LEADER INTERVIEW

2018.10.12 Fri

IGENGO Lab. 菊永ふみ:異なる言語を扱う者同士が参加する「異言語脱出ゲーム」でコミュニケーションの恐怖をとりのぞく

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海外旅行をした人から「英語を話せなかったけれど、身振り手振りで伝えた」なんてことを聞きます。もちろん知識ゼロでは難しいけれど、大切なのは伝えたいという気持ち。それならば、きっと「手話」も同じはずです。手話は言語のひとつにすぎないのだから。


ろう者である菊永ふみさんがリーダーを務めるIGENGO Lab.。彼らが考案したのは、手話や音声を織り交ぜた謎を解く「異言語脱出ゲーム」です。「聴こえる人(=聴者)」と「ろう者・難聴者」という言語の違う者たちが、目的を成すために協力し合う機会を提供しています。


そして、参加者はゲームを通して「相手を想像し、思いを伝える」というコミュニケーションの根本に触れ、互いをわずかでも理解できるのです。菊永さんが考える「ほんの少しの理解」を積み重ねた先に待つ、世界とは。

──IGENGO Lab.は、どのような活動をしているのですか?

聴者とろう者・難聴者という「異なる言語を持つもの」が向き合い、協力し合う接点を見出していくことをミッションにしています。私たちはろう者・難聴者に対して「ハンディキャップがある」という表現をしないように決めています。単純に、言語が違うだけなのです。

 

社会的に見れば、ろう者・難聴者はマイノリティかもしれません。しかし、普段と異なる言語……たとえば「手話」で会話をしている人のなかに聴者が加われば、今度はその人がマイノリティにもなりますよね。社会構造の捉え方次第で、その関係性は変わってしまうものです。

 

 

──具体的に進めているプロジェクトを教えてください。

大きく2つの活動があります。ひとつは私が中心になっている「異言語脱出ゲーム」の実施です。体験型エンターテインメントとして人気の高い「謎解きゲーム」に、手話や筆談、身振り、音声などを応用し、聴者とろう者・難聴者が協力し合って謎を解いていくエンターテイメントを提供しています。

 

日本人は「恥ずかしさ」や「遠回しな奥ゆかしさ」が美徳とされているせいかもしれませんが、直接的に感情を表現して、身振り手振りで伝える手話は近寄りがたい存在だと思われている節もあります。まずは、とにかく手話と関わってみる体験が必要なのかな、と。私たちの提供するエンターテインメントが、そのきっかけになれたら嬉しいですね。

 

もうひとつは、身体表現である手話のコミュニケーションツールとしての開発と、その実験の場を作っていくことです。こちらはメンバーの和田夏実さんを中心に進めています。たとえば、手話が表している語を定量的なデータとして集めていく活動をしています。
例えば「ありがとう」の手話は、タイでは胸の前で合わせた手を開き、インドは拝むような形を取ります。さらに、アメリカの“Thank you”は投げキッスなんです(笑)。データとして見ていくことで、世界の手話には共通点があるという発見につながるかもしれませんし、それを通じてまだ手話の魅力を知らない人へ、楽しさを伝えていきたい思いもあります。

 

言うなれば、異言語脱出ゲームが実践の場であり、和田さんの活動は研究ですね。お互いにフィードバックしあって、応用していければと思っています。

 

──異言語脱出ゲームは、どういったきっかけで発案されたんですか?

以前から「脱出ゲーム」に興味はあったのですが、ろう者である私にとっては、音声メインで進むゲームの参加は難しいと躊躇していたんです。でも、たまたま手話ができる聴者の友達がいて、一緒に参加できることになって。初対面の人たちに混ざって協力していくうちに、みなさんのおかげで自分が解けた謎もあり、すごく楽しめました。

 

私は福祉型障害児入所施設で働いているのですが、その楽しかった経験を上司に伝えたら「自分でもやってみたらいいじゃない!」と言われ、そこから2015年に発案しました。2018年9月には新作タイトル『5ミリの恋物語』を提供し、10月13日の京都国際映画祭では吉本興業さんとのコラボレーションとして『淳風大学からの卒業~SDGsバージョン』を実施予定です。

 

(左)5ミリの恋物語、(右)淳風大学からの卒業~SDGsバージョン

 

──実際に提供してみて、印象に残った参加者の反応や、得られた学びはありましたか。

異言語脱出ゲームは聴者だけでなく、ろう者・難聴者が同じチームに参加しないと成立しないように試みていることもあって、それぞれのチームが必死にコミュニケーションをとろうとしている姿が見えました。
「謎解き」というゲーム設定が功を奏したのでしょう。参加した方のTwitterに「同じチームの人と食事へ行った」というような投稿が何件もあって、それは純粋に「すごい」と感じました。

 

──手話サークルなど「手話に興味のある人」が交流を持つことはありそうですが、まさに脱出ゲームがあるからこそ生まれた新しい関係性ですね。

ゲームを通して、お互いの心にある壁がなくなり、「この人とはどのように関わればいいか」を理解できれば、以前よりは打ち解けやすくなるのかな、と思います。そういう体験を、もっとみなさんにしてもらえたらと思っています。

 

これは100BANCHから新しく生まれた「未来言語※」プロジェクトのメンバーが話してくれたことなのですが、「ゲームは失敗してもよく、失敗を面白がれる性質がある」と。失敗と成功のなかで綱渡りのような感覚になる面白さを、参加者は共有したのでしょうね。

