかイベントに参加して、「未来の血糖値測定キット」のコンセプトデザインや、血糖値の上がりやすい食事や食材のデータを表現した立体作品とアートブックを発表しました。それと、去年の10月に開催された「100BANCH street!」では、その場で血糖値が測れる簡易診断を行ないました。


ー計測に使われた自己血糖測定器「ワンタッチベリオIQ」ジョンソン・エンド・ジョンソン社(写真:Hideyasu Suzuki)

 

通常、健康診断は空腹時に行うので、血糖値が高いのに見落とされてしまう人がいるんです。それに、ご飯を食べた後血糖値を測る機会なんてありませんから、皆さん、自分の数値がどれくらいになるか知らないですよね。ですから、実際に測定してもらって、血糖値が上がりやすい体質なのかどうか、知ってもらうきっかけになればと考えました。

それで、実際には約100名のお客様に体験していただいたのですが、10名の方が「糖尿病の疑いあり」という結果が出たのです。しかもそのうち3名が20代の方でした。糖尿病って、高齢の方や太っている方がかかりやすいイメージを持たれがちですけど、必ずしもそうではないんです。

──丸山さんご自身も糖尿病患者でいらっしゃるんですよね?

そうですね。判明したのは20歳のときですから、もう10年経ちます。当時、医大の医療検査学科に通っていて、健康診断を行う「臨床検査技師」の資格を取る勉強をしていました。だから当然、糖尿病についても学んでいましたけど、まさか自分がなるとは思っていないから、意識も全然していなくて。でも、大学で受けた健康診断で「尿の値が3+で出ていますよ。精密検査を受けてください」と言われて。

「陸上部に所属して運動してるし、肥満体型でもないのに、なんで私が?」と思ったんですけど、最終的に診断する前、ざるそばを食べたんです。ざるそばってすごくヘルシーなイメージがあるじゃないですか。それなのに、血糖値がグンと上がったんです。先生に「私、ざるそばしか食べてないんですけど」と言ったら、「丸山さん、ざるそばにどれだけの糖分が含まれているか知ってる? アイスクリームよりも多いんだよ」と言われて。そのとき、「私は一体何を勉強していたんだろう? 自分の何を知っているつもりだったんだろう?」と思い知って。

 

──そこから、プロジェクトの課題意識が生まれたんですね。

もう一つ課題意識があったのは、医療機器を売る営業として働いていたときのことでした。大学を出て3年間、遺伝子を調べる機械を販売していたんですけど、他社製品との比較になると、普通はスペックか価格しかないじゃないですか。でもあるとき、私がトップセールスになった年にいちばん売れたのは、「デザインコンセプトの優れた機械」だったんです。仄暗い実験室に置いていると、7色に光ってプラネタリウムみたいになる、という。

そのとき、「スペックか価格で太刀打ちできなくても、デザインによってこれだけ売れ方が変わるのか」と思ったんです。それでふと自分のキャリアを考えてみると、はじめは「患者さんのために何かをしたい」と思っていたはずなのに、いつの間にか「売上」がいちばんの目標になっていることに気づいて。自分の人生はこのままでいいのだろうか、悩むようになって、「思いきってキャリアを変えよう」と、美術大学に入り直して、医療とデザインを掛け合わせた仕事を目指すようになったんです。

 

──仕事はうまくいっていたのに、どうして思い切ることができたのでしょう?

それはやはり、糖尿病になったから、というのは大きいと思います。そういうのを老後の楽しみにする人もいると思うんですよね。「定年になったら、喫茶店をやりたい」とか。私もずっと「人生が2回あったら美大に行きたい」って言ってました。でも、ふと考えたとき、20歳の頃からずっと血糖値が高くて、「いつまで生きられるんだろう?」と……いまでも思うんです。自分が本当に「これをやりたい」と思ったとき、もしかしたらもうこの世にはいないかもしれない。そう考えたら、「後回しにしてる場合じゃない、先にやろう」って、会社を辞めてしまいました。

 

それから、4年間美大に通って、そのうち1年はドイツでグラフィックデザインの修行をして、ようやくデザインという軸が定まってきました。それで、医療とデザイン、どうやって掛け合わせよう?と考えているときにNPO法人ETIC.の運営する「MAKERS UNIVERSITY」へ参加したんです。

その中のゼミで、ピクスタの代表取締役社長の古俣大介さんから「本当に自分が心からやりたい事業で、かつ最大限に自分の強みが活かせることにチャレンジするべきだ」という言葉をもらいました。そして、MAKERSで出会った葦苅晟矢くん(コオロギの大量繁殖技術を研究するプロジェクト『ECOLOGGIE』リーダー)から「丸山さん、100BANCHに向いてるから、応募してみたら?」と紹介してもらって。それで、100BANCHとの関わりがはじまったんです。

──100BANCHに入ったことで、何か変化はありましたか。

リ・パブリック共同代表の市川文子さんにメンターを務めていただいているのですが、本当に多大なサポートをしてくださって。私は何かと不器用で、いつも遠回りしてしまうんです。ぐるぐると迂回しているときに「いや、まるちゃん、こっちだから!」と言って、私にいつも適切な人と場所をつないでくれるコンパスみたいな方です。そうやってやっとプロジェクトが動き出したというか、形になってきました。

それに、プロジェクトをはじめて糖尿病のことをオープンにしたことで、周りに健康志向の人が集まってきて、どこに居ても自分の体にやさしいご飯が食べられる環境になってきたんです。いま振り返ると、これまでの10年間、自分の健康維持だけで精一杯だったのは、糖尿病のことをあまりオープンにしていなかったからでした。人に気を遣わせたら申し訳ないというか、「丸山さん、これもダメで、これもダメ、これもダメなの?」となるとお店の選択肢も狭まるし、多少無理をしてでも、一緒に合わせて食べていたんです。

 

食べることって、楽しいですよね。私、「3食食べることは人間の幸せ」だと思っているんです。しかも、炭水化物は確かにおいしい。どこにでもあって、安くておいしいものって、だいたい血糖値が上がってしまうものなんです。だから、一緒にいる人が食べていると食べたくなるし、つい食べてしまう。

でもいまは、身近な人も健康志向だし、いろんな情報が集まるようになって、「この食材がすごく良いよ」とか、「こういう料理法がいい」「このレストランだったらまるちゃんもご飯を食べられると思うよ」とみんなが教えてくれるんです。それがさらに健康を加速させてくれる、というか。

 

──それがまさに、丸山さんが志向する「糖尿病の人とそうでない人の間を行き交うコミュニケーション」なんですね。

そうですね。最近では「糖質制限」とか「グルテンフリー」とか食の多様性も進んできて、それを強制されるというより、一人ひとりが楽しんで、選んでいるんだという機運も高まってきました。平均を取るというか、「みんなが大丈夫だから、私も大丈夫」ではなくて、自分の身体が代謝できる糖分の量を知っていることが大切なんです。身体の個人差を見直される時代になってきましたし、「こうすれば大丈夫」というのは当てはまらないんだ、ということをさまざまな形で伝えています。

 


ー丸山さんが2018年に装着していた自己血糖測定器「フリースタイル リブレ」アボット社(写真:Hideyasu Suzuki)

 

──糖尿病にかかると一律に食事制限が必要だと思っていましたが、人によっても違うのですか。

その人のライフスタイルによるところが大きいんです。私の場合、運動も好きですし、食べられるものがおいしいなら、けっこう食事制限はストイックにできるほう。ですから、「食事の量をコントロールして、運動をしっかりやって、薬は最低限」というのが私のライフスタイルです。一方で、食事制限や運動が苦手な人は、薬の量を増やすことでコントロールすることも可能です。

これまではある程度「スタンダードな治療法」があったけれど、薬の種類も増えましたし、「カロリー制限に重きを置く」より「糖質制限したほうがいい」などと、さまざまな学説や治療法も出てきました。そのなかで、これからは「一人ひとりのライフスタイル」や、「どういった治療を受けたいか」にフォーカスが当たって、それぞれが自分にとってベストな方法を選ぶ、というふうに変わってきています。

 

──自分で自分のことを知り、自分がどうしたいのかを考える、というのも重要なんですね。

なおかつ、その方法が環境にも周りにも配慮できていたら、それがベストかなぁ、と思います。たとえば私はいま、小麦粉を使わない代わりにアーモンドの粉を使って料理をするのですが、アーモンドアレルギーの人もいますよね。自分が良かれと思って、「これは糖質が少ないんだよ」と勧めたときに、「あ、ごめん私、ナッツアレルギーだから食べれない」なんてことも起こりうるんです。だから、自分が決めることは大切だけど、他の人にも配慮するのも大切です。

 