※未来言語:100BANCHに入居する「障がい」をテーマにする4つのプロジェクトの代表が手を組んだ組織体。

 

──特に、日本人は失敗を恐れる傾向があるといいますから、ゲームがある種の免罪符として効くのでしょう。

異言語脱出ゲームは非日常の体験です。あとは、その体験から得たものを、いかに普段の生活へ持ち帰るかが重要なのだと考えています。日常でも他人と関わるときに、行動や見た目が変わればいいなと思います。

 

 

──参加すれば、手話への心理的なハードルは、ずいぶん下がるだろうと感じます。

そうですね。会話を即時で文字に起こしてくれる「UDトーク※」といったツールや、手話通訳者さんの存在も手段としては大事にしたい反面、やはり究極のコミュニケーションは「1対1の対話」だと思うんです。それに、人と人が直接的に関わる機会は、いまの社会に求められているとも感じます。
お互いに向き合っていく機会をたくさん作っていければ、聴者にとっても、ろう者・難聴者にとっても、良い社会になっていくと思います。

※UDトーク:「コミュニケーション支援・会話の見える化アプリ」を掲げ、多言語の翻訳および音声認識や音声合成を実装したコミュニケーションアプリ。

 

──ともすると、ツールが充実したこともあり、目と目を見て話す、相手のことを受け止めるという気持ちが、どこか薄くなっているのかもしれないとも感じました。

手話は、自分が一生懸命に伝えていたとしても、何かに気を取られて相手が見ていないだけで、まったく伝わりません。「伝える」には、目と目を合わせ、相手に伝えよう/伝えられようとしていることを確認しあって、初めて思いを受け止めてもらえます。
その過程ひとつをとっても、異言語のコミュニケーションを体験することから学べることはあるはずです。

 

──100BANCHで過ごした90日間は、どのような財産になりましたか。

私はろう者の世界で生きてきました。それは、当たり前に手話がある環境です。ろう者の世界で小さく続けていた異言語脱出ゲームが、100BANCHによって初めて外の世界へ飛び出せたのは、私にとっても大きな転機になりました。ステップアップ、できたのかなと思います。

 

──プロジェクトに採択されるとメンターが就くのも特長です。IGENGO Lab.はロフトワークの林千晶さんが務められましたが、どういったフィードバックがありましたか?

「価値がある」と、おっしゃってくださったんですね。
それは、異言語脱出ゲームの参加費を検討しているときでした。私たちは素人ですから、「お客様からあまりお金はもらえないのではないか」と思っていました。ですが、林さんは「IGENGO Lab.の異言語脱出ゲームは、普通の謎解きゲームでは経験できないことを提供できる。だから、もっと価格は高い」とアドバイスをくれました。

異言語脱出ゲームが持つ強みはそこにあるのだと、背中を押してくれたんです。

 

──その点では、出会えなかったような人と出会えるのも、100BANCHの良さですね。

ただ、聴者の人たちと100BANCHで関わるようになって、これまでは自分の中に勝手に壁をつくっていることも感じました。面倒をかけるのではないか、といった「恐怖」をろう者・難聴者が抱いている一方で、聴者も私たちに「恐怖」を感じているようです。

 

 

──言語が異なりますから、考えの伝え方がわからない、というような。

100BANCHでは、何気ない雑談から偶発的に生まれるアイデアや企画があります。ただ、私は挨拶こそできても、手話を理解したもの同士でなければ、なかなかそれ以上の会話に発展しにくいことがあります。
でも、それは私が「その人と向き合えていないからだ」という思いがありました。立ち止まって話すまではなくとも、ここに私がいるよ、ということを知ってもらわなければ、みなさんがそれ以上に関わってはくれません。時間はかかっても、関わることを諦めてはいけないと思うんです。

 

以前にも、「未来言語」のメンバーが会話で盛り上がっていて、私にはわからないことが増えてきたとき、そのもどかしさを本音を交えてぶつけたことがあったんです。そこから、みんなが変わってくれたと感じました。手話でも会話でも、相手に関わろうという気持ちをお互いに持っていこう、という空間が生まれたんです。そのことでも、私が100BANCHにいる意義が生まれたのかなと思います。

 

私という存在をきっかけにして手話を覚えてもらうなど、そういった「ちょっとの積み重ね」がたくさん集まれば、いずれは大きなうねりになって、社会を変えていくエネルギーにもなるはずですから。

 

 

──異言語脱出ゲームや、IGENGO Lab.の活動が世の中に「ちょっとの積み重ね」を生んだ先には、どんな世界が待っていると思いますか。

これだけIT社会が進み、手話が言語だと認識されつつある現在でさえ、ろう者である子どもたちはまだ将来の夢を描きにくい現実があります。たとえば、「看護師さんになりたい」という夢を持っていても、必ずといっていいほどに「コミュニケーションはどうするの?」と返される。本人はその仕事が合っていると思っていても、コミュニケーションの課題によって夢が阻まれてしまうのが、今の社会なんです。

 

以前に、ある子どもから「どうして私は聴こえないというだけで、聴こえる人に合わせないといけないの?」と問われ、私は答えられませんでした。でも、手話言語を持つ人が増えれば、たとえ看護師であっても歓迎してくれるはずです。その人だからこそ、活躍できる場所も増えるかもしれない。
だからこそ、この思いを持ってくださる方を、もっと増やしていく必要があると思っています。

 

WRITER

長谷川 賢人

writer

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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