──だからこそお互いに、自分の状況をオープンにしたり、それを受け入れたりすることが重要なんですね。

きっと、お互いの円がうまく重なるところがあるはずなんです。「私は糖質オフのライフスタイルなんだけど、あなたはどういうライフスタイルなの?」というふうにコミュニケーションして、その重なっているところを選んでいくことが必要だと思います。

──100BANCHでのプロジェクトは一段落しましたが、これからどんなことに取り組みたいとお考えですか。

100BANCHでは、本当に“スタートのスタート”だったので、テーマを自分自身と身近な「血糖値と糖尿病」に設定したのですが。病にはさまざまなものがありますよね。これからは糖尿病だけではなくて、もう少しヘルスケアの領域にも広げていきたいと考えています。

先日、経済産業省主催「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト」のアイデア部門で優秀賞をいただいたのですが、他の受賞者からも審査員からも、「デザインを改良したい」とか「もっとデザインを意識したほうがいい」といったコメントが出ていて、やはりユーザーフレンドリーの観点から、医療全体としてデザインの重要性が認識されつつあると感じました。


ー経済産業省ヘルスケアビジネスコンテスト2019 アイデア部門 優秀賞のほか、Tokyo Startup Gateway 2018 優秀賞 、第7回 デジタルヘルスアワード クリエイティブ賞、第4回 トビタテ留学ジャパン 留学体験発表会 優秀賞を受賞

 

最近ようやく治療法や医療器具、デバイスの開発にも「患者目線で考える」というアプローチが出てきて、その病にかかっている人はどう感じるのか、その人たちが本当に望んでいることは何か、とリサーチするような時代になってきました。私自身、当事者ですし、医療にアートとデザインが介在することによる可能性は、本当に大きいと思うのです。2019年の3月1日に法人を立ち上げるんです。「トリプル・リガーズ合同会社」っていうんですけど。いま、少しずつ私のデザインの仕事もヘルスケア領域がメインになってきているので、それを加速していきたいです。とにかく作り続けていきたいな、と考えています。

 

──丸山さんが罹患してからこの10年でも世の中は変わってきたところがありますが、この先10年、20年先の未来へのビジョンはありますか。

いま、「人生100年時代」と言われますよね。寿命が延びて、「病気にかかるとすぐに死んでしまう」というより、何らかの慢性的な病と向き合う時間が長くなっていくと考えています。仮に人生を100年と決めたとしたら、そのなかである一定の期間は、心身ともに何らかの疾患や体調不良とつき合っていくことがあたり前になっていく。そうすると、その期間をいかに幸せで豊かなときにするのか──。そこに新たな価値やビジネス創出に取り組む企業やプロジェクトが増えてくると思うんです。もしその「いちばんつらい期間」がつらくなかったら、総合的に楽しい人生だと思えると思うんですよ。「プラスをプラスに変える」というより、マイナスをいかにプラスにしていくか。そのうえでデザインやアートが果たせる役割はきっとあると思うんです。

 

それに、最近では「プレシジョン・メディシン」という精密医療も進んできていて、ゲノムレベルで生まれ持った自分の体質や、特定の病気へのかかりやすさなどがわかるようになってきました。それが進化していくと、より一人ひとりの体質や好みに合わせた治療法が選べる時代になっていくはず。「メニュー」が選べるなら、その種類は多いほうがいいし、楽しいほうがいい。そこにデザインもアートもあったほうがいい……となると、ある意味医療が「テーマパーク化」していくというか、「つらい」「苦しい」という病との向き合い方を、いかに前向きに捉えられるようにできるかが必要だと考えています。

 

──「病と闘う」だけでなく「病とつき合う」なかで、自分がどうすべきかを選び取っていく。そうなると、「自分がどうしたいか」と向き合うことも重要ですね。

私はドイツで1年間デザインを学んでいたとき、内省する時間がとても多かったんです。私は何が好きで、何をやりたくて、何があれば幸せなのか──。その時間が、自分の「軸」を決めるにも役立ったんです。「誰かがこの治療法を『いい』と言ったから」ではなくて、自分が「自分にとってベストなものである」ことを決めるために、一人ひとりが自分の身体や心の「個性」をきちんと知る。それがこの先、とても大切になるのだろうと思います。

 

WRITER

大矢 幸世

writer / editor

愛媛生まれ、群馬、東京、福岡育ち。立命館大学卒業後、西武百貨店、制作会社を経て2011年からフリーランス。鹿児島、福井など地方を中心に活動。2014年末から東京へ拠点を移す。話す口実が欲しくて、インタビューをしています。

#リーダーインタビュー